58
東京湾を出て数時間、ようやく日が沈み始めるかという時。
今のところ襲撃は一切なく、また索敵に反応も無い。
レネも敵なしの判断であり、休憩かねて探検、船内に降りた次第だが————
「……ブチ殺したい」
(まーたヤバいところに遭遇したな)
そこでは、少女がひたすら壁にナイフ突き刺してる光景が。
彼女は乱雑に切られた白い髪と、煌めく赤眼を持っている。
正体は一目瞭然、ロシアS級『赤眼の殺し屋』ユリア・クライネだ。
見た目だけならいわゆるロリ娘っというやつ、身長もレネより若干低いくらいだろうか。
中学生、いや小学生と間違われる可能性もあり得るくらい。
(この風貌でロシア最凶の殺し屋ってんだから恐ろしいもんだ)
殺し屋とは言うが後盾にはロシア政府がついている、という噂。
ただ同じチームを組んでも正確なことは知らないし、これまで話したこともない。
だが能力ぐらいは流石に知っている。
対人戦超特化型能力『反射反撃』
武器創造能力『暗器』
能力2つ持ちというやつで、近接戦に特化したスタイル、また戦闘技術においてはこの部隊の中でトップだろう。
(そんな奴がひたすら壁にナイフ突き刺してるって、ホラー映画かよ)
「……だれ!」
闇より這い出る一迅のナイフ。
常闇より赤い色を纏った、隙間を穿つ一撃必中の投げ。
直線を描き俺の顔、の横を通過する。
「あ、あぶねえ」
「……なんだ脳筋の相棒か」
まさに紙一重、薄皮一枚、寸でで反応出来なければ普通に死んでいた。
レネの鍛錬受けてなければ終わりだった。
「……覗き見よくない」
「それは悪かったけど、まさかナイフが飛んでくるとは思いもしなかった」
「……てっきり中国野郎かと」
「李 周明のことか」
「……うん」
これまでを観た感じじゃ、国柄もあるが、いかせんこの少女と中国の死皇帝の仲は非常に悪い。
いつも静かに火花を散らしている。
(いや待て、良く考えれば少女っていうか、この人俺より2つ年上じゃん……)
すっかり抜け落ちていた、1年は俺とヨーゼフだけだ。
あまりに鋭利な殺気だったもので混乱した。
技術は確かに超一級品。
だがしかし、この見た目で高校3年とは信じられない。
「……失礼なこと考えてる?」
「っえ」
「……そんな顔してた。……殺そうか?」
「いやいやいや! なんかこう、すごい技術だったから、それで……」
赤眼がまったくブレない。
一点に俺の銀眼を見つめている。
虚を見透かすように一点張り、物理的には見上げているが、精神的には見下ろされているような。
強者の、暗殺者の、先人故に生み出せる空気感。
(この人本当に殺す気か!? 殺気がガチすぎんだろ!)
危機を察知。
これはネタでもなんでもない。
このほぼ目の前に立つ間合い、同調も銀世界も間に合わない、おそらく一瞬で決められてしまう。
危険信号大音量で回る、一刻も早く打開せよ。
ならば逃げるしか、言い訳するしかあるまい。
「えーっと、そう! さすが『先輩』だなと思ったんだよ!」
「……先輩?」
「見事な動作! 鋭い反応! まあ痺れました! それに見惚れちゃったもんでつい物思いに……」
(この言い訳はちょっと露骨すぎたか?)
とりあえずべた褒め。
覗き見していたことや、中国ムカついてますということや、俺が失礼なこと考えていたこと、もうゴチャゴチャでよくわからないが、どうやってもこの場を切り抜ける。
そのためにとりあえず『先輩カッコいい!』みたいなニュアンスで言いまくったんだが————
「……私、先輩!」
「あ、そ、そう先輩です! いやーユリア先輩かっこいいなあー」
「……ふふん」
(チョロイ!)
「あ、そうだユリア先輩、飴あるけど要ります?」
「……食べる」
先輩リスペクト作戦からシフトする。
今度は餌付けとまではいかないが、持っていた飴をあげる。
それを受け取っては無表情に頬張る。
(エイラに渡された飴がまさかこんなところで活きるとは……)
殺気が収縮していく。
この場の空気が飽和、現実世界へと帰還する気持ち。
「……変幻、お前良い奴」
「一応ユウって名前があるんで」
「……わかった、ユウと呼ぼう」
「あいっす!」
もう完全打破した。
俺はこのロリ娘に、いや変なことを考えるな。
積み重ねた経験で俺の思考を読んでくる。
気をつけなければ、また逆戻りだ。
(しっかし、これで先輩後輩の図が出来上がっちまったな)
それも致し方なし。
だが確かに相手は年上、実力も確か、軽く敬語使うことくらい苦にならない。
日本はそういう風潮強いし、別段気にすることでもないだろう。
(だとしたらエイラやシルヴィとかも敬語を、いやそれは無いか)
「……ユウ上に行こ」
「わかった」
「……わかっ、た?」
「あ! いや了解しました!」
「……まあどっちでもいいけど」
意外と口調については気にしなそうだ。
先輩という呼称を気に入ってるだけのよう。
上へと登る。
背中を追う、その足取りは見た目と反した暗殺者のもの。
やはり俺の運勢は相当か、だいたいヤバい場面に良く出くわす。
船内探検で見つけたのは意外や意外、赤い瞳をもつ少女であった。
「誰ですかここにゴミを捨てたのは!」
巫女姫、星之宮さんの怒号が船内響く。
シンクロのにて船周辺は監視中。
俺たちは遅めの夕飯を各自で摂っていた。
「あ、それは」
「またフォードさんですか!? 数時間前も同じ話しましたよね!?」
「すまない。つい置いてしまった」
「……はあ、気をつけてくださいね」
政府がたんまりと、食料は結構積み込まれている。
各々好みのモノを食ってる。
かくいう俺はカップラーメンを選んだ。
腐るほどあるミネラルウォーターを、ガスコンロで加熱する。
少しして白い蒸気が昇る、ヤカン手に取りカップにミリミリと注ぐ。
(しかしこのカップラーメン5分待つのか)
ちょっとお高いモノなので時間は長め。
それでも5分なんてすぐ、それぐらい待てぬほど短気ではない。
短気ではないんだが、ちょっと名案を思い付いた。
「シルヴィ」
近く似たメイドさんに声をかける。
寿司の一件以来、結構話すようになり、今では普通に世間話をするぐらいには。
「何ですか?」
「俺いまからカップラーメン食うんだけどさ」
「はい」
「5分間を能力で先送りしてくれない?」
「…………」
名案その1。
シルヴィの能力『方向』
それは時間にさえ影響を及ぼす。
内容としては、カップ麺の出来上がりに必要な『5分間の工程』をスキップしてもらおうというもの。
そうすればすぐ食べることが可能になる。
「ユウは、私の能力を軽く見すぎではないですか?」
「そんなことはない。素晴らしい力だと思ってる」
「実に白々しい言い方ですね……」
「お願いしますシルヴィ先輩」
「貴方に今更先輩と呼ばれても気持ち悪いだけです。はあ仕方ないですね」
苦言を呈しながらも、なんだかんだとやってくれる。
面倒見はすごくいい。
少し前に言われたが俺を相手にすると、たいそうメイド冥利つくそうだ。
(ようは手がかかるってことですね、はい、すいませんね)
「5分の工程を飛ばします『流転』」
世界に干渉する。
カップが段々と輝く、そして一気に、一瞬煌めいたかと思うと光は収まった。
「はあ。これでもう食べれますよ」
「わーい」
「……まったく、そんな我儘言えるのもお嬢様がいない間だけですからね」
「分かってるさ。ありがとシルヴィ」
「で、ですが、まあここに居る間くらいは————」
とりあえず出来上がったものをすする。
うん、美味い。
やはり日本のカップラーメンは最高だ。
「……なに食べてるの?」
「あ、ユリア先輩、ちーす」
「……挨拶ナメすぎ」
「冗談冗談。なにってカップラーメン」
「……私一口欲しい」
「そりゃ別にいいけど」
まだ一口二口しか食べてないが、まだまだ在庫はある。
なくなればまた作ればいいだけだ、それに頼りになるメイドさんもいることだし。
「……美味し」
「そりゃよかった」
「へー僕も食べてみたいなー」
「うお! ヨーゼフ!」
「なんでそんなに驚くのさ?」
陰からヒュルリと現れる。
いや驚くって。
それにあの時の恐怖というか、未だにそれが残ってる。
まあ今はその目は活き活きしてるので、ドイツ大好きモードではないようだ。
これなら比較的普通に対話できそう。
「まさかドイツを……」
「ほらヨーゼフ! カップラーメンだよ! いっぱい食べたまえ!」
「……いやそんな押しつけなくても、僕も一口で十分だよ」
(あぶねー、危うく目が虚ろになるところだった)
一口食って、なんとか落ち着く。
まったく食事するだけでこんな気を張るとは。
平和だった日常が懐かしい。
「————私も少し貰っていいか?」
「……どうぞー」
また誰か俺の食事を味見するか。
どうぞどうぞ。
どうせ一口食うくらい、好きにしてくれって————
「待て! 今言ったのって……!」
「はあ。美味しかった」
「やっぱりエイラかよ! てかもう食べ終わっちゃってるし!」
しっかり確認すれば、カップの底は丸見え。
中の質量の殆どがエイラの腹へと消えた。
いやいいんだ。
新しく作り直せばいいだけの話だ、気にすることは無い。
ただ中途半端に食ったせいで、余計食べたくて仕方ない。
早く作り直さねば。
「まったく災難ですね」
「星之宮さん……」
「呼び捨てで結構です。ちょうど私も食事をとろうと思っていたので————」
まさに大和撫子の言葉を現実に。
麗しい見た目、こりゃ人気もでる。
そうこう言って、星之宮さん、いや星之宮が持ってきたもの、それは————
「わ、和食……」
「はい。凄いですよね、最近ではこんな本格的なものまで簡単に作れるんです」
「へ、へー……」
「カップラーメンだけの様でしたので、せっかくなので四道さんの分も作ったんですが、お気に召しませんか……?」
どうやら俺の食事を考えてくれてのよう。
同じ日本人のよしみ?
いやなんにせよ良い人であるのは間違いない、間違いないんだけど。
(俺は今カップラーメンがとても食いたいんです……!)
しかしキラキラと輝くその笑顔。
これを断れる人間などこの地上に存在しないだろう。
いたとしてもそいつはまず人間じゃない。
「……いや、有難く頂きます」
「はい。ではいただきます」
「い、いただきます」
随分立派な整った食事に代わったな。
味もなかなか。
腹を満たしていく内に、段々とカップ麺のことはどうでもなっていく。
まあこれも一興というもの。
「誰か! 俺のズボンを知らないか!?」
轟と扉開き、パンツ一丁でクラーク入場。
その鍛えられた身体、凄まじい筋肉だ。
「それなら階段に脱ぎ捨ててあったようような気がします」
「……それ私も見た」
「あれ? 大廊下の方じゃなかったかい?」
「皆さんまず下着だけの姿を指摘しましょうよ!」
星之宮さんが顔を赤らめて。
いいとこ育ち、というかリアルにお嬢様、なにせ名門星之宮家の長女だし。
いかせん純粋、ピュア。
それに比べてうちのエイラは、そんなことに目もくれず食事を継続。
流石っすエイラさん。
「おい。それは俺のだ」
「いいじゃないか、少し貰ったって」
「ズボン、ズボンがないぞ!」
「このソーセージはダメかなあ。やっぱりドイツ産が一番だね」
「待てテーブルを壊すなって————」
宴とは違うがなんとも騒がしいこと。
これが住宅街だったら苦情続発、直ぐにでも退居だ。
変わり者、俺も入って10人。
それぞれ癖があったり、変だったり、棘があったりするけども、少しは噛み合い始めたということか。
出航1日目、それは騒ぎながらも楽しくある。
日は思った以上にゆっくりと地平線へと沈んでいった。