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鎖を数百と打ち込む。
呪縛を相打ち、浮き沈みの激しい中距離戦。
(気を抜くと死角から魔法が来る、それでも手数では僕の方が上だ!)
呪縛王ルーツが迫る。
全方位集約、思考と鎖を張り巡らせる。
「そんな女みたいな見た目で良くやるなあ!」
「これでも僕は男なんでね!」
この容姿、女みたいだと何度言われたか。
願うならばもっと男らしく生まれたかった。
クラーク・カヴィルみたいにゴリマッチョとまでとは言わない。
(せめてユウぐらいには成りたかったね)
悩むこともあった、今だって気にしてないと言えば嘘になる。
でもそんなことよりも、S級という称号、僕は祖国を背負って立ってる。
こんな容姿のことなど二の次。
すべての行動心理はドイツを基準とする。
「鎖よ大地を縛れ!」
「呪縛線!」
ある一定の距離を保っての戦闘、ここまで大きな動きは無い。
こちらも、そして相手もまだ本気ではない。
負ったのもまだ掠り傷程度、向こうも同じ状況。
(攻めるのは簡単だ。ただタイミングを見誤れば一気に持ってかれそうだ)
一応最強の脳筋の一員であるが、僕は脳筋でもなんでもない。
深く解析、戦況を把握、冷静に判断を下す。
勝利に最も近い道へ、僕は私情で動いたりしない。
「そういえやお嬢ちゃんはドイツ人か?」
「僕は男だ! ドイツ人! 良く分かったな!」
「やっぱりな。そのダッサイ、国旗って言うのか? なんか三色のダサいやつ」
「ど、ドイツ国旗がダサい……?」
鎖操作に集中していた思考が乱れる。
なんだ、なんだ、なんだ。
この魔王は何を言ってるんだ。
おそらく指摘したのは今着る軍服に刺繍された三色旗。
そしてこの男、ドイツをバカにしたのか?
「前に戦った人間、『独弾独砲』と呼ばれた男、そいつも同じものを付けてたもんでな」
「確かにそれは、誇り高きドイツ軍人だ……」
彼の英雄10人、その内に1人ドイツ軍人が。
既に死したが、百発百中の銃能力を使う者、『独弾独砲』フレイド・イェンセンガ。
この方を知らないドイツ国民は皆無、それほど有名なお人だ。
「そいつは戦闘中も『ドイツがードイツがー』って、いやホント気色悪かったわ」
「……」
「それで思ったよ、ドイツって絶対気持ち悪い国なんだろうなって」
「…………」
「お前も女みたいで男だし、やっぱ国柄故に変わり者しかいないんかねえ」
英雄殿が気色悪い?
ドイツが気持ち悪い国?
ドイツが変わり者しかいない国?
奥歯を強く締める、手を震わす、この魔王は祖国を、ドイツ国民を愚弄している。
「ドイツ最高、ドイツ最高、ドイツ最高、ドイツ最高」
「お、おいおい……」
「ドイツ万歳、ドイツ万歳、ドイツ万歳、ドイツ万歳」
「その沈んだ目、どうやらお前さんもアイツと同じ————」
相手の解析を放棄、思考はドイツに染め上げる、外から来る情報をシャットアウト。
冷静な判断をする必要も無し、こいつは迅速に、かつ凄惨に血祭りにしてくれる。
全鎖を起動、躊躇なく仕掛けよう。
「呪縛の魔王ルーツ、君にドイツの素晴らしさを叩きこんであげるよ」
「なんつー禍々しい気だよ、こりゃどっちが魔王かわからねえな……」
「最後に言い残す言葉は、それだけかい?」
まあこれ以上ドイツの悪口を言わせる気もないけど。
ああ総統よ、ああ愛すべき友たちよ、僕はここにもまた祖国に反する者を見つけました。
僕の鎖をもって正しましょう。
ドイツは最高であると。
「さあさあ、どんどん死んでくれ!」
広い大地、それを埋め付くすは死体の波。
蓄えに蓄えた貯蔵庫、そこから土砂崩れのように流れだす。
「もっとだ、もっと出てこい!」
「気持ち悪い能力だな」
「っは! なんとでも言えばいい!」
僕は数十年後には中国の頂点に立つ。
こんなところで躓くはずも無し。
能力『死体貯蔵』より、死した人間、死した魔物、仕舞った箱より解き放つ。
そんな未来の大英雄に仇名すのは『点王ピリウガ』
まったくもって聞いたことのない魔王、ようは無名で、ぽっと出の魔族にしか過ぎない。
「僕はもっと強い魔王とやりたかったよ」
「よく回る口だ。だがそう言う割には攻めきれていないな」
「そりゃ手加減してあげてるんだ、早く終わったら暇なんでね」
「本当にお喋りが好きなようだ……!」
未知の魔法を体感、点と点が結ぶ、大地に駆け巡る点の星。
いったいどういう魔法なのか。
気付けば発光、解き放った死体たちは切り裂かれ、また魔王の身体も瞬間移動のように消えたりする。
(魔王の死体が手に入るのなら、今回の戦いにも意味があるというものだね)
別に世界平和なんてどうでもいい。
ただ僕は死体を集めるのが好きなんだ。
戦力になると言う意味でも、その腐った死臭を嗅ぐのも、落ちた肉片を眺めるのも。
それらひっくるめて一興、一趣向、しかも今回は魔王の死体、極上も極上だ。
「点魔法、星を結べ」
「ん、これは世界浸食……」
「死の皇帝、お前を無際限なる世界に連れて行こう」
「ほう、面白い————」
「爆! 爆! 爆!」
「応! 応! 応!」
ひたすら拳で語り合う。
爆破の衝撃、切り裂く大気、荒れた暴風が身体を通る。
「やるではないか人間!」
「貴様こそ!」
拳に混ぜ込んだ爆破の能力。
爆発でブースト、超加速で振りかぶる、爆風を散らす。
普通の魔族だったら熱だけで、焼け焦げるところだが————
(さすが獣の魔王、腕力、反応、耐久、全てが超一級品で間違いない!)
交差するは獣系魔族の頂点に位置した魔王。
『獣王』ビースト。
スタイルはフォードに近い、身体強化魔法をメインとする。
「獣脚『轟』!」
「空間爆破!」
轟脚が大気を抉る。
全てを粉砕するような威力、大気を爆破し方向をずらす。
(強力なのは身体能力だけではない、その戦闘技術、なんと完成されたものか!)
賞賛の一言、凄まじい戦闘の技。
その部厚い毛皮に覆われた心臓は歴史を刻んでいる。
あらゆる生物種族と戦ってきた、血の行いが。
「ぬらああああああああ!」
「とてつもない闘気! 人間にしておくには勿体ないな!」
俺は歩く核弾頭と呼ばれる。
これは伊達でも見せかけでもなんでもない。
相手が強力な能力、身体を持つとする、しかしそれすら吹き飛ばせばいいだけこと。
ひたすらに直進、前向く身体、踏み出すこの足、障害となるならばこの手で崩そう。
「俺は負けん……!」
ブレることのない絶対の精神、簡単に揺れる者どもとは違う。
征して制す、歩く、壁があるなら壊す。
この固く握った拳を突き出す、そして身体にも重い拳が突き刺さる。
血反吐が飛び散る、臓器が圧縮、身体を支えるナニカが震える。
「よく耐える、そして持ち得し強い拳、強い精神、あの女に似ている」
「シズハ・ニシミヤ、か……」
「そのような名だったか、いやはや恐ろしい人間だったのは確か」
歴史が真実ならばこの獣王を倒したのは『剛腕』シズハ・ニシミヤ、最強の力系能力者。
一体どうやって倒したのか、生きているのならご教授願いたいものだ。
「しかし、いまの我に敵わないとは、人類もいよいよここまでか」
「ここまで……?」
獣王は俺より2倍はあろうかという巨体。
その体格から想像外の、どこか遠くを向くような声。
何かを危惧?
いや、何かを悟るようなセリフだった、そんな気がする。
「さて、回復したか?」
「……わざとだったか」
「はっはっは! 我ももう少し楽しみたいのでな」
「そうか、ならば全力でぶつからなければ————」
獣王は余裕あり、俺もまだ余力はあるがダメージもそこそこ。
これは短期戦に絞った方がいい。
(火力を一点集中、勝負をかける!)
エンジンがフル稼働。
全力で回す、心臓タービンがオーバーヒートする。
毛穴から蒸気が噴出するように、四肢を熱気が包む。
身体も心もホットにキメる。
この身を爆発に変える、人間核弾頭、後先考えずの一発勝負で。
「疑似、核弾頭!」
打ち上がって、撃ち抜く爆弾。
俺は歩いた道を真っ赤に染める。