69
「————聖剣使いの相棒まで付いてきのかよ」
エイラと共に次元転移に飲まれ何処かへと。
果てなき白が続く空間、時間という概念を感じない無空間。
宇宙の違う星、まるで銀河を渡った先、未知なる世界が広がる。
そして目の前の真白に黒一点、立ちふさがるは邪とされし神の姿。
『ここは、天界の1つじゃ』
「その通り。この世界は俺を俺足らしめる絶対の領域だぜ」
『はなから真魔王を供物とする気じゃったな、邪神よ』
「ああ! まあ本当は違う奴に使う気だったんだがなあ!」
レネとアガレスの会話が跳ねる。
ここは天界というらしい、あの神様がいると呼ばれる場所だ。
しかし此処には教科書で見るような神殿も柱も無い。
ひたすらに、清々しいほど白が続いている。
そして邪神が口にする『違う奴』
現実世界で蔓延る偽物魔王たち、師匠の意味ありげな言葉、一体こいつらはナニを見ている?
「……違う奴ってのは誰なんだ?」
「ああん?」
「魔女王も意味深なことを言っていた。ここはハズレだってな」
「かっかっか! そうかそうか魔女王はコイツを失敗と見なすか!」
求めた答えは返ってこない、邪神は高笑い。
単発完結型、様子を見るに魔女王が自分の味方ではないことを知っていたような。
もとより最強と称される魔女王が、俺を見逃した時点で感づいていただろうが。
「その様子じゃあ、銀神は何も教えてねえんだなあ!」
『…………』
「滑稽滑稽! そんな奴が銀を宿し? 羅刹王と魔女王の加護を受け? 相棒は聖剣使い? こりゃ大爆笑もんだぜええええええ!」
教えなど受けていない、断片すら行動の過程でたまたま知ったことに過ぎない。
エイラも同じ反応、むしろ話の流れすら理解を出来ていなそうだが。
どちらにせよ、この世界には俺が、いや、俺たち人類が知らないナニカがあるのだ。
「人間ってのはなーんも知らねえんだ、なあ銀神?」
『我は元々アレに興味は無いのでな……』
「嘘つくなよお!? いや、お前程の力があれば本当にそうなのか?」
『ふん、下らんことよ』
水面の滴、無作為に広がる波紋の形。
心も同じ、疑問の輪が共鳴増加、謎に謎が覆いかぶさる。
「いいぜ、少しだけ教えてやる。これから起こるのは戦争だ!」
「戦争……」
「しかもタダの戦じゃねえぞ! 人も! 魔族も! 神々すらも巻き込んだ超大戦! それこそラグナロクなんて比じゃねえくらいのだ!」
彼の邪神は神々の黄昏を超えると。
しかしそんなこと本当に起こりうるのか、現界できるのも神の中では一握り。
それ程の大きな火種となるものも、この地球には無いだろうに。
「もうこの星に戦いの種はねえってか?」
「……ああ」
「甘い甘い! 一番ヤバいのは上から! つまりは『外』から来るもんだぜえ————」
上を見上げる、何処まで続くかもわからない一色空。
見出せるものは無し、空虚な記憶媒体、理解の及ばぬ話だ。
「てことだ。もう聖剣使いの方も待ちきれねえようだし、そろそろぶっ殺してやるよ」
横でずっとエイラがうずうずしている。
だが改めて思う、この世の中は不可解なことで溢れている。
怪奇で奇抜で、そして美しい。
俺の隣にいる相棒もそう、見た目に似合わぬ力を持つ。
「ユウ、やるぞ」
「おう」
「「強化同調」」
久方ぶりの強化同調を発動。
青と黄金が入り乱れ、エイラの強化が俺に、俺の同調がエイラに流れる。
血管全てが繋がったように伝わる心拍音のリズム。
エゴイズムを共有、超二人主義、過ごした日々を思い出し身体に重ねる。
数学定理を完全否定、1と1を足せば100となる。
「じゃあいくぜええ! コイツが俺のとっておきだああああああああああああああああ!」
忘れてはいけない、この世界は俺のシンクロ通じぬ神の領域。
アガレスにだけ特化した唯一無二の空間なのだ。
雄たけびと同時、この白き世界に色彩様々な光が現れだす。
赤、青、黄、緑、黒、輝きは妖精のようにふっと現れ、辺り一帯を虹色に染める。
「こいつらは全て魂! 俺が持ち得るのは、ここにあるもんだけだ!」
視界回し360度、単位は無限、眼球埋め尽くす虹色、これは全て魂という。
レネの話を思い出す。
現実世界において、神は全力を出せない、それはどんな高位の神も同じ。
曰く制約がある、絶対的に神力の不足、様々な理由で。
だからこそ、アガレスはこんな無限に等しい魂を持ちつつも、現実世界ではあんな数十体の魂しか蘇らせることができなかったのだ。
だがしかし、ここは神域。
神が神たらしめる、神が全開で戦えることのできる超上の場なのである。
「魂統合!」
スーパーノヴァと同じ、周りの星々を巻き込むように、散らばった魂がアガレスへと集約していく。
開帳から統合、一度垣間見た魂たちは邪神の身体へ消えていった。
再び訪れる真白の景色、だが黒一点だった神の姿、それは若干にして大きく変化。
生命体の最終形態、これが神と言わんばかり。
あらゆる色を混ぜた先、神々しとまで思える暗黒色の神力を放つ。
「これは骨が折れそうだ」
「もとはと言えばエイラが挑発したんだろ」
「ふふ、まあな」
「笑うことじゃねえって」
「そうかもしれん、だがユウ、お前も笑っているではないか」
「いや仕方ない、こんなに面白い展開はないんだから」
目の前に居るのはクドイようだが、神である。
客観的に見て、現実世界で全盛期のレネより一回り小さいくらいに神力量。
いや勝手な予想だ、そんなことは止そう。
考えるなら動く、塞がるなら突破するのみ。
「さあ、殺し合おうか脳筋ども」
アガレスは長剣をその手に召喚、纏った漆黒が伝播する。
負けない、コッチにも光の剣の担い手がいる。
それに————
『本気か?』
「同調してる、エイラの神力を横取りする」
『無茶苦茶じゃのう、失敗すれば死ぬことになるぞ?」
「どちらにせよ敗北は死、それならやってから死ぬよ」
『かっかっか! 確かに戦とはそういうもの! あい分かった、神刀を使おうぞ!』
出し惜しみは無し、手を抜こうものならあの世逝き。
そうはさせない、残しておいた神力、そして繋がったエイラの神力を注ぎ込む。
この両眼は輝きだす、銀光が加速、神の御業を顕現。
なにも目の前に神がいるだけではない、この目の中にも神はいるのだ。
「銀刀、顕現」
この手に握る美しき銀の刀、スラリと伸びた刀身が黒を反射する。
強化の力、更に昇華、その存在を高みへと。
「行くぞ!」
「ああ!」
疾風迅雷、突風を超え音切りとなってこの世界を駆け抜ける。
踏み出した脚が風を切り裂く、握った刀で前傾姿勢。
俺たち十八番、初手突っ込みである。
「響かせろ魂剣!」
敵方から放たれる超次元破壊モーション。
振り下ろされた剣、轟と音を立て大地を粉砕隆起、進路を断たれつつ身に危険が迫る。
「刻印!」
「強化!」
飛び交う物質破片、強化した風で強引に押し返す。
強行突破で活路を見出す。
突発的で瞬間的、人間という種を超えた反射と連携を叩き出す。
「銀刀解放!」
『銀世界を展開! 僅かな時この戦場を銀と変えようぞ!』
シンクロで場を支配できないのなら、同じく奇跡で対抗する。
真白を彩る白銀、しかし黒までは浸食を許さない。
だが戦場を小細工無しのパラレル脳筋ワールドへ。
法定速度をガンスルー、一方通行で一刀を抜き放つ、銀の影から出るのは黄金の爆風。
「聖剣!」
「ソウルイイイイタアアアアアアアアアアア」
黒剣と衝突、凄まじい衝撃波、白き砂塵が吹き荒れる。
なんとか視界と進路を確保、心配なし、間髪入れずに進撃する。
「三重強化! 経験同調!」
強化を重ね重ね、エイラと同調しつつ、刹那の時だけレネの技を手にする。
俺だけでは決して出すことのできない一刀一刀。
エイラに重奏、大会とは違う殺すための連撃をはじき出す。
「霊魂弾って……銀世界があったか!」
アガレスはどどうやら外発系の奇跡を使おうとした様子、残念だったな。
だがその縛りは俺たちも同じ、もう魔風は放てない。
しかし刻印は健在、自分の底に眠る魔力を鼓舞、全力集中一点集中、師匠より受け取ったこの力を覚醒。
風はダメ、しかし神殺しの呪いを銀刀へと纏わせる。
『神殺しの神刀、なんとも矛盾した理よのう!』
神の刀でありながら、神を殺すための力を持つ。
同族嫌悪、いやいや俺は人間、もしくは脳筋。
くだらない常識を振るい去る、思いを乗せてこの四肢動かす。
(エイラなんて何も考えてないしな!)
思考の流入は相棒を減退化させてしまう。
疑いなし、根拠なしの信頼、迅雷の如く剣戟を続ける。
「聖剣使いとその相棒! 滅茶苦茶つえええじゃねえええかああああああ!」
そうこう言われ切り裂かれる腹部、掠った頬から血が滴る。
エイラも無傷とはいかず、致命傷を最低限避けるだけで身体中に無数の傷を負う。
強化同調はなにもメリットだけではない。
相棒が受けたダメージは俺にも伝わる。
(ほんと出血多量で死ぬんじゃねえか!?)
だがアドレナリンとかエンドルフィンとか、よく分からないものが分泌。
心臓がありったけの血液を排出、指先足先にまで行き渡るが、こめかみにはどうやら回らないよう。
「エイラ!」
「聖剣!」
戦っている内に見つけるコンマ数秒のスキ。
隙間を縫う針のように繊細に、かつ剛腕を叩き込む。
エイラは聖剣を全方位に散らし、隠れた銀が抜き撃つ。
「甘いぜええええええええ」
「……っ!」
行動は読まれ、抜き打ち失敗、返ってくるのは固く重い一発。
アガレスの黒剣が腹部に侵入、なんとか内臓器官を避けるが、刺さった剣が右通過。
肉と肉の間にあっていけない空間が生まれる、断絶した管から赤い液体が迸る。
「痛ってえ……!」
「ほんとだぞ。そらお返しのお返しだ!」
俺の腹を剣が通過した瞬間に合わせるエイラのブレイドカウンター。
聖剣をアガレスにかち込む。
「っぐが!」
俺も意識を手放さない、聖剣に寸でで神滅の力を伝播。
ただの強大な物理攻撃だけではない、テンペストも上乗せしたヘヴィーなものへ。
そして腹部の激痛を防ぐため、神経の耐久性を強化。
少し痛みへの感覚が鈍くなるが、やはり痛いもんは痛いな。
(もっとアドレナリン出てくれ)
剣圧で発生した煙。
飛ばした向こうから今度はゆっくりとアガレスが這い出てくる。
2対1でよくやる、むしろまだ拮抗しているレベル。
お互いのダメージは大体同じ、あとは意思の強さで勝負。
ここからは高度な泥試合、どちらか潰れるまでの死闘を繰り返す。
しかしその中にも一筋の光明、アガレスがついに決め手にかかり出す。
「……魂よ、俺と共に生きた魂よ」
何かを唱える、詠唱だろうか。
しかし無駄、今なお銀世界は————
「俺の声に応えろ! 魂の賛歌!!」
「まじかよ……!」
まるでガラスが割れるように、世界に張り付いた銀が崩れ落ちる。
アガレスはその神力をもって銀世界の効力を打ち破ったのだ。
信じられない、だが納得、伝わってくる勝利への純粋な闘気と執着が。
「俺が勝つ! それでテメェらの魂を寄こせええええええええええ!」
銀世界が無くなれば、外発的能力は使用可能となる。
魔風が使えるようになったのは正直どうでもいい、問題はアガレスの起こそうとする新たな奇跡。
これまでの軌跡をたどった終着点。
アガレスの体内より莫大な魔力、おそらく供物にした真魔王のものが溢れ出す。
(ようはソレでこの勝負を決めようってわけか! 面白い……!)
「ユウ! わかっているな!?」
「もちろん! 脳が繋がってるんだから即伝わってる!」
作戦会議の暇など今はない。
即興かつ、速攻で決めなければ一気に潰される。
打開する方法はいたってシンプル。
相手が特大砲を放つのなら、こちらも持ち得る中で最強の技をぶつけるまでだ。
「十字聖剣!」
エイラが滅びの力、巨大な光の十字描く。
聖剣が天高くそびえ、この世界を照らす。
相棒に負けてはいられない、俺とて戦う者、いつまでもエイラ頼みなんて情けない。
見せよう、神力を根っこから担ぎあげる。
空っぽになるまで絞りつくす。
「羅刹門! 天衣無縫の至り!」
刻印をフル回転、十字聖剣の輝きすぐ隣に巨大魔方陣を出現させる。
その陣より出でるは半透明なる神殺しの絶槍。
全長数百メートル、存在を固定、発射準備、臨界点クロスオーバー。
だがそれはアガレスも同じ、丁度に魔力と神力の形成を終了。
目の前には巨大な城のようなもの、黒い大砲が構えていた。
「ソウルウウウインフィニットオオオオオオオオオオオオ!」
この領域の主から放たれる暗黒の無限粒子。
触れた者すべてを消し去るような。
きっと神の怒り、だがしっかりこの銀眼に焼き付ける。
俺たちは神と戦った、その邪神は狂ってはいるが、とてつもなく強い奴だった。
そして俺たちはそいつを超えて来えていくのだ。
「っ重すぎんだろ……!」
滅びと殺戮が交じり合う。
様々なものを混ぜに混ぜ、ここまで至った。
相手はとてもなく強い、認める、独りでは勝てない。
だが隣にエイラがいて、負けることなど俺の中ではありえない。
「真開闢強化!」
俺の持った武器は決して1つではない。
1つ、エイラ・X・フォードとの絆。
2つ、銀神エレネーガとの契約。
3つ、羅刹王バルハラとの交代。
4つ、魔女王との約束。
心機一転で原点回帰、同調という特異な能力故に惹きつけたか。
理由なんであれ異なる4つの道を今こそ束ねる。
四道の頂として完成する。
「ぶっとばせええええええええええええ」
変幻という名は俺に相応しいかもしれない。
幻のごとく自在に変化、確かにそう、俺の使うもの全て夢物語のように儚い。
一瞬で咲き、一瞬で散る。
刻印起点に、体中のあらゆる力で生み出した仮想槍はより大きく進化する。
阻む者、それが神だとしても、いや、神だからこそこの一槍はここまで強くなったのかもしれない。
拮抗は崩れる。
ジリジリと押していき、遂にはアガレスの身体を飲み込む。
決まったその刹那の時、衝撃で聞こえない、光で見えないはずなのに、アガレスから最期の声が聞こえた気がする。
『お前らぐらいバカなら、案外倒せるかもな』
そんな、やはり謎の言葉、そして最期も悪い奴特有の笑みを浮かべてながら去る。
俺たちはこの手で、神を葬った。