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文化祭抗争(20)



刑を言い渡されてから朗太はキッチンでフランクフルトを焼き続けた。

それはもう沢山焼いた。

何せ姫子がホールに出たことで客足が劇的に増えたからだ。

結果だけ見てみれば姫子がいる間は我らがF組の方にわずかに軍配は上がったらしい。

なぜなら姫子だけではなくそれに次ぐ名声『女神』の名を冠する緑野もいるのだ。

F組の数の勝利と言えた。

というより二姫の片割れに女神擁すF組に勝るとも劣らない集客を叩き出した風華が化け物の様な気もしなくもない。


サプライズで訪れた弥生は誠仁とどこかへ消えていった。

どうやら誠仁と一緒に文化祭を回りたかったらしい。

弥生が誠仁と一緒に出ていこうとした際、誠仁のとりまきの女たちも一緒にぞろぞろ出てきていたので今頃バチバチやっているのだろう。弥生も大人になったものだ。


――とはいえ、これでお勤めは終わった。


「じゃ、抜けるわ、サボってすまんかったな」

「いいさ、気にすんな。手伝ってくれてありがとうな」


朗太が謝ると鉢巻を巻いた日十時は快く送り出してくれた。


「いや、俺が悪かったから。じゃ、頑張ってくれ日十時」

「朗太はこれから部活か?」

「あぁ、これから部活の方の店番だ」


朗太は気合を入れ直した。

なぜならこれから始まるのは筋トレ部の出し物の店番。

生半可な精神力では乗り切れるものではないのだ。

朗太はバチンと自身の頬を叩き気合いを入れ直し、筋トレ部の出し物が行われている2階へ向かった。





「なにこれ」


そして朗太がF組から姿を消してから数十分後のことだ。

学習棟二階のとある教室の前に三人の美少女が立ち尽くしていた。

この学園を代表するような美少女たちである。

何を隠そう、姫子、風華、纏の三人である。

彼女たちが一堂に揃い、道行く人はしげしげと彼女たちを眺めていた。

だがそんな視線をまるで意に介さず彼女たちは目の前の教室の壁面を眺めていた。

実は彼女たちは筋トレ部の出し物に参加する朗太を冷かしてやろうと事前にこの時間に落ちあえるよう準備していたのである。

そして集まって件の教室に来るとでかでかと書いてあるではないか。



『筋 肉 焼 き そ ば』


と。


「なんですかねこれ」


誰に聞くでもなく纏は尋ねた。

中からはジュッ!とホットプレートの上で食材が炒められる音と良い香りが漂ってきていた。


「さぁ、全く分からないわ。プロテインとか入ってんじゃないでしょうね……」

「凄いドーピング出来そう……」


姫子と風華は字面から漂うドーピング感にわなわなと震えていた。

だが味は確かなようだ。


「あー旨かった!」「てか量多すぎだろ!」


少し教室の前で立ち尽くすだけで満足げに腹をさする客がぞろぞろと出てくる。

中から聞こえる騒々しい音からしてもそれなりに繁盛はしているようだ。


とにかくどのような場所か知るには入るしかない。

彼女たちは生唾を飲みながら一歩を踏み出した。


ドアの先には想像以上にむさ苦しい光景が広がっていた。


普通の人の二倍の体重はありそうな筋肉密度の大男たちがエプロンを着ながら野菜を切り、袋めんをあけ、ホットプレートにのせ、焼きそばの素をぶっかけ、

「うおおおおおおおおお!!!」とか言いながら料理をしているのだ。


しかもそこそこの集客があるせいでキッチンは地獄と化していた。


「野菜!! カットしておいたのがある! 山口! とってくれ!!」

「オッケー!! 部長!! 菜箸とってください!?」

「了解だ!!」


大男たちが汗を垂れ流し必死にホットプレートを掻きまわしている。

そんな中に一人ひ弱な青年、朗太もいて


「凛銅!! 仕上げのかき混ぜはもう済んだか!?」

「すいません! まだです!!」

「良いぜ全然!! 気にすんなぁ!! 行くぞお前ら!!」

「「うおおおおおおおおお!!!」」


とか言いながら必死に周りの筋肉男たちのペースについて行こうとしていた。

普段見れない彼の一面が見えて普通に面白い。

姫子と風華、纏はそんな朗太を見てクスクス笑っていた。

程なくして何とか調理を切り上げ一人の男がやってきた。

そして席に案内され彼女たちは焼きそばを注文し着座した。

そうして目当てであった朗太の情けない、笑える様相を、笑みを零しながら眺めていた、



のだが――



一方で朗太。

正直、笑い事ではない。

何せこの筋トレ部の先輩たちは三年に反旗を翻している朗太に『そんなの全然気にすんなよ』とか『俺たちの世代が迷惑をかけて本当にごめんな』とか『筋肉に敵も味方もない。筋肉は常に一つだ』と言ってくれたのだ。

部長の頭蓋田(ずがいだ)に至っては、姫子が行った2Cの劇チケットで食事のサービスが受けられるようにしていた流れに、自分たちも乗ろうかとすら言ってくれたのだ。

そして姫子には内緒なのだが――実はそのシステムに参加して貰っているのだ。

そんな彼らの出し物の手伝いを蔑ろにするわけにいかなかった。

まして自分の事情をくみ取ってこの時間だけの店番で良いとすら言ってくれているのだ。

何とかして店を回さなければならない。

先輩たちの想いに報いるために。

朗太はそんな思いで必死に調理に打ち込み、姫子や風華たちが来ていることなど気が付かず、料理に集中していた。



だが朗太の想いとは反し、筋トレ部主催『筋肉焼きそば』に、朗太が参加したことで最大にピンチが訪れていたのだ。


原因は――


(あの少女たち……!)


頭蓋田は、蒸気の先でのんきに着座する三人の美少女をチラ見した。

姫子、風華、纏である。

彼女たちが来てから客足が爆増したのだ。

彼女たちはなぜか気が付いていないようだが、彼女たちが入店した以来教室内は超満員である。彼女たちが引き連れてきたのだ。

だがそれも当然である。

姫子や風華はいるだけで人の流れを変えるだけの集客力を誇るのだ。

そこに纏がセットになり三人一纏めにいれば集客力は絶大である。

彼女目当てで一気に客が押し寄せてきたのだ。


そうして出来上がるのは地獄の長蛇だ。

延びる、圧倒的待ち時間である。


そしてそれは自分たちの筋肉への侮辱だった。

客を待たせてしまう。

それは己が鍛錬の足らぬ証左である。


そしてそれは――何がなんでも受け入れられないものだった。


筋トレ部部長として、認めるわけにはいかぬことだった。



目を瞑れば思い出す。日々のたゆまぬ鍛錬が。

雨の日も、風の日も、台風の日も、落雷の日も、自分たちは鍛錬を続けたではないか。


それを――否定するわけにはいかない。


否。


否定()()()わけにはいかない。


だからこそ頭蓋田は叫んだ。


「お前ら、外せぇ!!」



◆◆◆



「お前ら、外せぇ!!」


それは突如、耳に飛び込んできた。

火傷をしたかのように速い動きで声の出元へ視線を飛ばす。

するとそこにはホットプレートから立ち上る蒸気で汗をだらだらと垂らす部長がいて


「部長!? 本気ですか!?」


小柄な筋トレ部の男子が思わず聞き返していた。


「頭蓋田、本気か?!」


三年からも声が上がる。

だが部長の頭蓋田は本気のようだった。

彼は険しい顔で言ったのだ。



「今やらなくていつやるんだ!? だからお前らも外せ!!─────『重り』を!!!」





と。




「「「はい!!!!!!!」」」




瞬間、キッチンにいた男たちの手が迷いない動作で手首に伸びた。

小慣れた手つきで腕をまくる。

すると、そこには黒々とした物体が装着されていた。

重り、サポーターである。

そう彼らは信じられないことに、重りを付けながら調理をしていたのだ。

そしてそれら重りを外し、ドサドサドサと地面に落とし、動作確認でもするように腕をひらひら振った後、男たちは言う。


「これで!!!!!」

「速くッ!!!!!」

「動けるぜぇぇぇえええ!!!!!!」


「「「「「うぉぉぉおおおおおおおおおおぉぉおおぉおおおおお!!!!!!!!」」」」


そして彼らは雄たけびを上げながら調理をし始め



「ちょっと―――――!!!!! 野菜めっちゃ吹っ飛んでいっているからーーー!!!!」


それを見た纏は思わず叫び、姫子はドン引きし、風華は腹を抱えて死ぬほど笑っていた。




それから数時間後、


「あー疲れた……」


汗だくで疲弊しきった朗太が校門をくぐる。


「すーっごく面白かったよ凛銅君!」


そんな朗太を風華はパシパシはたいて、


「私もアレにはドン引きでした……」

「私も……」


姫子と纏はげんなりした顔をしていた。


こうして文化祭二日目は終結した。


そして学園内では一つの話題で持ちきりになっていた。


2Cの劇がめちゃくちゃ面白い、と。




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