東京遠足(4)
「大丈夫??」
学校へ向かう電車の中で朗太が座席に腰掛けていると姫子が朗太を覗き込んでいた。
「大丈夫だよ茜谷。大したもんじゃない」
「そっか」
殴られた頬を摩りながら答えると姫子は前に向き直った。
朗太が思いの外無事そうだと知った姫子はフンと鼻を鳴らし腕を組んだ。
「じゃぁどうやってあいつらを押し留めたのか教えてくれるかしら?」
「あぁそれ?」
朗太の視界の先で残す4人が並んで談笑している。
ガタゴトと音を鳴らすこの車内ならば聞かれることはないだろう。
「津軽だよ、裏で糸を引いていたのは。奴の名前を出したら引き下がった」
「嘘でしょ!? どういうこと!?」
姫子は信じられないと目を吊り上げた。
しかしそれが真実だ。
朗太はこくりと頷いた。
「彼らも津軽の名前を出したら逃げ出した。俺も半信半疑だったがどうやらそれで合っているらしい」
「でもどうして津軽はそんなことを?」
訳が分からないと姫子は口に手を置いた。
「結局俺たちは見落としていたんだよ。くじ引き操作の真犯人は瀬戸と同じ班になりたい柿渋だと思っていた。津軽は頼まれて協力しただけだって」
「うん、アンタもそう言ってたわよね」
「でもその認識がそもそも間違いだった」
「どういうこと?」
朗太の言葉に姫子が目を丸くするが、朗太が言いたいのは何てことはない。
当り前のことだ。
「……だって津軽がただの協力者だとしたら、津軽が得るものがない」
「あ!!」
朗太の指摘に姫子は口をあんぐりと開け固まった。
そう、これが朗太の犯した致命的な見落としである。
柿渋を仲の良い津軽がサポートするのは、良い。
しかし公衆の面前でくじを入れ替えるようなリスクの高い真似をするのだ。
いくらそれがふと思いついた悪事でも、津軽にメリットがない、そのような状態でいくら友人だとしてもそんなこと、するわけがない。
だからこそ――
「柿渋が全ての元凶で津軽は協力者かと思ったが、そんなことはなかったんだ」
朗太はポツリと言う。
「津軽も真犯人だった。柿渋さんが津軽に依頼しただけじゃなかった」
「それってつまり……」
「あぁ、柿渋さんが瀬戸と同じ班になるために津軽を頼った。きっと最初は、そうだったんだろうな。しかしただ柿渋をサポートするだけでは津軽に旨味がない。だから津軽もまた、くじを操作することで旨味を得ようとし、柿渋に交換条件を出した。そうして二人は結託したんだ。だから津軽も正真正銘、『真犯人』なんだろうな」
「じゃ、じゃぁ、な、何よ交換条件って!?」
「お前だろうな」
ばっさりと朗太が切り捨てると、姫子は目を丸くした。
そして言われた意味を理解すると、息を飲んだ。
姫子はなぜか柿渋に誘われ同じ班になっていたと言っていた。
あれこそ交換条件だったのだ。
「くじ引きで瀬戸基龍擁する津軽班と、瀬戸と同じ班になりたい柿渋班は同じ班に成ることが決まっていた。つまり、津軽が柿渋に出した交換条件はお前、茜谷を同じ班にすることだ。柿渋が茜谷を班に誘ったことが既に彼らの作戦だったわけだ」
茜谷姫子は誰しもを魅了する圧倒的な外見を有する。
それが今回の事件が起きた一因だったのだ。
「と、ということは津軽は私のこと好きって言うこと!? で、でも私と一緒の班になってどうするっていうのよ!? それってそこまで頑張ること!?」
「そこで出てくるのがさっきの俺をぶん殴った連中だ。おい茜谷思い出せ。今さっき俺はあの中の一人に殴られたわけだが、彼らと最初に会ったのはいつだ?」
「雷門の近くの、あ、そうか!」
「そう、津軽達がすぐそばにいる場所で出会った。そしてあの時、俺たちは絡まれた。……ということは……」
朗太は真実を口にする。
「きっと津軽はお前を不良とかナンパから守る自分と言う姿を演出したかったんだろうな」
茜谷は気が付いていなかったが、あの時、実は津軽が後ろから走ってきてたし。
朗太が言うと姫子は目を剥いていた。
そう、それが遠足前日、
『……アレ?』
朗太が気が付いた真実である。
今回のくじ引き操作がただただ柿渋の支援のためだとすると余りに津軽に旨味が少ないとようやく気が付き、同時に津軽が朗太たちの班の行程表をそれとなく確認していたことを思い出して、遠足で何か仕掛けて来るかもしれないと考えたのだ。
実際に朗太はガラの悪い男達からナンパされる、こと以外にも様々な可能性を考えた。
しかしどの考えも自身の考え過ぎにしか思えず誠仁に『明日は大通りで行くよね?』と連絡するだけに留めたのだ。
確信が持てずあらゆる事態に対応可能な基本事項の確認に留めたのだ。
「あの男たちは津軽の兄とか、そんなだろう。大地に聞いたら津軽には大学生の兄がいるらしい。で、津軽は、兄と仲が良いんだろうな、兄に協力を仰いだんだろう。で、兄はそれを実行。だけど、当日、茜谷にボコボコに言われ、かつ周囲に人の目が合ったから断念。でも余りにも茜谷が糞みそに言うから腹の虫が収まらず、もう津軽の依頼を無視し、俺たちの後を付けたのか津軽に俺たちのその後の行程表を聞き出したのかしらんが、人通りが最も少ない、あの道で現れたってことだ。『津軽』のキーワードで彼らが下がったということはそういうことなんだろうな」
朗太が肩を竦めて自身の推理を披露すると、つらつらと謎を解き明かしていく朗太に姫子は言葉を失っていた。
仰天している姫子に朗太も笑っていた。
当り前だ。こんなの的を見ずに適当に矢を投げて的の中心にぶっ刺さるようなものだ。
「まぁ驚くよな。俺もマジでこんなことが起きるんだって驚いている。でもまぁ今回の事件で一番驚いたのは津軽だろうけどな」
「え、どうして!?」
「だって同じ班になったと思った茜谷が何故か俺に奪われてくんだものビビるだろ」
「あぁそういう」
朗太の言わんとすることを理解し姫子は頷いていた。
確かに朗太は再三にわたり彼の策略をインターセプトしていた
「自分と同じ班だったなら兄貴との工作も楽勝だったんだろうけど、それも潰えた。さぞ奴は焦ったはずだぞ」
まぁ起きたことはそんなとこだな多分。
朗太が総括するが姫子は唖然としていた。
しかししばらくすると「あ!!」と、何かに気が付いたようでパッと顔を上げた。
「自分からあんまり離れんなってそういうこと!?」
「あぁそれ……」
街灯のシーンを思い出し朗太は嘆息をもらした。
確かに今日朗太は『あんまし目の届かない場所まで行くなよ茜谷?』と姫子に注意を飛ばしていた。
つまりそれは――
「まぁお前に何か起きる可能性があると思ったから、その、一応言っといただけだ」
朗太がぶっきらぼうに言うと二人の間に沈黙のとばりが落ちた。
ガタンゴトンと電車が都心を走る。
そうして突然黙った姫子に、どうした? と朗太が視線を向けると
「ごめんなさいね」
両手をこすりながらポツリと姫子は呟いた。
「私、あの時、アンタに酷いこと言ったでしょ……」
確かに言われてみれば、キモイとかなんとか言われた気がする。
しかしそんなこと朗太としてはどうでもいいことだ。
「いや、いちいち気にすることじゃないと思うけど……」
気にするなというが守られていた姫子にとっては深刻な事態らしい。
「ごめんなさいね。私、自分が守られているって全然気が付かなかった……。凛銅が殴られたのだって私のせいじゃない。私があの時、最初にナンパされたとき、あいつらに酷い言葉を浴びせなければこんな風にアンタが傷つかず済んだのに……」
……確かにそれはその通りである。
今回の事件の半分は姫子の舌禍が原因である。
しかし朗太からすれば、あの状況であそこまで勇敢に相手に立ち向かえるのは自分には出来ない偉業だ。だから朗太は突如ショボくれだした姫子に「そんな、気にすることでは無いんじゃ……」と狼狽えながら言うのだが
「ううん。そんな、気にしなくていい事じゃないわ」
姫子は朗太の言葉に聞く耳を持たない。
そうして朗太の瞳を真正面から自責の念に駆られた姫子の瞳がとらえた。
その瞳は吸い込まれそうなほど澄んでいて
(コイツこんな顔も出来んのかよッ!)
と朗太は面食らっていた。会った当初の印象とはまるで違う印象である。
深淵で知性を感じさせる瞳に泡を食っていた。
おかげでその水晶のように澄んだ瞳に朗太は狼狽えていたのだが
『中野。中野。御乗車のお客様は……』
と降車予定だった駅に丁度到着する。
この展開は言葉の接ぎ穂を逸していた朗太にとっては渡りに船である。
「降りるぞ」
朗太は姫子に一声かけ跳ねるように立ち上がりホームに出る。
「ちょっとまだ話は……」
だがその背に姫子の言葉がかかる。
まだ姫子は何か言いたりないらしくバックを抱えて慌ただしく朗太の後を追っていた。
しかし朗太はもうこんな会話、耐えられなかった。
何故か、気恥ずかしく溜まらなかった。
だから朗太は「あの、ホント、今回のことは私なんて言ったら良いか……」と未だ謝罪の言葉をつむぐ姫子に、言ったのだ。
「だからもう気にすることじゃないって」
「でもッ」
「だってな……」
絶対に振り返らずに。
「……良い小説のネタになる、だろう?」
と。
そして耳を真っ赤にしながら告げられたその精一杯の強がりを言われた姫子はと言うと
「……ッ!?」
目の丸くし、顔を真っ赤にし立ちつくすのだった。
そして、この時の姫子の心境変化とは……
◆◆◆
「……ホラ、さっさと行くぞ。どうした?」
数秒後。何故か急に途絶えた足音に、どうした? と朗太が唇を尖らせながら振り返ると姫子が何故か笑みを作る姫子がいた。
その姿に朗太がぎょっとしていると
「今行くわ!!」
姫子は笑みを洩らし駆け寄ってきた。
何か雰囲気変わった?
朗太は先ほどまでとは打って変わってうきうきと自身の横を歩く姫子に違和感を感じていた。
そうして朗太が「え、何か良い事でもあったの?」と尋ねようとした時だ
「今日の働きに感謝して後でポイント5の5入れておくわ」
「その使い方は絶対におかしい!」
朗太は思わず叫んだ。
その後学校へ向かう道中に朗太と姫子のにぎやかな声が響く。
「てゆーかお前反省してんの? 急にうきうきしだしたけど?」
「してるわよ失礼ね!」
「でもポイントの使い方は絶対おかしいから!」
「何よポイントくらい自由に使わせなさいよ!」
「運営的にアウトだろ! 俺の日常生活の評価に使うんじゃねーよ! 通信簿じゃねーんだぞ!?」
「うっさいわねー。たった今5の5に直したけど4の4に落とすわね」
「やめてぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
――そう、時は四月。
新たな恋の季節の始まりだ。
高校二年となり周囲は新たな恋の始まりの予感に浮足立っており、恋に落ちるのはこの姫子も例外ではない。
と、いうわけで約束の第10話でした。
作者の玖太です。
朗太ではないですが、ブクマ、感想、ポイント評価等していただけると大変励みになります。
もし良かったら宜しくお願い致します<(_ _)>
次話で今回の事件が一区切りです。
宜しくお願い致します。