58.5 with Queen of magicians
これはとある魔女の話。
彼女はある世界の、ある辺境の村に生まれた。
周りは木々に覆われ、水は美しく、様々な動物が闊歩する場所。
揺れることのない毎日。
そんな生活で、彼女がまだ幼い、つまりは少女の時に、類まれなる魔の才能に恵まれていることがわかった。
火を生み、水を操り、風に乗り、時には雷と躍ることも。
周りは少女を恐れた、遠のいていった。
しかし両親は彼女を愛し、一生懸命育てた。
それに対し、彼女もまた両親に愛を送った。
流れゆく日々。
あっという間に過ぎていく。
なんの乱れもない、平凡で平和な日々だった。
しかしその平穏はある時、脆く崩れる。
襲来である。
生命は地に伏し、あらゆるものが燃える、焼き焦がれる。
それを行ったのは何者か。
魔族でも同胞でもない、辿り着く、これは神の仕業ではないか?
惨状で気付く。
その世界に囚われることない圧倒的力量。
これを成し得るのは神だけである。
全てが燃え、全てを失った後、またも気付く。
生き残ったのは『自分』だけであると。
そう理解した時には、『何者』の姿は消え去っていた。
まさに一迅の風来、颯の如く。
炎がこの四肢を焦がす。
絶望した、その思いを絶叫した。
どうする、どうすればいいのだ。
私は何をして、何を思い、何を生きるのかと混沌の中に居た。
無慈悲なる天災に巻き込まれ、真っ暗になった。
そして至る。
絶の境地、空っぽの腹に闇と、ある野望が宿る。
夢とは形容できない、歪な形のものだ。
少しずつ、一歩一歩、闇へと進む。
彼女は名前を捨てる。
自分はあの惨劇で死んだ。
そしてここからは新たな出立、別人種、復讐者という名を被ると。
その後、彼女は生涯をかけ、あらゆる戦場を周った。
持ち得し魔道1つ1つ、全てを極めるために。
そして野望を達するために。
復讐者としての命を全て戦へと投じた。
だがその努力は実を結ばなかった。
実力は随一、究めし魔道は千を超える。
だがしかし、届きはしなかった。
すべてを否定される。
思い知る。
これでは足りなかった。
これでは勝てなかった。
彼女は黒き命の花を枯らす。
そして死にゆく中で切望した。
もう一度、もう一度魂をくれ、いや寄こせと。
今度こそやり遂げてみせる。
その一心のみ。
これが最後の願い。
その言葉ならぬ言葉を誰が聞いてか。
煌めく光、世界をつなげるように。
落ち行く意識、光で包みこんだ。
まるで船渡、野望は世界を渡る。
そしてそこで待ち受けていたのは異種族との邂逅。
そして導かれる戦いの嵐。
この世界に来てなお一騎当千、百戦錬磨の実力、あっという間に名を馳せ、彼女は呼ばれるのであった。
魔を究めし者『魔女王』と————
うだつ上がらず。
空虚な感情。
空虚な大地。
黒に染まった地平線を臨む。
「————やはり来たのね」
私は魔道を究めし者。
世間は魔女王と呼ぶ、大層な呼び名だ。
しかし自らの名は彼方へと飛び、世界からも忘却された。
いま私を私たらしめるのはその『王』という言葉のみ。
それがこの身を世界に固定する唯一の定義である。
「数は10人、本当にあの時のよう」
遠く遠く、古めかしい大船を確認、その細部に至るまでこの眼が見通す。
身体は年老いてもこの姿は崩れず、今なおその若さを保つ。
若さだけではない、最もは究めし魔法をそのままに、上がることも下がることも感じ得ない。
そんな心が記憶から掘り起こすのは、数十年前の戦い。
魔王連合対人間、まあ人間といっても厄介だったのはあの10人だけだったが。
「神も連れているようだし、手は抜けないかしら」
旧神と新神を引き連れている。
スサノオについては事前に判明していたが、まさかあの少年、よりにもよって銀神を宿しているとは。
王の器の持ち主か、はたまた神に愛される運命を持つものか。
いくら私が幾千の魔法を使えようとも、少なくとも『神』を降ろすのは不可能だ。
「それに太陽神が遣わす聖剣使いもいることだし」
やはり神は私を阻むのか。
あの大戦で敗れ、己が目的を遠ざけた日。
私にとって魔王に味方するも、人間を味方するも、正直どうでもよかった。
ただアレを、アレを完成させたいがために。
それには世界の破滅を伴う、ならばこそ共に歩むのはやはり魔族であった。
「今日も、風が冷たいわね————」
夏の夜、風は別段冷たくもないはず。
しかし相変わらず、さざ波に揺れる風流は私を冷やす。
心に内臓される感情は沈みきったまま。
そして夢の途上、その過程に位置する現在この状況、この戦い。
虚無の先にある真実だけを、この身は求める。