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「————羅刹門、発動」
テンペストより受け取けとる新たな力。
ボロボロの身体に風が吹き抜ける。
「随分懐かしい波動を感じる、羅刹王のものかしら」
「さすが魔女王、博識だ」
「ふふ、ありがとう。変幻自在の戦法、戦っていて楽しいわよ」
楽しいとは言ってくれる、俺はギリギリ余裕なし、死に物狂いで戦っているぞ。
それぐらい魔女王が突出して強いってこと。
レネ曰く、全盛期のレネでも勝率7割ぐらいの実力らしい。
いやいやあの銀神が7割って、相当だぞこれ。
「バルハラ、そしてテンペスト、力を貸してくれ————」
ならばこそ、最後の綱渡り。
一発逆転、解き放たれた新たな能力を発動。
神穿つ漆黒の長槍は、その槍身を変形させる。
いや、これは変形というよりも、変質の言葉が相応しい。
槍は崩れ霧散、不滅の鋼は粒子となり大気に彷徨う。
そして再び構築、黒き鋼は『装着武装』となって完成する。
槍状を形成したテンペストは心機一転、左腕左足に手甲脚甲、まるでサムライの鎧のように防殻を成した。
( 身体左側にだけ鎧化、なんで全身を、あ、なるほどそういうことね)
テンペストより通達、曰く練度が足りなくて全身武装化は不可能だそう。
要は俺が未熟だからって話だ。
そして説明、武装化した部分は『天衣無縫』の事象を内包し、自らの存在を1つ昇華するらしい。
(いやいや! テンペストさん、使い方も意味も全然わからないんですけど!?)
テンペストが槍から鎧になったんですけど、結構な変わり様なのに、幾ら何でも説明ザックリすぎる。
「どうやらソレの使い方が分からないようね」
「……レネ」
『我も羅刹の秘技なぞ知らん』
腕と脚に纏った黒鋼、そこから伝わる底なしの暴食性。
こいつが状況をひっくり返す鍵になる可能性は十分感じる。
しかし使い方不明、腕を振っても、地面を蹴っても、うんともすんとも応答なし。
テンペストは黙ってるし、レネも知らない、戦闘中だというのに魔女王も呆れ呆れといった表情だ。
「はあ、そもそも君は『羅刹の王冠』を知っているのかしら?」
「ら、羅刹の王冠……?」
「後継者だというのに、バルハラは何も言わなかったのね」
魔女王は打ちっ放しの魔法を止める。
魔法の雨が終わり、そこには一時の停滞、休戦が訪れた。
「まず神力を武装化部分に2、3割溜めなさい。それをトリガーにするのよ」
「お、おい」
「今は別に食ったり焼いたりしないわ。ただ教えてあげるだけ」
休戦になったと思いきや、空いてた距離が一瞬で詰まる。
魔女王はおそらく空間魔法で移動、俺の目の前へと即座に到達した。
「教えてくれるって、いやあんた敵に……」
「そんなことはどうでもいいのよ。 私は別に魔王の仲間ではないし」
「魔王の仲間じゃない?」
「まあ人間の味方というわけでもないけれど」
先ほどまで俺を魔法で一方的にボコボコにしていたヤツとは思えないセリフ。
その表情も随分と砕けたものに。
新たな力を指南してくれる、それに見た目だけ見れば魔女王は美人も美人。
魔族的な特徴もなく、人間なんら変わりも無い。
『鼻を伸ばすでないわユウ』
「い、いや伸ばしてない!」
「ふふふ。銀神はちんちくりんですものね」
『なんじゃと!? 我を愚弄、言うに事欠いてちんちくりんとな!?』
「だって事実ですもの」
流石は魔法を極めし者、脳内にいるレネと普通に会話をしている。
こういう風に話していると、本当に敵とは思えなくなってくる。
事実、魔女王が言うには魔王の味方でもないらしいし。
(なら何故魔王連合に参加した? 俺たちと戦う目的は一体————)
「雑念が混ざっているわよ」
「す、すんません」
「集中なさい。王の戴冠はそう甘くない、気を抜けば武装に持って行かれるわ」
「持って行かれる?」
「死ぬってこと」
「え! まじですか!」
なんてもの渡してくれるんだ、せめて事前に言ってくれ。
緩んだ神経を結びなおす、張り詰め一点歪みも許さない。
「もう少し神力を抑えなさい。武装全体を優しく包むイメージよ」
「お、抑える……」
魔女王が言うには、俺の神力はレネとの契約で銀化、異質なものへと変化してしまっているらしい。
非常に操作が難しい、気を抜くとナニカが溢れ、溺れてしまいそう。
魔女の叱咤が飛ぶ、集中、研ぎ澄ます。
左半身に意識を統一、黒鎧全体に浸透させていく。
「良いわ、良いわよ。そのまま維持して」
少しのブレも失敗へ、死へとつながる。
揺れるな、まるで蝋燭に宿った炎のように。
それから数分、次第に、鎧には更なる変化が訪れる。
「鎧が消えていく……?」
言われた通りなんとか神力を流し込み、迎えたのは武装の消失だ。
あんなにゴツかった鎧が纏わっていた左腕と左脚から、再び粒子となって消えていく。
なぜだ、辛くはあるが神力は一定に保っていた。
ならこの事象の原因、まさか魔女王に嵌められた?
「消えるのは正しいの! 集中を解くんじゃない————!」
これで正解?
消えるのは合っていたのか、これは失態、騙されたと思い一瞬気を緩めてしまう。
(あ、や、やばいヤツだ)
しかし手遅れ。
あれほど魔女王から忠告されていたのに、集中を欠いたのだ。
そこからは一気に進む、調整した神力の暴走。
心臓から溢れ出る銀の神力、粒子へと変わりつつあったテンペストもグニャグニャと気色悪く動く。
「銀神!」
『無理じゃ! 内より干渉は出来ん!』
「こんなところで稀代の天災を失うなんて、御免被るわ……!」
歪んでいく視界と思考。
なんだか聖剣と同調とした時に似ている。
何かに飲み込まれる、乗っ取られるような感覚だ。
『待てい魔女! 貴様何をするつもりじゃ!』
「私は教えると言ったのだもの、最後まで面倒は見るわ」
何をするか、ふわふわと浮遊する心。
身体の感覚を段々と手放し、まるで泥に沈んでいくようなどうしようもなさ。
いっそこのまま泥のように眠るのもいい。
だがその沈みかけの身体引きずり出そうとする者が現れる。
紫色のオーラを纏った美しい女性だ。
「まったく世話の焼ける。でもこれで————」
ぼんやり映るサークルの輝き。
美しき女の人が放ったか、巨大な魔方陣がこの身を包んだ。