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文化祭抗争(24)


それからしばらくした後のことだった。


「じゃぁ聞かせて貰おうかしら……」


教室が夕焼に染まる頃、教室の入口には姫子が立っていた。


「事の真相を」


実は姫子は今回の件で話があると朗太を呼びつけていたのである。

だから朗太は皆が後夜祭に行くなか一人教室に残っていた。


姫子は中の物を取り出しながらバッグを机に放りだした。

先ほど姫子に手渡したバッグである。

バッグから取り出されたのは桃太郎の衣装である陣羽織だった。


「なんで、衣装が()()()()()()()……?」


それこそが衣装が盗まれたのにも関わらず2Cが劇を継続できた理由である。

奪われた衣装には幸運にもスペアがあったのだ。

だが姫子はこの事実は、幸運にも、で片付けない。


「なんで()()()()()()()()、盗まれた衣装にはスペアがあったの? それと……」


姫子は酷い剣幕だった。


「なんでそれを()()()()持ってたの……!?」


だが朗太にしてみればそのようなことは自明であった。


「決まってんだろ」


朗太は肘をつきながら事も無げに自白した。


「だって衣装が標的になることなんて()()()()()()()()()()()なんだからな」

「アンタ!!」


それだけで大体のことを察したらしい。

言うと姫子は火傷でもしたかのように飛びつき朗太の胸ぐらを掴んだ。


「どういうつもり?」


目の前には怒りで大きく見開かれた姫子の瞳があった。

その瞳は、自身の大切な人間が過ちを犯したのではないかという恐怖と、怒りで激しく燃えていた。


あいかわらずコイツは優しいな……


「離せよ」


朗太はそんな姫子の腕を払った。

吊るし上げられていた身体が椅子に落ちた。

恐らく姫子の想像と実態は微妙に異なるはずだった。


「落ち着け。恐らく真相は姫子の想像していることとは微妙に違うはずだ」


だからこそ朗太はすぐさまそう言うと


「……実は俺は三年のグループトークに潜入していたんだよ」


さっさと事の真相を語り始めたのだった。


「どういうこと……」


目の前には顔を白くする姫子がいた。


「姫子も知ってるだろ、学祭制覇を目指す三年生専用のグループトークがあることは」

「それは、知っているけど……」

「で、潜入して分かったが実際にそこでは日夜いかに三年が学祭制覇を成し遂げるかが話し合われていた。時には今回の事件よりももっと酷い内容も、だ。幸い、実行には移されなかったが……。で、俺が潜入したのは文化祭直前で舞台装置を壊された後なんだが、そこからの会話を読み取った結果、備品の貸し出し妨害の件も、文化祭数日前の舞台装置の破壊も、このトークの中で話し合われ、そして行われた内容だった。だからな、俺は思ったんだ」


朗太は立ち尽くす姫子を見据えた。


「こいつら潰さないとヤバイってな。それと──」


朗太は言葉を続ける。


「こいつらはどうにかしないとならないってな。もし実際に文化祭で俺達が優勢になった際、()()()()()()()()()()()()()()、そう思ったんだ」


それは実際にその通りだった。

2Cが優勢になった際彼らはかなり酷いことを実際に話し合い、立案していた。

そしてこの思いは実際にグループトークを見ていない姫子も十分に理解できることだった。


使用できるクラスの変更。備品貸し出しの妨害。物品の破壊。


彼らの文化祭前までに見せていた不穏な動きは文化祭で起き得る事象を限りなく不明瞭にしていた。


「だからこそ俺は思った。奴らが何をしてくるか読む必要があると。……いや、正確に言うと、そうだな……。奴らが何を()()()()()()()()()()()、読む必要があると思ったんだ。どうせ終盤戦になれば決定打を与えるために破壊、もしくはそれに準ずる行為をしてくるに違いなかったからな」

「でも、そんなのって」

「あぁ100%無理だろうな。なんたってグループトークは複数の人間の話し合いで進行する。でも俺は思ったんだ」


朗太は大きく息を吸った。


「どのようなものを破壊するかは読めない。彼らがどのような決断を下すかは読めない。()()()()()()()()()()()()ってな──」


朗太の言葉に姫子は目を見開いた。


それが朗太がグループトークに潜入した理由だった。


「だから俺はグループトーク三年会に潜入したんだ。事前に情報を得て、相手を誘導する。そのために」


だが目の前の姫子は朗太の言うことを信じられていないようだった。


「でもどうしてアンタはそのグループトークに入れたの? Eポストのグループトークは新ネーム付けて匿名性で会話できるけど、招待制でしょ? 招待者と被招待者は匿名性が担保されないわ。アンタは2年生で、まして私と一緒に行動していたのよ。全く接点のないアンタが入れる訳がないわ」


だが朗太はこれを解決したのだ。


「姫子、憶えているか。三年生の納戸(なんど)さんを」

「備品の時の人でしょ。私たちに優しくしてくれた」

「あぁ、その納戸さんだ。で、もう分かるだろ? 三年も一枚岩じゃない」


姫子が目を見開いた。

それが朗太が目を付けた点だった。


朗太も当時納戸を見て『へ~。三年生とはいえ一枚岩じゃないんだな』と呟いていた。朗太としてもあの納戸という存在は意外性のある人物だったのだ。

それまではてっきり三年生の殆どが一丸となって学祭制覇を目指しているのだと思った。

だがそれは違った。

良識を持つものも普通にいる。

そして――


「当然、彼らの行為を快くなく思っている人物が必ずいる。そしてその中には俺達に協力してくれる人物が必ずいる。そう思ったんだ。だから俺は大地に頼んだんだ。そのような人物を探すようにって」


それこそが舞台背景が壊されたあの日、大地へ電話をした理由だった。

朗太は大地に協力者の捜索を依頼したのである。


なぜなら――


「大地は()()()()()()()()だからな」

「あ──」


かつて聞いたことのある大地の素養がこんなところに生かされて姫子は驚嘆していた。


舞鶴大地、彼は学園の多くの情報を握る情報通なのだ。

だからこそ朗太は大地を頼り、朗太は大地の見つけ出した三年の協力者の協力のもと、グループトークへ潜入出来た。

そして──


「最終的に何か破壊工作に出ようとした際、その被害を阻止するために準備をしていたというわけだ。紫崎さんに衣装のスペア作成を依頼したりな」


紫崎優菜は裁縫に秀でる。

姫子は持っている衣装を見て目を丸くした。


「そして実際に事は起きた。姫子、お前は知らないかもしれないが衣装盗難の前、備品の時と同じように彼らは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。だから俺は満を持してこの策を実行に移したんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


それが事の真実。

衣装なんて大切なものを廊下に置くわけがないのだ。

アレは、朗太がわざわざ移動させたものだった。

その後、朗太はアカウントLLで彼らを学習棟からひたすら遠ざけるように誘導した。すべては無事にゴールデンタイムを乗り切るためである。

トークを見ているうちにアカウント『クジラ』が久慈川であることとアカウント『ベンガル』が弁天原であることは簡単に分かった。

一方で姫子には無事劇が行えていることを三年生に悟られないように三年生が2Cのある廊下へ近づけないよう妨害するように指示した。

姫子は風華や纏、他にも多くの人物に声を掛けこれを実行したらしい。


と、これで説明は終わり、と顔を上げると、しかしそこにはいまだ納得していない風の姫子がいた。


「あ、アンタが何をしたかは分かったわ。でも……、そんなの、そのグループトークを先生に突き出して終わりじゃない。そうじゃなくてもわざわざ盗ませなくても、事前に何をするか分かればそれを止めれば終わりじゃない」

「確かにな」


それは出てきて当然の疑問であった。

それは朗太も再三考えたことであり、すぐ肯定することが出来た。


「確かにそれでことは解決したかもしれない。だがあのトーク機能は匿名だ。学校からは誰が加入してるかなんて証明できない」

「でも」

「それと」


話そうとする姫子の機先を制する。


「ばらしたところで、彼らの話し合いの場がより深くなるだけの可能性もあった。それに、事前に分かるから対応すればいいというのも、止めたところでまた違う手になり攻撃されるだけ、という可能性もあった。無駄な小競り合いが増えるだけ、になるな。だから俺は思ったんだ。最終のゴールデンタイムを守りきるには、いかに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という状況を作ることが重要だってな。それが相手にとって最も損失が大きく、こちらにとって最も損失が少ない方法だと思ったからだ。だから俺はこのような手法を選択した。それに実際に俺はこれで良かったと思っている」

「なんでよ」

「なぜなら言ったように実際に一年が犠牲になるところだったからだ。あれはこの方法でないと防げなかった。衣装窃盗へ誘導していなければ、その子も心に大きな傷を負ったかもしれない。もし現場を取り押さえるとなったらそいつを取り押さえることになるからな。そこから真犯人を自供させようにもそいつの心には大きな傷を残すことは確実だろう。だからそのような奴を出さなかったというだけでやった価値はある、そう思う。それに、他にもこの方法を取って良かったこと、取った理由はある」


例えば、過去の大戦で無敵の暗号機を解いた者たちはここぞという時まではその情報アドバンテージを大々的に使わなかったらしい。

暗号機が解かれたことを知られては相手に暗号機を変えられてしまうからだ。

それにより多くの本来ならば守れる人間の命を見殺しにしたらしい。


スケールの大小はあれども自分がしたことは同じことかもしれないと朗太は思う。

しかし朗太は自分にそのような大義が無いことも知っていて──


「だが、だからと言って俺が彼らの攻撃を見過ごしていたことが許される訳じゃないだろう。なぜなら──」


大きく息を吸い、言った。


「俺が今回こんなことをしたのは――」


間が開く。



「俺の個人的な復讐だからだ」



言うと姫子の瞳が大きく開かれた。


復讐。


それこそが朗太がこのような手法をとった最大の理由であった。


「せっかく手に入れた部屋を取り上げられ、備品の貸し出しは妨害され、物を壊され、果ては人の流れを露骨に操作され、そして梔子祭は泣かされた……」


朗太の脳裏にさめざめと泣く梔子の姿がリフレインした。

グループトークで読まされた醜悪な会話がリフレインした。


それを思い出す朗太の眉間には深いしわが寄っていた。


「あんなのを許せるわけがない……ッ」


自然と声は震えた。

瞳は大きく開かれ真っ赤な炎が灯っているようだった。


「だから個人的に復讐するために、その他もろもろを見殺しにし、自分なりの方法でケジメをつけた。だからここまで事が荒れた原因は俺にある。だから俺は何を言われても構わない。だが俺は言う……何度だって……ッ」



声がわななく。


「これで良かったと……! この方法が正しかったってな……!」


それはまるで自分自身に言い聞かせているようでもあった。


◆◆◆


そして、そんなことを言われて言い返せるはずも無かった。

なぜならこの男は、自ら考え、自らで実行しきってしまったのだから。

自分に何か言えるわけもない。

姫子はただただ唖然としながら朗太を見つめていた。

そして沈黙の時間がしばらく過ぎると気まずくなったのか、朗太はバツが悪そうに言うのだった。


「――と、いうわけで、以上が事の顛末だ」


その姿はどこか恥ずかしそうだった。


「何か質問あるか??」


そして、そっぽを向きながらそんなことを言う。


何か質問あるか、じゃない。

そんなの沢山あるに決まっているではないか。

だがこの人を喰ったような態度は以前の彼のようでもあり、普段の朗太が戻ってきた気がして心底ホッとした。

そして自分は


「おい撫でんじゃねぇ!!」


なぜだかそのもとへ近づいていて思わずその頭を撫でていた。

なぜならその姿がひどく疲弊して見えたからだ。

朗太が顔を赤くし抵抗してきたが、やめない。自分はその頭を撫で続けた。


「……頑張ったわね」


そうしながらふと口をついて出たのはそんな言葉で、それを聞いて朗太の抵抗はピタリとやみ、しばらくするとぽつりと言うのだった。


「まぁ、今回ばかりは疲れたなマジで……」


朗太は大きなため息をついていた。


「今回はダークサイドに寄りすぎたわ」


自作のオマージュ先の言葉を借りて言う朗太。

下らない表現だが、だがそれがおそらく、今朗太の体に残る疲弊の主な理由なのだろう。

疲れきった彼の頭を姫子は撫で続けた。


結局起きたのは、つまりこういうことなのだろう。


姫子は朗太の頭の撫でながら思う。


これまで朗太は自分と関わるようになり様々な人の悪意に遭遇してきた。

時にくじ引きで自分の恋敵を潰しにいったり、それを利用し自分の好きな女子と同じ班になろうとしたり。

時に心が折れたふりをし部活のインターハイ出場を阻んだり、相手の好意を利用し仲良くなろうとしたり。

時に自分の虚栄心を満たすために息撒いてみたり、自身の野望を成就させるためにあらゆる犠牲を払ったり。

だが悪意を抱くのは彼らだけではない。

朗太だって抱くのだ。

敵意だって、抱くのだ。

そして今回、自身の夢を叶えるためにあらゆる犠牲を強いる上級生を倒すために。

彼は敵意を抱き、悪意を抱き、自ら傷つきつつもやり遂げてしまったのだろう。

敵意で、悪意で、全てをコントロールして。


そしてこの疲弊しきった朗太を見ていると、──なぜだか自分の心にさまざな感情が流れ込んでくる。

慈愛や、尊敬や、心配や、恋慕。

そういった感情の奔流だ。


「うん、アンタは、頑張ったわ……」


改めて出てきたのはそんなちゃちな言葉だった。

だが、心からの言葉だった。

一方で朗太から返事らしい返事はなかった。

ただ彼は姫子に撫でられるままに身を委ねていて、姫子はその頭を撫で続けた。

教室には優しい時間が流れていた。





だが物語はここで終わらない。


実は朗太と姫子が語らうのを廊下で盗み聞いていた少女がいたのだ。

朗太の独白を聞いて顔を真っ赤にし身動きが取れなくなってしまった少女がいたのである。



名を白染風華という。



白染風華が顔を真っ赤にし立ち尽くしていた。




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