命知らずな冒険者
冒険者とは、魔物や人間に害をなす動物を狩猟したり人々が出した依頼を解決したりする職業だ。まぁよくあるゲームとかで出てくるアレだ。エイクが今から行くのは冒険者ギルドという場所で、同業者が集まる組合みたいなものだ。カリエに言われたとおりに道を進んでいくとひときわ大きい存在感のある建物が見えてきた。その建物は、物騒な鎧や武器を装備している人々が出入りしている。多分あれが冒険者ギルドだろう。
「あれが冒険者ギルド...」
この世界でエイクはかろうじて知り合いという人間が6人しかいない。しかも金も持っていない。この際食事はしなくてもエイクは死なないから、宿を取って寝る場所を確保する必要がある。路地で適当に寝てもいいが、せめて睡眠だけはしっかりとっておきたい。
(まぁ、この世界での生きる理由は俺にはない。ただあの女神に流されてこの世界にやってきただけだ。今思えばなんで転生なんてしてしまったんだろうな。やっぱり心の片隅で、生きたい、やり直したい、なんて思ってしまったのだろうか。いや、そんなことを今考えても今更だな。やはり適当に死んでしまいたいものではあるが、この体は自害できないようになっている。いや、違うな。やろうと思えばやれないことはない。ただ、俺にそんな度胸はないだけだ。そんな臆病な俺は、冒険者にでもなって俺を殺せる人なり魔物との出会いを探すしかないわけだ。)
そんなことを考えながら、冒険者ギルドへと入っていく。
「これなら、死ねるだろうか。」
冒険者ギルドの受付の列へと並ぶ。武装も何もないこんな格好でも冒険者登録をしてくれるのだろうかと少し不安に思いながらも待っていると自分に順番が回ってきた。ここの受付は若い女性のようだ。
「冒険者ギルドへようこそ! 依頼ですか?」
不安は的中したようだ。どうやら依頼を発注に来た者であると判断されたらしい。それはそうだろう。ボロボロの黒いローブをアンダーの上に羽織り、七分丈のパンツを履きその下に丈の長いタイツを履いた、怪しい格好の冒険者など存在しないだろう。しかも得物も持っていないのだ。これは間違うなという方が酷だろう。
「いや、冒険者登録をしたい。」
「あ、すみません。ではこの用紙に必要事項を記入してください。文字は書けますか?」
そう言って渡された用紙は、名前、年齢、出身地、主な得物、得意な魔法など様々な項目があったが最初の2つ以外は任意なんだそうだ。あと、この世界の識字率はそんなに低くはないが、冒険者というものは学がないものも多いためこの確認をされるそうだ。
「あぁ、自分で書ける。」
名前と年齢だけ記入して受付嬢に渡す。
「はい、ありがとうございます。ではこのカードにあなたの生命情報を登録します。血を1滴たらしてください。 ・・・ はい、登録は完了しました。あなたのランクは現在Fです。依頼を5回連続で成功させればEランクに昇格します。冒険者の規則などは受付横の看板に書いてあるので目を通してください。では、がんばってください!」
(なるほど、そういう風にランクが上がっていくのか。)
DランクとB、Aランクに上がるためには試験を受ける必要があるようだが、そこまでランクを上げる気はないのでさっっと規則などを読み流して、依頼表が張ってある一角へと移動した。
Fランクの依頼はどれも簡単な薬草採集やお手伝いしかなかった。そういえばランクを上げなくても獣や魔物などの素材はギルド内で換金できたはずだと思い出した。
(とりあえずはそれで稼ぎながら採取系の依頼をこなしていくか。)
そう決めたらさっさとギルドを出ていく。
「当面は宿の代金を稼げる程度には依頼をこなしていくか...」
とりあえず今日の所は空いている宿を探して部屋を抑えておこうかと思い、カリエに教えてもらったおすすめの宿を目指して街を歩く。丁度空が赤くなってきたころに目的の宿に到着した。
「『夕凪亭』か。見た目はまぁまぁいいな。おすすめなだけはある。」
周辺の宿に比べて少し立派なつくりの建物ということもあって、エイクは少し期待しながら両開きのドアを開けて『夕凪亭』へと入ると、茶髪をツインテールにした明るい少女が出迎えてくれた。
「いらっしゃい! 『夕凪亭』へようこそ!」
「シングルは空いてるか?」
「すみません、1人部屋は空いていないんですよ... でも相部屋なら空いていますよ!」
「相部屋というのは?」
「2人部屋のことなんですけど、1人で止まるお客様同士が同じ部屋を使うという制度ですね。」
「要するに、他人と同じ部屋で寝泊まりするってことか。」
まぁ、この宿には寝に戻るだけの予定だしなんでもいいか。今からほかの宿を探すのも面倒だしな。
「そうなりますね。でも、1人部屋を取るより安いですよ! 1泊大銅貨1枚です。」
「わかった。5泊頼む。」
「食事は料金に入っていないので、1階の食堂で食べるか外のお店で食べてきて下さい。体を洗うお湯と布は1日に1回無料で配ってるので使う時に取りに来てください。」
料金を受付に渡すと数字が書いてある鍵を貰えたので、その数字が書かれた部屋に移動した。
▽▲▽
結局、部屋の同居人というのはその日は現れず、朝を迎えた。食堂で朝食代わりの果実水を飲み、冒険者ギルドへ向かう。まだ少し早い時間ではあるが朝に張り出された依頼を確認している人や、酒場で飯を食っている人がちらほらいた。エイクは真っ直ぐに受付へ行き、ここら辺の魔物や獣の生息域を聞いた。どうやらこの街の近くには草原と森林がかなりの範囲にあるらしいので、魔物討伐の依頼は絶えないそうだ。依頼を受けていなくても、素材はギルドで買取してくれるらしいので、薬草採取の依頼ついでに魔物を狩ることにするか。そこで一つ不思議なことがあった。
「魔物の素材はどうやって持ち帰ればいいんだ? まさかそのまま持ってくるわけにはいかないし、剥ぎ取ったとしてもかなりの量になりそうなんだが。」
「それでしたら、ギルドから貸し出している収納袋をお使いください。この袋は魔法の袋となっていますので、たいていの獲物はこの袋に丸ごと入ります。容量は、そうですね... 家一個分くらいでしょうか。なくした場合は大銀貨4枚をお支払いしていただきますが、そうでない場合は依頼を受けるたびに基本無料で貸し出しています。」
「そうか。じゃ、それを貸してくれ。」
無事、後顧の憂いをなくしたところで、この街の武器屋に向かった。
露店などで売っている武器はいまいち信頼できなかったので、ギルドの受付嬢に聞いた店へ行くことにした。少し外装が古いが、ギルドの勧めなので品はいいんだろうと楽観しながら店の中へと入った。
「いらっしゃい! 何をお探しですか?」
エイクは基本武器は何でも使えるが、その中でも得意なのが、短剣の二刀流だ。それとは別に好きで使っていたのは大太刀なのだが、この世界には売っていなさそうなのでこれはあきらめることにした。あまり錬金術には精通してはいないが、エイクは【錬成】が使えるので、短剣の品質に関してはちゃんと切れれば良しと思っている。
「適当に安い短剣を2本くれ。」
「見たところ予備として買うのではなく、メインの武装として買うように見えるのですが、そんなテキトーでよろしいのでしょうか...?」
「いいんだ、安物でいいから。」
「わかりました。鉄の短剣が2本で銀貨2枚です。」
武器屋の店主は不思議そうにエイクに短剣を売った。店を出て、買った短剣を腰に差して、ギルドから借りた収納袋を腰に固定する。装備が整ったところで、街を出て、すぐ目の前にあるリゲル草原の横ある、リゲル森林へと向かった。
森の中に入って、人の目が届かないところに着くと、まずは自分のステータスのチェックをする。
「《ステータス》」
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エイク・エイジ 【魔神】
21歳
Lv 4 (1/10) (侵蝕率:1%)
体力:200/200
魔力:400/400
筋力:20
器用:15
耐久:15
知力:10
敏捷:30
幸運:10
固有スキル:【喰】【錬成】【神眼】【魔力支配】
スキル:【再生9】【武術5】【狙撃7【体術9】
【回避9】【隠蔽8】【隠密7】
【危険察知8】
魔法:【魔術6】
装備:鉄の短剣×2
称号:《喰らい尽くす者》
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(ん?レベルは普通に上がっている... もしかして戦闘をしていくと、この世界のルールに従ってレベルが上がるのかもしれない。)
あの女神がした封印は1段階解くごとにステータスが加算されていくと考えると、このレベルアップは納得できるかもしれない。ただ、いまだに侵蝕率というのは理解できないが、後々わかってくるだろうと楽観していた。
「そうか、この世界の人として、育つことが出来るのか。」
すこしだけ、心が揺れる。水面を指でそっとつついたかのような揺れが心を襲う。
「惑わされるな。俺はもう、ヒトじゃない。許されないんだ、あんなことが、許されるはずがない。」
頭を振って、考えることをやめた。
(そうだ、俺は許されない。ならば、この世界で、生きる理由はない。少しでも魔物を道連れにして、俺もあいつの所へ逝こう。)
時刻は昼頃、俺は森の奥へ進んでいく。道中で薬草を何本か摘んだので依頼の方は心配しなくてもよい。心置きなく、敵と戦える。しばらく森を歩いていると、何かの気配がした。【魔術】の『探知』を使って、気配を探る。狼型の魔物らしき反応があった。20匹ほどの群れで固まっている。気配を殺して、忍び寄る。腰に差した短剣を構え、短剣を【錬成】でより鋭くしようとした。
「そういえば、この世界では、錬金術は禁術なんだっけ、詠唱を変えようかな...」
そんな暢気なことを考えながら、ゆっくりと歩を進める。
「よし、これだな。【アルケム】」
そう唱えると、短剣がより薄く、より鋭く変化した。その短剣を両の手に構え、勢いよく群れの中へ飛び出していった。
「ふっ!」
息を吐きだしながら、軽快なステップを踏み、狼の首を切り裂いていく。側転や前転を駆使しながら、アクロバティックに次々と狼を切り裂き、蹴とばしていく。120秒ほどで、20匹いた狼は全滅した。
「身体強化なしでもこんなもんか。でもまだ、体が重いな。」
自分の今の戦闘を評価しながら、狼たちを収納袋にしまっていく。
「今のでレベルが5に上がったな。まだ、足りないな。」
(そう、こんなもんじゃ、まだ足りない。俺が死ぬには、こんな雑魚じゃ役不足だ。)
「早くドラゴンとかに遭遇したいな。」
そんなことを考えながら、森を夕暮れまで森をさまよった。時間も忘れて狩りに勤しんだ。その日の戦果は、狼型の魔物40匹とゴブリン32匹を狩り、レベルが6に上がった。
▽▲▽
冒険者ギルドに着くと、すっかり日が落ちて、ギルド内は狩りを終えた冒険者たちが酒盛りをしていたり、報酬の分け前で言い争っていたりと、喧騒に満ちていた。その中に全身血濡れの虚ろな目をした白髪の男が収納袋を担ぎながら、ギルドの扉を開けた。その瞬間、一気にギルドが静まり返る。時が止まったかのような静けさだ。そんな冒険者たちを彼は一瞥すると、受付に向かった。
「薬草採取の依頼の達成報告をしたい。それと魔物の素材の売却もしたい。」
彼はそう言うと無造作に収納袋をカウンターに置いた。受付は恐る恐るその中身を――収納袋は通常、登録してある人にしか使うことはできないが、ギルド貸出の物は登録していなくても誰でも使えるようになっている――確認する。
「こ、これは... 清算するのに少し時間がかかるので、先に依頼の達成確認をしますね。…はい、薬草採取の依頼はこれで達成です。報酬は素材の分と合わせてお渡しするので、カウンター横にてお待ちください。それと...着替えの方はお持ちですか?」
そこで、彼は初めて自分の惨状に気付いたようだ。
「あぁ、すまない。失念していた。 『クリーン』 これでいいか?」
魔法で手早く返り血を落とすと、カウンターの横に静かに生産が終わるのを待ち始めた。そこまでのやり取りがあった後、ようやく冒険者達の時は動き出した。
「お、おい、今のやつ見たか?」
「いや、見たことねーよ。新入りか?」
「ありゃ、やべーな。関わらねー方がよさそうだ。」
これ以降、彼は命知らずな冒険者、血濡れの黒ローブなどと密やかに噂され、彼とパーティーを組もうとする人はいなくなった。