73.5 with Red Organization
「————それで、準備の方はどうなっている?」
ニューヨークのある時刻、ある建物、ある部屋で語られる闇の行い。
秘密事項、人には決して言えない良からぬ計画。
明確で的確に、相対する男に問われるのは進捗状況、事の運びである。
「大体の準備は終わっています」
「そうか」
「しかし、1つ厄介な問題が浮上しました」
「厄介な問題?」
確かに人員の配置や指示は大方伝わっている。
前回のような失敗はもう許されないのだ。
今度こそ成功させる、性能向上、意識向上、そんな自分たちを笑うように突風の如く現れた新たな障害。
「実はシャーロット・エリクソンに、新たな護衛がいることを確認しまして」
「ほう、今度はAAAランクか?」
前回彼女を襲撃したときに張り付いていたのはAからAA級程度の学生だった。
数の点で勝っていたこともあるが、滞りなく計画進行。
結局あと一歩のところで逃がしてしまったが、護衛を倒すのは容易だった。
しかし、今回新たに確認された護衛はそんな生半可な相手では無い。
「守護者は、SS級の『変幻』です」
「な、なんだと!? あの脳筋の相棒か!?」
「はい。間違いありません」
「なんということだ、まさかエリクソンがそんな怪物を引っ張ってくるとは……」
相対する男は予想以上の相手に驚愕露わに。
自分だってそう、監視役の部下から報告された時はまさかと言葉を失った。
何故、どんな繋がりで、理由は不明だが常識外の化物が我々の前に立ちはだかったということに間違いはない。
「なんとかできるのか……?」
「断言は出来ません。しかしこちらの戦力はAA級以上が十数人、S級が2人と数では勝っています。作戦通り攻めれば勝機はあるかと」
報告によれば変幻はまだ我々に気づいていない。
ならばこそまだチャンスは残っている。
電撃作戦、隙を逃すことなく仕留める。
だが目の前の男は不安の表情、最後であろう言葉さえも————
「……もう失敗は許されんぞ?」
「心得ています」
もともと一度失敗して目の前まで迫った絞首刑台、今回の件で台の下は海へと変化。
崖っぷちの先、もう絶対に引くことの出来ないところまで来た。
「我々は、あの男の計画をなんとしてでも止めねばならない」
「はい」
「頼んだぞ、赤の秘密」
この男の依頼で動く自分たち。
その組織の名は、赤の秘密。
特に名前はなかった中で、その過激なスタイルからそう呼ばれるようになった。
今ではそれが丁度いい。
例え何人の命を散らそうとも、この任務はやり遂げてみせる。
赤の秘密結成以来、最も大きい仕事が始まった。
『ユウよ』
(分かってるよ)
『ならば良し。しかし随分とヌルい監視よのう』
(ああ、距離を取ってるつもりだろうが、気配の消し方が下手だな)
波乱万丈の始まりからほんの数日。
意外や意外、クラスの連中含め、見知らぬ学生から話しかけられるくらい予想外好発展。
正直ないくらい、あの思惑はどこにいったんだってレベル。
特に酷い怒涛の休み時間を終え、今は真面目に座学を受けている。
(授業中でも嫌な奴の視線は感じる、きっとこれがシャーロットを狙ってる奴等だな)
こちとら留年、真剣に授業を受けなければいけない。
しかしだ、そんな勉強中でも敵を察知したのなら意識を別方向に向けても仕方なし。
監視してくる連中にバレないよう装い、静かに黒板を見つめる。
ただし、脳内ではレネと撃退プランを絶賛試作中である。
(シャーロットを守らなくちゃいけないわけだし、何時もみたいに突撃は出来ないんだよなあ……)
『じゃな。一瞬でも隙を見せるべきではない、危険な行動は避けい』
(しっかし下手くそな監視だ、いや、もしかしてわざととか?)
『それはあるまい、この視線は本物じゃ。紛うことなき三下のものじゃよ』
(ですよねー……)
相手さんは人員不足なのだろうか。
油断させるための罠かと思ったが、どうやら雑魚ということで間違いないらしい。
視るなら視るでもう少しプロフェッショナルを連れてきて欲しい。
こんな大胆に監視されていては授業をサボることも出来ない。
「えーっとこの問題を、じゃあヨンミチ君」
「あ、はい」
試行を中断、思考を数学へシフト。
現れるのは黒板に描かれる幾何学、何のために学ぶか解からぬ数式たち。
問題自体の答えは分かる、なんせ教科書は既に頭にインプットされている。
だが数式も常識も、俺には何も教えてくれない。
全身は前進、白い石灰の粉が手に付着、淡々と導き、一筆書きの回答が終わる。
「はい! 正解です!」
「「「「「おおお」」」」」
驚くなって、これでも1つ年上。
年齢主張しなくとも、俺にはシンクロという能力もあるのだ。
『まったく、何のために学ぶかわからんのう』
(ホントだな。でも流石に高校卒業の資格くらいは欲しいんだ)
席に戻れば窓から感じるバレバレ視線。
学校居る最中、四六時中こんな調子なんだから、いやはや疲れてしまう。
当たり前の話、周りの連中は監視に気づいていない様子。
無知は恐ろしいというが、感覚キレ過ぎるのも問題だ。
(とりあえずノートをとるか————)
何事もないように、何もかも知らないように平凡を演じる。
こうしていると普通に学生をしている感覚。
そして、もしかしたら敵は錯覚。
変幻が新たな守護者であり、そして我々に気づくことなく学校生活を送っている、なんて印象。
(仮にそんな考えだとしたら甘い甘い、襲って来たらどでかいカウンターぶち込んでやるよ)
能ある鷹は爪の隠し方を心得ている。
一撃必殺、この平和が流れる日常の中で、俺は誰よりもこの爪を静かに研いでいる。