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「よし、今日の練習はここまでだ」
「「「「「終わったー」」」」」
「明日は本番だからな、しっかり休めよ」
「「「「「はーい」」」」」
ニューヨークで過ごすことに慣れて来た今日この頃。
少し前に契約の期日も折り返した。
それだけ居れば、まあ慣れるのも当然と言える。
「じゃあシャワー浴びてくるわ」
「ああ」
「覗き見は犯罪よ」
「いやしねーから」
「そうだよシャーロット、ユウさんには彼女さんが……」
「……っは! あらあらごめんなさい」
「茶番は止めてさっさと行ってこい。なんらなら練習追加するか?」
「「「「「行ってきます!」」」」」
新人戦を前日に控えた今日。
何時もより内容はだいぶ軽くしたので、まだまだ元気が有り余っている様子。
しかし脅せば一目散、ここに設備されているシャワールームへと逃げるように向かう。
「レネ」
『分かっておる。抜かりはないのじゃ』
流石に俺も一緒にシャワーを浴びることはできない。
部屋の扉を目視できる距離で待機。
その代わりシンクロを中規模で展開、敵の襲撃に備える。
もちろんどんな能力者でも察知できる自信があるが、それでも念には念を。
レネにも辺りを警戒してもらう、これなら例え幽霊でも覗き見は不可能だ。
「しっかし俺が来てから半月以上、なんの音沙汰も無いとはな」
『じゃが敵が存在するのは確か、用心深い、それとも臆しているだけなのか』
「後者だと有難いんだけど、ただ————」
このまま何も起こらず、チャールズ氏の案件が無事終了。
となると俺はイタリアへ普通に帰るわけだ。
しかし、俺が倒してないということは、このニューヨークにシャーロットを襲った人物、襲おうとしている人物が残ってしまう。
契約後にもしかしたら襲われるかもしれない。
護衛はもちろん付けるだろうが、自分より強い能力者ではないだろう。
よっぽどの理由無い限り、まさかSS級以上が1年も2年も護衛の任務を付きっきりでやるとは考えられない。
だからこそ今やる、シャーロットには出来るだけ身軽な生活を送って欲しいのだ。
「結局のところ、敵をぶっ倒して気持ちよく帰りたいよな」
『まあ契約終えた後、我らだけで潰しに行けば良い』
「だな。できればそっちの方が手っ取り早いし、被害も最小限で済みそうだ」
何も起きず、さざ波のように平和であれ。
任期が終わり次第、俺とレネが敵分子を叩き潰しに行ってやる。
契約切れれば、幾つも重なる制約を気にせず全力で戦うことができる。
「だけど明日が不安だな」
『それは試合がということか?』
「それもあるけど、なんせ一般客を入れるらしいから」
明日の新人戦には、1年生の父母や関係者、様々な人が観覧に来れる。
そこに敵が混ざり込む可能性は非常に高い。
木を隠すなら森の中、人を隠すなら群衆の中。
警戒を一層高めなければなるまい。
「何事も無ければいいんだがな————」
出る目が吉でも凶でも使命は変わらず。
綺麗かつ刺激ありの史劇的。
ハリウッド映画が現実に起こらないよう願うばかりだ。
「————全員揃ったな」
ニューヨーク某所。
赤い秘密の本拠地にて、今回のシャーロット・エリクソン襲撃任務の実行員が一堂に会す。
「さて、各人の取るべき行動は既に把握していると思うが、念のため簡単に確認をする」
「へっへっへ! そりゃこれ失敗したらボスの首飛びますもんねえ」
「笑い事じゃないわ首無し。私たちだってタダでは済まない」
ボスと呼ばれる自分。
確認の事象に投げつけられる鋭利な言葉。
鋭い言霊放つのがS級『首無し』
そしてそれを咎めたのが、同じくS級の『炎煙』
この赤い秘密が持ち得る最強戦力である。
「……まず明日の新人戦とやらの観客に紛れる。偽造については各自いつも通りに」
表情、髪色、特徴、仕草、雰囲気、あらゆる面はそれぞれの技術でコーティング。
ここに居るのは皆闇に生きる者たち、今の今まで生き残って来たのには確かな技術と経験がある。
「首無しと炎煙は気付かれ次第、変幻と戦闘に入ってくれ」
「ホントに勝てっかなあ……」
「難しいでしょうね。でも私たちがするのはあくまで足止めよ」
「分かってる、じゃなきゃそんな役受けないっつーの」
プラン的には変幻がコチラの動き、存在に気づいたらすぐ足止めに入ってもうつもりだ。
もちろんずっと気付かなければ、戦闘に入る必要もない。
(だが変幻とまで呼ばれる天災が、我々に気付かないなど絶対に無い)
バレるのは確定している。
気付かれないなど夢物語、ガッカリする隊員も存在はせず、皆重々承知。
ただ学生や観客いる以上、そんなに派手な動きはできないはず。
フィールド状況的にはこちらに分がある。
「残る10名は私と共にシャーロット・エリクソンの奪取を行う」
「「「「「了解」」」」」
明日行われるヒーローズ・アカデミア1年生による新人戦。
再び訪れた絶好の機、多くの人間がいる中なら紛れ込むも、任務行うも最適。
しかし転機に現れた高い壁。
「我々は明日、これまで経験したことのない化物と対峙することになる」
化物、それは変幻と呼ばれる能力者のこと。
脳筋エイラ・X・フォードの相棒という肩書き。
持ち得る能力は3つ、確認出来ていないだけで、実際は4つか5つやもしれぬ。
どちらにせよ、史上最年少でSS級になり、あの黄金の世代に名を連ねる強敵である。
「恐れるな。真の目的はあくまで対象の奪還。伴う敵も人間であり、神ではない」
目的はただ1つ、シャーロット・エリクソンの身柄を奪うだけ。
問題となる変幻も科学的分類では人間、なに神と戦うわけではないのだ。
「赤き王の祝福あれ。秘密の鍵を見つけ給え」
最後に成功を抱くための決まり文句。
我々は逃げも隠れもする、そして任務達成のためならどんな非道なこともする。
「オペレーション赤い雨、開始だ————」