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木々の間をまるで隼のように駆けぬける。
目的地は真っ黒に染まった暗黒地帯、道なき道を突き進む。
既に太陽は天上へと至る、木漏れ日を身体に重ねる。
『む! 近くにナニカおるな』
「敵ってことか!?」
『いや、この気は……』
左斜め前方より生命体反応を感知。
高速での移動下、接触はすぐに訪れる。
「って、シルヴィかよ!」
「出会って早々、なんですかその言いようは」
「敵だと思ったんでな、悪い悪い」
1人目合流者はシルヴィ・ベルンクール。
そのメイド服は所々裂けており、激戦を体面にて物語る。
しかしながら余力はまだまだありそう。
「随分と、禍々しい腕と脚になりましたね」
「……そう言うなって、これでも色々あったんだ」
「色々ですか、まあ話は後で聞くとしましょう」
数時間前までは無かった螺旋模様。
皮膚にこれでもかと刻まれた刻印にシルヴィの反応は意外と淡泊だ。
てっきり『なんだそれ!?』的な、驚愕反応を示すんだと思って若干緊張していたんだけども。
(いやはや流石の冷静思考、状況第一でツッコミは控えめ、そういうところはキッチリしてる)
それとも、元から海外勢はタトゥーに寛容だし、その点からして日本人たる俺と見え方の差があるのかもしれない。
どちらにせよ、まずは戦い、勝つためのビジョンを一本注視。
軽く会話挟みながらも脚はフル回転、真魔王までの道のりを急ぐ。
「ちなみに他の連中はどうなったんだ!?」
「私も分かりません。戦闘後に会ったのはユウが初めてです」
俺は銀の瞳を走らせながら、シルヴィはメイド服を翻しながらここまで来た。
それまでの道中に出会ったものは皆無。
まだ魔王相手に手こずっているのか、それとも————
「既に真魔王に接触しているか、ですね」
「だな。死んでいるってのは想像つかない」
「なら私たちも急ぐとしますか」
「まだスピード上げられるのか?」
「当たり前です。これでも貴方より先輩、そう簡単に抜き去られはしません」
「なるほどね、なら飛ばしますか!」
疲労も考えて少し落としてはいた、しかしシルヴィに言われてはそこまで。
風に同調を、魔風で追い風を、大地への加重、倍加抵抗でスピード倍速。
シルヴィも移動工程をスキップしているようで、しっかりと俺の隣に引っ付いている。
そんなこんなのデタラメ桁上げハイ・スピード。
颯の如く、メイドさんと共に暗黒震源へと向かっていった。
「どうしたんだユウ!? その腕はなんだ!? 脚もなんだ!? 変な模様でビッシリだぞ!」
「うるさいうるさい。分かったから少し落ち着けエイラ」
「ヤンキーか! ヤンキーというやつだな! クール・ジャパン!」
「自分で言ってることの意味わかってないだろ……」
シルヴィは先輩、さらにはヨーロッパ人ということも相成って、この刻印については、あんまり驚かない、興味もそこまでという感じだった。
更にここに来る前にギリギリ合流したクラークも『キマッてるぞ』なんてよくわからんセリフだけだったし。
しかして残念、最終地点には、俺より年上でヨーロッパ出身、しかし脳内ぱっぱらぱーのおバカさんがいた。
「一体どうしたのだ!? もしや呪いか!? なら聖剣で腕ごと斬り落とせばいい!」
「おい待て! それじゃあ腕無くなるだろうが!」
「そ、そうか、確かにそれは困る。なら海で洗ってきたらどうだ!?」
「これはインクで書いたラクガキじゃねえぞ……」
会話のキャッチボールは不成立、どちらかと言うと剛腕ドッチボール。
エイラからバカみたいな剛速球が飛んでくる。
無論いちから返せば疲れるだけ、後半は適当に流しとく。
「……しっかしエイラ、お前その恰好はひどすぎじゃないか?」
「私も流石に恥ずかしいと思っている!」
「全然恥ずかしがっている様に聞こえないんだが……」
もともとこの島へは各自自由な服装で来た。
メイド服も居れば軍服も、タンクトップの奴だっている。
俺は普通に学校のジャージで来たわけで、エイラも同じくセント・テレーネのジャージだった。
それが再び会ってみれば、まるで先住民の衣装かって。
既に全身ボロボロ、胸下から腰にかけては素っ裸、下半身についてもだいぶ際どく白い肌がガッツリと。
「もう少し慎みってものをだな……」
「大丈夫! 大事なところは見えてないぞ!」
自信満々に言うが、こっちが結構ツライ。
少しでも動くとチラチラ見えてしまいそうで、てか見えるだろうな。
これじゃあ戦闘もなにもあったもんじゃない。
ここは頼れる頼れる女性陣にお願いするとしよう。
「先輩は、いやなんでもないっす」
「……めちゃ失礼なこと考えたな?」
「いやいや、ユリア先輩は恐れ多くて、決して身体的な面を考慮したわけではないです」
「……そう、ならしょうがない」
(まあユリア先輩完全なるロリキャラだし、エイラが先輩のを着ようものなら一瞬で服が弾け飛ぶだろうな)
バストとか、ヒップとか、身長とか。
上手く躱したが、これまんま先輩に言ったら殺されてしまう。
(あと服の予備を持っていそうで、なおかつエイラにも着れるサイズの人は……)
「シルヴィ」
「嫌ですよ」
「メイド服の予備、あるんだろ?」
「……あと1着は帰宅用です」
「頼むよ。エイラが不憫だと思わないか?」
「フォード卿はまったく気にしていないように思えるんですが……」
あいにくべリンダは海戦中。
アーサーが一応親玉は撃退したようだが、その残党退治を行ってくれている。
そういうことであと頼れるのはシルヴィくらいなんだ。
「今度飯奢るからさ」
「それは前聞きました」
「ははは……」
確かに飯ネタは少し前に使ったばかり。
ネタと言うが約束は守る、詐欺でも何でもないのは確か。
いやはや、なら何をって————
「そうだ、じゃあ今度メイド服買ってあげるから」
「め、メイド服ですか!?」
「まあ冗談……」
「わかりました! それで手を打ちましょう!」
「オッケーくれるんかい!」
「さあさあフォード卿、お着がえの時間ですよ、はいバンザイして!」
「お、おう、わかったぞ」
(もう既に始めてるし、今までの渋り様が嘘のようだな)
エイラのボロボロジャージの上にメイド服を重ね着する。
普通だったら気温的に暑いだろうが、エイラの強化なら暑さも寒さも効かんはず。
メイドさんはまるで着付けするように、手慣れた手つきでテキパキと進める。
そして瞬く間に完成。
「おお! 人生初メイド服!」
「意外と似合うもんだな」
「……護衛ぐらいしか出来なそうだけど」
「ユリア先輩、それを言っちゃダメですよ」
「むしろフォード卿なら護衛対象ごと殺りかねないですね」
そこにシルヴィも追い打ちかける。
脳筋にも衣装を、ここは温かく見守ろうじゃないか。
「ではユウ、約束は守ってもらいますよ」
「分かってるさ」
「今度フランスに来てください。服ついでに、ま、街で一緒に買い物をしたりして……」
「一緒に?」
「な、なんでもありません! とにかく! 今度付き合ってもらいますよ!」
「はいはい。任せてくれ」
フランス行きを確約、一度行ってみたい国だったし、地元民がいるならなお安心。
しかし最近は色んな国に行くことになる。
イタリア然り、ロシア然り、リターンの意味では日本もだ。
既に1年の半分以上を軽く経過、残りも忙しい日々になりそうだ。
「それならアメリカにも来い! 歓迎するぞ!」
「有難いお誘いだ、暇ができたら行こうかな」
「ユウ! イギリスだけはやめておけ! なんせご飯がマズイからな!」
「おい脳筋、変なことを言うな」
それぞれのお国自慢、それに伴う他国批判も同時発生。
みんな結構疲れているだろうによくやる。
段々とヒートアップしていく中で、最後の1人、ヨーゼフが辿りつく。
「はあはあ、お待たせ……」
「遅すぎるぞ!」
「厳格謳うドイツ軍人が遅刻とはな」
「ヒドイものです」
(この弄り空間も相変わらずだな……)
「僕のことを責めても、ドイツのことは嫌いにならないで……」
「それでヨーゼフ、魔王は倒したのか?」
「そりゃもう! 鎖絡にして海に沈めて来た! というかその腕と脚はどうしたの?」
「これについては後で————」
さてさて、役者は殆ど揃う。
海にて残党退治中のべリンダは仕方ないとして。
残る欠席メンバーはあと1人。
巫女姫、星之宮 伊吹だけである。
『その巫女もどうやら来たようじゃ』
今更ながらしっかりと現在地を説明する。
俺たちはどでかい魔力を目印にここに集まった、それこそ真魔王がいるもんだと思って。
しかし来てみれば、地上に真魔王の姿は無く、あるのは謎の洞窟であった。
潜るべきかとも考えたが、レネの探知で既に星之宮が潜入していることが発覚。
ならば手助けに、普通はそういう空気になりそうものなのだが————
『巫女姫にも脳筋になってもらおう』
何故だかこんなバカな提案が上がる。
もちろん発起人はエイラである。
要するに少しは自分の根性だけでやってみろという話。
星之宮に俺たち並の戦闘能力がないことは重々理解している、だからこそだ。
ライオンも子供を崖から落とすという、それは成長信じてこそ、箱入り娘は脱却、最強の脳筋に近づてもらうのだ。
(というのがエイラの意見、クラークやユリア先輩も賛成するもんだからな)
俺も別に反対ではない、レネの探知した時には星之宮は既に地上目指して奮走していた。
つまりは逃走、そこにはラスボスとの距離も結構空いてきていたので、早急に対応すべき危機度のものでは無いと判断した。
(その逃亡姫がいよいよ、地上へと脱っして、おお、来た来た)
「なんなんですかこれええええええええええ」
「お、来たな巫女の姫」
「ふぉ、フォードさん!? それに皆さんも、なんでここに!?」
「少し休ん、筋トレをしていたんだ」
「休んでたんですか!? 助けに来てくださいよ!」
「これも脳筋への一歩、修練の1つ……」
「私は脳筋になるつもりはありません! 今はそれどころでは、彼の王が来ま————」
ヌルめの空気をピンと張る。
各自ルーティーンを発揮、戦闘態勢、いつでも戦闘可能。
「姫を追うは、魔王の王ってね」
洞窟を破壊、黒き魔力が天上突き刺さる。
真っ黒な魔力柱、そこより出づるは真魔王。
観測される人類史において、最も危険で、最も強いとまで言われた魔王。
その伝説が再び現れる。
「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!」
隆起した筋肉、漂う魔力波、そして血走った眼。
『あれは意識を失っておる、自我は無さそうじゃ』
「初っ端から暴走モードなのかよ……」
『所詮創りものというワケよ、ただ————』
開始早々バーサク状態の真魔王アレクセレス。
その耳にはなんの音も届いていない様子。
そしてなんと彼の後ろに人影、正確には神影が。
「貴様そんなところにいたのか!」
「聖剣使い……!」
「エイラの相手か?」
「そうだ! あと一歩というところで逃げられたのだ!」
既に名は心得ている、邪神アガレス。
その姿、神というには酷いもの、おそらく聖剣を真向から刻まれたのだろう。
「貴様ら全員! ここで殺してやるよおおおおおおおおおおおお!」
「YEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEEE!」
邪神のくせに安っぽいセリフを吐くもんだな。
まあいい、諸事情、常識、ジョークもここまでだ。
最終決戦の始まり。
剣を、槍を、盾を構える。
能力はフルスロットル。
暴走せし狂気に対決するのは————
「最強の脳筋、最後の戦いだ!」