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「入学おめでとう諸君」
盛大な入学式を終え、それぞれのクラスに移動。
俺はシャーロットと同じSクラス。
この学校もイタリアと同じく実力でクラス分けが行われる。
字で察すると思うが最上級に該当。
「担任を務めるのは私ライザ・ハサウェイ、よろしく頼む」
担任は金髪で結構美人な教師。
まるで中学生の妄想を具現化したようなシチュエーション。
視覚を疑うかもしれないが、リアルを本当に語っているのだ。
「ここに集まったのは将来有望な卵たち、お互いに切磋琢磨し上を目指すように」
お約束のように先生から送られる定番ワード。
しかし周りの連中、隣の席にいるシャーロットもウンウンと頷いている。
(高校生活の始まりだもんな、そりゃテンションも上がるか)
ありきたりな言葉も新入生にとっては華の香り。
なによりも色づいて見えていることだろう。
俺は留年して1年生だから、なんも湧かないというのが正直なところ。
しかしそんな憂いた唯一人を見てか、ライザ先生がまさかの切り替えし。
「まあこのクラスには例外として、既に上に立つ者もいるがな」
いい話の途中のはずなのに、何故か俺にガッツリと視線を向ける。
その視線転換に合わせクラス中の視線も同時に俺へと集中してしまう。
そして向いたら向いたらで先生なんも言わないし、なんかリアクション起こせってことか。
「俺は、まだ上にいるつもりないですけどね」
「史上最年少でSS級に認定され、変幻とまで呼ばれる君がかい?」
「まだまだですよ。それに、相棒はもっと強いんで」
「確かに、それもそうだな」
分かっていたことを分かったように空虚で納得な笑い。
そして周りからは、俺が変幻としっかり確認できたことでヒソヒソ話を開始。
『やっぱりあの変幻だったんだな』
『でも確か俺たちの1つ上、2年生じゃなかったか?』
『本物だ本物! やべえよ!』
『腕のタトゥーやばいよね? 高校生のセンスじゃないよあれ』
『そういや朝はエリクソンと一緒に登校してたぜ』
『なにそれ!? でも変幻って脳筋と付き合ってるんじゃ————』
(俺は年齢的には高校2年生で、この刻印は俺の趣味ではなくて、護衛なんだからシャーロットと一緒に登校するのは当たり前。全部筒抜けだっての……)
「はいはい、静粛に静粛に」
騒がしくなり始めたクラスを静止。
最初にこの反応をされると思ったが予想以上、それなりに知名度は上がった模様。
しかし上がるのはいいが、面倒ごとには巻き込まれたくないものだ。
「それじゃあ自己紹介から、ではヨンミチ君どうぞ」
「俺からですか?」
「皆気になってるからね、トップバッターだ」
外からの襲撃にも備えるため、俺の席は窓側、その一番後ろである。
ちなみに右隣は当たり前だがシャーロットである。
確かに周りはずっと俺をチラ見、俺に辿り着くまでの人たちの自己紹介は耳に入らないだろう。
(仕方ない、さっさと終わらせるか)
「セント・テレーネ学園から留学生として来ました、ユウ・ヨンミチです」
所属を明らかに、事実俺は留学という形で来ている。
その真の目的はシャーロット・エリクソンの守護、オマケとして単位稼ぎも付属している状態だ。
ただ真の目的などとぶってはいるが、契約上そのことの口外は許可されている。
そりゃそう、理由も話さずシャーロットにひたすらくっ付いていたらストーカー、仕事を円滑にするためにも守護者をしていることは言葉に出す。
「一応こっちに留学している最中は隣席の、シャーロット・エリクソンのボディーガードの仕事をしています。よろしくどうぞ」
こんなもんでいいだろう。
あくまで金稼ぎ程度の仕事として、そういう説明だ。
まさか来月以降に大事な案件があり、それに伴う危機管理故などとは言えるはずも無し。
「はいありがとう。では真面目に自己紹介を始めていこうか」
真面目にって、俺のはおふざけだったんですかね。
いや文句は言わず、口を噤む。
席順に忠実に順序良く、座した順番での正規スタート。
しかし俺の意識ははっきりしているようで、どこかあやふや。
どの名前も右から左へ抜けていく。
空に浮かぶ白模様、それはどことなく留年故浮いてる俺に似ている気がした。
「それじゃあ我が校伝統の、能力紹介を行います」
曇天の自己紹介からネクスト、場所は地下に広がる巨大空間へ。
まるで地下闘技場、ニューヨークの地上はビル群がところ狭しと並ぶ。
そりゃこうして地下に造るしかないわな。
「S組はここを使うわ」
そう言って辿り着く一画の空間。
行われるのはヒーローズ・アカデミアの伝統らしい能力の紹介だそう。
そんなん意味あるか、と言ってやりたいが郷に入っては郷に従う。
俺は知らなかったがシャーロット含め周知の事実らしく、やるしかあるまい。
「じゃあトップバッターは……」
ネタくさいネタくさい、なんだそのあからさま過ぎるフリは。
皆も俺の方をチラチラ、いや、凝視し始めてるし。
自己紹介と同じね、やりますよ、やりますとも。
『他のクラスはここで待機だ。しっかりと目に焼き付けておけ』
自分的には重い腰を上げ、前へでようとした矢先。
この空間の上層、観客席になっている場所へと1年生らしき人間が続々と入場。
タドタドした足取りで席を埋めているではないか。
「ライザ先生、なんすかアレ」
「かの変幻の能力を是非とも見たいと言われてな、折角なので他の1年生クラスを呼んでおいた」
「余計なことを……」
「まあいいじゃないか。本物を生で見れる日などそうないんだ」
先生の言う通り、このヒーローズ・アカデミア・ニューヨーク校には現在S級以上なのは俺だけ。
こういっちゃなんだが教師陣含め、この学校で最も強いのは俺、しかもダントツで。
『良いではないか、せいぜい格の違いを教えてやれい』
(格の違いって、俺はそんな偉ぶりたくないんだけど……)
『かっかっか。強き者は、いつの時代も勝手に持ち上げられるものよ』
(そうかねえ……)
レネは誇示に前向きな模様。
そうこうしている間にアメリカン・オーディエンスがスタンバイ完了。
騒めきは段々と治まり終着へ、静寂が始まりの時を待つ。
絶妙なタイミング、ライザ先生が改めて能力紹介に関しての説明をし始める。
「では説明、この闘技場の中心に模擬人形を用意した。自己の能力をこの人形に向けて放ってもらう」
曰く人形にどれだけダメージを与えられるかというもの。
それがそいつ放つ攻撃力の尺度になり、世界にどれほどの影響力を持つか知ることができる。
また、発動速度、範囲距離も大体はここでハッキリするわけで、今後の小隊戦での参考にもなる。
つまりはお互いの探り合い、ライバルたる同世代の戦いはもう始まっているのだ。
「支援系の学生も、とりあえず人形に能力を使えば数値として力量は出る。もしくは他の能力者を仕立て役として使っても構わない」
回復や操作などの能力者は派手さがないとのこと。
派手にさせるためなら他人を使っても大丈夫だそうだ。
でもそれじゃ測定に、いや、これはあくまで紹介なんだ、考えすぎも良くあるまい。
「これ以上説明も皆待ちきれないだろう。早速だが本番といこう」
手短説明、俺のバトンが今度こそ具現化。
国際戦とまでいかないものの、こんな大衆の前で能力をお披露目することになるとは。
「じゃあシャーロット、行ってくる」
「手を抜くんじゃないわよ」
「本気出したらこの会場潰れるって」
「……ん、なら8割」
「まあいい感じに決めてくるよ」
群衆より一歩抜きんでる。
ただ物質的には一歩二歩、しかし能力については千里先に。
俺はこの場に居る誰よりも強い。
俺はこの場に居る誰よりも理解。
エイラ・X・フォードの相棒がこんな所で醜態晒すわけも無し、全力兎も角それなりのものを見せるつもり。
定められた位置へと仁王立ち、非公開無し、一掴みするこの両手、準備は整った。
「それでは、SS級『変幻』ユウ・ヨンミチの能力紹介だ。瞬き一つするなよ諸君」
随分俺を買ってくれているようで。
いいとも、こんな留年生で良ければ披露しよう。
ただ決してギャラは、安くない。
「大気同調」
即座にシンクロを展開、この空間の大気すべてを青く染め上げる。
風に流れて聞こえてくる観衆驚愕の騒めき。
まだプロローグ、ここからが本編、ストロングにばっちり決める。
天の川のように煌めく青色流星群、場を完全支配。
いつもだったらこのまま人形を大気圧で潰せばいいんだが————
「テンペスト、魔風を起こせ」
特別大サービス、腕と脚の刻印に干渉、大気にプラスして魔風も起こす。
そして俺が立つこの大地を天災襲うある種地獄の世界へと変える。
あらゆるところに神を狩る黒き風が吹き荒れ、抵抗しようも同調した大気が強制巻き込み。
さながら羅刹の王のような出立、嵐の力は今吹き荒れ万物また言葉さえも飲み込み無と化す。
「集まれ」
この空間中に散った風を模擬人形へと集約。
ウズマキ渦巻く空気爆弾。
破裂寸前の風船のように膨れ上がる三次元世界。
そして一気に————
「爆ぜろ」
瞬く間、それこそ先生が言う通りの瞬きする暇もなく。
世界が割れた、そう感じるほどの煌めく瞬間の爆発。
周りが気付いた時、轟と爆風が炸裂。
感情無き単純物質の人形はミクロ破片となって死を遂げる。
「能力じゃ壊れないはずの人形なんだけど……」
風に今流れるのは観衆の上昇心拍音、そして止まった呼吸。
驚愕で静寂のビートの上、吹っ掛けた張本人ライザ先生の心情が初めて刻まれる。
「それ、普通の能力はって話じゃないんですか?」
「ははは……」
「これでも大分気を使った方です。それと先生、俺はそう安い買い物ではないですよ」
安い買い物ではない。
伝わったかは知らないが、要は、いいように使うなということ。
単位取るという名目もあるが、メインは護衛。
万が一に備え、出来るだけ力の消費、またシャーロットと遠ざかることは避けたい。
勝手に俺を動かそうとするのは御免被る。
例外として従うのは、相棒の頼みくらいのものだ。
「じゃ、じゃあ次の生徒————」
打って変わってギコチナイ進行。
周りもそうだ、既に俺は退場したというのに、未だ目の前で起きた光景に飲まれている。
だがその気持ちは分かる。
(俺もレネに会った時、その圧倒的な力に畏怖して思考止まったからなあ)
『その話で例えるのなら、こやつら小童の前ではユウも神じゃな』
(そんな大したもんでもない、だけど近寄り難い存在にはなったはずだ)
天地空いた格の差、これは弊害と障害を生む。
きっと俺は怖がられ、クラスでボッチ確定だろう。
(だがこれでいい、少しでも関係ない人間が戦いに巻き込まれる確率を減らさねえと)
実例としてシャーロットは既に一度襲撃を受けている。
それが計画性の伴った、もしくは目的あるものだとしたら、今度こそ確実に成功させようと再襲撃を仕掛けてくるはずである。
結局の話、エイラ並みに強い、最低でもS級以上でなければ戦いの邪魔。
巻き込まれようものなら俺が他の生徒まで守らなければなるまい。
(そんなメンドクサイことは御免なんでね)
という想定をして自分勝手な行動をとっているわけだ。
どうせコッチに居るのも1、2ヵ月、孤独になるとしても最善の一手を打つのみ。
「あのー」
だが思惑は狙いハズレてマイナス点。
孤独を気取った俺に話かけてくる者が現れた。
しかも女の子が4人まとめて、こりゃ一体どういうことだ。
「えーっと……」
「同じくクラスのクラリスです」
「リサでーす」
「メイジーと言います」
「マーサ」
名前はあやふやだったが、確か4人とも俺と同じSクラス。
それにしてもこんな空気で話かけてくるとは、一体どんなメンタル、一体どんな目的なのか。
「彼女たちは私の小隊メンバーよ」
「シャーロット……って小隊メンバー?」
「そう。中等部から一緒よ」
「「「「一緒」」」」
なんでも中等部時代から結成した小隊のよう。
その隊長シャーロットの護衛となれば、まあ多少は話かけやすくなるわけか。
「えっとヨンミチ先輩って呼んだ方がいいですか?」
「ユウでいい、それに敬語も特に使……」
「「「「わかった!」」」」
「……躊躇らわないんかい」
完全許可出す前に見切り発車。
それ社会的にはイエローゾーンだぞ。
「質問質問! さっきの能力がシンクロってやつですよね!?」
「そ、そうだけど」
「あれって結局範囲どれくらいなんですか?」
「うーん、とりあえずこの学校中は普通に範囲圏内かな」
「「「「おおお」」」」
段々と変わっていく場の雰囲気。
壇上に上がって能力紹介する奴ですら気になって見てくる始末。
なんというか、、冷えた空気にガンガン暖房を焚き始めたような感じ。
氷漬けたはずの世界が融解していくよう。
「私も質問、さっきシンクロ以外に別の力も使っていませんでした?」
「お、あれに気づいたんだ」
「自分精霊瞳を持っているので、それで」
「なるほどな。まあ軽く、ホントに軽くネタバラしするとだな————」
1年と侮っていたが、なかなか良い質問を突いてくる。
俺の能力を冷静に分析した上で気になった部分を訪ねてくるのだ。
そのお尋ね者たちの真っすぐな目よ、関係を遠ざけたいはずなのについつい応えてしまう。
「じゃあこの場合だと————」
「それはこうして————」
「え、なら相手が近接オンリーだったら————」
「万が一になれば相棒が————」
「あれれフォード様頼り————」
「っぐ、あ、あくまで緊急すぎて緊急する時だけ————」
俺の話がよっぽど面白いのか、それとも単なるバカなのか。
シャーロット含め女5人がゲラゲラと。
ところがどっこい、聞き耳立てた奴等も笑い出す。
するとどうだ。
さっきまで対極磁石のように離れていた連中が集まり出す。
挙句俺に質問を飛ばしてくるまでに発展。
「ちなみに今回のボディーガードのギャラは?」
「流石にそれは、って先生!?」
「ははは、さっき安い買い物ではないと言われたからな、気になった」
「勘弁してくださいよ……」
もうだめだ。
完全に終わった。
能力紹介なんのその、もはや討論会、それを通り越してお祭り騒ぎ。
クラークなんかを見ているとアメリカ人はかなりグイグイ行く性分に思えていたが、想像的中。
粗相なぞもはや気にも止めず。
「握手してくださーい」
「ちょっと次私なんだけど!」
「押すなって!」
「いやいや質問を先に————」
(どうやら、最後に飲み込まれたのは俺自身だったみたいだなあ……)
俺が年上ということも相成って、なし崩しの先輩対応。
太陽のように煌めく若き視線の山々、そんなに一気に注がれると火傷するくらい。
少し離れたところでシャーロットもクスクスと笑ってる。
思惑一周回ってなんとやら。
このニューヨークで送る生活も波瀾万丈なものとなりそうだ。