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『勝者! バレンデッリ小隊!』
ブロック最後の準決勝。
湧き上がる真っ赤な声援。
逆に目の前のは蒼い滴も落ち行く。
『それでは40分後、白熱のBブロック最終試合! フォード小隊とバレンデッリ小隊による決勝戦を行います!』
少し空くブレイクタイム。
流石に決勝。
お互いの疲労を考慮しての設定。
刻々とではある、ゆっくり迅速、大壁が感覚単位で近づいていた。
「ルチアさんたち本当に決勝まで来たんだ」
「私たちに大口叩いただけのことはあるな!」
「思ったより疲労もしてないようだし、 40分のブレイクで十分立て直せるってかんじか」
「うむ。なかなか良いチームのようだ」
モニターに数刻前まで映しだされていた映像。
ザックのいるルチアチーム。
かなりの連携練度で、相手だった先輩小隊に負けず劣らず、こういっちゃなんだが意外とアッサリ勝負がついた。
能力も全開じゃなく、まだまだ余力があるという印象だった。
「一応聞いとくけど、作戦立てるか?」
「愚問だろう」
「だよなあ」
「5人でわちゃわちゃと動いていたが、所詮人の域だ」
会長の小隊もそうだったが、ルチアの小隊もいわゆる王道型。
前衛、中衛、後衛。
2、1、2
黄金比パーセンテージ。
それでいて周りを意識した動き。
典型的、スタンダード、ポピュラー。
王道は強いからこそ王道。
そうたらしめるチームだった。
(むしろ王道型が多すぎてつまらないぐらいなんだけどな)
その点から考えるとなかなかトニーの小隊は面白い。
ザックの話だと、なんでも一回戦始まった瞬間にトニー含め全員が神風の如く自爆。
曰く連携調整が間に合わなかったようで、自爆という名の運ゲーに出たわけだ。
しかしその動きは見事に相手に読まれ、無残の敗北。
敵方は無傷にて駒を進めたようだ。
(会ったときはピンピンしてたし、まさか自爆で負けたと聞いた時はホント驚いた————)
「思いついた!」
突如として叫ぶエイラ。
声がでかい。
そして思いついたのはどうせロクでもないことだろう。
「私たち小隊は決勝戦、通称ガンガンイコーゼ作戦を行う!」
「……ようはいつも通りってことだろ?」
「うむ!!」
「ならそれは作戦とは言わん」
「特攻だ!」
「もはや自分で言っちゃってるし……」
残り数十分。
別に緊張もしないし、恐れもしない。
強いて言うのなら、気になっているのはレネの忠告。
『そうじゃ、問題は何か分からぬナニカよ』
「気のせいってことはないんだろう?」
『不審な者がおったのは間違いない。しかし寸でで逃げおった、あと少しで正体を見抜いたというのに————』
エイラ離れてレネの思考。
準決勝からレネはこのことばかりを話している。
どうやら見抜けなかったことが大分悔しいらしい。
『影か、闇か、それとも星か、しかし魔女娘なら我が気付くことはそもそも困難————』
「ガンガンがダメなら、いっそボコボコシヨーゼとか、いやそれとも————』
「はあ……」
我らが女性陣は自分の世界に入り浸っている。
もうすぐ決勝だってのに。
まあ緊張感持たない俺がこいつらを責めることもできないが。
「何事も無く終わればいいんだけど……」
原点に振り返る。
少し更新された俺のプロフィール。
黒髪、銀眼、魔槍、レネ、相棒が脳筋。
そして持ち合わせる、ツイてなさすぎ運勢。
「すんごい嫌な予感してきたなあ————」
平穏を望む。
神に仏に、無事を祈る。
いや形式。
祈ってはいない、ただ切望するのみだ。
「ここにおられましたか学園長殿」
「ぬ? レイザー先生か」
重厚な扉の中。
セント・テレーネ学園の最奥。
この学園の長にして、かつて世界を救った10人の英雄の1人。
名をアイザック・ヒューリマン。
長く伸ばした白ヒゲ。
柔らかい口調さることながら、見た目年老いてなおその力は強大である。
「今年の生徒は実に、完成度が高いようです」
「そうじゃな。特にフォード君とヨンミチ君に至っては別格じゃ」
「……案外、学園長殿と良い勝負をするかもしれませんな」
「いやいや笑い事ではないぞい。彼らはかつての『ワシら』に限りなく近い」
抜けた歯が見える大きな笑い、白ヒゲの老人。
イタリアの英雄。
その能力は金属錬成。
あらゆる金属を創り出すことのできる、錬成能力最高クラスの1人。
その男は思った。
重ねてしまう。
かつて魔王軍を倒すため隣を歩んだ彼らに。
「————何とも不思議なものじゃ かつての自分、いや、生きていた頃のあの二人を思い出すわい」
脳裏に浮かぶ。
今は亡き戦友。
覇剣ひとつで魔王と渡り合った頑固な男。
魔女王にも並ぶ千手の使い手だった無表情女。
10人の中でも特に突出した力を持っていた二人。
性別は違えど、死んだ霊が舞い戻ったかのよう。
「ワシでは、きっと勝てんじゃろうなあ……」
再び思う。
エイラ・X・フォード、 ユウ・ヨンミチ。
絶対的強者が持つ輝く瞳。
それが彼らには宿っている。
「彼らはきっと英雄の座まで至るでしょう」
「うむ。きっとワシ、いやワシらよりも————」
思い知っている。
自分より優れた能力者の気質を。
だからこそ直感した、だからこそ理解した、しかし言葉は出なかった。
「っな……」
年老いた肉体。
モニターを見ていた。
立って話をしていた。
目の前にはここの教師レイザーがいた。
そして気付くレイザーの手には直刀が握られていた。
その刀身には真っ赤な滴が流れていた。
それは英雄の身体に通り過ぎる一刀。
「っが……」
「ふっふっふっふっふっふ」
真っ赤な滴の正体は『血』
アイザック・ヒューリマン、人類史上最強の金属錬成者と呼ばれた男の血だった。
「……おぬし、……レイザーではないな」
「ふっふっふっふっふっふっふっふっふっふ」
赤く染まった直刀が体から抜かれる。
足を地に着く。
久方ぶりに吐かれる口からの真っ赤な血。
ローブが染まる。
終わりの知らせ、命のリミット。
一定に刻む笑い声。
「ほんと笑ってしまーうよ」
「……」
「まさか俺の正体に気づくことなくここまでくるなんて。ほんとにあんた老いたなあ!」
「何者じゃ……?」
「聞きたいか? っくっくっく、おっしえなーい!」
「…………」
「っくっくっくっく! っふっふっふっふ!」
再び鳴り出す男の声。
助けは来ない。
ひたすら流れる鮮血の波。
「……結界か?」
「ようやくか!? ここに入った時に仕込んだんだが、今更気づくとは、ちょっと念を入れすぎちまったかなあ!」
外部遮断された空間。
笑う者の仕業。
誠実なようで乱暴。
荒くれする性格。
その口調はまさに混沌。
それに揺られる真っすぐな直刀。
そして俯きそうになりながらも、真っすぐとらえる瞳。
それには英雄の輝きが宿っている。
「俺の正体がそーんなに気になるのか?」
「無論じゃ……」
「っくっくっく、やっぱネタばらし! 実は俺なーんと、神様でした!」
「神、じゃと……?」
「力を失ってからの現界はホント大変だったぜ、だが苦労の甲斐あって、ようやくあの時のお礼ができるってもんだ————」
この男、いや神と名乗る男の『礼』
そして放たれる真っ黒な————
「この黒い神力……! まさか……!」
「思い出したか―??」
数十年前に起きた魔王軍の侵攻。
それは魔王主体でありながらも、そのバックには少なからず強力な闇が潜んでいた。
魔王たちに武具や力、挙句に戦線まで参加した者さえも。
「まさか邪神と再び逢いまみえる日が来ようとはのう————」
神は様々。
人を加護する神も居れば、魔に力貸す神もいる。
そして銀神のように戦いだけを求めるジャンキーな神も。
そして教師に化けていたこの神。
それはかつての大戦で葬られたはずの邪神。
「いやーしっかし人間ってのは、時たまヤバいのが生まれるからメンドクサイんだよなあ」
「それはフォードとヨンミチのことを言うておるのか……」
「当ったり前! 知ってるぜ吸血王のこと! っくっくっく、ほんと笑えねえよなあ?」
皮肉じみた応答。
それはそう。
この邪神もまた己が身で英雄の気骨を味わっているのだから。
「それで早い内に消そうってことで来たわけだ。最初は聖剣使いだけだったんだが、まさか相棒まで現れるもんだから予定が狂っちまったんだよなあ」
当初は聖剣使いだけを消すつもりだった。
それは今より数か月前、ロシア東部戦線に乗じて動くはずが、何故か聖剣使い単独での早期撤退。
知らされることなく去っていったエイラ・X・フォード。
後々の話では、日本から来たユウ・ヨンミチと接触せるために、政治家共があれやこれやと手を回したそう。
「まあ何はともあれ、お前も消えてもらうぜアイザック・ヒューリマン————」
回想からの帰還。
共に数十年前に火花散らした。
いや正確には顔合わせ程度。
この邪神はアイザックの戦友、『剛腕』シズハ・ニシミヤに葬られた。
「まったくあのバカ力女が生きていたら、すぐにでも殺してやるのによお」
「シズハはとっくに死んだわい……」
「死帝王と相打ちだったか!? あんの骸骨に持ってかれちまった!」
アイザックの部屋。
見えない黒い結界。
外とのつながりがない。
孤立した部屋。
助けは来ない。
このことを世界に伝えなくてはならない。
そうこうしている間に失っていく活力。
一刻も早く、抜けねばならないこの状況。
「ついつい昔話ししちまうなあ」
「……っほ、これではフォード君たちに逃げられてしまうぞい」
「っくっく、アイツらを狩るのは俺の仕事じゃないんだこれが」
「なんじゃと……」
「アッチは蛇蝎に向かわせた」
「蛇蝎じゃと!?」
「っくっくっくっく! アイツの話じゃあここに居る人間もまとめてブチ殺すらしいぜえ!?」
老いた脳に浮かぶ新魔王。
近頃うわさに聞くようになった毒の使い手。
曰く生命体を毒体に変え、紛れ込ませ、爆破させる。
塩酸にも似た猛毒、神をも蝕む殺傷力。
「となれば観衆の中に……」
「まあ死んでくお前には関係ないなあ!」
考え過る。
しかし直刀もまた首を通り過ぎる。
過ぎようとした。
遮る。
物質主義の火花と金属。
「————おいおい大人しく死んどいた方が楽だぞ?」
高鳴る心臓。
弾ける鉄塊。
液体のように動く金属体。
その無機質な金属生命は古びたであろう英雄の身体にまとわりつく。
「————ワシもこの学び舎の長なのでのう」
血を流す。
すこし前に与えられた傷。
身体直通、致命傷であるのは確か。
しかしその身持つ男は気を浮き上がらせる。
「これでも英雄の端くれ、見える勝負でも挑まねばならぬ……!」
応と。
忘れてはいけない。
かつては人々に英雄と称えられたが、その真の姿は殺しのエキスパート。
金属を自在に生み出し操る、戦う能力者なのだ。
「無駄なことはやめておけよ。どうせ蛇蝎の方が殺して終わりだ」
「ワシはそう思わんな」
金属動かす。
貫かれた体の傷を鉄が埋める。
「っぐ!」
久しく味合う強烈な痛み。
間に合わせの縫合。
しかし細かい器官も鉄で代用。
サイボーグ。
メタルボディ。
それはこの男が現役で積み重ねてきた技術の結晶。
「……さてやり合おうか」
「……はあ、大人しく死んどけよお」
ゼロ・ポイント・ファイブ。
勝負は始まる。
リベンジングと再臨。
部屋にしては広い、そして平穏なはずの学園長室。
モニター吹き飛び観衆の姿はブラックアウト。
そして別次元ともいえるブラックホールな今ここで。
静かに、 だが激しく。
インビシブル。
数十年ぶりの不可視なる激戦が始まった。