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「晴れてるなあ」
8月初旬、真っ赤な恒星が肌を焦がす。
かれこれ魔王島の出現から4日が経過する。
正直なところ俺の生活にはさして変化は無かった。
それこそエイラやシルヴィと駄弁ったり、ヨーゼフに異常なほど絡まれたり、あとはハチャメチャな会議を数回かやったぐらい。
だがそんな日常はここで新たな転換点を通過し変革される。
「よし! 皆揃ったな!」
季節に負けぬエイラの元気すぎる調子。
両サイドには最強の脳筋が勢ぞろい。
中央にて向かい合うエイラが声を張る。
更に目前に広がるのは地平線臨む青い海。
潮の風を一点に浴びる。
「結局、作戦は有耶無耶ですけど……」
「そう言うな巫女の姫」
「ええ。もう気にしても仕方ないことです」
嘆き露わに星之宮さん、それに諦め示す周り連中。
相変わらず着物姿がお似合いなことで。
(結局全員意見がバラバラで決まらないって言うね、まあこの面子じゃな……)
分かってはいた。
思っていた以上に嚙み合わない。
行きついたのは今のところ殴り込みのただ一択だ。
「————では俺から」
出でるは雷槍マイザー・マルティネス。
開会式の再来か、この出港式ともいえる場に登場する。
あの時はボイコットしたが、今回は降ろせないモノを背負っている。
逃げも隠れも、早引きも決して許されないし、するつもりもない。
「こうして君たち、いやお前たちの前に立つと、開会式の悪夢を思い出す」
その通り、がしかしその夢は移り変わる。
幻想のように物語に刻む。
序章を越え、ページを捲る、伝説の門出に古の大英雄が祝福を。
「伝えたいことは大会最後の日に言った。よって俺が送る言葉はただ一言」
恐れるな、前へと進め、歴史を越えろ。
既にあった感情、だが奮起する、戦いの息吹が一層増すんだ。
ビリビリと感じる雷槍のオーラ数万ボルト。
電気ショック与えたみたいに脳みそが痺れる。
「この国は俺に任せろ。存分に暴れてこい!」
武者震い、心臓を震源に振動、この手を強く握る。
(雷槍にそんなこと言われちゃ、奮い立つってもんだよ)
配置を大まかに説明する。
魔王島を更に詳しく調査した結果、そこに住まう王の数は暫定で8体。
挑むのは俺たち最強の脳筋10人と決定する。
雷槍を筆頭とする残り僅かのS級、及びそれ以下の能力者は、日本の最終防衛ラインを務める。
ようは万が一俺たちが死んだ時の最後の防波堤、もしくはすれ違ってしまった場合に時間を稼いでもらう役割だ。
「ユウっち!」
「ザック、てか皆も!?」
「まったく一言ぐらい言ってから行きなさいよ」
「そうだよー」
ザックにルチア、それだけだと思いつつも気づけばその他諸々大勢と。
この港に幾人もの人が集結する。
それは今回の大会に選ばれた学生、中にはアイドルも、中にはお偉いさんも。
皆と形容するにはあまりに豪華な送り人の人数だ。
「アーサー! ちゃんとコミュニケーションとるんだぞー!」
「わかってる……」
はたや思えばイギリスの送り出し。
アーサーに苦言を言いつつも、その表情に心配を感じさせるものはない。
「無事に帰ってくるのですよシルヴィ」
「はいお嬢様。この任務必ずやり遂げてみせます」
ここには誉ある主従関係が。
シルヴィがその心臓に命を刻む。
「クー君も自分勝手しすぎないようにね」
「なにフォードの方がヒドイだろうさ」
クラークを見送るアメリカ勢。
本土に残る貴重なS級がその2人、爆発思考に抑制を与える。
「ユウ」
「ああ」
「死んだら、模擬戦のリベンジができなくなるわ」
「そうだな」
俺に声をかけるのは代表してかルチアだった。
その声音は普段と変わって物足りない。
沈みのあるかんじ。
「ほらルチア、ハッキリ言わないと!」
「で、でも……」
「やるときはしっかりやるっすよ!」
「う、うん」
なんだ皆してルチアを後押しか。
それ俺にするんじゃなくて?
言葉が詰まる、思考がうまく回らないか、はたまた声帯でも失ったか。
沈みかけの声、その顔を上げ俺へと向かい合う。
紅の髪は潮風に揺られる。
「……生きて帰ってきて」
「なんだそんなことか」
「そ、そんなこと!?」
「いや言い淀んでたからさ。もっと重い話かと思った」
「十分重いわよ!」
紅蓮が彩る、灼熱に反射する熱き思い。
さっきまでの曇り空は何処かへ飛び去ったようだ。
「私には!? 私には何かないのか!?」
「ふぉ、フォード先輩も頑張ってください」
「うむ! 頑張るぞ!」
エイラさん、言わせてませんか?
そんなこんな、いやはや有難いことで、また随分無茶をしたとも思う。
俺たちの出航は99%の国民は知らない。
それは戦力不在になるということへの不安発現の防止、さらには魔王への情報伝播を考慮してだった。
だというのに、こんな目立つようなことを。
これは表れか、自分の想像以上に、自分たちを信じていてくれているのからこそ。
それに男気ないこと、細かいことを脳筋の相棒が考えていては笑い者か。
(おそらく雷槍の計らいだな。まったく無茶を、しかし粋なことしてくれるもんだ)
少し頭の悪いことするあたり、やはりSSS級だ。
年老いてなお、力衰えてなお、その本能は錆びつくことなくソコにあるようだ。
「では、そろそろ出発するとしよう!」
仲間と別れの挨拶、いやいや再会の約束だ。
死ぬつもりは更々ないし、死ぬとも思えない。
俺にはエイラ、それに頼れるかは微妙だが強い奴がたくさんついてる。
孤独ではない、共に海を見る連中がすぐ傍に、確かに居るのだ。
「べリンダ!」
「あいよ!」
エイラの声にべリンダ・ドレイクが応と。
俺たちはこの大海原を突き進む。
その道のりに待つのは幾多の荒波、物質と魔王による魔法の嵐が予測される。
並みの移動機体じゃ沈むは必須。
だからと言って期待に応えられるような、完璧なモノを未だ人類は創り出せていない。
つまり、現実にある物体ではダメなのだ。
「歴史再現!」
べリンダ・ドレイクの能力『歴史再現』が発動する。
彼女が持つ限定時代領域の代名詞、無敵艦隊、その主戦艦が登場する。
さざ波が騒めく、大気が震える、ガラスが割れるような音が響く。
「無敵艦隊・旗艦出航だよ!」
この世界に歴史が再現される。
あるはずのない巨大質量、古めかしい旗の大きいことよ、備え付けられた大砲に錆びは見当たらない。
無敵を名乗る戦艦、その主艦が日の出を浴びる。
(まさか島までの移動が無敵艦隊になるとはな————)
あれやこれやと意見している内に、思いついた策。
べリンダの能力で船を出せばよくない?
これは画期的、なにせ燃料なんてものは無く、風が無くとも不思議な力で勝手に進んでくれる。
しかもだ、例え沈没させられようとも、べリンダが新たに創り出せばいいだけのことだ。
無敵艦隊というよりは、無限艦隊と言った方が的確かもしれない。
(この船を簡単に沈ませる気は更々ないんだけどね)
俺含めS級10人、若きの最高峰がいる。
むしろ逆に送り返す、あの世に沈めてやるぐらいな気概。
高い船体、梯子階段がなければ乗り込めない高さ。
「よっと」
その空いたメートル、同調した大気がこの身を押し上げる。
エイラも強化で大跳躍、その他諸々簡単に飛び乗る。
教科書でしか語られぬ歴史に俺は足を踏み入れた。
旗が靡く、べリンダが操作、少ない風でも速いスピードを生み出す、この船は全て彼女が操る武器なのだ。
「さて各々、最強の脳筋最初の任務だ」
全員が目線を交差する。
今からやるのは降参無しの一発勝負。
ブレーキ外れた大車輪、火の車になって突き進むのみ。
(予想通りいけば到着まで僅か数日たらず、こりゃ気合入るな)
風は追い風、海は潮の匂いを。
見送り見送られる。
それぞれが持つ不屈の信念。
数世紀ぶりの大航海時代へ。
英雄を乗せた黄金の船、東へと進む。