77
「敵っぽいのは今のところいないな」
『そのようじゃな』
ヒーローズ・アカデミアの校舎より離れ会場へ。
なにせ選手以上に観客が多い。
校舎の闘技場で収まるはずも無し。
会場となるのはアリーナに使われるような広い場所。
円形を形作り、中央にて戦場が展開されている。
「だけどここまで人が多いとは……」
広大な観客席を埋める群衆。
分流することなく鎮座する。
その人数定かではないが、シンクロで把握する熱源は俺の予想の3、4倍以上。
(事前に調べた去年の数字と全然違うぞこれ……)
どういう理由か知らないが今年に限って急倍増。
晴れた空がエリアを照らす、俺は風で覗う風来坊。
シンクロで探知、風で空を警戒、レネによる細分解析、警戒レベルは最高峰。
「————やっぱり私を狙うなら今日よね」
辺りに目を光らせながらも一番の肝はすぐそばに。
ウォーミングアップしながらも口は一段と軽快。
警戒しているが当の本人、シャーロットはこの調子、芯が太いんだか鈍いんだか。
「意外と余裕そうなこと言えるんだな」
「不安は無いわ。だってユウが護ってくれてるんだもの」
天気と同じく一点の曇り無し。
少々リラックスし過ぎな態度に見えるが、これも信頼故と考えていいのだろうか。
もしそうなら、一層期待に応えなくてはなるまい。
「安心してくれ。誰が来ようと指一本触れさせるつもりはない」
「ふふ。頼もしいことね」
口ばっか、いやいや力も達者。
この会場において最も強いのは俺である。
自惚れではなく、これは事実、パラドックスが介入しない純度100%の現実。
「時間的にはそろそろ開会式か」
「そうね。じゃあ行きましょう」
アンテナの感度は最高潮、自己的な自己電波塔、そこに搭載されるは神級レーダー。
陽はまだ上り始めたばかり、開会式を前にして敵来るのは早計か。
来るなら来い、来ないなら来ないでくれ。
運命倒れるのは果たしてどちらか、期待と懐疑を抱いた新人戦が今始まる。
赤い秘密、13:00にてオペレーション開始。
作戦名を赤い雨。
潜入開始まで距離を取った場外で各自待機である。
「首無し、炎煙」
『問題無しだぜえ』
『何時でも出れます』
「よし、指示が出るまで動くな。異変が起きたなら直ぐに報告しろ」
『『了解』』
秘匿回線による通信終了。
首無しと赤煙は予定通りに配置出来た。
(流石の変幻も、これだけ会場から距離を取れば気付くはずも無し)
任務を実行に移すのは午後に入ってから。
トーナメント的には観客がちょうど盛り上がり出す時間。
定時刻になり次第、観客に紛れ潜入する。
緊張抱くこの2つ脚、目の先が小さく目的地を捉える。
「風を感じるか?」
「ええ。変幻の奴とんでもないですね」
「高校生にあるまじき実力、怪物だな」
不規則に流れる不自然な風流。
確実に故意、能力によって造られた世界観である。
おそらく操る風で敵影サーチ、捕まれば最期、隠密は失敗で真向からの衝突となろう。
やはりそれは隣にいる部下も感じている、言語を共有以前に経験が納得するのだ。
「これで銀神もついてるとは……」
「なに世界浸食を使われても問題はない。それにそれ以上の大技も観客いる以上出せんはずだ」
能力統括機関に新たに登録された対世界能力『銀世界』
内容としては外発的能力を封じるという強力なものだが、これはサシの勝負ではない。
自分たちは組織で行動、数という面で圧倒、銃を持ち出せば訪れるのは観客の一方的な殺戮だ。
(更には銀刀なるものもあるらしいが、こちらについても街中、まさか群衆の中で放てるものではあるまい)
神の力を宿す者、使うのは銀の秘儀。
しかしその実応用性は低く、シンプルな内容だ。
つけ入る隙はあると考えている。
「いやはや、むしろ楽しくなってきましたよ」
「気を緩めるなよ」
「もちろん本番には締めます」
気持ちはわからないでもない。
ここまでの大舞台にそう出会うものではない。
死と隣り合わせ、むしろ紙一重で奈落行き。
ただ裏面に化学式は無し、七不思議のように謎でもない。
勝利の先の栄光は何よりも甘美だと予測できる。
「さあ勝負だ変幻————」
出来るものなら赤い血の雨を降らしたくは無い。
しかし犠牲を払ってでも成し遂げねばならないもの。
太陽が真上に現れた時、赤を冠むる我々が秘密を生む。