65
天に浮かぶ、どこまでも自由な魂の波長。
神を屠る漆黒の風を衣に纏う。
無に帰すは森羅万象。
それはまるで縫い目のない心のように美しい。
天衣無縫。
何をするでもなく完結、ただ自然に委ね美として成立する。
「……っ」
思考が再接続する、そう感じる原因は若干の違和感。
夢を見ていたか。
いやそんなハッキリしたものではない、むしろ幻想ともいえる、ボンヤリとしたものだった。
「ふう、なんとかなったわね」
「これは……」
『今回ばかりは感謝せい。魔女がいなかったら死んでおったわ』
別に寝ていたわけではない。
既に己が両脚は大地に立つ。
視線のすぐ先には美しい紫の女性が、脳内ではレネの声がこだまする。
「意外とすぐ戻ってきて安心したわ」
「俺は、どうなったんだ?」
「それは自分の身体を見てみなさい」
そうだ、俺はテンペストの操作に失敗した。
正しい手順を踏んでいたにも関わらず、気を緩めた一瞬で飲み込まれた。
注視する先、それは半武装していた左腕と左脚部分。
消えかかりの黒鋼が包んでいた半身はというと————
「な、なんじゃこりゃあああああああああああああああ」
寝起きのスロー思考は鈍器で殴られたかように飛び起きる。
驚きで声を上げる。
幻想世界は何処へ行ったか、俺に現実を現実が叩きつける。
「ふふ、なかなかの出来栄えでしょう」
「いやいやいや!」
『ちと目立つとは思うが、我は派手でいいと思うぞ』
「これ目立つとか派手とか、そういう問題じゃないだろ!」
飛び起きすぐにハイテンション、頭が狂ったかってぐらい。
原因は変形したテンペストが鎧化していた部分、クドイように言うが左腕と左脚について。
結果から言えば、もうそこにテンペストは 形として無かった。
つまりは粒子として消え、身軽な状態となっている。
確かに物理的に身軽にはなったテンペスト。
しかし日本人からして、それは倫理的にアウトな姿に化けていた。
「まるっきり刺青じゃねーか!」
「正確には刻印よ」
「しかも左腕と左脚全部! 絶対銭湯入れないやつだよこれ!?」
バカみたいなセリフを言ってる、そう思うかもしれない。
だが本当にそうなのだ。
刺青的なものは、海外の人がやるぐらい、もはやそれ以上にビッシリと身体に巻き付いている。
左の肩から下、指の先に至るまで黒が螺旋を描くように広がり。
左脚についても、股下からおそらく指先まで痛々しい程、黒模様を帯びている。
「文句を言うもんじゃないわ。そもそも君が集中しないのが原因なのだから」
「それは、確かにそうだけど……」
「これでも頑張った方よ、消えかかった槍をどうやって現世に再定着させるか。もはや方法は担い手の身体に埋め込むしかなかったの」
魔女王から語られるのは、そうとうピンチだったとのこと。
土壇場のあの状況、暴走中の俺、その中でもテンペストは特に不安定だったそうで、すぐに対処しなければ世界から本当に消えるか、はたまたこの島を沈めていたそうだ。
打破するために行われたのが、テンペストを俺に埋め込むというもの。
これでテンペストの触媒を固定化、これには大量の神力を必要とするが、そこについては暴走中の俺から引っ張ってくる。
世界に定着させつつ、俺の暴走も抑える、まさに完璧な方法だった、らしい。
「それじゃあ、テンペストはもう槍の形には戻らないのか?」
「そりゃ身体に埋め込んだもの。死ぬまで刻印状態よ」
「この身体で一生を過ごす……」
「見た目なんてなんでもいいじゃない、命より重いものは無いわ」
確かに言う通り、この刺青、正式名称『刻印』を入れることで命が助かったのなら、それで十分ではないか。
(でもこれで夏に日本は歩けないな)
いかせん厳つい、厳つすぎる。
ひと昔前ヤクザかって、ちなみに刻印の形状は魔女王のセンスらしく、まあカッコよくはあるよ。
あるけども、やはり受け入れがたい。
(こりゃ慣れるまでに結構時間かかるな……)
「形はどうあれ能力は確かに昇華した。さあ意識を高めなさい」
「あ、ああ」
「段々と神力を流し込んでいくのよ」
教えは続く、いやはや魔女王は真剣だ。
今度は失敗しないと意気込むが、既に『進化』の峠は越しているらしく、テンペストの言うところの羅生門をくぐった状態。
銃で例えるなら、もう組み立ては終わり、あとは銃弾を入れるのみというところ。
その銃弾がつまるところ神力なのだ。
「今回の刻印には少なからず私の魔力を流し入れた、違和感があるかもしれないけど無視していいわ」
「了解、どうりでフワフワするわけ」
未成年だし飲んだことあるわけじゃないが、二日酔いのような感覚。
テンペストを刻印として刻む際、書き込むペンのインクの役割のように魔力を使ったそう。
つまりはこの身体には、僅かながらも魔女王の力が宿ったわけだ。
(目ん玉には銀神が住んでるし、左半身にはテンペスト、更には身体に魔女王の魔力が流れてるとか、本当に改造人間みたいだな……)
まさに現代のフランケンシュタインの人造人間。
違う違うと否定したいが、この身体が言葉無くとも語るのだ。
銀眼、黒腕黒脚、紫魔力の血液。
エイラに感化されようやく脳筋の入口にたったと思いきや、進んだ先はまさに羅刹の如き怪物性のもの。
そうしてる間に段々と流し込んでいく神力の流れ。
すると刻印は輝き出す、テンペストが持つ漆黒色、そこに若干紫混じった黒紫色に。
「まずは風から、大体言いたいことはわかるでしょう?」
わかるとも。
短くも長い感覚テンペストを使ってきた、不可視の槍を扱う。
空っぽの手のひら、上より下る流水のように翳す。
「おお……!」
シンクロしているわけではない、だというのに風を自在に操れる。
しかもただの風ではなく、神殺しの力を宿した漆黒の魔風を。
それこそ遠く遠く、まるで腕がテンペスト。
威力、射程、操作、その性能はこれまでとは段違いのもの、昇華したのが容易に理解させられる。
「ふふ、この刻印化の本命は風ではないわよ」
「……テンペストもそんなこと言ってたな、なんかもう1つ力があるとか」
風の強化だけでも十分強い中、まだ秘儀は使えていないし、使い方も分からない。
魔女王より指南を継続、最後の技へとシフトする。
そして語り出す、バルハラの業、そのルーツを。
「知っていると思うけど、もともとバルハラは神なの」
「それはレネから聞いてる、なんでも神界にムカついて位を降りたとかなんとか」
「私は魔法でその時を見ていたけど、彼はまあ変わり者ね」
『我も既に神界を離れておったが、直ぐに噂は流れてきたのう』
理由は不明だが、バルハラは神でありながら神に反逆を起こす者へと反旗した。
そして羅刹王を名乗り、特に人に手を出すわけでもなく地中海に座す。
直接会った時も、最初は羅刹王だなんて思えない容姿で、陽気なおっさんというのが第一印象だった。
「彼は生み出したの、真に神を殺すための武器を」
それが今から使う羅刹門の先、『天衣無縫』の力なのだろう。
しかし疑問抱く、なんで神であるバルハラが、そこまで神を敵視するのか。
既にヤツは死んだ、真の理由を聞くことは叶いはしない。
今やるべきは、理由不明でもその力を俺が掴み取ることだ。
「そうね、腕をあの山の方へ向けなさい」
姿勢を島に鎮座する山の方へと向ける。
俺の感覚からすれば刻印への神力供給は大分済んだ気がする。
なにせ刻印の輝きは最高潮とも思えるくらい。
「神力の回転数を上昇、刻印の模様に沿う形で」
「沿うイメージ……」
輝きを嵐へと転化。
下から上へ、足先から指先へ。
突き出したこの腕、大きく広げたこの左手、視線は造られた虚像の山へと。
ケイデンスはオーバーゲージ、充填は十分、むしろ溜めすぎて身体が震えてくる。
耐えきれずに破裂しそうな勢いだ。
あとはこれを放つだけ。
魔女王より発射許可、発射法、全てを伝授、最後の言葉で講義を締めくくる。
「さあ羅刹の王は再び降臨するわ!」
広げたこの手をトリガー代わりに強く握りこむ。
すると、頭上に巨大な魔方陣が顕れる。
魔女王の影響か、紫色の複雑模様、そして魔法陣の中央から顕現するは『矛』
形はテンペストに似ているが、その大きさ、おそらく数百数千メートル。
一時定着からの臨界点突破、螺旋を描き発射、視界の中にあった身体向く山の概念へと飛翔する。
突き刺さる、山間の中央にて接触部分が一点星のように黒く光る。
光ったと思った、それを把握した瞬間には————
「これが、神を屠るための最強の矛よ」
言葉にならない言葉。
一点小さく輝いた、その瞬間に山は消えた。
エイラの滅びの能力とはまた違う、そんなキレイなもんじゃない。
まるで食い荒らされたかのように乱雑乱暴、抉り取られ、どこかに飲み込まれたかのよう。
「神は死んだとしても、長い時をかければ再び現世に戻ってこれるわ」
厳かに語り出す、曰く神は不滅であると。
人間や魔族、普通の生命体とは違い、死ねば天界へと帰っていく。
しかし何百何千何万年という時間をかければ、この現世に再び戻ってこれるのだ。
「だけど、この『羅刹の矛』はその不滅事象ごと穿つ。撃ち込まれた神は本当の死を迎える」
『これがアヤツの生涯懸けた最高傑作、いやはや恐ろしい』
腕から神力が無散、煙のように神力が天へと上る。
この力、要は巨大な疑似テンペストを創りだすということ。
しかし本質は大きく異なる。
グレードアップにグレードアップ。
本当の意味で神を殺せる、それは神でさえ行えない領域、狂気あるバルハラだからこそ成し得た技。
曲がりなりにも手に入れたのならば、俺はこの世界で唯一無二の神殺しという種に成ってしまう。
(しかも今のでさえ3割、だいぶ手加減したつもりであの威力、もし全力で撃とうもんなら……)
再現界できないレベルで神を分解消化する能力。
これは独りで国を相手に出来るだろう。
対国能力を持つべリンダもいるが、中身が違いすぎる。
本気を出せば、彼女に無敵艦隊を幾つ出されたところで、薙ぎ払える自信がある。
『それにじゃ、その無敵艦隊とやらの力ごと削れるぞ』
「力ごと?」
『要は能力を削る、マトモに喰らわせたなら、その相手は一生能力を発動できぬまい』
「能力も削りとっちゃうんか……」
神さえ滅ぼすのだ、他に滅することのできないモノなど存在しない。
ならばこそ今の特大矛を被弾させようものなら、仮に命が助かったとしても、能力という概念は失わせる。
不滅を穿つとはそういう意味だそうだ。
(つまりは何でもぶち抜ける最強の槍ってことね……)
それに魔風も付いてくる。
自分が持っておいていうのもなんだが、まあ恐ろしいこと。
「でも撃てるのは数か月に一度、それにもし失敗でもしようものなら」
「ものなら……?」
「死ぬわ、それこそ羅刹に飲み込まれて。とりあえず天国に逝けるとは思わないことね」
『我が銀刀も発現したばかり、神力の扱いに気を付けい、しっかしユウはどんどん燃費悪くなっていくのう』
おいおい燃費悪いって、俺は車じゃないぞ。
しかし言い分ごもっとも。
契約のおかげで神力はかなりあるが、今の矛で一気に持ってかれた。
神剣よりタチが悪い。
(こりゃ3か月に一度、いや、半年に1発撃てるかも怪しいな)
救いは今の威力を不器用ながらも最低限に抑えたこと。
ギリギリあと1発はなんとか、それこそ死ぬ気でやれば行えそうだ。
「それじゃあ教授はここまでね」
近かった距離をふっと離す。
微妙に空く距離、微妙に感じる距離感。
「さて、戦いの続きをしましょうか」
「今から!?」
「当たり前じゃない、使い方は教えた。後は実戦あるのみよ」
「実戦って、殺す気のマジなやつじゃん……」
どうやら先生も肉体言語を得意とするらしい。
肉体と言っても、魔法という形なき拳の連打なのだが。
「もう結構疲れてるんだけどな」
「ふふ、そりゃアレを使えばね」
「でも感謝はしてるよ、あんたのお陰でまた1つ俺は強くなれた」
「私も嬉しいわ。神を殺す者をこの手で指南できるなんて」
だいぶ砕けた会話、浮かべた口角45度。
しかし交錯する視線、再熱しだした闘気と闘気。
「そういや魔女王、名前なんて言うんだ?」
「名前……?」
「俺は夕、折角教えを受けといてあんたなんて呼ぶのもあれなんでな」
「そうね……」
簡単な問いかけのはずが行き詰る。
終始饒舌だった口調が珍しく止まった。
なんとも言えない空気、もしかして名前がないとか?
いやいやそんなことはないはず、しかし思い出してみれば、歴史を垣間見ても魔女王の名前は一度も聞いたことがない。
謎多き存在、秘密とするか、魔女王は一考した様子でやっと答える。
「……私に、名前はないわ」
「本気で言ってるのか?」
「ええ、とうの昔に捨てたの」
どこか遠くを向く視線。
先が見えない暗闇を見つめるように。
だがそれもここまで。
帰還し新たな答えをはじき出す。
「でも、この縁を捨てるのはちょっと勿体ないのよね」
「まあ……」
「私のことは、そうね、師匠と呼びなさい」
「し、師匠!?」
「君のことは弟子と呼ばせてもらうわ」
「まじすか……」
トンガリ帽子被った奇怪な存在。
その実力は確か、幾千もの魔法を操る、ある意味で生きる伝説。
それが俺の師匠とは、いやはや箔が憑くってもん。
(それも悪い意味で。このことは黙っといた方が良さそうだ)
魔女狩りにかけられるのは御免だ。
まあそんなものは現代にあるはずもないが。
兎にも角にも、これも道の1つ、繋がりが増えたということ。
「そろそろ始めましょう」
「……はあ、お手柔らかに頼むよ師匠」
「弟子の願いでもそれは聞けないわね————」
再び上がる色彩豊かな狼煙。
打ち上げられ黒き風に舞う。
ボロボロの身体を起こし、刻印入った腕をグルリと回す。
銀の瞳は相手と、迫りくる戦火を捉える。
辺りに青い粒子を走らせ、激戦が再び始まった。