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「しっかしユウっち、決勝まであと1勝っすもんね」
「今年は参加小隊が少なかったからなあ」
ザックが今更のように。
俺たちイタリアはフォード隊、そしてバレンデッリ隊の2小隊を選出した。
だがすべての国が2つ出すというわけではない。
1つの小隊に最大の戦力をつぎ込む。
勝つための合理的手段をとるところも。
(これから戦うフランスも、1チームしか出てきてないし)
日は明けている。
つまりはネクスト。
準決勝当日、今はイタリア代表の専用ルームに。
始まるまで結構時間がある。
だからこうしてザックと腑抜けた会話をしている。
(もう少し経ったらウォーミングアップしないと、なにせ今回の相手フランス、その中心といえば……)
「————失礼しますわ」
いくつかノック、応答しなくとも扉開ける。
2つの訪問者。
ドリルとまでは言わないが特徴的な髪型が表す。
漂う気品のオーラ。
「フランス代表、隊長マリー・エトワール。ご挨拶に伺いましたわ」
(わざわざ対戦相手に挨拶、ずいぶん礼儀正しいというか、スポーツマンシップがあるというか)
「まずはエイラ・X・フォード様、どうぞお手柔らかに」
「よくわからんが宜しくだ!」
軽くそして優雅に一礼を手始エイラに。
ちなみに今はべリンダとの観光で爆買いしたお菓子を食べてる。
エイラに対してはそれで終わり。
俺も無難に返す、そのつもりなんだが。
「————昨日はよくも騙してくれたな」
「————オオ、シルヴィサンジャナイデスカー」
お嬢様、もとい隊長の陰から現れる。
短めの金白髪、張り付いたメイド服、研ぎ澄まされたその眼光。
冥土に突き落とすS級能力者。
そしてなにがどうしてか一緒に寿司を食べた人でもある。
「あの後持って帰ったスシのことだ! いくら待っても一向に回らなかったぞ!」
「そりゃ回転寿司ってのは、下のレールが運んでいるだけだし……」
「確かに店ではそうだった! だが持ち帰りのものだけは特別製で具材が勝手に回ると————」
説明する。
少し調子に乗りすぎてしまった。
昨日俺はシルヴィとラッパ寿司に、まあそこでいろいろあったわけだがそこは休題。
腹は満たした時にはもう結構遅い時間だったんだ。
これ以上付き合うんのはメンドくさ、いや明日に響きそうだったので————
(持ち帰りの寿司だけは特別製、不思議な力でシャリも具材も勝手に回る、本当に回転する寿司だと伝えた)
この苦しい言い分をシルヴィはまさかの信じる。
帰ってから少し罪悪感に苛まれた。
ちょっと悪かったなとはホント思ってる。
「ミスター変幻、随分とシルヴィを楽しませてくれたようね」
「……いやあ滅相もない」
「私の従者、決して安くはなくてよ」
「お嬢様の仰る通り! あの後私がどんな思いをしたか……!」
どんな思いをしたのかは聞かないでおこう。
そりゃ自信満々に持って行った寿司がタダの寿司。
しかもクオリティーがそんなに高いわけでもない。
きっと冷たいというか白い目で見られたのだろう。
「この借りは試合で返すぞ!」
どうやらメイドさんは気合十分のよう。
だが意外、思っていたよりもお嬢様の方は『おーっほっほ』していない。
イギリスのアーサーと話しているときの勢いはすごかったから、その印象が勝手な人物像を生み出したのかもしれない。
まあ国柄以前に、アーサーとは馬が合わないんだろうけど。
「それとこれは試合とは別ですが、ミスター変幻」
「ミスター変幻は辞めてくれ。ユウでいい」
「ユウ貴様! お嬢様にその————」
「構いませんわ。ではユウ、少し質問よろしくて?」
「答えられる範囲なら」
試合とは別で聞きたいことがあるそう。
悪いことはをしたのは……最近身に覚えはない。
したと言えば頭が固いメイドさんを騙したくらいだ。
「此方の調査だと、貴方に特定の契約者や企業はいないとのことでした。間違いないですか?」
「クライアントってことか? 特にはいないけど」
「未だにフリーであると……」
大抵強い能力者にはスポンサーがつく。
それは宣伝広告のためであったり、また任務を行ってもらいたいがために。
理由は様々だ。
例えばエイラも、特定のバックはいないが、政府から結構な金を貰って任務を引き受けている。
実を言うと俺もいくつか話だけは貰っているんだが————
(だけど結局めんどくさくて契約してないんだよなあ……)
「何処かと契約する予定は?」
「いやそれも特にはない」
「本当にフリーですわね。むしろバックを付ける気が無いというこかしら」
「そんなことはないけど、まあ気が向いたらってかんじ」
「……なるほど、参考になりましたわ」
そう言って一区切り。
これで問いかけは終わったよう、どうやら後ろ盾の有無確認をしたかったようだ。
「ではそろそろこの辺で」
「はいお嬢様」
「シルヴィも主がいるとしっかりメイドしてるんだなあ……」
「なんだと!?」
「やめなさいシルヴィ。この続きは戦にて語るとしましょう————」
来た道反転す。
ルール通りの歩き方、模範の映し身。
「————フォード様、そしてユウ、愉快な試合になりそうですわ」
颯爽と去っていく。
言葉もまた風の如し。
しかして直感する。
深入り危険信号。
彼女はただの箱入り娘ではない。
なぜなら彼女のブルーの瞳、そこには果てなき貪欲さがあったから。
『さあ国際選抜戦も今日で折り返し! 準決勝1試合目はイタリアのフォード隊、そしてフランスのエトワール隊の対決です!』
穢祓者以来の正念場になるだろう。
決勝までの鬼門。
おそらくこの後の試合、ロシア対アメリカだが、無難に考えるならアメリカの勝ち。
十中八九で決勝へと駒を進めるはず。
ここを過ぎれば次はアメリカが相手となるわけだ。
『さてまずはイタリア代表! ここまで勝ち上がり、まさに歴史に名を刻んだその小隊、いえ2人組————』
反旗を翻すように。
異色にして大会考えるならば異端の存在。
小隊制の根本を崩す。
伸びをする、グッとスイッチオン。
身体は血流倍加速、エンジンは快調、その足は自信を物語る。
『一蓮托生にして唯一無二! フォード小隊の入場だああああ!』
何度も来たこの広いフィールド。
やはり観客席は満員御礼、各国のカメラもそのレンズを反射、存在主張している。
そんな舞台でだ。
戦う相手はフランスの令嬢マリー・エトワール、そして彼女に従う————
『さあさあそしてフランスからはこの小隊! 隊長はエトワール財団のご令嬢務めます! そしてそれに付き添うは屈強なメイドたち————』
相手の構成は摩訶不思議。
隊長は説明通りドリル女、そして後のメンバーは彼女の家来のみ。
しかしてその家来が強い。
炊事洗濯掃除を極め、そして守るための『殺し手』も覚えている、つまりは暗殺集団ともいえるメイドたち。
女だからと一切気を抜くつもりはないし、なおかつ手を抜くつもりもない。
侮るものならそれこそ冥土送りというものだ。
(一番厄介なのはやっぱシルヴィなんだよなあ……)
『美しい薔薇には棘がある! エトワール小隊の入場だああああ!』
さあさあ怖いメイドさんたちのお出ましだ。
目に宿す金を超越した気品さ。
それに付属するは危険すぎる、そして美しい女性たち。
一点汚れ無しのメイド服が4着。
大会だからといって服は変えない、感じ得るその不動のポリシーよ。
「————改めて、よろしくお願いしますわ」
「————宜しくだ!」
「————ああ、よろしく」
3人の言葉が交わされる。
その他は無言。
他のメイドはともかく、あのシルヴィが何も口出ししてこないとは。
(完全に入ってるな。敵に向けるガチの殺しの眼だ)
『この女も強いのう。して能力が厄介じゃな』
(シンクロがどんくらい張り合えるかが未知だからなあ)
『銀世界の準備も整っておる。いつでも発動可能じゃ』
(了解。助かるよ)
挨拶のため近づいた距離を戻していく。
離れ離れ離れていく。
仲違いではない、戦いの下準備、下ごしらえするかのように着々に、そして淡々と。
『それでは国際選抜戦、準決勝を行います! 10カウントを開始します!』
いつものプロセスを経て。
観客もカウントに参加、一緒にダウンしていく。
ダウンタウンみたいに熱気溢れる。
「向こうに派手な技は無い気がするぞ」
「確かに試合みた感じじゃ、防御型、いや持久型に近かったな」
「うむ。大技ではなく、極めた細かい技の連続だった」
「じゃあどうやって倒す?」
「無論突撃、力で捻じ伏せるだけのこと。ただ冥土の方は頼んだぞユウ」
「……まあ俺が行く前に、むしろシルヴィの方から来そうだからなあ」
それは昨晩のことが原因。
お嬢様の任務失敗、それで恥かかせたらしいから。
ただ、そのことがあろうとなかろうと、どうせ戦うことになっていたはず。
(さてさて俺の同調と、シルヴィの方向、どんなことになるんだか————)
俺とてS級、シルヴィもS級。
客観的に、数字だけ見れば実力に違いは無い。
ただそこに内包されたモノは大きく異なる。
さらに加わる仲間の要素。
気付けばカウント終局へ。
エイラが聖剣を構える、俺も全身に力を回す、言葉は語らず前傾姿勢。
俺たちと対峙するはメイド服をきた冥土さん、つまりは地獄そのものが目の前に。
ただビビる必要無し。
俺には、頼れる相棒が隣にいる。
『準決勝第1試合! 開始です————!!』