70.5 with Promise
「まさかユウが留年するとはなあ」
「俺も信じられないよ」
「はっはっは。まあ仕方あるまいよ」
アメリカへと旅立つ1日前。
空が夕暮れに染まり、閑散としたローマの地で。
俺はエイラと2人で過ごしていた。
そして語る場は、こいつと初めて出会った始まりの教会。
ようやく修繕を終えた、聖人ペテロの眠るサン・ピエトロでである。
「たいして時間は経っていないというのに、随分懐かしく感じる」
「あっという間だったのは確かだな」
エイラと出会った春の夜。
月が照らす中、剣と槍でひたすらに打ち合った。
挙句この教会を破壊、あのあと聖職者の方々に怒られたのはいうまでもなし。
その説教中でさえエイラはうたた寝、俺の横でゲンコツをもらっていたのは記憶は新しい。
「私も一緒にアメリカに行きたいんだがなあ」
「そりゃキツイだろ、仕事も兼ねてるわけだし」
「だがお前がいないと、こう、なんだ、ウズウズするぞ!」
「落ち着かないのは俺も一緒だよ」
最初は敵対、そこから時間と感情に流され辿り着くここまで。
途中培ってきた絆の軌跡、いつでも隣にはエイラが。
イタリアに来たあの日から、日常、戦場、どちらも一蓮托生で過ごしてきたんだ。
それこそ身体の一部、強化同調を使っていないというのに思考筒抜けのような気持ち。
(でもこれからの2ヵ月はエイラと会えない、また独りの毎日が始まっちまうわけか……)
なんとも言い難いこの感情この感覚。
言い表せない複雑な思いが、心臓をノック、歪な心拍数を生み出してしまう。
何かを言おうとして、なんにも残らない。
首元数センチまできた単純だが複雑な思い、それは声帯を通らず無音として押し殺してしまう。
「帰ってくるのは10月だったか」
「正確には10月初頭らしいけど」
「なら、秋祭りは間に合うな」
「秋祭り?」
「学園祭ともいう。毎年恒例なのだ」
「へえ、そんなイベントがあるとは知らなかったな」
曰く10月半ばに行われる学園祭、入学したばかりの生徒を含め交流するのが目的だそう。
伝統の行事らしく、出店があったり、劇をやったり、戦いを隔絶した単純なる娯楽の祭典らしい。
「ユウがいれば祭りはもっと楽しいぞ!」
「嬉しいこといってくれるなあ、じゃあ早く仕事を終わらせてこなきゃな」
「うむ! 頑張って来い!」
「ああ————」
前向きかつ露骨なまでに素っ裸な言葉。
表裏一体、裏表一切無し、だからこそ俺はエイラに惹かれ、信じられる。
シンプルで明快、優しさ、厳しさ、嫉妬、怒り、そのまんまの感情をぶつけられる。
「祭りの後、夜にはダンス? みたいなこともやるのだ!」
「フォークダンスってやつか」
「一緒に踊ろうユウ!」
「また豪胆な誘い方で。まあこんな初心者でよければ付き合うよ」
「ああ……! 約束だぞ!」
エイラはこれでもかと嬉しそうに返事に返事をする。
ダンスか、そんなイベント知っていれば普通男たる俺が誘うべきなんだろう。
だが知らぬものは仕方なし、それにそんな些細なこと気にする奴じゃないか。
「ダンスの技量は気にするな。なんせ私も躍ったことは人生一度たりともないのだから」
「……んー偏見かもしんないけど、イタリア人で経験無しって珍しくないか?」
俺と同じ、エイラはダンスをしたことが一度もないそうだ。
ヨーロッパ系は慣れてるもんだと思ったが、案外そうでもないのかも。
「誘われたことがな、一度もないのだ」
「そりゃ……」
「逆に誘ったとしても断られる。きっと皆私が怖いのだろう。中には手を触れることすら恐れる者もいる」
「……」
「だからこの約束は私の人生で、お前が初めてだ」
最初は軽い誘いだと、楽しむだけの薄い願望だと受け取った。
実際エイラもそんなに重く考えてはいないのかもしれない。
だが俺は錯覚する、そんな相棒の二言三言、その言葉放つ表情は決して軽くはない。
儚い笑顔、なんでそんな顔するなんて言えない。
お前はもっと太陽のように、悪いことすべて跳ね返すぐらい。
バカみたいに笑っていて欲しいんだ。
(そろそろ、この気持ちにもケジメをつけないとな)
エイラがこんだけ内を露わにしてる。
思い出すよ、吸血王倒しに行って森で遭難、腹が空いてる中で分けてくれたチョコレート。
言わずして墓場まで持って行くつもりだった、俺の人間嫌悪も受け止めてくれた。
俺がどんな時どんな心情でも、お前は笑顔で受け止めてれた。
「エイラ」
「うん?」
「アメリカから帰ってきたら、学園祭の時でいい、お前に言わなきゃいけないことがある」
「今ではダメなのか?」
「……ああ、待っていてくれるか?」
でかい信念を打ち立てる。
これは深淵へと導く死亡フラグか?
でもエイラから学んだ、何度も言う、阻むものはなんであろうと打ち砕く。
例えそれが神が仕組む悪戯だとしても。
「分かった。待ってやるとしよう!」
「ありがとよ」
「ただ、いざ目前にしてやっぱ無理は無しだぞ?」
「そんな情けないことはしない、たぶん」
「ふっふっふ。大丈夫か?」
「問題無し、楽しみにしていてくれ」
自分でハードル上げたか、いやこれでいい。
ゴチャゴチャしたものすべて片付けて、重りとなった鎧を全部取っ払った後。
真っ裸にしたこの心で伝えよう。
お前のことが————