39
「老いぼれのくせに手間取らせやがってよお————」
真っ黒に染まった空間。
そこにへばり付く鋼色。
「まさかここまでやれるとは驚きたぜ」
莫大な神力が漂う中。
その発生源たる邪神アガレス。
その目下には、数刻前まで激戦を繰り広げた、かつての英雄。
金属錬成者アイザック・ヒューリマンの亡骸が。
「しっかしここまで神威の消耗が激しいってのもなあ」
アガレスからしてみれば、ここまで苦戦を強いられてるとは考えていなかった。
まさに最強の錬金術師最後の執念。
命を対価に捧げても、負けるとわかっていたとしても、英雄と称えられた男は向かっていった。
「この身体じゃ聖剣使い共の相手はちとキビいか」
もとは聖剣使いの首を狩ること目的。
そこには近頃槍使いも混ざり、より厄介。
一筋縄でいかないのは確か。
しかもその重なり合った縄の後方、見えない底に隠す『謎』がいくつも。
「しかもボルアスの野郎がボロ負け、聖剣使いの身体になんか混ざってるみてーだけど」
この断絶空間にいても、聖剣使いの身体からとてつもない気を一方的に感じる。
ドーピングと疑いたくなるほどの急激加速。
それともこれが真の実力なのか。
どちらにしても下級の神々ぐらいには余裕、その光の剣は届いているのだ。
「こりゃマジでなんとかしねーとマズイねえ」
嘲笑。
この男は別に戦闘狂ではないが、なにより面白いことに目がない。
障害を認知しながらも、その思考は不安定。
「仕方ねえが、今回は『これ』で痛みわけってとこだな」
これと形容した先はアイザックの遺体。
邪神アガレスは『魂』を操る。
その身は禁書に記されしソロモン階級第2位、知識と土と未来、存在を支配する悪魔であった。
邪神として転現しながらも、その奇跡は健在、むしろ邪悪に染まり昇華したとも言える。
「人の英雄アイザック・ヒューリマン、その魂、俺に寄こせ————」
老いぼれたからだから柔らかいなにか、魂がゆっくりと浮き上がる。
軟体なそれをアガレスは懐にしまい込む。
「英雄の魂、こりゃ面白れえ人形になりそうだ————」
刻々と笑う。
どこまでも笑う。
連れの魔王は無様な敗北、目的は半達成、邪神の身体もかなり痛手を負った。
それでも高らかに。
やがて時が訪れ、転移を発動。
その身を闇影に沈めながらも発声。
これはやり残した目標と人類への布告。
「楽っしいいいいいいい戦争が始まるぜえええええええええええええええ」
国際戦の選抜を決めるイタリア予選。
今回の予選は大波乱も大波乱。
なんせイレギュラーな二人組の登場、そして魔王の襲来。
結果から言ってセント・テレーネ学園、いやイタリアという国自体が甚大な被害を受けることになった。
「案の状、学園長は殺されてたらしい」
「その話は直ぐに聞いた」
「まさかあのアイザック・ヒューリマンがなー……」
学園自体の物理的崩壊。
死亡者多数の人々。
しかし被害の最もなのは、学園長の死だろう。
彼は年老いてなおその力は重要な国力だった。
また金属特化の錬金能力は稀有なため、失った人物としてこれほど痛いものはない。
(あの聖女でさえ、学園長を生き返らせることは叶わなかったらしいし————)
さほど外傷はひどくなかったが、まさに魂を抜かれた、死んでいるにしてもそう感じてしまうほどの焦燥を遺体を見た人は感じたそうだ。
果たして戦った相手は誰だったのか、これは国連主導で調査の真っ最中である。
(おそらく、『人間』じゃあないだろうけど)
聖女で思い出したが、毒の餌食になった観客は死にかけが多かったものの、教会連中と聖女の必至の働きでこちらの被害は思ったより軽減できたそうだ。
「とりあえず私はさっさとここを出たい!」
ここまで俺が話していた相手はもちろんエイラ。
魔王単独撃破を成し遂げた、事実若手最強の人物。
最後の最後は食中毒らしき症状で倒れ、一応は安静が必要ということで学園付属の病院にて療養中。
「病院食はもう飽きたぞ!」
「また懲りずに飯の話か」
「肉と炭水化物が食べたい、死ぬほどな」
「はあ、食い物で倒れたばっかりだってのに……」
というもののエイラは倒れたその日以外は好調。
今日は入院3日目。
容体も良いし、もう退院ってところ。
しかしこうしてる間にも世界の変化は凄まじかった。
「ここから出るのはいいんだが、マスコミがすごいぞ」
覚えているだろうか?
国連に少し前に言われた『吸血王討伐』の公表。
これはドタバタしつつも昨日大々的に発表された。
まさに世界中に震撼走る。
史上初の2人での討伐、それに加えエイラの蛇蝎王単独討伐。
今じゃ『魔王殺し』とか『脳筋組』とか『黄金嵐』なんて呼ばれる始末。
政府は近く表彰したいそうだが、俺もエイラも特に乗り気じゃなく、参加する気も無い。
(学園長が死んだわけだし、本格的に神輿にされそうだしな)
学園長は特に思い入れもなく、正直言えば死んで悲しいとも思ってない。
でもイタリアの代表が死んだという事実。
まだ象徴たる聖女もいるが年も年、俺たちを担ぎあげたい気持ちもわかる。
「マスコミかあ」
「エイラは病院だから来ないが、俺なんて四六時中付きまとわれてだな……」
「それは大変そうだなー」
「……他人事じゃねーぞ」
なにを能天気なことを。
エイラも退院後に知ることになるだろう、ジャーナリズムの勢い、それは魔王にも匹敵する圧力だった。
(まさかあそこまで迫ってくるとは思わなかった、ちょっとナメてた感は否めん)
『しかし聖剣使いも、黒き実食べてよく無事じゃったの』
「ああ、リンゴっぽいなにかだったか?」
レネが言うところの黒き実。
エイラが言うところのリンゴっぽいナニカ。
「いやーなかなか美味しくて食べ過ぎてしまった」
「笑い事じゃねーよ」
『本当じゃ。あれは禁忌の果実じゃろうに』
「心配するな! 私は大丈夫だ!」
食中毒、ということで説明はされる。
がしかし、レネの話ではその実は禁忌 一度食べれば体にどんな変化が起きるかはわからない。
今回はうまく作用しエイラの力となったが、またいつ発作が起きるかもしれない。
いわば一時的な力と引き換えに、危険も同時に内包することになったのだ。
「それより、あのー、 なんだったか赤髪の……」
「ルチア・バレンデッリか?」
「そう! ルチアなにがしだ!」
この話題はめでたい類。
再三になるが今回行われた試合の目的は、国際戦のイタリア代表を『2組』決めることだった。
AとB、それぞれのブロックの優勝小隊が今年の舞台、日本への切符を手に入れることになるんだが————
「まさかの魔王の襲撃で、Aの優勝小隊が全滅だもんなあ」
俺たちのBブロックは長引き、Aブロックの連中のほとんどが、視察も兼ねてだろう俺たちの試合を見に来ていた。
その中にはA優勝ガレア小隊もおり、無事人間爆弾の餌食となり全員が病院の送り。
命に別状はないものの、今年いっぱいは治療を免れない。
お世辞にも国際戦で戦える小隊とは言えなくなった。
「Aの準優勝もそこそこだったんだけど」
「テレビで見ていた!」
「そ、まあなんとかルチアたちの勝ちだったな」
「まったくもって危ない戦い方だった!」
「お前が言うな……」
Aの優勝がいないのなら、代わりはどこが?
それはもちろん次席連中。
Aのハード隊ってところと、Bのルチア隊の一騎打ち。
その結果はルチアたちの勝利であり、こうして日本行きとなったのは俺たちフォードと、まさかのルチア隊となったわけだ。
「2週間後には日本に行って調整するらしいぞ」
「観光か!?」
「調整だ!」
「ぐー……」
エイラの耳には都合の良いことに変える翻訳機でもついているのか。
このドタバタしているイタリア。
しかし政府としても、俺たちは国際戦で勝てる見込みがあるわけで、予定通り7月には確実に日本入りして調整とのこと。
これは気温差や湿度、天気、時間差に慣れるためである。
「天ぷら、うなぎ、和菓子、 ラーメン……」
「食べ物ばっかじゃねえか!」
「しかし日本と言えば食だろう?」
「……いやいや、わびさびと食べ物は全然意味違うから」
「そうなのか!?」
なんだこの典型的な日本オタク。
海外の日本オタクは大抵間違った認識をなにかしらしている。
トニーなんて、メイド服は日本の正装だと言ってたし。
ザックなんかはロリコン王国と呼んでいた。
(ロリコン王国ってのはあながち間違いじゃないかもしれんけど……)
「しかし学校は面倒だ……」
「俺もそれには同意だな」
セント・テレーネ学園は軽く崩壊しながらも、授業はキチッと行うらしく、つい最近授業が再開。
教室が吹き飛んだクラスはこの熱い気温の中、青空教室で汗を流しているようだ。
いや熱中症になるわ! とツッコんだのはなにも俺だけではあるまい。
しかし夏休み開始の7月までは僅か2週間あまり、それまでは意識低下を防ぐためにも、授業は行いたいそうだ。
(今回が今回限りってのもわからないからな————)
魔族どものテロリズム。
この国が矛先となったが、いつ次が起きるかもわからない。
普段非常時の訓練を受けていたがうまく動けず被害は大きかった、なら長期休みに入る前に、生き残るために、無理やりにでももう一度対策法を叩き込もうというわけだ。
「まさに俺たちには無縁の授業だな」
「無縁?」
「魔族から逃げる方法なんて俺たちには必要ないだろ?」
「ああーなるほどな」
「せめてもの救いは俺の教室が無事だったこと、青空教室を避けれたぐらいなもんだ」
そうそれぐらい。
エイラも観光といったが、授業受けるくらいならどこかで実践を積む、それが叶わないならほんとに観光でもいいくらい。
「なあユウ」
「ん?」
「提案がある」
「……なんだよ?」
我ら小隊の長エイラ先輩からなにか提案があるそうだ。
だいたいロクでもないってことはわかってる。
この真剣、に見える表情に何度騙されたか。
「————授業、サボらないか?」
時たまみせる真剣な顔から放たれたのはサボり勧誘。
日本でもいますよこういうやつ。
自分だけボイコットするのは嫌だから、仲間を誘って一緒に休ませる悪い奴。
しかし————
「いい案だな」
「だろう!?」
「しかしサボってどうする? 模擬戦でもやってるか?」
「ふっふっふっふ……」
『嫌な笑い方するのう……』
意外と俺はサボる奴。
というか悪い奴が俺です。
中学時代もよく自主休校、そのへんでぶらぶらしてた思い出がある。
でもそういうのって、意外と暇なもん。
「ズバリ! 観光だ!」
「観光?」
「そうだ! 調整に入れば教師共の監視があろう! ならば早く行って日本を満喫すればいいのだ!」
「……なるほどな」
ロクでもない。
そう先走ったが、エイラにしては名案かもしれない。
『良いのではないか』
「レネもそう思うか」
『うむ。我もちと行きたいとこがあるのでのう』
「レネも賛成と……」
エイラ提案。
俺は賛成。
レネも賛成。
満場一致となるなら————
「……よし、行くか」
「おお!」
「忙しくなる前に、一度実家帰っておきたいしな」
自分で言うのもなんだが俺たちは有名だ。
エイラがもともと脳筋として名が通っていたこともあるが、吸血王と蛇蝎王の一件が拍車をかけてより一層。
あくまで個人的予想だが、学園の予定通りに日本に入国すればマスコミに囲まれるのは必然、となれば宿舎でも張り付かれるだろう、しかし弾丸アポなしで行けばそんなこともない。
観光もいいが、実家に帰るタイミングを作れるわけでもある。
「ユウの実家……」
「この調子じゃ年末帰れるかも怪しいからな。時間あるうちに一度顔見せとかねーと」
「私も行っていいか……?」
「いいけど。なぜそんな急に改まる?」
「い、いいんだ。気にするな!」
「お、おう」
観光するんだったら泊まるところが必要だろうに。
しかしホテルとなると金もかかるし、周りを気にしなければならない。
その点実家だったら、家族はいるが、他人いなく立ち回りやすい。
しかも例え襲撃を受けたとして、家を倒壊させたとしても、まあ許してくれる、そう信じてる。
(しかも光太郎と朱里の家も近いしな————)
大会前に直接会うのもアリだ。
そういえばあいつらは予選どうなったのか。
連絡入れずの携帯、俺たちがこんな持ち上げられている中で、『結果どうだった?』なんて聞くのもやり辛いし。
「で、いつ出発する?」
「ふーむ……」
エイラは一考、しているように見えるがこれは考えていない。
きっとそれっぽく見えるだけ。
そして口を開く。
きっと頭の中ではすでに浮かんでいたはず。
「明日だ!」
「言うと思った」
「ということで、一日早いが私は今日で退院といくか!」
「……まあその元気さなら余裕だな」
明日出発。
また急ピッチ。
今回はサボるだけで、政府を困らせるような事案じゃない、日本行きの切符をしっかりと買うことにしよう。
「普通飛行機だと乗り換え入れて1泊ってとこか」
「意外とかかるものなんだな」
「そりゃ、お前は普段特別早いの乗ってるからな、これが普通だ」
携帯確認。
明日の天気快晴なり。
気温も高く、6月半ばながら、まさに夏の訪れ。
「予約は俺がとっておくから、詳細は夜にまた連絡する」
「了解だ!」
「さあて、あとは————」
携帯は付けたまま。
余り埋っていない連絡帳。
その中から今度はちゃんと、1人の男に電話をかける。
数刻打ち込む電子音。
合間空く間。
そして相手が出る。
『珍しいなユウが俺に電話してくるなんて』
「いやトニーに言っておくことがあってな」
『ほーう、一体なんだ?』
ロシアの時はさすがに連絡せず悪いと思った。
なので今回はしっかり通知。
「一足早いけど、俺日本に行くわ」
『……は?』
「一応エイラも一緒」
『っはあ!? いや夏期授業はどうすんだ!?』
「サボる」
『ぐあああああ! せっこいぞユウ!』
「まあ観光兼ねてだ。というわけでよろしく」
『いや待て話はまだ————』
電話切る。
やはり事前通知は必要。
高校生ともなれば当たり前のこと。
「さて、欠席の連絡は済んだ」
「では帰って準備をしなくてはな」
「そうだな。じゃ、帰るか」
「そうするとしよう」
ここに英雄二人。
ここにサボり二人。
ここにイタリア代表二人。
ここにバカ二人。
進化し続けるこの身体。
イタリアの戦い切り抜け穿つ先、次の舞台は日本。
未来の英傑集まる、大波乱の地。
脳筋と変幻、天変地異起こす規格外2人。
それが真っ赤な太陽が照らす、今年最も熱くなる国へと足を進めるのだった。