黒鋼剣
ベッドが二つ並ぶ、宿屋の一室に二人はいた。気まずい沈黙がその空間を支配している。先に口を開いたのはボロボロの黒ローブに身を包んだ白髪の男、エイクだった。
「さっきの事は忘れてくれ。」
さっきの事、とは異形の姿になったエイクがドラゴンの死体を貪っていたことだ。あの後、右腕は煙のように霧散し、元の人間の腕に戻った。それと同時に変色していた目も、元の灰色の瞳に戻っていた。すっかり元の体に戻った後は、自分についた血や肉片を収納袋に入っていた布で拭き取り、街に戻ってきた。その事を忘れてくれ、とエイクは言った。
「うん、私は何も見てないよ。」
そう言うカレンの表情は、陰に隠れていて見ることはできなかった。
翌朝、沈黙が生み出す気まずい空気に耐えられなくなった二人はどちらからともなく宿を出て別行動をとった。エイクはふらふらと街を散策していると、路地裏の奥にさびれた看板が立てかけられた店を見つけた。少し気になり、その店の前まで行くと、そこが鍛冶屋であることが分かった。ふと、武器を昨日の戦いで失ったことを思い出す。丁度、お金もそこそこ溜まってきたことだし、この店で新しい武器を買おう。と思い立ち、その店へはいった。
店内はどこか不気味な雰囲気を醸し出していた。薄暗い照明に照らされた武器が怪しい光を放ちこちらを威嚇しているように感じられた。そんな武器たちが無造作に並べられている。カウンターには誰もいないので、もしかして今日は休みなのかも、と考えながらも武器を物色していく。
「お前みたいな貧弱なガキに売る武器なんざここにはねーよ。」
ぶっきらぼうに言い放つその声とともに、店の奥から頑固爺のような小柄な男が出てきた。
「武器を探している。短剣と両手剣を売ってくれ。」
店主の言葉を無視してエイクは用件を伝えた。
「てめーに売る武器なんざ無いって言ってんだろうが!」
エイクの不遜な態度に店主の機嫌は目に見えて悪くなっていった。そんなことには目もくれずにエイクは店内を物色していく。しかし、ふと、店の一角で動きを止めた。エイクの目の前には肉厚のグレートソードが壁に立てかけられていた。
「おっさん、これ幾らだ?」
「あ? さっきから言ってるがてめーに...」
言葉の途中で店主は目を見開き、動きを止めていた。店主の視界には、先が扇状に広がっている肉厚のグレートソードを片手で持って軽く振っているエイクの姿があった。
「お前、そいつが振れるのか... いや、その前に持ち上げられるのか?」
「あぁ、こいつはいい剣だ。手に馴染む。」
エイクが持っている剣は、最近発掘された以上に重く硬い金属を、達人級の火魔法の使い手が数人で炉の温度を調節して加工し、作った剣である。大変な苦労をして作った割には、ただ固く重い剣になってしまい売れ残ってしまったものだ。その重さは両手剣を主武器にしている冒険者や騎士でも両手でやっと持てるかどうかの重さであり、それを片手で持って振るというのは相当な膂力の持ち主でなければならない。目の前の細身の男がそれを為しているという事実に店主はかなりの衝撃を受けていた。
「で、幾らなんだ?」
「お前、何者だ? その剣がそんな簡単に振れる人間なんざいねーぞ。」
(会話が成立しない...)
店主の対応にエイクは憂鬱な気分になりながらも、かなり気に入ったのか根気よく相手していた。
「ならその情報量としてこの剣を貰おうかな。」
「あ、あぁ、構わねぇ。その剣はまともに振れるやつがいなかったんだ。剣は使いこなせる奴に渡してやるのが一番だ。金は要らねぇからもっていけ。」
意外と気さくな店主に気を良くしたエイクは大銀貨一枚を投げ渡し、その店を後にした。
▽▲▽
木々が生い茂る森に、エイクはいた。武器を譲り受けた後、早くこの剣を試したくなったエイクは、ゴブリン討伐の依頼を受けてから街の近くの森へと来ていた。そこは、昨日の激しい戦闘の跡は無く、いつもの森に戻っていた。周囲に魔物がいないのを確認してから先の戦闘で得た謎のスキルの詳細を確認しようと自分のステータスを開いた。
「《ステータス》。」
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エイク・エイジ 【魔龍人】
21歳
Lv 62 (侵蝕率:12.6%)
固有スキル:【神喰】【錬成】【神眼】【不老不死】
スキル:【武術5】【狙撃7】【体術9】
【回避9】【隠蔽8】【隠密7】
【危険察知8】
魔法:【魔術6】
装備:黒鋼剣
称号:《竜殺し》
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「いろいろ変わったな。でも、そうか... もう俺は、神、じゃないんだな。」
エイクのステータスはかなりの変更点があったが、その中でも最初に目に入ったのが種族だった。魔神から魔龍人に変わっており、一応人間と呼べるものになっていた。
「侵蝕率も上がってるな... それとスキルも一応全部【神眼】で見てみるか。」
【神喰】:神をも喰らう力を得る。代償として精神を汚染される。
喰らった者のステータスを自分のステータスに上乗せする。
【不老不死】:老いることも死ぬことも無い。自分の年齢をある程度自由に変更できる。
【錬成】:原子単位で分解し再構築することで、対象の形を変更できる。魔力などの気体を物質に変換することもできる。
【神眼】:神の眼、すべてを見通す眼。
(侵蝕率):固有スキル【神喰】を発動した際による精神汚染の度合い。一度侵蝕された範囲での能力行使では侵蝕率は増加しない。それ以上の力を求めた場合、侵蝕率は増加する。
「なるほどな。とりあえず人間には戻れたが、人外であることには変わりないのか。侵蝕率に関してはなんとなく理解はしたが... あまりこの力は使わない方がよさそうだ。」
自分の力をある程度理解したエイクは、先ほど譲り受けた剣――黒鋼剣を携えて森を進んでいく。
▽▲▽
試し切り、もといゴブリン討伐の依頼を完遂させたエイクは冒険者ギルドへと報告に行った。
「はい、これで依頼は完了です。報酬と素材買取金額を合わせて、銀貨2枚です。」
今回は試し切りをしたかっただけなのでいつものようにがっつり狩りをすることも無く戻ってきたので、報酬は少なめだった。しかし、受付嬢の報告はそれだけではなかった。
「今回の依頼で、Dランク昇格のための試験を受けることが出来るようになりました。試験を受けますか?」
依頼の達成回数が既定の回数を上回ったようで、ランクアップ試験を受けることが出来るようになったみたいだ。
「それは今からか?」
「エイクさんが良ければ今からでもできますよ。」
「そうだな... じゃあ、そうしてくれ。」
この後は特に用事もないので宿に戻るだけだったのだが、なぜかそれを避けるようにエイクは今すぐ試験を受けると受付嬢に言った。ギルド側ではすでに準備が整っているらしく、受付から出てきたギルド職員の案内に従ってギルドの奥へと進んでいった。奥は訓練場のようなものになっているらしく、そこで試験を行うようだった。
「試験って、何をするんだ?」
試験の内容を聞きそびれていたことに気付いたエイクは、案内してくれた職員に試験内容を聞いた。
「Dランク冒険者になるための試験では、そんなに難しいことはしないですよ。Dランクに相応しい戦闘能力を持っているかどうかを見極めるだけなので、試験官との模擬戦をしてもらうだけです。試験官は元高ランク冒険者が務めてくれていますので、無理に勝たなくても大丈夫です。これがB、Aランクになると実際に魔物を討伐しに行ったり、貴族の護衛などをしてもらうのですが、Dランクは模擬戦だけなので安心してください。」
職員の丁寧な説明を聞き、大体の概要は理解できたエイクは、訓練場のようなところまで連れていかれた。そこには片手剣と盾を装備し、頑丈そうな金属半鎧を身に纏った屈強な戦士がいた。案内してくれた職員が言うには、彼が試験官であるそうだ。
「次は、お前か。見たところ剣士のようだが、防具はつけなくてもいいのか?」
エイクは現在、ボロボロの黒ローブという何時もの格好に加え背中に黒鋼剣を背負っていたるため、魔法使いにも剣士にも見える奇妙な格好をしていた。
「問題ない。剣は自分のを使っていいのか?」
「そうだな...そのサイズの剣の木剣はここには置いていないから、自分のを使うといい。その代わり、俺も自分の剣を使わせてもらうぞ。」
そう言い、腰にさしてある剣を抜き構える試験官。エイクもまた黒鋼剣を抜き放つ。お互いが剣を構え臨戦態勢となったのを確認したギルド職員は、二人から距離を取った。
「ルールは、相手が降参するか、戦闘不能になるかしたら勝利です。殺しや致命傷になる攻撃は禁止です。では、はじめっ!!」
という開始の宣言とともに二人は衝突した。