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「————たたた、笑うと腹が死ぬほど痛てえ」
「————エイラの拳喰らってその程度じゃ全然いい方だぞ」
「————私は相手が夕でまだマシだったってことかしら」
ホワイトルーム。
簡素な部屋、何故か個室、どこからか薬品独特の匂いが。
俺も1度はアーサーのせいで訪れたこの場だ。
「しっかし入院になるとはなあ」
「仕方ない。エイラが相手だったんだ」
「……ありゃ普通の人の手に負える存在じゃねえってのは分かった」
光太郎、全身を包帯グルグルと。
現代版白きミイラ男の実感。
エイラに飛ばされその身に刻む。
「しっかし夕があの脳筋の相棒になったとはなあ」
「聞いた時は何事かと思ったわ」
「いろいろあってな。あんまり連絡出来なかったのは、悪かった」
「連絡は、まあ赤い悪魔のこともテレビで言ってたし察したわよ」
連絡していたのイタリアに行ってからの僅かな日数のみ。
その後はロシアで隠れて旅をしていたし、音沙汰なし。
「……はあ、俺も意地張って悪かったな」
「結局素直に謝るんじゃない。最初っから正直でいればいいのに」
「うっせー朱里。男には男の生き方があるんだよ」
「あっそう。なら私には関係ないわね」
「喧嘩すんなよ……」
「「別にしてない」」
意気はピッタシだ。
掛け合いにふさわしいアンサーが返ってくる。
「ところでフォード先輩って普段何してるんだ?」
「食うか剣振るかのどっちか。何でそんなこと聞くんだよ」
「いやさ、あんだけ強いとどんな鍛錬しているのか気になってな。そうか飯と剣……」
「光太郎は何か言われたんだっけ?」
「ああ、まずは己だそうだ————」
エイラなりのアドバイス?
意図は不明だが言葉は光太郎を考えさせる程度には作用しているようだ。
今日で大会の2回戦は終わり、日が沈むのが遅くなった、微妙な空色での見舞いへと。
しかして今は俺一人。
エイラはスペイン代表のべリンダ・ドレイクと何処かへ行った。
曰く『観光』、大会前の観光その続きをすると言っていたが————
(頼むから迷惑かかるようなことはしないでくれよ……)
破壊とか破壊とか、破壊とか。
一言残して飛び去っていったよ、その目をキラキラと輝かせて。
べリンダとは同じ女同士以前に、共にガサツな性格、馬が合うようだった。
(あいつにも少しずつ、友達って言える人間が現れだしたのかな)
「————失礼します」
俺の思考と、3つの会話螺旋に訪問者現る。
介入する。
キレイな音色だ。
整っている。
さてその声発した人物は誰なのか。
特徴は長い黒髪。
そして華がある、全身から迸る可愛い粒子オーラ、その正体は————
「こ、ここ、小岩井さくらあああああああああああああああああああああ、さん」
「テンパりすぎて何言ってるかわからないわよ光太郎」
「で、でも、小岩井! 小岩井 桜さんだぞ! 絶賛爆売れ究極アイドルの! それが俺のすぐ目の前に!」
「まあ確かになんでこんなところに……?」
ものスゴイ勢いの光太郎選手、エイラによって受けたダメージが嘘のように。
興奮に興奮重なる。
これはドッキリだろうか、確かにビックリ。
そりゃそう。日本人じゃ知らぬ者などいない、いま大の大人気の人だ。
俺たちと同い年でありながらアイドル、光太郎が喜ぶ要素盛りだくさんである。
「この大会最後の日本代表小隊でしたし、その隊員の方が入院したというのでお見舞いに————」
「入院さいこおおおおおおおおおおお」
「え、えーと……」
「す、すいません! じゃ、じゃあもう隊長の方には行ったんすか!?」
「はい。榊さんの方はケガで動けなさそうでしたが……」
言いたいことはわかる。
光太郎はもはや入院詐欺、個室なのも代表だったからという贔屓故だし。
さっさと取り上げちまえ。
(しっかし日本政府も、まさか見舞いにアイドル送ってるとは、なかなか粋なことをする)
輝く大きな黒い瞳。
これに魅入られちゃ、同い年なんか全滅必須である。
しかも彼女の凄いところはあらゆる年齢層の支持を受けていること。
小さい子供から年配まで、ビジュアルもあるが性格あってこそ。
確かに醸し出されるおおらかさ。
「よ、四道さん!」
「ん?」
その大人気さんが俺に話しかけてくる。
見舞いということで、せっかく口開くことなく隅にいたというのに。
これじゃあ光太郎の至福タイムが減少だな。
「あの時はありがとうございました!」
腰90度。
まるで営業さん、だがその話しはもう終わった。
打ち切りだ。
「あんまり御礼を言いすぎると、その感謝も薄まって感じるぞ」
「す、すいません」
「1度でいいよ。それに俺もあの時、結構キツく言ったし、あんま気にしないで」
「いえいえバシッと響きました!」
「そりゃよかった。にしても直接会う機会がまだあるとはなあ」
「はい! 私日本に帰ってからですね————」
「へえ、そりゃ————」
意外とお喋りだ。
よく謝り、よく感謝する。
ただ腰が低すぎるわけでもない。
会話を受け取る、案外楽なパスだ。
キャッチボールは思いのほか容易に成立した。
「それでマネージャーに怒られまして————」
「そりゃ自分が悪い、もう少し危機管理を————」
「でもですよ! 私は事実を————」
「俺からも頼む。頼むから止めてくれ。それじゃあファンの連中に————」
今は話しているのは救出エピソード。
俺が彼女をまるで正義のヒーローみたいに、颯爽と助けた。
それで滅茶苦茶嬉しかった、みたいな内容、それをブログかなんかに書こうとしたらしい。
(最近のアイドルファンは怖いからな。敵に回したらどんな目に合うか……)
「夕……」
「うん?」
「お前ばっかり話してズルいぞ!!」
「何気に仲も良さそうだし、夕ってもしかしてジゴロ?」
「いやいやいや」
「そ、そうです! 夕さんは清廉潔白です!」
「桜ちゃんを味方につける男、俺の幼馴染じゃなかったら殺しているところだ。ただこのブロッサム応援団ナンバー956に懸けて————」
なんか意味不明な構図になってきた。
ごちゃごちゃ。
いつの間にか小岩井さんも俺の事名前で呼んでるし。
戦いではない喧噪が続く。
それは夕日が真価を発揮するまで。
(とりあえず、エイラはいなくて大正解だったな————)
この爆発にエイラを放り込んだら化学反応で大爆発。
はたや地獄絵図となるところであった。
騒ぎ過ぎて怒られた病院を出る。
東京の輝き続ける電灯色が、たいして暗くもない道を照らす。
ちなみに朱里はまだ光太郎の様子、隊長と少し話してから帰るそう。
だからこそ独りで歩いていた。
周りは建物が隙間なく埋める。
まさに大東京、多くの人が行きかう、しかし安心して欲しい。
注目されるのを防ぐため大気同調で気配は消している。
消していたんだが————
「————あ」
「————ん!」
時代逆転、ここは中世だろうか。
いやいや22世紀、近代だ。
そして言うならここは秋葉原でもなんでもない。
しかしゴシック風、白と黒のコントラスト、つまりはメイド服。
立派なメイド服を来た本物が目の前にいる。
そして何故だ。
俺の気配遮断に気づき、目が合ってしまう。
「貴様、『変幻』か」
「なんで『冥土送り』がこんなとこにいるんだよ……」
隣にて2回戦、ドイツを破ったフランス代表。
つまりは俺たちの3回戦、準決勝の相手、そのキーマンが目の先に。
メイドの名はシルヴィ・ベルンクール。
俺より2つ年上、高3だったはず。
肩ぐらいまで伸びた薄めの金髪、若干白に近くもあるが、まあ美人。
いやいやそんなことは置いといてだ、主人はいないようだ。
はたや不思議。
従者である身分、それが何故かいま独りで、しかもこんな都の道の中心で。
(わかる。これめんどくさいやつだ……)
「…………」
「……なぜ質問して来ない?」
「…………」
「あ! 待て! 勝手に行くな!」
はいはい無視無視。
大抵の辞書はシンクロしているが、あら不思議、何故かフランスだけはやらなかった、ような気がする。
そんな気がする、いや嘘です、わかりますよフランス語。
でもこういうのは関わっちゃだめだ。
小学生でも知っている、不審な人物には近づくなと。
さあ逃げるのだ。
「流転!」
「っげ! 普通に能力使うなよ!」
「お前が逃げるのが悪いんだ」
「いや、関わりたくないし……」
メイドはその力を普通に晒す。
それは『方向』の能力だ。
この方向の意味、それは右、左、前、後、上、下、斜。
事象を先送りしたり、巻き戻したり、簡単に言うなら『空間操作の最高位能力』だ。
今の俺に追いついた時に使ったのは、おそらく『移動過程』の先送り。
歩くという事象をスキップしたからこそ、一瞬にして俺の目の前へと現ることが出来たんだろう。
(若干俺の能力と被ってるし、これは支配権の戦いが起こる、そう思うんだが————)
「待て待て。私の話を聞くんだ! いや聞け!」
「…………」
「……話を、話を聞いてくれないか?」
(うお! 高速土下座!?)
いろいろ残念である。
まあ執念が凄まじい。
とことん、どんな手を使ってでも目的を達成しようとする姿勢。
俺と、似ている。
ちょっとからかう、いやスルーするつもりだったわけだが。
(見事な土下座っぷり、もはや俺の言葉では言い表せないな)
「頼む! 私を助けてくれ!」
「はあ、わかったよ、わかったから。とりあえず立とうか……」
相手年上だし、女性、俺に相手を土下座させながらお喋りする趣味はない。
シルヴィは美しい肢体を高く起こす。
背筋がピンと、まさに洗練された1つ1つの動作。
流石はお嬢様に使えるメイド、徹底された教育を垣間見る。
これは戦闘技術にももちろん及ぶ、能力抜きでも十分強いわけだ。
「それでなんだが変幻……」
「待て。恥ずかしから普通に名前で呼んでくれ。ユウでいい」
「わかった。だが私を名で呼んでいいのはお嬢様だけ……」
「で、シルヴィ、何を困ってるんだ?」
「いやだから名前で呼んでいいのはお嬢様ただ1人だけな……」
「二つ名で呼び合うのは恥ずかしいんでな。無理なら帰ろ————」
「いやいや、それで構わない!」
おい意思が軽いな、貫き通せよ。
いやでも任務が第一なのだろう。
話し戻るが、俺はその二つ名で呼び合うスタイルあんまり好きじゃない。
むしろそれがいいって奴もいるが、ひと昔前に流行った『中二病』、もうそういう病は消えかかった世界だが、何故か俺は意識してしまう。
うまく言い表せないが、なんかこう身体がむずかゆくなるんだ。
「実は、私はお嬢様のある命にてここまで来た」
「はあ、それは?」
「その与えられし任務、それを遂行するべくこの身を……」
「説明なげーよ、結局内容は?」
「……スシだ」
「スシ? 寿司のことか?」
「スシはスシ、魚貝がのっている食べ物だ」
どうやら正解。
周り周って寿司かい。
もっと大事かと思ったが、ことかいて寿司とは。
いや待て、シルヴィの主は超のつく金持ちだ、きっと『店ごと買ってきなさい! おーっほっほ!』みたいな?
「曰く、『愉快』な寿司をたくさん食べたいと」
「ゆ、愉快な……?」
「そうだ。お嬢様は愉快なものを好む。豪奢なものに興味はない」
「……まためんどくさい注文だな」
「きさ、いやユウ! お嬢様の命をめんどく……」
さてさて愉快な寿司ねえ。
てっきり銀座とか、ちょっとランクが高いやつのことだと思ったが。
(しっかし寿司だなんて。もしかして、またちょっと可笑しい日本オタクだったりしないだろうな……)
「おい! 聞いているのか!」
「あーはいはい」
「まったく。お前は日本人だろう。何処かいい店を知らないのか?」
「いい店ねえ……」
「早く済ませなけば明日の試合に響くぞ」
「誰のせいだと思ってんだよ……」
そりゃそう。
明日も大会続行、準決勝で明日戦うのがこのメイドたち。
そして時刻は18時を半分周ったくらいか。
まだ時間に余裕はある。
(しっかし、俺が寿司で思いつく店なんて————)
「そういえばもう飯は食ったのか?」
「まだだ。そんな暇はない」
「なら俺が行く寿司屋、一旦そこで夕食にしよう。流石に腹が減ったし」
「そして寿司の品定めも出来ると……名案だな!」
どうやら堅物メイドも納得したようだ。
今度は連絡する、夕飯は食べてくると。
「さあて行くか」
「ああ!」
「なんかこの図だけ見ると、シルヴィが俺のメイドみたいだな」
「貴様、調子に乗るのも大概に————」
「あーなんだか店の場所を忘れてきたような……」
「まあそういう見方も無いわけではないな! 今日はお前の趣向に付き合って、ご主人様と呼んでやろう!」
「いや恥ずかしんで普通に名前でいいです」
「どっちだ貴様!」
不思議な図。
初めて会話した。
しかし面白い、いやからかい甲斐があるというもの。
エイラのボケへのツッコミで溜まったストレスを解消するとしよう。
「それで、なんという店に行くんだ?」
「ラッパ寿司」
「ラッパ? 楽器か?」
「いやれっきとした寿司屋だよ」
不思議な、妖怪のような生き物ラッパ君がモチーフの店。
そう、俺が幼き頃よりたまーに行った寿司屋だ。
日本人なら大体行ったことがあるはず。
一般的な、そう————
「通称、回転寿司!」
「か、回転だと!?」
「そう。寿司が回転しているんだ」
「お、おお! なかなか愉快そうだ! これならお嬢様もお喜びに!」
『はあ、おぬしも悪い奴じゃなあ……』
そうして足取り進む進む。
思えばいつぶりか。
エイラ以外の奴の真向隣歩くは久しぶり。
(といってもメイド服を着た変な奴なんだけど————)
俺たち2つの影、それは語らいながらも、巨大な人の波へと流れていった。