41
「でっかい! でっかいぞ!」
「これは雷門っていう、まあイタリアでいうところのランタンだな」
「ほほお————!」
実家から旅立ち。
数々点々と周る。
エイラと共に腹に物を溜めながら。
「浅草に来たのは中学以来か————」
東京人でありながら、あまり訪れない浅草町。
今日が平日ということもあるが、日本人よりも海外の観光客が圧倒的に多い。
そういう点では、エイラの映える金髪の印象は落ち着き目に。
「ユウ! 変な焼き菓子があるぞ!
「ああ、これは人形焼きって言うんだ。まあ読んで字の如くで……」
「うまい!」
「って、もう買ったんかい!」
説明聞く間もなく購入。
そしてその姿を一瞬に消す。
「どんどん行くぞ!」
「……まったく、そんなに焦んなよ」
「逆にユウは適当すぎる、時は食なりという言葉があると知っているぞ」
「時は金なり、な」
そんなこと知ったこっちゃない。
エイラが俺の手を握る。
腕が引っ張られる、そこに剛腕は無く、柔らかなモード。
伝わる温かさが、俺を連れていく。
「————さあ行くぞ!」
「も、もう限界だ……」
「なんだ、もうへばったのか?」
「お前の胃袋が可笑しすぎるんだ……」
浅草経て中野方面。
したのは所謂ラーメン巡り。
2、3、4、段々と歩いては積み重なる細い小麦と光沢スープ。
「そろそろ時間遅いし、帰らないか……?」
「はあ、ユウは戦闘より胃袋を鍛えた方がよさそうだな」
「バカ言うな……」
「調子それでは仕方あるまい。まだまだ時間はあるし、今日はこれまでとしよう」
許された時間。
あと数日。
しかし今日には終止符。
(は、腹が限界だ……早く横になりたい……)
久しぶりに味わった濃厚カロリー爆弾。
確かに美味い、美味かったよ。
しかし問題は店回って食べた量。
俺も付き合って4、5杯なんとか食べたが、エイラはその2、3倍は食している。
(エイラなら大食い選手権を仕事にできるな……)
これまでエイラと飯を幾度も共に囲んだが、ここに来てその食欲が最高潮。
まさに4次元胃袋。
「————きゃあああ!」
エイラに改めて引きつつも、どこからか女性の悲鳴。
叫びが思考を呼び戻す。
ここに来るまでに研がれた神経が、自動で戦闘態勢を整える。
「ひったくりよお!」
少し先の交差点、そこから自転車乗った中年おじさん。
片手にはおじさんが持つはずのない悪趣味なブランドバック。
(そんなおっさんがこっちに接近中、しかしひったくりとは、準備して損したな————)
脚が回す年齢以上のケイデンス。
生み出したスピードが迫ってくる、むしろこっちに突っ込んでくる勢い。
「ユウ、こういう場合はどうする————?」
「目立ちたくないが、まあ向こうから来るんだったら仕方ないな————」
いくら日が落ちるのが遅くなっても夕方。
隠れた悪意が昇る時間。
それが具現化、まさに目の前へと姿を現した。
「どっちがやる!?」
「俺は腹いっぱいなんで、エイラ頼むわ」
迎撃弾丸。
装填される、豆鉄砲に相反する巨大主砲。
「そこをどけえ!」
「止まれ! いくら空腹でもやっていいことと悪いことが————」
「………っち!」
自転車方向変わらず。
乗り手はギリギリまで接近し、エイラがビビッて退く、この予想、そして実行。
(まあ例え180度進路変えてもエイラは追ってくんだがな……)
「拳強化!」
「俺の自転車に平伏しなお嬢ちゃん!」
銀河衝突。
星片散る。
いま力の拮抗が————
「———ーふん!」
(起きるはずもない、か)
エイラの拳が真向から自転車粉砕、それをただの鉄塊へと変える。
大気を揺るがす、突き刺さるブロー。
吹っ飛ぶ。
おっさんは翼を得たのか、きれいなアーチを描き空を飛ぶ。
そして不格好に落下。
気は失っていないがあまりの痛さに悶絶してる。
「……なんかギャグ漫画みたいだな」
『……仕方あるまい』
「私勝利!」
最後に決める、落下と逆に上がったのはエイラの右手。
鉄を打ち砕いた覇拳である。
「は、はあ、私のヴィンドンバック……」
興味持ち始め集まる観衆たち。
そこにカバンの持ち主だろう、予想道理のみてくれおばさ、女性が登場。
(今ので完全に気配は表に出た、こりゃまずい————)
「これは貴方の物であろう」
「ど、どうも、まさか捕まえてくださるなんて」
被害者はエイラの細身でかと、驚き。
それでも若干裏返った声で感謝を伝える。
反比例して気質が浮き彫り、その存在感は顕著、持って生まれた天性のカリスマ。
炭酸のように噴き出す。
散った水滴が記憶を呼び起こす。
「あの娘どこかで……」
「聖剣使い! イタリアの聖剣使いだわ!」
「め、滅茶苦茶可愛いな」
「俺サイン貰って————」
エイラに気づく観衆。
完封かたなし盛り上がる。
(……人助けに興じるのもここまでだな)
「————大気同調、風を起こせ」
隠れた外野から、青を纏った風送る。
若干太陽の暖かさ残りつつも、その形を突風へ。
異常気象。
気象の概念を打ち壊す、あり得ない発生。
それが辺りを牛耳る、人の眼は風の鋭さ、舞った砂塵に眩まされる。
「————ユウ!」
「————撤退だ。面倒ごとになる前にな」
「————了解だ」
風は渦巻く。
そこに流れ出る影。
異常に慣れた異様な動き。
突風被せ。
常人気付くことなく、消えるが湯煙、まるで噂は噂。
腹の重さは一時の薄れ、颯爽とこの身を次へと向かわせた。
「————ということをしたのです!」
「————エイラちゃん偉い!」
自己防衛。
いや人助け?
ともかく一迅に帰宅、現場を離れながらも耳に流れた赤の点滅音。
(誰かが警察を呼んでたみたいだし、やっぱすぐ離れて正解だったな)
そもそも見逃せば済む話だが、まあ後味悪くなるのも確か。
自分で言うのもなんだが、俺は意外とそういうことに冷めている。
だが逆にエイラはバカみたいに優しい。
困っている人間を助ける。
偽を含まぬ純粋な善、だからこそやるときはやるのだと思う。
「なら良い子だったエイラちゃんには、おかずの大サービスよ!」
「おおおおお!」
「幼稚園児かよ……」
「お兄ちゃん、口に出ちゃってるよ」
心の漏れ。
これは感嘆、そして呆れ故である。
もう少しこれでクールだったら、大も大人気だろうに。
なんせ腕もたち、見た目も良い、さっきの観客の中にも可愛いって連呼してるヤツいたし。
「はあ、ごちそうさま」
「なに夕、そんなんで終わりなの?」
「今日は食べ過ぎて腹が限界……」
「まったく情けない、ねえエイラちゃん」
「まったくですな!」
「「はっはっはっは!」」
(ウザさ割り増しだな……)
そもそもあんだけ食って夕飯も食うとか、これ一種の地獄道。
エイラが異常なだけだ。
『————ユウ』
席たちリビングへ。
テレビにはシュールなお笑い芸人。
どうやら裸芸、見事なタライ芸である。
『聞けい』
「ん?」
なんかレネにしては真剣な切り口。
芸にうつつ抜かした意識を戻す。
「場所、変えるか?」
『ここで構わん、どうせおぬし以外に我の声は聞こえぬ』
俺に届く唯一の声。
俺だけが受け取れる無二の声。
後ろのガヤガヤした空気を断ち切る脳。
『お願いがあるのじゃ』
「お願い……?」
『うむ、ちと行きたいところがあってな』
「そういやイタリアに居る時もそんなこと言ってたな」
夏期講習サボるかという審議。
ここでのレネは賛成派。
曰く行きたい、訪れたい場所があるということ。
「場所はわかるのか?」
『東海道伊豆の国じゃ』
「また古風な言い方を……つまりは静岡ってことか」
『おそらくのう』
レネは新神だし、普通は静岡で認識してそうだけど、まあいいか。
契約以来から初だろうか。
ふざけた思想は感じず、真に抜いた刀の如し。
張り詰めた、そんな印象。
「なら明日にでも行っとくか」
『早いに越したことはないのう』
「ならエイラも……」
『待てい、聖剣使いは留守番じゃ、ユウと二人で行く』
どうやらエイラの同行は望まぬよう。
理由はわからない。
ただレネも語るとは言えぬ空気。
聞くに聞けない間合い。
ただ戦闘以外でレネの真っすぐな願いは初、知識も力も助けられてばかりな面、恩返しと言っちゃ変かもしれないが、ここは付き合うべきだろう。
「エイラ!」
「んーなんだー?」
「予定してた観光は明後日に延期してくれ」
「なに、延期!?」
「悪いな。でもレネからのお願いなんだ」
「……エレネーガ様から、ならば仕方あるまい。不敬のないようにな!」
『聖剣使い、おぬしけっこう我に不敬働いておるぞ……』
どの口言うか。
まあそれさておき、明日は進路変更、向かうは静岡。
東京からさほど遠いわけでもない。
(でもレネのやつ、一体なにをしに行くんだ————?)
レネに伝わるか伝わらぬのか、心に返答来ず。
ただ、見つめるのみ。
そしてパッと一拍、答えになっていない答え。
しかして感慨深い。
その言葉。
『何十年ぶりか、久方ぶりになるのう————』
美しき銀の戦神。
その声はどこか天上へと向いていた気がした。