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何度目になるかのフライトを終え降り立つ。
アメリカ合衆国ニューヨーク州。
本日晴天、ビルとビルの隙間から自由の女神が顔を見せる。
目指すはニューヨークの中心、雇い主チャールズ・エリクソンの居宅である。
「とりあえずタクシーを捕まえるか」
少し歩いて大通り、行きかう人々は多彩の一言。
白人も黒人も黄色人も、本当に様々な人で溢れている。
(俺の刻印も軽くチラチラ見られるくらいだし、体面的には住みやすそうだ)
まだまだ暑い季節、流石に長袖を着る気にはならない。
タトゥーのような、刻印を刻んだむき出しの腕と脚。
見た目若いということでギャップがあり、たまに見られるが全然気にするレベルのものではない。
(お、あのタクシー止まってくれた)
目の前止まる黄色の車体、特に苦労することもなくタクシーをゲット。
意外とスンナリ捕まえることができた。
ただ日本みたく自動で扉が開く様式ではないらしく、早く乗れみたいな合図を出される。
はいはい乗りますとも。
荷物はリュック1つ、身軽にパッと乗り込む。
(なんせ持ってきたの下着と貴重品くらい、あとで服は現地調達しないとな)
海外渡航をナメ過ぎだろうか。
だがこれぐらいの考え方で十分、旅行に来たわけでもなし。
「どちらまで?」
「えーっと、この紙に書いてある所に行きたいんですけど」
「……おお、こりゃけったいな場所に行くもんだ」
事前に住所メモっておいた紙を見せる。
予想はしていたがそこは一等地、大富豪が住むビル群の中心らしい。
学生の俺が行く場所としては、適しているとはとても言えない、つまりは不似合い。
当たり前だが違和感、軽く疑るような視線を向けられる。
「それにしてもお客さん、結構若いのに随分イカしたタトゥー入れてんなあ」
「は、はは……」
「まさかギャングってことはないだろうが、面倒ごとは勘弁だぜ」
「安心してください。普通の、学生ですよ」
「ホントかあ? まあとりあえずはこの住所まで行きゃいいんだな」
なんやかんやと仕事はしてもらえる様子。
ギャングと尋ねる割には気さくなかんじ、もしかしたらジョークの類だろうか。
固めの座席に腰かけ、窓より見る生のアメリカ、建物が所狭しと並び立つ大都会。
「そういやアンタ、どこかで見たような顔だな」
「いやあ、気のせいですよ」
「そうかねえ……」
このおじさんは俺の顔に見覚えがあるのだろう。
心当たりはある、それは国際小隊戦、そして数週間前の式典、これは世界中継されていた。
タクシーに乗る少し前までは気配遮断をしていたが、流石に車内では通じまい。
『見渡す限り人ばかりじゃなあ』
「そりゃここは世界的な大都市だからな、人が多いのは当たり前」
「どうしたんですお客さん?」
「あ、いや、なんでもないです」
レネとの会話をつい言葉に出してしまう。
そりゃ独りで会話するわけでもなし、運転手に話しかけたと思われるのは必然か。
今回は制約ばかり。
その中で2ヵ月の留学、思えば編入するクラスは皆俺より年齢1つ下、やりにくくなければいいが。
どうにも前途多難の生活になる予感。
(でもまあなんとかなる、か————)
「これだよなあ……」
数十分の移動を経て目的地へ到着。
最後まで俺が誰だ誰だと悩んでいたおっちゃんに礼を言って別れる。
目の前に現れる、というか目の上まで高く建った超高層ビル。
とんでもない高さ、想像もつかないメートル数、素人でも此処がヤバいところだってわかる。
「さあて、気を引き締めてきますか」
おそらくニューヨーク中でも屈指の金持ちしかいないであろう住宅ビル。
エントランスへと向かう途中ですれ違う人、彼らはみなボディーガードを連れており、どことなく品がある。
一目で別次元と分かる存在ばかり。
こんな手抜きの服装、警備員らしい人から送られる視線、経験が感知、そこには警戒の念が含まれている。
だが気にする必要はなし、俺は別に暴れに来たわけでも何でもない、真っ当な理由があって来た。
(そのはずなんだけど……)
静かにシンクロを発動、薄く張り巡らし襲撃者予備軍を感知。
右、左、前、後、明らかに動きが可笑しい奴等が数人いる。
その気配を完全に消した一糸乱れぬムーブと位置取り。
(こいつらプロだな)
俺を静かに見ている、いや、正確には首狩るタイミングを見定めている。
一体どうしたものか、入国審査の時もそうだったが俺を危険視しすぎじゃなかろうか。
ただし実力はそんなに、十分独りで対処できるレベル、殺気も本気で入っちゃいない。
とりあえず真っすぐ進んだ先、受付らしいお姉さんのところへ足を進める。
「どのようなご用件でしょうか?」
「俺は四道 夕、エリクソン氏に会いに来ました」
「では確認を取りますので、少々お待ち……」
「待つのはいいよ。でもお姉さん、ナイフなんか握ってどうする気?」
「……っ!」
「未熟だね、練度が足りないよ」
襲撃行動はバレバレ、隠してる武器もみえみえ。
来訪のこと伝えた後、お姉さんはナニカを取り出す素振り、だがそれはペンでも紙でも電話でもない。
鋭利に研がれたナイフ、既にシンクロで存在を把握していたさ。
しかしお姉さんもバレているならお構いなしと、堂々と攻撃を仕掛けようとする。
それは周りも同じ、様子をうかがっていた何者たちらの一斉攻撃が始まった。
「はあ、大気同調————」
大気と同調、旋風をこのエントランスに巻き起こす。
人工的な自然災害が発生、高そうな花瓶とか絵画、インテリアもあるがお構いなし。
どんな理由あれコイツらから襲ってきた、これらは自己防衛。
躊躇なしに風という暴力で叩き潰す。
ぐしゃりと地に伏せる襲撃者、衝撃でガラスが割れ破片が散乱、無関係な人たちからは悲鳴が上がる。
傍から見れば、俺は平和な世界に一太刀入れる悪役だろうか。
「弱い弱い、もう少しマトモな奴はいないのか?」
突風は去る、一迅で一蹴、暫定で敵と思われし人間は片付けた。
流石に殺していない、意識を断っただけ。
だが唯一として、目の前にいたお姉さんは一層手を緩め、意識を残しておいた。
「そんで、一体何が目的なわけ?」
「……っひ」
「いやそんなビビらなくて……」
「ゆ、許して!」
おいおい勘弁してくれよ、最初に襲ってきたのあんた達だろうが。
お姉さん本気で怖がってる様子。
俺はちゃんと手加減したし、なおかつ無関係そうな人は巻き込まないという超紳士マインドの持ち主。
半べそかかせるような悪い人ではないんだが。
(この人ビビりすぎて会話が成立しないし、これからどうするか)
だが俺の思考は一旦停止。
それは新たに俺に接近する者の到来。
「いやはや、噂に違わず見事な暴れっぷりだねえ」
「ん、あんたは……」
この疑似殺戮された空間、俺をある意味賞賛し、悠々と現れるのは夏だというのにダークスーツ着こんだダンディ男。
彼の登場にお姉さんはポカン、そして助かったと号泣し始める。
「初めましてだ。ユウ・ヨンミチ君」
その年齢不相応の若々しい笑みを浮かべる男の名はチャールズ・エリクソン。
今回の依頼主にして、おそらくこの茶番を仕掛けたであろう人物だった。