読者はヒロインでした(1)
(よし、上手く行った……!)
朝の教室で朗太は笑みを零した。
――『小説家になりませんか?』というサイトがある。
ネット上では『なりま』と略され愛される、多くのコンテンツを輩出してきた巨大小説投稿サイトである。
かくいう、薄気味悪く笑うこの男、凛銅朗太もこのサイトの利用者であり、この中肉中背の至って普通な男がなぜ朝から気色悪く笑っているのかというのもこのサイトに由来していた。
この凛銅朗太、『なりま』利用者なのだが、ただの『読者』として利用しているのではないのだ。
小説投稿者として、利用しているのである。
そしてついに、彼が金ローを見ていて思い付いたスターウォー◯のオマージュ作品『スターヒストリカルウォーズ』がブックマーク、『202』を記録したのだ。
それはこれまでブクマ4や5を繰り返していた朗太にとって『快挙』といって差し支えの無いものであり
やった……! やってやったぞ……! と朗太は顔に喜悦を浮かべていたのだ。
だが高2のクラス替え直後の混迷期に、取り立てて特徴のない朗太の変化に気がつく者など、いるわけがない。周囲の生徒は「今日の一限現国だっけ~」などと言いながら現実に向き合い授業の準備を進めていた。
のだが――
「お、どうしたのさ朗太」
ここに朗太の異変に気がつく者が一人。
「なんだ、『大地』か」
「随分機嫌良さそうじゃん? なんか良いことあったの??」
親友の舞鶴大地だ。
目を上げると1年次から縁のある学園のいたるところに情報網を持つ親友がいた。くすんだ金髪が特徴の少年である。
「あ、いや何でも無いよ?」
朗太は肩を竦め適当にはぐらかした。
だがその態度に大地は裏の意図を見出したらしい。
何を思ったのか大地はハハーンと口角を吊り上げ、朗太の肩に手を回し囁いた。
「(ま~分かるよ? なんたって茜谷さんと同じクラスなんだもんな)」
「……」
余りに見当違いな物言いに朗太は黙る。するとだんまりを決め込んだ朗太を図星を突かれたからだと判断した大地はいよいよ笑みを深め
(お前だって狙っちゃうよな?)と呟くので流石に否定する。
「いや、少なくともそれが原因ではない」
朗太は嘆息した。
下らない。
呆れる朗太だが、大地がそのように勘違いをしてしまうのも無理ないことも知っていた。
それほどの美少女がこのクラスにはいるのだ。
と、朗太がこのクラスにいる美少女に想いを馳せたときだ
ガラッと教室のドアが開き、当該の人物が入ってきた。
瞬間、教室が水を打ったように静かになった。
「……」
その『美貌』に、思わず朗太も言葉を失う。
入ってきたのは亜麻色の髪をした絶世の美少女。
外国の血が混じると噂される茜谷姫子であった。
その際立った顔立ちと、スラリとしたスタイルで多くの男子を虜にしている、このクラス、いや学年、いや学園でも随一と言っても良いほどの美貌の持ち主である。なんなら盲目したファンは国内随一だなんてアホみたいに持て囃している。それほどのファンをもつ美少女なのだ。
一年次の間に何百人という男性の告白を叩ききったという噂を持つ(本当に噂なのだろう)正真正銘のクイーンだ。
そしてそのような存在に対するクラスの反応は決まったもので
「(うぉぉ、今日も綺麗だな。茜谷……)」
大地は思わず息を潜め、周囲の多くの男子も遠巻きに遅刻して入ってきたどこか不機嫌なアイドルに見惚れていた。
時は四月。
高校二年生になり周囲は新たな恋の始まりの予感に浮足立っており、このクラスも例外ではない。
何せ茜谷姫子という男子の間じゃ国宝級だなんていわれる美少女が同じ空間にいるのだから。
「……」
だが朗太はというと、周囲の男子が姫子に目を奪われている中、一人意識を取り戻しスマホの画面に目を落とした。
別に恋愛に興味がないわけではない。
姫子がタイプじゃないわけじゃない。
朗太とて、こんな息をのむような美少女を生で見るのは初めてだった。
だが手を伸ばしたところで届きっこないし――
何より、『なりま』だ。
ブックマーク『202』。
全世界に朗太の書く話を楽しみに待ってくれている読者が202人『も』いる。
なら書くしかないじゃないか。
今の朗太にとってはクラスメイトの絶世の美女・茜谷姫子より、なりまの方が大事。それだけのことだった。
朗太は溜息一つ吐くと大地が前を向いた後、画面をいじくり、今日投稿する話の続きを書き始めた。
待ってろよ俺の読者!!
朗太はまだ見ぬ読者に想いを馳せた。
だがそんな万能感に浸っていられる時間は長いわけもなく――
事件は4限目が終わった後、『なりま』を開いた時に起きた。
「ハゥワ!?」
『新しい感想があります』
朗太のマイページに感想が届いているメッセージがあったのである。
なりまには感想を送る機能があるのだ。
朗太は即その文字をタップした。
一気に心拍が上昇し始め、こめかみの脈動するのが聞こえ始める。
初めての感想だ。
一気に喉が乾き切る。
一体どのような感想が贈ってくれるのだろう。
一体どのような誉め言葉を頂けているのだろう。
朗太は期待に胸を高鳴らせ画面を開いた。
すると朗太の眼前に広がったのは……
「ほげええええええええええええええええええ!!」
惨憺たる文章。思わず朗太は叫んだ。
投稿者:AKNY
良かった点
本格SFである点。
残念な点
メインヒロインが作者の趣味全開なのがキモイ。ショートカットが好きなのは分かりますが、それに伴う描写がその都度キモイです。もう少し描写をマイルドに出来ませんか?それとヒロインの純情全開展開は主人公に魅力がないと映えません。そしてこの主人公にそれだけの魅力かあるかと言われるとそんなことは無いと思います。2章で急激に主人公が馬鹿になるのがおかげで非常に気になります。この展開要りますか?展開をひねればもう少しうまくやれる気がします。例えば2章開幕で主人公が敵の攻撃の予兆を見逃しシーンがあるが、あのシーンは無くても回るのでカットした方が良いと思います。それと~
といった具合に延々とダメ出しが続き、極めつけに最後には
『これスターウォー〇のパクリですか?』
の一言。
「オマージュだよ!! チクショォォォォォォォォォォォォォォォ!!!」
瞬間、朗太は叫んだ。
なんだなんだ?
朗太の小声ではあるが明らかに悲痛な叫びに周囲の女子たちが眉をひそめていた。
しかし周囲からの忌避の視線も厭わず朗太は頭を抱えた。
馬鹿だった。
読者全員が褒めてくれると考えていた俺が馬鹿だった……。
そして感想という名の怒涛の指摘を受けた朗太はというと
「ど、どうした朗太、死んだような顔だけど……」
「い、いや何でもない……」
傍目からも明らかに生気が抜けていて、そんな朗太を大地は心配そうにみやった。
「なんか、さっき言ってたよな……。あれが原因か? 相談なら、聞くぞ……?」
「いや、大丈夫だから……」
自分を気遣ってくれる心優しい親友の申し出を朗太は手で制し断った。
そもそも、小説とは自分の問題。
誰かに相談して解決するような代物ではないのだ。
まして大地は小説のずぶの素人。相談されても困惑するだけだろう。
だからこそ朗太は友人の申し出を断り
「な、なら良いが…」
大地はもぬけの殻のようになった朗太に眉を下げた。
そしてこのようなことがあったからこそ――
◆◆◆
「こんな時間になっちまった……」
物語が始まるその日、放課後朗太は図書室に残っていたのだ。
指摘された点が気になりすぎて、いてもたってもいられず図書室で自作の展開を練り直していたのだ。
鳴り響くのは下校のメロディー。いつのまにか、もう五時近い。
「しゃーねー」
音楽に急かされ荷物を纏め始める。
あとは家でやるしかないだろう。
と、バックを背負った時だ。ふと明日提出のプリントを自教室に忘れてきたことに気が付いた。
普段は忘れ物などしないのに感想一つでどれだけショックを受けているのだろう。
「はぁ」
朗太は溜め息一つ吐くと、周囲をもう一度点検し私物がないことを確認し、自教室に向かった。
図書室と自教室の間はあまり離れていない。朗太はすぐに自教室にたどり着くと目的のプリントをバックにしまい込む。
そしてこの時偶然にも、朗太は床に何者かのスマホが落ちているのを発見したのだった。
「…………」
後から見れば、これが運命の分岐点であった。
赤い夕陽の差し込む教室の床にポツンとスマホが落ちている。
「……」
これはいろいろ考えさせられる光景だな。
朗太は即座に考えを巡らせた。
スマホの赤いレザー調のカバーからして恐らく所有者は『女』だ。
恐らく、このクラスの女子だ。
だが落ちていたからと言ってスマホを職員室に届ける際に、この持ち主にあった場合はどうだ。
朗太は考える。
落とした相手に非があるとはいえ、このような個人情報の塊を異性に持たれて、その人物が良い顔をするわけがない。
ありがとう! と言うと同時に微妙な表情をするに違いない。人間とはそういう生き物だと朗太は知っている。
それは時に朗太の評判を下げる結果になりかねない。
だが、だ。
いくら何でも落ちているスマホを見つけて、自己保身のためにこのまま放置も人としてどうかと思う。
落とした人は今頃困っているに違いない。
数瞬考えているうちに答えは決まった。
「しゃーねーか……」
朗太は頭をかきながらスマホを拾い上げた。
だが次の瞬間、事態が悪い方向に推移する。
「え゛」
裏返しのスマホの画面が煌々と輝いていたのだ。
それはつまり…
「はぁ!? 画面ロックされてないのかよ!?」
画面がロックされていない。
つまりは現状このスマホは朗太に全ての個人情報を開示してる可能性があるわけで……
状況が不味くなり思わず身を固くした。
その上朗太が狼狽していると、その狼狽すら吹っ飛ばすような衝撃映像が目に飛び込んできた。
「――ッ!?」
その画面が目に入り思わず息を飲んだ。
なぜならそこには見覚えのある画面。
『なりま』のホーム画面が広がっていて、そこに
『AKNY』
先ほど自分の作品に辛口コメントを寄越した読者のハンドルネームがあったのだ。
つまりそれは『AKNY』がこのクラスの誰かということで──
嘘だろ……?!
衝撃の展開に息を飲んでいると、同時にガラッと背後の廊下のドアが開いた。
こんな時に、一体誰だ。
「!?」
朗太は鬼でも見るかのようにさっと振り返る。
だらだらと汗水がたれ、心臓が早鐘を打つ。
すると教室に入ってきたのは
「あ……」
「え……?」
絶世の美少女。茜谷姫子であった。
赤い夕陽が差し込む教室に学園のアイドルこと亜麻色の髪を持つ茜谷姫子が立っていたのだ。
両者の瞳が交錯する。
朗太がなぜ学園のヒロインが今この場所に現れるんだと憤慨していると、朗太の驚き様に姫子も多少なりとも驚いたようだ。ぎこちなく声を震わせ尋ねた。
「あ~……、確か、凛銅君? だっけ?」
「あ、あぁ……そうだけど」
「何してるの?」
「いや、プリントを忘れたから」
明日提出の、と言うと、姫子もパッと顔を輝かせた。
「あ、そういや私も忘れてたわ! 凛銅に会えてラッキーね」
姫子は満面の笑みを浮かべた。
朗太に会えたことで忘れ物が解消されご機嫌のようだ、先ほどまでのぎこちなさなどどこへやら、姫子は自身の机に行くと引き出しから当該のプリントを取り出し「今日の社会科の先生さ~」とか「いや昨日の夜、嫌なことあったから今日不調なんだよね~」などと朗太が聞いてもいない内容を一人大きな声でぶつぶつ話し続ける。この気兼ねの無さが姫子の人気を助長させているのだが、本人はあまり自覚して無いのかもしれない。ナチュラルにモテる性質を得てしまっている姫子に朗太が嘆息していると、姫子は聞いてもいないのにこんなことを言い出した。
「あ、忘れてた忘れてた! 私スマホ探しに来たんだった!!」
と。
(はい?)
朗太の脳内に特大の疑問符が浮かんだ。
朗太は思う。
自分今見知らぬ人のスマホ持ってんすけど? と。
だがそんな朗太の気も知らで姫子は
「どこ落としたのかな~。スマホ落とすなんてマジ最悪」とか言いながら前傾し
「実は昨日の夜にそもそも原因があるのよ! あ~もう考えただけでむかつく……。ってゆうか趣味のためにスマホの画面スリープしないようにしてんのよね……。見つからないとマジでやばいっていう。赤いレザーのカバーなんだけど……」
などと言いながらけつを振りながらスマホを探し続け、ようやく朗太の手に持たれている『それ』を見つけると叫んだ。
「あ、それそれ! それ私のスマホ! 何凛銅! 持ってんなら早く言ってよ~!」
瞬間、朗太は叫んだ。
「お前かああああああああああああ!!!!」
「ギャアアアアアアアアアアアア!! え、なになに!?」
突如発せられた怒声に姫子は自身を抱いて目を白黒させた。
これは本来絶対交錯しない二人が織りなす事件と日常の物語である。
作者の玖太です!
しばらくは連日投稿します!
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