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「今日はバンバン買い物するわよ!」
「そっすね」
「なによユウ、随分テンション低いじゃない」
「いや、どうせ荷物持ちにされるんだろうと思って」
「当ったり前じゃない」
「ですよねえ……」
これと言って音沙汰無しの毎日。
強いていえば新人戦の訓練で音を上げるくらい。
今日も今日とてボディーガード。
休日ではあるが、シャーロットが買い物に行くというので付き添ってる次第だ。
「レッツゴーよ!」
足取りはニューヨークの市街地へ。
一層多くなる群衆の中へと身を飛び込ませた。
「これも可愛い!」
「まあイケてんじゃないか」
「微妙な反応ね、いい加減でしょ」
「そんなことはない。本心さ」
店を転々と巡る。
しかし女ってのは恐ろしい、どれだけ動こうともまったく疲労の色無し。
初めて訪れる場所ってのもあるが、正直クタクタ気味。
(まあ今まで迂闊に外出てる状況じゃなかったからな、今日は楽しんでもらうとしよう)
いかんせん彼女は襲われたばかり。
これまでの護衛のレベルでは買い物なんて出来るはずも無し。
しかし今は俺がいる。
例え魔王が出てこようとも、持ち得る力すべてを使って守る所存。
「でも意外だな」
「意外?」
「ああ、こういっちゃなんだが超金持ちだろ? てっきりブランド店ばかり行くもんだと思ってた」
「んー確かにブランドもいいけど、こういう普通のお店も好きよ」
シャーロット・エリクソンはお嬢様である。
なんせ世界に名を轟かしエリクソングループ社長の一人娘なのだから。
そこで偏見、てっきりブランド物しか興味ないんだろうと思っていた。
しかし行く店は一般向け、普通の女子高生が訪れそうな所が多い。
(もちろん少しはブランド店にも入ったわけだが……)
ブランド店、一度は聞いたことある有名店へ。
初めて入る店内は壮観だった。
まず展示品が少ない、広いスペースあるってのにポツポツと。
漂ってくる余裕感、おそらくそれが高級店なりの見せ方なんだろうけど。
「あんまりブランドで全身固めるって好きじゃないのよね」
「まあ年相応って感じはしなそうだな」
ちなみに俺の母国、日本の女性なんかブランドものが大好物。
中学生からおばさんに至るまで、カバンでも財布でも何かしら持ってる人が多い。
流行に乗せられやすい国柄だと感じる。
「そういえばユウは何にも買わないのね」
「特に欲しい物もないんでな」
「ふーん、ならさ、イタリアで待ってる彼女にプレゼント買って行ってあげなよ」
「彼女って……」
現在進行形で何処に行くでもなくブラブラと歩く中。
シャーロットはエイラにアメリカ土産を買っていけと言う。
確かにと納得、差し入れでもしなければきっとアイツはご機嫌斜めだろう。
(となるとやっぱ食べ物系の方がいいか、いやそれとも……)
考えてみるがハッキリとは決まらず。
好みはある程度把握しているが、いざ決めるとなると難しい。
いや独りで考える必要もあるまい。
なんせ隣には現役の女子高生がいるのだ。
「なあシャーロット……」
「ふっふっふ、分かっているわよ」
「頼みます……」
「任せて! さあ私についてきなさい!」
どうやら心中察した様子。
なんて漢らしい表情なんだ。
これほどシャーロットが頼りな存在と思えたのは初めてだ。
「プレゼントでもっとも大切なのは『愛』よ」
「あ、愛か」
「ええ! まずは気持ち! それから物を選ぶの!」
「なるほど……」
なんか急に勢いが強くなった気がするが、言わんとすることは理解。
そうだな、まずは質よりどう思っているかだよな。
流石は今を生きる女子高生だ。
頼りがいあることこの上なし。
「改めて聞くけど、ユウって聖剣使いのことが好きなのよね?」
「ん……」
「ハッキリしなさい。そんなんじゃ告白うまくいかないわよ?」
「ま、まあ……」
「はあ、とりあえず好きと、ならアレがピッタシね」
どうやらシャーロットの脳裏には既にベストなプレゼントが構想済みの様子。
そして今はそれを売っている店へと移動中。
こういう色恋沙汰になると、母親然り、シャーロット然り、クラスメイト然り、やはり女ってのは目が活き活きしてるな。
そんなこんなで潜り込む高層ビル、中は店が所狭しと並んでいる。
しかしだ、やけに高級感がある、行きかう人もみな上流階級の雰囲気。
「あのーなんかヤバい所に来ているような……」
「いいから黙ってついてきなさい」
「は、はい」
何を言っても通用はせず、ここは大人しく従っておこう。
有無言わない旅も終点へ。
シャーロットお目当ての店へと辿り着いたわけだが————
「あれシャーロットさん? ここって……」
「ウィンストンよ」
「いやいや俺でも知ってるわ! 聞いてるのは何で来たかだよ!」
「声がデカいわ。なにってそりゃプレゼントを買いに来たからに決まってるじゃない」
ニューヨーク生まれの超ブランド店。
入口から既にオーラがヒシヒシと伝わってくる。
今日で幾つも似たような店に入ったが、ここがダントツで凄い。
戦闘力だったら53万、俺はまだ修行中、まず戦える相手ではないぞ。
「さ、入るわよ」
「ちょ待てって」
スタスタと入店するシャーロット、流石場慣れしているな。
いや関心している暇はなし、俺も彼女に続く。
やはり中は余裕感じさせる高級造り、2人しかいない店員さんは女性で、どちらも洗練されたイメージを抱かせる。
「いらっしゃいませ。本日は何をお探しでしょうか?」
なんと丁寧な物腰だ、エイラにも習わせたいくらい。
だがそれも一旦保留、何故ってここまで教えてくれなかった品が開示されるからだ。
一体シャーロットは何を求めてきたのだろうか。
「今日は『指輪』を買いに来たわ」
「指輪ですか、それは……」
「エンゲージリングね」
「っぶ!」
「ちょっと汚いわよユウ」
「いや普通にビックリしたんだよ!」
こんな所まで来て、溜めに溜めに明かされた品は結婚指輪だと?
シャーロットは漢らしくて頼りになると評したが、前言撤回、ただのバカである。
「前も言ったが、そもそも俺たちは付き合ってすらいないんだぞ?」
「いいじゃない別に。気持ちは確かにあるんでしょ」
「それとこれとは話が別だ! しかもまだ結婚出来る年齢でもないし……」
「はあ、こういう時だけ常識者ぶるのね」
「こ、こういう時って……」
一体俺をなんだと思っているのか、何時も規則に従って真っ当に過ごしているつもり。
まあたまにハッチャけることもあるが。
なんにせよ、いくらなんでも過程を吹っ飛ばしすぎだ。
「まだ臆するの? 誰もが、いや世界が貴方たちを認めてるのに」
「…………」
「私のために1ヵ月半も彼女を待たせておいて、決めるなら一発で決めなさいよ」
「一発、か」
「ユウも脳筋の端くれなんだし、深く考えるは止めて、それで常識もぶっ壊しちゃいなさい」
俺も日本人、流れに流れてしまいそう。
いや流されるわけにはいかない。
この日こそは、この事だけは自分自身で決めなければいけない。
抱いた覚悟は軽くない、一生を通して貫き通せる自信がある。
「指輪のほう幾つかご用意致しました」
「ありがとう」
目の前に並ぶ円周数センチ。
その存在はとても重い。
海を知らない人間が、そこに飛び込む勇気。
しかしシャーロットが翼を見せる、1つの飛び方を教えてくれる。
その羽はもっと先に使うと思ってた、むしろ訪れるのかさえ不安であった。
しかしプロセスを放棄、端から端へ飛び越える。
「……これ」
並んだプラチナリング、その中から1つ目についた物。
両隣がダイヤモンドでキラキラと輝く中、それだけは装飾殆ど無しのシンプルチック。
華が無いように見えて、何よりもストレートに感情を伝える。
挑むなら裸一貫、やるなら突撃、嘘偽りが存在しない。
思いを広げすぎだろうか、いやだが、俺は俺としてそう感じる。
「気に入ったみたいね」
「……だけど現実的な話、これを買える程の金持ってないぞ」
俺は今こそこうしてボディーガードの仕事をしているが、これまで能力者として仕事を受けたことは1度だって無い。
だから貯金は他の同年代と大して変わらず、ちゃっかり値段を確認するが、少なくとも一介の高校生が買える代物ではなし。
むしろ平均の3、4倍以上するんじゃないかというレベル。
「なら私が先に払っておいて、後で給料から差し引いておくわ」
「なるほど……」
「それなら買えるでしょ」
確かに今やってる仕事、この報酬はかなりの額。
一流のスポーツ選手かっていう好待遇設定だ。
まだ受け取ってはいないが、少なくとも指輪ぐらいなら余裕で買えるぐらい。
「じゃあこれを買うわ」
「ありがとうございます。少々お待ちください」
下がっていく店員さん。
それに同調するわけでもないが、俺のテンションも下降線。
いや下がってはいないか、どちらかと言うと停滞、決断はハッキリ自覚しているというのに、意識はフワフワと浮いているよう。
「今のうちにプロポーズのセリフ考えておきなさいよ」
「ぷ、ぷろ、でもそうか、これプロポーズになるのか」
「はあ、ホントに大丈夫?」
「もちろん。ただビビってるつもりはないんだけど、なんか緊張する」
ゴチャゴチャと考えていても埒明かず。
突っ込むなら突っ込む。
ダメならダメで潔く玉砕しようと思う。
「あれ、大分開き直ってきた?」
「開き直るって、まあ、ここまで来たらなんか吹っ切れたよ」
「ふふ、ならよかったわ」
シャーロットに誑かされたわけではない、指輪も選ばされたわけではない。
これは全て俺の意志である。
覚悟も感情もひっくるめて殴るようにぶつけるつもり。
これこそハードパンチャー、これぞ脳筋スタイル。
「お待たせしました」
「ありがとうございます」
「頑張ってくださいね」
「ええ」
会計は済み、ロゴの入った高そうな袋を受け取る。
この三辺数センチの箱は魂の具現化。
店員さんにも応援され、店を後にする。
「ちゃんとタイミングは選ぶのよ、それから服装とか……」
「シャーロット」
「それからって、なによ」
「一番大事なのは恰好じゃなくて、気持ちだろ?」
「あら、良くわかってるじゃない」
この答えにお嬢も笑って返す。
そうとも、俺はまだ脳筋見習いであった。
しかしステージアップ。
常識を吹っ飛ばす、この時だけでも、アイツにふさわしい脳筋としてぶつかるさ。
「ただ学校の連中に言うなよ」
「っそ、そんなことするわけないじゃない……」
「守らなかったら訓練追加だ」
「分かった。分かったわ。成功するまで黙っておく。だからこれ以上のは勘弁して————」
やはり言いふらすつもりだったよう。
釘を刺さなければどうなっていたか。
(こりゃ一番に報告する相手はシャーロットになりそうだな)
結果どうあれ、ここまで振り切った選択になったのは彼女に出会ったからこそ。
俺にとって今年最大級のイベントが決定。
考え要らずに本能で語る所存である。