目覚め
すぅーっと頭が冴えてくる。長い眠りから覚めたような感覚だ。そして、思い出す。自分がここに、この世界の大地に立っている原因を。
「あのくそ女神め、俺を嵌めたな。」
恐らく、あの女神と顔を合わせた時点で既に洗脳されていたのかもしれない。思い返してみれば、自分の行動は不可解なことが多い。見ず知らずの神を名乗る女に頭を下げられたくらいで、何故言いなりになってしまったのだろうか。この世界の知識、常識、今の俺は何も知らない赤子同然の知識量しか持っていないのに、何故今まで平然としてこれた。普段の俺なら、もっと貪欲に知識を欲していたのではないだろうか。
あまりにも全てを受け入れすぎている。しかし、女神とやらも、俺を完全な人形にはできなかったようだ。行動の節々は鮮明に思い出すことができるし、その行動は俺が願い、欲したものだ。背中に確かな重みを感じさせる黒鋼剣も、あの謎の黒竜との死闘も、完全に"俺"がした事だ。
それ以外の事は、霧がかかったような曖昧な記憶しかないが、それが自分が率先してなした行動でないことは明らかだ。なにかに導かれるようにしてそうした可能性が高い。つまり、この状況は全部あの女神のせいだ。なにを企んでいるのかは解らないが、善行出ないことは明白だろう。あの白い部屋に来る直前までの記憶はしっかりと存在する。前にいた世界、地球で起きた惨劇も、絶望と後悔もすべて覚えている。この世界に来てからは恐らく、あの女神に決められたルートを辿っていたのだろう。俺らしくない行動ばかり取っていた。しかし、今はそのような気配がない。このオークの群れも昨日の黒竜も、あの女神が仕組んだ事だろうが、結果として俺の糧になりそうなので怒りも恨みもない。きっとこの世界に転生させられなかったら、俺は消滅していただろうから、結果として感謝することになるのか?
「でもまぁ、もう勘弁してくれよって感じだな…」
とりあえず、たった今、俺は完全に自我を取り戻し、洗脳から解き放たれた。何が原因でそうなったのかは…ある程度予想出来たが。確証はない。
「まぁ、小難しい事を考えるのはとりあえず後回しだな。」
そう、今は目の前の問題片付けなくてはならない。オークとかいう魔物から街を守るために集められた、明らかに少ない戦力。本人達は勝てると思っているようだが、前方から迫っている気配の感じだと、億が一にも勝利はないだろう。それ程までのイヤな気配が前方の森から漂ってきている。辺りはゆっくりと陽が落ちていき、闇が支配しようとしている。
「こんなつまらない戦いで死ぬわけにはいかないな。」
まぁ、恐らく俺は、死ねないのだろうが。それでも無様に負けるのは性にあわない。迫るオークの数を確認して、慌てふためくギルドマスターが視界に入った。
「パニックになるの、意外と早かったな。」
魔法使い達が一斉に魔法を放つも、焼け石に水だ。戦士達も果敢に突撃するが、数の暴力には勝てないようだ。既に攻撃部隊と呼ばれた集団は全滅しているようだ。後は、残りの冒険者達で戦うしかないが、もはや負けは確定的。
「今回の依頼、勝利条件は街の防衛だったか。それは果たせそうにないな。」
そう呟き、城門の前に並んでいる冒険者達に指示を出す。
「おい、ギルドマスター。お前は街に戻って住民(避難させろ。俺が、殿を務めてやる。」
「もう無理だ。この街は終わりだ…」
しかし、ギルドマスターは呆然としていて、まともに話せる状態ではなかった。
「これはダメだな。おい、お前ら。逃げたい奴は街に戻って住民と一緒に避難してろ。死にたいやつはここに残って戦え。」
すると、彼等の過半数は勢いよく街に戻っていった。これなら住民は幾らか助かるだろう。残ったのは10人程だ。あまり期待できる戦力では無いがいないよりはマシだろう。
「じゃ、いっちょやりますか。」
さぁ、やろうか。