文化祭抗争(25)
姫子が無言で朗太の頭を撫でる。
優しい時間の流れる教室の外で、風華は立ち尽くしていた。
大した用事ではない。
実は風華は姫子からも衣装を借りていて、その衣装の件でやってきたのだ。
そうでなくとも姫子と下らない雑談をしたいという思いもあった。
だからこそ風華は皆が後夜祭へ行く中、一人学習棟へ残り姫子の姿を探していて、2Fの教室に入っていく姫子を見つけて後について行ったら、このような話を聞いてしまった次第である。
顔が火照るようだった。
どくどくとこめかみが脈打ち、ぎゅっと衣装を握る指は強く握り締めすぎて白くなってしまっていた。
胸の奥では心臓が大きく拍動していた。
それほどまでに今ほど盗み聞いた朗太の告白は衝撃的だった。
風華はなんとか息をするように、水中から顔出すように、俯いていた顔を上げ大きく息を吸った。
その瞳は傍から見ても分かるほどうるんでいた。
実は風華、凛銅朗太に完全には惚れていなかった。
『自分じゃない……!』
親友の藍坂穂香の解決してくれたあの日、風華は朗太の好意が自分の方を向いていることに気が付き顔を真っ赤にした。
まさかあのような方法で自身への好意を知るなんて想像もしてなかった事態で、非常に意表を突かれた。
そして
『被害者になれるんだからなぁ』
時折悪性を見せながらも問題を解決して見せた朗太は非常に好ましく思えた。
そのような実力を持つ人物が自分へ好意を向けているというのは素直に嬉しいことであった。
そして件の凛銅朗太と言えば、普段は信じられないほど情けない人物で……
そんな彼だからこそ、時折彼が見せる切れ味鋭い推理は、宝石のように輝いて見えた。
これはいわゆるギャップ萌えという奴なのだろうか。
風華にもその気持ちは分からない。
だが彼の見せる二面性はとても魅力的に映ったし、知れば知るほどその二面性を楽しみたくなった。いつまでも話、彼がどういう時に切り替わるのか見て見たいと思った。
普段の情けない彼がとても好ましく想えたし
エンジンがかかった際に急に眉間に皺をよせ考え出す彼はとてもかっこよく見えた。
どこまでも、いつまでも、話していたいと思った。
だが風華はまだ完全には惚れてはいなかったのだ。
非常に、非常に、自分好みの味の人物。
もしくは、限りなく自分好みの味の人物『かもしれない』。
それが凛銅朗太に対する風華の印象だった。
これまで自分は異性を好いたことはない。
自分が朗太へ抱いている気持ちが何なのか、自分でも分からなかった。
だが、この凛銅朗太という人物は自分好みの人物なのかもしれない。
自分はこの凛銅朗太という人物が好きなのかもしれない。
その想いだけで、自分は姫子や纏の前に立ち塞がった。
卑怯な人間だということは分かっている。
ずるい人間だということは分かっている。
朗太のことを心から愛する彼女たちの前に、好きかもしれない、ただそれだけの気持ちで、立ちはだかった自分が酷い人間だってことも分かっている。
だが自分は立ち塞がった。
もし好きだとしたら、絶対に逃がしたくない。そう思ったからだ。
こんな人間、もう自分の前に現れないと直感したからだ。
だから自分は彼女たちの前に現れ、彼女たちと戦った。
そうしながら自分は、心のどこかで彼を求める自分の心に従うままに、凛銅朗太という人物に接触した。
そうすることで自信の気持ちの正体が分かる気がしたのだ。
するとどんどん彼の二面性が見えてきて、自分の気持ちは間違いではないと思えた。
朗太と接触すればするほど、彼に惚れていく自分が分かった。
どんどん彼を好きになっていくのが分かった。
何も自分の日々の言葉は打算だけではなく、凛銅朗太へ惚れて来ているからこそ出る純粋な言葉だった。
だがいわゆる完落ちにはなっていなかった。
これまで誰も好きになったことがなかったからこそ、自分のこの気持ちは、果たして本当に好意なのだろうかという疑問はずっと自分の中で横たわり続けた。
だがどうだ。
『あんなのを許せるわけがない……ッ』
教室から聞こえてきた朗太の想い。
全てが衝撃的だった。
まさか凛銅朗太がここまでの人物だとは風華も思っていなかった。
あの一瞬で自分は、凛銅朗太に惚れていた。
まるで自分が一切りにされたようだった。
心臓の鼓動はこれまでになく早くなり、その意味をもう、履き違えることは出来なかった。
自分は凛銅朗太に完全に惚れていた。
朗太が普段情けないことも、時に攻撃性を見せるのも、悪意を抱くのも、二面性があることも、全てが好ましいことに思えた。
そんな彼を自分の物にしたい。
自分だけを見るようにしたい。
自分に夢中にさせたい。そう思った。
そして自分の想いを自覚した風華はというと、朗太に会うことがあまりにも恥ずかしく、そっと教室の前を立ち去ったのだ。
だが廊下の先にはよく見知った人物がいて
「惚れたんですか?」
風華が近づくと目の前にいた『纏』はそう言った。
廊下の先にいたのは金糸雀纏というよく自分と競り合う少女だった。
自分が姫子に用があったのと同様、彼女も朗太に用があったのだろう。
そしてその言い様は廊下に立ち尽くす風華の様子から大体のことは察しているようだった。
腕を組み言うその声はいつになく険があった。
それは、何があっても朗太を渡さない、そう言外に語るようだった。
そう、こうなってくると幾ばくかの後悔があった。
最初のうちに勝負をつけていればもう終わっていたのに、という後悔だ。
最初は凛銅朗太は確実に自分に惚れていた。
自分の外面に、性格に、仕草に、虜になっていたはずなのだ。
だが、もうそうは言っていられない。
姫子や纏が日々彼と接触することで、彼の中で彼女達の存在が日々大きくなっているのだ。
それはもう無視できないほどに。
彼自身、まだ気が付いていないのかもしれないが、心の薄皮を一枚剥がせば一気に明るみになる。
そしてもし自分が本格的に動き出せば、彼女たちが黙っていない。
彼女たちと本気で斬り合うことになるだろう。
そうなればその余波で彼の心の薄皮など容易く破れ、『それ』はきっと表面化する。
そうして起きるのは、凛銅朗太を巡る、茜谷姫子、金糸雀纏、そして自分、白染風華の仁義なき潰し合いだ。
だが自分は、絶対に負けない。
もう絶対に、この想いを無視しない。
「負けませんよ」
「私だって、負けないわよ」
宣告する纏に風華は言い返していた。
そうして風華と纏が対峙している一方で
「帰るか。慰めてくれてありがとな」
「え、もう大丈夫なの!?」
「あぁ、もう治った」
疲れ切った朗太は立ち上がり姫子も腰を浮かしていた。
「帰って小説やるわ……」
「よくこの流れで小説やるとか言い出せるわね……」
こうしてそれぞれの想いを乗せて文化祭は終わったのだった。
様々な変化があった彼らをよそに、体育館からは騒がしい軽音部のライブが、秋の空気を伝い響いてきていた。
と、いうわけで第一部から始まった一連の流れはこれでひとまず一段落です!
色々ありましたが皆様のおかげで楽しく書くことが出来ました。これまでの応援ありがとうございました。本当に楽しかったです!
いやーここまでの展開が書きたくて書きだした話なんですよね。反省点はあるものの本当に書けて良かったです。
ですがまだまだこの物語において書きたいシーンがあります。主人公の過去や、何より姫子、風華、纏の恋愛関連ですね。
今後の本編の投稿ですが、ある程度展開が決まっているものの再考したいため少しお時間を頂きたいです(実際練り直さないと本当にマズイ……)
それまでの間は以前に宣言していたように京都旅行ifを書きますのでそちらを読んでいただけると嬉しいです。一転爽やかな感じで書こうと思っています(読み飛ばし可能です)。
繰り返しになりますがこれまで本当にありがとうございました!
これからも宜しくお願いいたします!
あとこれまでの話を面白いと思っていただけたのなら下部評価欄より評価等していただけるととても嬉しいです。
今まで本当にありがとうございました!




