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「我の相手は汝か」
「……そう」
相手を解析。
名は武天王、武装は二刀持ちで日本刀タイプ形状、左右キッチリ揃った筋肉体形。
歩幅から計算するに、身長は約2メートルと推測する。
(身長差は約50センチ以上、上からの攻撃に注意しつつまずは下から崩す)
「我は武天王イシュガー、戦を究めし魔王なり」
「……知ってる、ちょっと前に死んだ奴」
「言ってくれるな小娘」
記憶より呼び起こす。
戦闘に特化した阿修羅系統の魔族、生前は人間魔族問わず殺戮を繰り返した。
編み出したのは幾数もの『剣技』
変わっているのはその技が魔術無しの、己の身体と二刀のみで生み出した、純粋なる技術の結晶というところか。
「汝の名を聞こうか」
「……ユリア・クライネ」
私は殺し屋。
これまで色んな奴から依頼を受け、人間に魔族、いろんな首を狩ってきた。
今回の相手は魔王なだけ、やることになんら変わりは無い。
「武器創造、暗器」
能力を発動、コンパクトに、刃渡りは15程度、重量は若干重め。
漆黒に染まる疑似武具、この手より展開し握りしめる。
意識の冷化をより加速、適切判断、適切行動、適切感情、この身を一本のナイフへと変える。
「まさかそんなチンケな武器で戦おうというのか……?」
「……これがベスト」
「我も侮られたものだな————!」
言葉はここまで。
やはり武天を名乗るだけはある。
一瞬にして、一気に目の前まで詰め寄って来た。
「……反射」
振りかぶって第一刀。
一考する暇も与えぬ光の速度、この首へと到達、宙へ飛ばさんと凄まじい勢い。
このパターン、一体どれほど経験したものか。
「……反撃」
「なに!」
首元に刹那の時、傷痕を生まないミクロの単位で皮膚に触れた瞬間にカウンターを発動。
迫った一刀を倍返し、ナイフに武天の力を上乗せ。
彼の王の胸元に逆さ十文字を刻む。
「っく! 秘技、五段崩し!」
「……反射」
十文字を刻んでやり、鮮血を湯水のように流しながらも動きは鮮明、むしろ研ぎ澄まされたともいえる。
放たれるのは武天王が編み出した技が1つ。
1秒が5当分されるような感覚、これは普通避けられない。
それこそ反射などという能力がない限りは。
「これを避けるか!」
「……遅い」
「小娘と侮ったが、いやはや面白い」
私の能力『反射反撃』
世界に公開しているのは、相手の攻撃を跳ね返すカウンターだけ。
あとは武器創造。
大会ではその2つしか使わなかった。
能ある鷹は爪の隠し方を、使うべきタイミングを心得ている。
そして今こそ使う時、自分の反射神経を異常なほど高める『反射』の能力を。
「……速い」
目まぐるしい剣風の鳴り、武天王が放つ一撃一撃を避けてるたびに大気が削られる。
まともに打ち合えばこのナイフは簡単に折れるだろう。
更に体格差、種族差から力では絶対に劣る。
自分がとるべき行動は、相手の攻撃を倍返し、もしくは一瞬の隙をつく暗殺技で仕留めるか。
(隙は全然無い、剣も段々と加速している。これ凄いめんどい奴)
運で決まった相手とはいえ、いかせん面倒。
出来るものなら後輩に全投げしてやりたい。
だがアイツもアイツで魔女王が相手、むしろ私は恵まれている方か。
「……意外とキツイ」
暗器を大量生産、手数を増やす。
それでも捌くのが困難へと向かい始める。
普段はこんな真向から戦うなど論外だが、今回ばかりは致し方ない。
不利ではないが、時間の問題、この状況を打開しなければ。
アレを使うか、政府から小言を言われるかもしれないけれど。
だがそれでも、この思考は、その行為は適切であると判断する。
「……赤眼、解放」
能力2つ持ちと世間からはもてはやされているが、この赤眼はその事象を打ち砕く。
私は反射反撃、武器創造、そしてもう1つ、赤い瞳に眠った能力がある。
いわば能力3つ持ち、それをここで晒す。
「————召喚憑依、七つの大罪・怠惰」
赤を強く、もっと強く。
禁じられし怠惰の呪い、いまこの身に宿す。
「ボクは影王シャドラ! よろしくねメイドさん!」
私の相手は影王に決まった。
かつては覇剣使いに葬られた魔王である。
「シルヴィ・ベルンクール、参ります」
その内より短刀を出し構える。
歴史に忠実であるならば影を変幻自在に操る。
時には武器とし、時には盾とし、時には回復剤にもするらしい。
影魔法という魔法の中でも稀有な魔法を極めし者だ。
(問題は間合いをどうするかですね)
ここまで距離はそこそこ。
中距離戦、それとも一気に詰めて近接戦か。
(どちらにせよ、武器は限られる、ならば————)
「流転」
影王シャドラまでの移動工程を飛ばす。
更には武器を振りかぶる動作、身体を捻る動作、脳内の情報処理に必要な工程を全飛ばし。
聖剣使いのおかげで霞んでいるかもしれないが、私が最も得意するのは『超近接戦』である。
「影囲い《フィールド》」
「後退」
「あれ? 発動しない……」
影王はなにか魔法を使おうとしたが、それは能力で巻き戻す。
魔法は不発、正確にはズラされた半端なタイミングでの発動に。
「弱すぎますね」
「もう後ろに!?」
完全に背後を取る。
ナイフ逆手に首を刈っきる。
スルリと弧状線を描き、一刀両断、呆気なく影王の頭を文字通り地に落とす。
しかし不自然、その首元からは一滴も血が流れない。
切り口真っ黒、ブラックホールのように染まっている。
「やるねえ……」
すると地に転がっていた首が砂塵のように散り消滅。
新たな頭部が、突っ立った首元から生えてくる。
「再生の能力……」
「うーん、まあ当たらずと雖も遠からずかなあ」
「以前はどのように死んだのです?」
「はっはっは。攻略法を教えるわけにはいかないねえ。まあ覇剣使いは大分狂ったやつだったけど」
四肢ならともかく、切り落とした頭部まで再生するとは。
死した英雄はどうやって倒したのか、気になるところです。
まずは小手調べと行きましょう。
「流転」
「あらら」
今度は魔王の両腕を斬り飛ばす。
隙がありすぎ、いとも簡単に成し得てしまう。
だが結果は頭部と同じ、元通りに再生。
まさに道理無しのデタラメさ。
「影斬」
ハッと気付く、鋭利に伸びた影が両脇を通過。
寸でで反応、なんとか回避行動、しかして軽く削られる。
「ほらほら考え事してちゃ死んじゃうよ?」
「……そうですね」
「君は狂気が足りないんだよ、それと一発技が無い」
確かに目の前の王の言う通り、ユウのように多彩でも、聖剣使いのような思考回路も持ち合わせていない。
私の持ち得る能力は1つだけ。
方向を、世界の時間という概念に干渉するこの力のみ。
だがしかし、1つだけだとしても、未だ奥底を見せたつもりは更々ない。
「私に一発技がない、それは大きな勘違いですよ」
「ほう、何かあるんだね」
「使うのは久方ぶりです————」
本当は大会で使おうとも考えていた。
あいにく銀世界のおかげでご破算となったわけですが。
ようやく使いどころでしょう。
「全ての方向を掌握します。四次元方向展開」
点と線と縦と時間軸。
高次元領域の到達。
この現世を冥土へと変える。
「拙者は笑王セフス!」
「アーサー・グリン……」
「ひいはっはっはっはっは!」
「……」
(なんで俺がこんな変態の相手をしなければいけない……)
当初は、正直相手は誰でもよかった、結果は同じだからだ。
だからこそクジ引きと言われても、別に反対もしなかった。
それで引いてみれば、未確認の新魔王が相手となる。
他の魔王のように復活したのではなく、何処からか来た、しかし何故か情報は一切なし。
いざ名前を名乗ろうとも、俺の名前は笑い声で掻き消される。
(しかも笑王とはなんだ、笑わせる魔法でも使うのか?)
「拙者は無名でしょう?」
「ああ、聞いたことも無い」
「ですよねーはっはっはっはっは」
結局最終的には笑って締めくくり。
殺気もまったく感じない、一体何をしたいんだコイツは。
「戦う気がないなら、他を当たるが」
「あれれ、それっていいのですかな? 拙者を倒しに来たんでしょうが、それとも戦意の無い者は殺せない??」
「……」
別に殺しに躊躇は無い。
だが戦う気も無く、何をするでもないなら、無視して他の魔王を早く始末したいところ。
「君に良いことを教えてあげよう」
「なんだ」
「海にいーっぱい魔物がいるだろう? あれは拙者の仕業」
「……魔物は、貴様が元凶か」
「そうですそうです。はーっはっは————」
(Ⅲ・羽、Ⅴ・剣、展開)
速度を上げる、この手に剣を生み出す。
瞬間で駆ける。
一点集中、炎を吹き消すように、陽炎の如く剣戟放つ。
「笑う門に魔物あり!」
「なんだと……」
俺の剣は確かに肉を刻んだ。
しかしそれは笑王の肉体では無く、突如現れた魔物の肉、紫の鮮血飛び散らす。
命を絶つ、しかして距離を取られる。
ならば追撃と、電光石火で接近するが————
「これは、一体どういう魔法だ?」
行く手を阻むのは魔物の波。
ヤツが笑えば笑うほどその数は増していく。
それが果たして魔法なのか、こいつらは召喚されているのか、生み出されているのか。
(厄介な相手に当たったな)
未知とは恐怖。
相手が誰でも変わらないと思っていたが己を戒めよう。
この笑う魔王、強い。
「天より祝福を、Ⅰ・輪」
天界より天使を召喚。
この身に重ねる。
頭上に現れる光のサークル。
「くくく、凄い、凄い」
「行くぞ……」
天使を持ってしても目の前の王は笑う。
その目には希望も絶望も何もない、単純なる面白さ故、そう感じる。
(これは四大天使まで使うことになりそうだな————)
まずはスタンダートでフォーマットに。
相変わらず殺気は無いが、魔族に囲まれ、更には海の魔物の親元を見つけた。
ならばこそ刈り取るしかあるまい。
その笑み、俺が消してやる。