36
「————ゆくぞ!」
踏み出した両足。
疾風迅雷。
俺の身体が空を切る。
身体と槍はムチのようにしなる。
骨という規格を感じさせない、速さが3次元を捻じ曲げる。
「炎よ喰らいなさい!」
「掛けるっす! 範囲拡大!」
数刻前のに消えはずの足火。
能力をわずかながら喰らうバインド効果。
「神よ! 戦の知らせを今ここに!」
程よく空いた距離。
俺が普段出さない張り上げ声。
自身とレネの直ぐにでも潰したいという先行ビジョン。
そしてそれを遮らんとする能力喰らい。
しかし如何に炎が強く、ザックによって拡大されようとも、その蝕む対象は『能力』でしかない。
「おい止まらないぞ!」
「うっひょおおおおおお。まじな神降ろしだあ! アリエルちゃん死なないように気をつけてええええ!」
「え、え? 神降ろしってなに!?」
「とにかく散開! 『あれ』に炎は効かないわ!」
覇。
俺の身体ミナギるは神の源、すなわち『神力』
人間は能力、魔族は魔法、精霊は精霊術。
神が使うのは、全てを束ね超越する『奇跡』
「見えざる時を進む! 纏え銀の色を我が脚に!」
能力ではない。
これは能力と奇跡のハイブリット。
見慣れた身体部分に突風銀風巻き起こる。
「大気同調」
銀の第二者たる青色。
風は一つじゃない、形は無形、照明の道程。
反転する会場。
頭が宙に浮く。
角度マイナス45度4分の1パイ。
「と、飛んだっす!」
「ハイルン!!」
「わかってるよおおお! 第三階防壁はっつどおお!」
銀色の神速。
眼が血走る。
エアミサイル。
弾道を塞ぐのは積みかねられたライトグリーン・シールド。
「ヌルいわ!」
小細無しのストレート。
ど真ん中を撃ち抜く。
どデカい風穴。
どっと圧し掛かる槍の勢い風。
「君ほんと一体どこの神様だーい!?」
「やっぱ精霊の力が一番厄介だな————」
「なに我らの前には藻屑と同じよ————」
「無視かい!? なんで独りでしゃべってるんだよおおおお」
つい混同。
でもレネの言う通り。
もちろん本気じゃないだろうが、この程度の守りじゃ突破は容易。
敵は、もう目の前だ。
「巨岩砦……!」
「拡大っす!」
喉元まではあと少し。
会場変化、次々と逆さ釘。
障害物の出現。
隠れる人々。
スピード減少?
いやいや岩にぶつかれば即壊、一方通行破壊現象。
「……捻空」
粉砕の影から黒い空間。
なにか出てきた。
遅めなカウンター?
根暗ちゃんの仕業。
一瞬で奔らせる、 青い粒子駆け巡る。
「能力同調」
「……っきゃ!」
「今度は我の番じゃあ!」
「「テンペスト!」」
姿をとらえる。
浮き彫りにする。
そしたらどうだ。
風はまたも精霊の盾が崩れながらもなんとか凌ぐ。
出てくる四方八方、 彼女の頼りに頼りになるお仲間の登場だ。
(根暗をあえて標的にさせて誘導、岩陰に隠れて移動して包囲する作戦————)
「気付いてないわけないじゃろーが!」
(発動、大地同調————)
大地を揺るがす。
上を向いた岩釘釘が沈む。
露骨なほど証明。
相手の骨のシミまで見透かす。
先行していたのはモチベーションだけじゃない。
これでも数多の戦経験と同調済み、 先考していた。
あらゆる策を見抜く22世紀の諸葛。
「っく! F3に変更!」
「りょうか……」
「————そう何度も見逃さぬわ!」
轟く。
俺を中心として展開された相手までの等距離間隔。
しかして一人例外が。
それは俺をおびき出すためにけしかけた根暗女サリー。
精霊の盾で一撃を防いだからって、 すこし逃げるタイミングを与えたといって。
女だろうと、クラスメイトだろうと、支援型だろうと、叩き潰す。
「————ふん!」
「っが……」
「サリー!!」
根暗女の腹部を神の足が襲う。
刹那での強烈なミドル蹴り。
アバラが粉々に砕ける音。
血反吐を口から流し、 痛みに叫ぶ暇もなく吹き飛び地に沈む。
「さ、 サリー!!」
「ユウっち! いくら試合だか————」
「黙れ」
動きが止まる。
動きが止まったのは今蹴りを入れた女も同様。
手加減した。
折角逃げるタイミングがあって、ここからどうとでも策を練れるだろうに。
死を覚悟しない戦いは戦いではないのだ。
それはお遊び。
遊戯と同列。
「まずは1人だ————」
この時にようやく世界は理解し始める。
政府も、友も、神も、自分自身でさえ気づいてはいなかった。
四道 夕という男の人間性。
そこには幼き頃虐げられた記憶、バルハラとエレネーガの神想、エイラとの絆、魔王との死合、 すべてをひっくるめて誕生した、脳筋たる聖剣使いの相棒。
人の身にして代弁者、『戦』を体現せし存在なのだと。
「さあ続きを始めようか」
両立からシンクロ率上昇。
青ではない、銀でもない、完全同調。
混ざり合う2色の力。
溢れ出す、目に宿すある種悟りの輝き。
「私は、私は————」
近づいてくるルチア。
隠れないのだろうか?
それでは俺との真っすぐな衝突。
「ルチアっち!」
「ルチア!」
「早まるなよルチア!」
「————私は、貴方に死ぬほどムカついてるわ!」
走り出す。
冷静な思考を鈍らせた彼女。
猪突猛進。
おそらく転がるサリーの原因光景から。
「唸れ! 細炎剣!」
久しい接近戦。
正面から火花を散らす。
「はあ!」
「ヌルいのう!」
ルチアのレイピアがはじき出す数多の手数。
それを返す。
何も考えていない本能の攻撃。
そのスタイルは俺も同じだが、根本の質に埋らぬ大きな差がある。
「隙だらけ」
「しまっ……」
「————巨岩砦!」
合わせて放つ数千槍。
それを埋もれさせた白めの岩窟床下から。
「もう隠れんぼはやめたのか?」
出てくる。
ごつい身体、待たせた友人、うるさい精霊とその使い手。
「お前と同じで隊長がバカだからな」
「それにさすがにさっきの、俺もムカついたっすよ……!」
「黙って終わったら前と同じになっちゃう」
「みんな……」
「————大人しく王道貫いていれば、極僅かに勝機もあるというのに」
物語るのは戦場。
致命傷を負った仲間、 リタイアすべきだ。
それか冷静に戦闘続行。
最後は怒り任せの特攻。
俺たちが良くやる戦法。
「力を回せレネ」
「お主こそ遅れるでないぞ」
もはや完全同一化。
新手のウイルス。
ふわふわする、そして研ぎに研がれた鋭いナイフの鋭利さを感じる。
矛盾が成立する。
『ユウ、お前は俺以上の戦男、きっと想像つかない程の強者になるぜ————』
思い出される羅刹王バルハラ最期の言葉。
俺が見送った。
俺に送られた。
槍を受け継いだ。
曰く、俺は戦いに生き戦いに死ぬ。
否定したあの時、しかし廻に廻って、ようやくわかり始めてる。
俺は、戦いを好むと。
「それ即ち我ら戦神の視ている世界よ」
「エイラと二人で視ていた景色」
「そこから更に上じゃ、何にも害されぬ無頼感、至りじゃ————」
エイラとの強化同調と似ている。
強者の世界。
体に自分じゃない力が駆け巡る。
無いはずのもが有形しだす。
「来るぞい」
気を抜いていたわけじゃない。
しかし気付けばルチアの熱籠ったレイピアが、眼球コンマ数センチ。
如何にしても対処不可能だった距離。
だっただ。
今の俺には————
「嘘でしょ……一体どこまで化物になれば……」
握りしめる。
炎が纏われたレイピア・グレムリン。
槍握らぬこの左手、白刃譲りの直接掴み。
眼球の前で停止。
一転が黒い瞳孔に映る。
「勝負だよおおおおおお!」
「—————」
研ぎ済まれた極限感覚。
背後に迫った存在を声より早期察知。
盾の精霊が俺たちへともつれ込む。
「ぼくはこれでも近接戦もできるんだよお!」
「そうか————」
「急にテンション低くなったねええええ」
唱えられる数多の障壁。
壁が影を捉え、退路と進行を制限する。
狭まっていく、自分に不利なフィールド。
「オラオラオラオラオラァ」
「どっかの背後霊かよ————」
テンション可笑しいのはお前だよ精霊。
「岩窟砦!」
「範囲縮小!」
俺の範囲がより狭まる。
今回は縮小。
ゆっくり、ゆっくりだが、逃げ道がなくなっていく。
最初にこいつらと戦っていた時と似ている。
壁に壁に壁。
閉じ込め閉じ込め、籠に閉じ込め強烈なの一撃で決める。
「オラアアアアアア」
「しつこいぞ……」
「ぼくは死んだって精霊界行きだからねえ! 死んだってまたコッチにこれるんだよおお!」
「————っ」
死を恐れぬ。
それは強いアドバンテージだが、同時に危機感失い動きが大胆になる。
付け込むスキのスキ。
槍が精霊の身体を傷つける。
整った顔をへこませる。
大地に殴りつけ、槍で盾粉砕、良くもつものだ、さすが人外種、人だったらとっくに死んでる。
「————燃えろ、 燃えろ、 燃えろ」
聞こえてくる。
こうして倒れぬ精霊、ところどころ襲う岩と規模、光の精霊。
追いつめられている、形勢状そう見える。
そう見えるのは致し方ないのだ。
サリー沈めたことで発火した感情、それは思いのほかデタラメだが、うまく機能しだす。
(ルチアの詠唱が長い、いよいよ決めに来てるな————)
俺たち相手が目標。
ならば必殺の技は開発済みだろう。
活動範囲もかなり狭まった。
破壊してはいるがどんどん生えてくる壁と盾。
しかも拡大縮小のザックが拍車をかけてか、対応をしきれない。
目の前でボコし中の精霊も粘りに粘ってくる。
(銀を使うか————?)
「それは、無い」
確かに銀世界を使えば、 全てを停止させられる。
完全な拳の語り合い制になる。
だが、ここまでせっかく温存してきた、そして予選で使うのもなんだかしゃく。
「精霊、いい加減に消えろ————」
「ぐううう」
心臓穿つ。
いよいよ精霊の核を貫いた。
「……第0階位! 生命盾!」
「な! 自爆!?」
「ふっふっふっふ! さらばだ白銀の神よ!!」
轟音。
爆音。
緑の煙が巻き上がる。
俺の周りに展開されていた盾と岩が反射。
衝撃と熱が一気に俺に襲い掛かる。
(ったく! 俺は魔王でもラスボスでもないぞ!)
「大気同調!」
同時に精霊が逝ったことによって生まれた余裕。
爆風に紛れる前に上に召す。
昇っていく煙。
そして露わ。
「————完成。超拡大火災砲」
露わになった。
ルチアの、いやルチア・バレンデッリ小隊最後であろう秘密兵器。
(ほほう! 面白そうなのが出てきたのう!)
それはベックの岩窟の能力によって造られた本体。
サイズはザックによってのメガトン級。
先には妖精たちの加護。
それは中世より開発され今なお用いられた決戦兵器『戦車砲台』だった。
「————火力充電完了」
砲台に炎の能力が充填される。
ここからかなり離れた距離。
「巨岩砦解除!」
「規格維持おっけーっす!!」
「早くハイルンの盾も消えるわ!」
掛け声上がり射程先だけ壁が消える。
つながった砲身と俺の一直線。
全てを乗せたのだろう、赤い炎が撃っていないのに吹き荒れる。
疲労はあまりない。
しかし精霊に思いのほか時間を取られた。
壁と盾を壊す、シンクロして崩すにも最低1秒は必要になるが————
「私たちの努力の結晶! 喰らって死になさい!!」
既に退路はない。
刹那に分析する。
理解する。
この状況を打開し破壊するには『銀世界』しかないと。
もしくはエイラとの『強化同調』
「超拡大火災砲 発射————!!!」
放たれる赤い一閃。
大気を焦がす熱量。
すべてを飲み込もうと迫る。
くしくも、その一筋の赤き光はエイラの一撃と同等。
対処するには、前述の方法、それかそれと同等、もしくはそれ以上のパワーで跳ね返すしかない。
「決まった————」
「私たちの————」
「勝ちっ————」
えげつないほどの圧倒的火力が必要。
そう例えば、エイラ・X・フォードの聖剣————
「————遅せえよ」
もうそこまで迫った赤い炎。
勝ちを確信したのだろうザックたちの緩んだ顔。
白熱しすぎて忘れたやつも、再確認、俺たちは二人組だ————
「私さんじょおおおううううううう!!!!」
世界を割る。
電撃のような雷鳴らしこじ開ける。
第三世界からの帰還。
(予想の3倍くらい時間かかったな————)
俺が倒したサリー・シルファも、彼女なりに努力を積んだのだろう。
予想以上の空間転移だった。
でも少し足りなかったな。
「む! なんか炎が迫ってきてるぞ!」
そう言いつつもおそらく無意識で聖剣を構える。
「三重強化!」
強化発動。
俺の前にて炎の迎撃。
その体に金色の力を宿す。
(最前線はお前だしな。いいとこ譲ってやるよ————)
「ま、まさか————」
「払え! 聖剣!」
炎に激突。
砲台を揺るがす金色大砲。
レーザーのように水平描く。
余波で俺たちの周りにあった壁は完全に崩れる。
砂塵を渦巻き天に昇る。
「ルチアっち、大丈夫っすか……?」
「私は、でも」
「ベックとアリエルは聖剣に巻き込まれ、た、っぽいっす……」
息上がる。
渾身の一撃。
自分たちに持ち得る最強の矛。
対ユウ・ヨンミチに創り上げた最終技。
「ユウ、ユウ・ヨンミチは————」
見据える先には衝撃の生み出した砂煙。
実際自分たちのところにも漂う。
一撃の炎と光。
ぶつかり合って拮抗。
いや、 炎が一歩、 後れを取った。
あの土壇場間に合わせの一刀でだ。
「————いやあ戻って来た途端、 炎が飛んでくるのだから驚いたぞ」
「————ならもっと早く帰って来いよ」
「————どうしたらいいかわからなかったのだ! それに向こうにはリンゴの木のようなものがあってだな……」
「————まさか」
「————ちょっと、ちょっと食べただけだぞ! 悪かった! 悪かったから許してくれ!!」
信じられるだろうか?
あまつさえ一歩遅れを取ったと思われたルチア小隊。
しかし相手はどうだ。
砂煙晴れ、白い照明が照らすのは地に足立つ2人の人。
一方はエイラ・X・フォードが戻るまで1人で戦い。
一方はあまつさえ神がかった反射で急な炎を押し返す。
実感する。
見据えていたのは天に届きうる壁如きではない、その壁の頂上で下を見下ろす『ナニカ』だったと。
「む! なんだ相手がボロボロではないか!」
「そりゃお前が呑気に食ってる間にだなあ————」
「わかった! わかったから! その怖い眼を止めてくれえ!」
『え、ええーっと……』
ふと耳に入るアナウンス。
そういや戦いに夢中で全然聞いてなかった。
まあ観客の反応見る限り、恥ずかしい戦いではなかったと思う。
エイラがやはり最後の最後で台無しにしたが。
(これじゃあホントに模擬戦の再現だな————)
「よし! では今から存分に働くぞ!」
「はあ……一応聞くぞ、まだやるか?」
生き残ってるのは隊長のルチアとザックのみ。
それ以外全滅の、二人もボロボロ。
「やる、と言いたいところだけど」
「……俺の能力は直接戦じゃ役に立たないっすからね。しかも生身でフォード先輩と戦ったらリアルに死ぬっす」
「悔しいけど完敗。リタイヤね————」
顔が沈む。
これ以上戦えば一方的な戦況。
敗北というレッテルはいいが、もはや身体は限界だ。
最後の大技で能力も底がついた。
悔しい。
悔しいの一言だ。
「ルチア」
声をかける。
それは目標と定めた宿敵から。
「意外といい線行ってた。だけど俺とエイラには届かなかった」
「…………」
「でもまあこの『5人』なら、他のS級は倒せるかもな————」
「え……」
これより言葉要らず。
それは認め。
意味するのは。
「次のリベンジ、待ってる」
「————ええ」
「リベンジ? なら私も待ってるぞ!」
「いやお前は最後の最後しか活躍してないだろ」
「確かに! はっはっは!」
「笑い事じゃないっての……」
しかし思惑通りに事は進んだ。
『強化同調』と『銀』
そして未完成ではあるがレネとの『戦神同調』
エイラも俺も手札はまだ余裕がある。
『いやー白熱の戦いでした! まさかここまで凄まじい————』
まだ喋ってたんかい。
リタイア宣言したんだし、そろそろ帰りたい。
さすがにレネとの同調は疲労がくる。
まだ動けるっちゃ動けるが、怠いってのが正直なところ。
『ではイタリア予選Bブロック優勝は、フォード小隊————!』
爆発する。
それは歓声だった。
そしてそれは悲鳴でもあった。
『やはり潜んでおったか————』
勝利宣言。
優勝宣言。
それは塗り替えられる。
殺戮の始まり、仮面を被る、毒の襲来。
「————優勝おめでとう」
観客席から降りてくる人影。
いや人影と形容したが、その纏ったオーラはどす黒い。
オーラの正体は魔力。
魔力持ちえしは魔族。
そしてこの魔力の内包量からすると————
「良かったなエイラ、大きな仕事だ」
「そのようだな。さて遅れてきた分を取り戻すとしよう」
接近。
その男は白仮面と黒タキシード。
細い身なり。
しかし内に秘める、油断をしたら持ってかれる鋭い殺気。
「勝敗が決したとこでわるいがね、死んでくれたまえ————」
赤信号点滅。
何日ぶりだ?
まさか決勝の次、最終決戦があるとは思いもしなかった。
「我は蛇蝎を統べし魔王ボルアス。人類を滅ぼす者である————」
魔王邂逅。
観客悲鳴上げ逃げ惑う、有象無象に映える金黒。
「私はエイラ・X・フォード!!」
「はあ……俺は四道 夕」
人が荒れ乱れる会場。
そしたらどうだ、いたる所で爆発の嵐。
見る限りじゃ『人間』が爆発している。
シンクロで感じ取る。
あれは魔力による操作改造。
渦巻く、紫がかった煙が人を蝕んでいく。
(あれは、毒か……?)
『小癪な奴じゃ、気を付けい、我ら神さえ蝕む猛毒の使い手じゃ』
「————さあ殺戮劇を始めよう」