74.5 with Boring and Lonely
「————退屈だ」
ユウがアメリカに行ってから数日。
充実しない日常、冗談を言う相手もいない、この環境での時の経過はとても遅い。
歴史の呼び起こし、もしくは逆転。
ユウと出会う前まで過ごしていた億劫な毎日の再臨。
「素振りでもするか」
身近な変化として、私はなんとか3年へと進級した。
しかしこれといって良いことも無し、いっそ留年してユウと一緒にアメリカに行きたかった。
いや文句を言っても仕方なし、嫌なことは忘れる、私の脳はそれに関してエキスパート。
つまりはフェイクハート、心の吐露を強引に紛らわせる。
現実に戻れば、既に授業は終え閑散した教室、隣に伴う者も居ず独りで練習場まで向かう。
聖剣携え暖風身体に、髪が宙に囚われる。
「む……」
何を考えるわけでもなく闊歩、何時も使う練習場へと辿り着く。
しかしそこには珍しく先客。
活力に満ちた表情、まだまだ練度の低い動き、四苦八苦しながらも全力で試行する者たち。
おそらく1年生、それが10人程度だろうか、なんとも楽しそうに思える練習風景。
しかし気付く、その中に混ざる知り合いを発見したのだ、そしてどうやら相手も感づいた様子。
「お、フォードじゃないか」
「……エイガー先生、何をしているのだ?」
「放課後居残り練習だ。授業じゃ足りないって言われてな、こうして残業というわけだ」
「それは大変だな。だが喜ばしくもあるか」
「ああ。今年の1年生は特に意識が高い、これもお前たちのお陰かねえ」
曰く、実践教科の担当としてエイガー先生が面倒をみているよう。
これまでの数日間は基礎的なことを教えていたそうだが、もっと強くなりたいと言われ、こうして居残って練習をしているらしい。
「先生、この方ってあの……」
軽くエイガー先生と談笑していたが、離れたところから1人の女生徒が近づいてくる。
それに伴い周りの生徒たちも呼応、集団となって現れる。
「そうだな一応紹介しておこう、知らんわけも無いだろうが、3年のエイラ・X・フォードだ」
「「「「「おおおおお」」」」」
デカいリアクション、自分で言うのもなんだが私はそこそこ有名なのだ。
この学園に入学する人間はほぼイタリア人だろうし、同世代ならなおさら。
きっと良い意味でも悪い意味でも知られているはずだ。
事実、今相対する1年生たちからは好奇の視線、他にも畏怖や尊敬などあらゆるものが混じったのを感じる。
絵具の色を合わせれば最終的に辿り着くのは『黒』
結局私が感じてしまうのは光がない、その真っ黒な混ざり物の感情なわけだが。
「折角だフォード、こいつらに生の力を見せてやってくれないか?」
「……別に構わない、ただ何をすればいい?」
「丁度さっきまで自律機械で模擬戦をしていた、そいつと戦ってくれ」
「わかった」
この練習場の中心にあるのは、白いロボット?
なんとかかんとかという人物が創ったものだそう。
まあ要は人工の戦士、冷静な判断を持ち、備え付けられた刃を得物とする。
人工物故能力は持っていないが、そのパワーとスキルはなかなか、らしい。
(私の前ではただの棒立ち人形にすぎんがな)
皆私の戦いが観れるということで一歩引き目を見張る。
しかし戦いという戦いにはならないだろう、なんせ私は最強を目指す者なのだから。
エンターテイメント性は完全排除。
戦闘に甘い感情は無く、相手が誰であろうと真剣に。
「よし、俺の合図で始めるぞ」
「ああ」
聖剣を握る、解き放つ光の眩しさ。
隙なし、油断なし、負ける気なし。
人外との戦闘機会だし、この溜まった鬱憤をぶつけさせてもらうとしよう。
「それでは、模擬戦開始!」
相対するロボットに電流奔る。
おそらく中でごちゃごちゃと考えているのだろう。
「————強化」
しかし戦いに深い思考なんて要らんのだよ。
強化を流し聖剣に勢いを、この身は昇華、一次元上へと。
機械仕掛けの速戟も意味はなし、人形が刃を振りかぶったとき、私は既に懐へと到達している。
「穿て、聖剣」
憂さ晴らし、ストレス発散、大膨張させる聖剣の力。
膨張の先は破裂、刹那に十字光が輝くが後は淘汰。
美しくも恰好よくもない、武骨なまでの暴力で胴体中心点へ風穴を空ける。
だが穴と認識するのも僅かな時、金属は融解、重厚な脚より上は圧倒的熱量で塵と消える。
「終わりだな」
「あ、ああ」
「私はもう行くとしよう、頑張ってくれ先生」
きっと残業代は出ないだろうがな。
それでも生徒は先人を求める、教えを受けれることの幸せ。
原型無くした人形に背を翻す、エイガー先生に一言残してこの場を去る。
群衆から出れば再び人無きの世界。
「早く帰って来いユウ————」
この声は空へと、風へ流され消えていく。
ユウは何をしているだろうか。
私は退屈で退屈で、そして寂しい。
願うは時間の経過、早く会いたいという思いだけである。
「すっげえ……」
「私たちが10人がかりでも苦戦してたのを一撃だよ」
「やっぱまじかで見るととんでもない化物だな」
「試合で当たったらリタイアだわこれ」
「でもクッソ美人なんだよなあ」
「それそれ! まじで一瞬女神かと思った!」
フォードが去った後、静寂だった空間は打ち砕ける。
各々が思ったことを濁流のように口に出す。
そりゃさっきまで戦っていた、苦戦していた自律機械を一瞬で葬られたわけだから、彼らがテンション上がるのも致し方ない。
(しっかしこの機械高いってのに、随分荒れてるなフォードのやつ)
値段云々はフォードには関係なし。
ただいつもの天真爛漫、いやバカさかげんは薄く、終始俯き気味の様子だった。
能力の使い方についても荒っぽかった気がする。
おそらくという推測の言葉付けずとも、理由は明確。
「……アイツがいないからか」
アイツとは俺の生徒にしてフォードの相棒、現在留年を回避するためアメリカに留学中の男である。
普段からずっと一緒にいる2人、それこそ離れているのは授業中くらい。
(なんせ授業の合間、短い10分休みですらフォードはヨンミチに会いにくるしな)
引っ付きぱなっしの関係、急に乖離すれば心情変化は大きいはずだ。
俺は教師、生徒の個人的関係にまで口を出すのもあんまりだが、エイラ・X・フォードという人物にはヨンミチはもはや欠かせぬ存在だと感じる。
あいつらは似ていて、そして互いに依存し支え合う。
まさに一蓮托生の権化である。
「お前ら、フォードは別格だからな。すぐに追いつける存在ではないぞ」
「心底わかってますよ」
「うん! まずは目の前のことからだよね!」
「ならば良し」
今年の国際小隊戦でフォード小隊が優勝したことで感化、新入生たちの意識は全体的に高い。
現在進行形で面倒を見ているこの1-Aは特にその傾向。
ポテンシャルもさることながら、持ち合わせる高い向上精神、非常に将来有望であり、学園長が生きておられたらさぞ喜んだことだろう。
「てかフォード先輩を怒らせたら大変なことになるよな」
「ああ。止められる奴いないだろうし」
「先生でも無理ですよね?」
今なおフォードの強さ打ちひしがれる時間は続く。
ポンポン新たな話題が展開されていく中で、生徒に尋ねられる。
曰く、フォードがキレたら学校が潰れるんじゃないか。
あるいはこのローマごと吹き飛ばされるのではなか。
そして、それを阻む者は存在するかというものだ。
「教師の俺が言うのもなんだが、戦っても瞬殺されるだろう。止めるのは不可能だな」
「ですよね……」
「並みの能力者では話にならんさ、なんせSSS級の聖剣使いだ」
伝説級の冠は伊達ではない。
特にフォードは攻撃超特化型、近接戦で敵うわけもなし。
となれば、あと止められる可能性があるのは万能系の能力者、魔女王を例に出すのもどうかと思うが、そういう数多の手を極めた者ぐらいである。
だが運命的なことに、そんな万能の能力者がこの学園には1人いる。
しかも神を連れ、魔槍を所持するというオマケ付きで。
「なに心配するな、ここにはあの男もいる」
「あの男って……」
「エイラ・X・フォードの相棒、そして変幻の名を持ち————」
世界を支配する同調、宿すは銀眼、半身に刻んだという羅刹王の力。
そして彼女と最も近しい視界を持つ人間。
「留年するぐらいの不勉強な男、ユウ・ヨンミチという脳筋だよ」