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「随分会場は盛り上がってるんだな」
「そりゃそうだろ。今年は我らが脳筋姫が出場してるからな」
ローマ市内。
うっすらと見える会場からは、離れた自分たちにも聞こえる漏れ出しの声。
「脳筋姫、エイラ・X・フォードか」
「なんでも予選にたった2人で出てるらしいぜ。ほんとアホだよな」
「そう言うな。あれでもこの国の貴重な戦力なんだ————」
日が暮れ、いつも以上に人気の無くなった路地群。
俺たちはポリ公。
国中が熱狂している中でも、仕事一本、決められた順路を警備警戒していた。
「あーあ有給も今日は人手不足でダメだって断られるし、ほんとブラックだわ」
「仕方ない。これが俺たちの仕事だ」
盛り上がる催し。
しかしこの祭りに付け込んで悪事働く輩がいるのも事実。
(ここ最近は何事もないが油断は出来ん————)
俺もかつてはセント・テレーネ学園で色々なことを学んだ。
心技体、 実戦で死にそうな思いもした。
思い出されるあの日々、あの学園長の言葉。
「————ん?」
「どうした?」
レンガ造りの建物連なる見慣れた道。
そこに黒一点タキシード。
男、高身長、体は細め、しかし顔に仮面を着けた、そんな男がいた。
「————なんすかねあの人」
「————怪しいな」
奇怪の具現。
まさに不審者のお手本ともいえる出立。
それが道の中央に突っ立っている。
周りには何もない。
しかしどこか感じる違和感。
(見える武器は無し、動きも無い、一体何者だ?)
「————武器はない。動きもしない。私は、魔王だ」
「っ!」
(この男、俺の心を読んだ!?)
「はあ? お兄さん一体何言ってんすか? というかまず仮面を————」
「待てリーノ! そいつに近づくな!」
一歩踏み出す相方の片足。
数十センチ減る距離。
その些細で安易な判断はその首をギロチン元に晒す。
「————毒棘」
「……え」
弾ける。
リーノの身体が周りに飛び散る。
血と肉片が転がる。
一瞬見れた黒陣、いや紫がかった魔法。
「人間とは脆いものだな」
何処を見る。
白い仮面に隠された表情。
行方の分からない視線。
しかしその一言には侮蔑を含む排他的感情を感じる。
「その通りだ。私は人間が嫌いでな」
「やはり心を……!」
「正確には星魔法、縁あって魔女王に教わってな。まあヤツ程とはいかんが貴様らレベルなら容易よ」
星魔法?
魔女王?
この仮面の男が語るのどれもこれもが危険要素。
緊張混ざる感情。
この情報を一刻も早く伝えなければいけない。
(しかしそもそも何故そんなことを俺に————)
「貴様は既に死んでいるのだ」
「し、死んでいるだと……?」
「胸元を見よ」
ハッとしてみる。
いつの間にか刻まれた紫のルーン。
それは毒毒しく皮膚を蝕み、血脈を浮かび上がらせる。
すると明確だったはずの意識がぼんやりと沈んでいく。
発動できない能力。
インカムに通らぬ自声。
徐々に脳はその働きを弱めていく。
何とか、何とかギリギリ耳に入ってくる仮面の言葉。
「私は蛇蝎の魔王ボルアス」
「ぼ、ボルアスだと……」
魔王ボルアス。
消えかかる意識の中に流れる情報。
生物を蝕み、そして操る、毒系統魔法最高峰の魔王。
「貴様には爆弾になってもらう」
「爆弾……」
「そうだ。数多の人間たちが固まる中で、ちょうどそこに転がる肉片のように爆ぜるのだ」
「……な」
「そしてまき散らすのは、神をも蝕む絶死の猛毒」
「……」
「既に幾つも人間《爆弾》は用意してある。貴様もすぐにアソコに向かってもらう」
魔王が見つめる先は観衆の声が聞こえる場所。
若人が切磋琢磨する学び舎。
現在進行形で散っている火花の所。
「タイミングは、おっともう聞こえてはいないか」
意識は沈む。
生気の無い瞳。
胸元のルーンだけがその活を現す。
「私もお喋りがすぎるな。しかし、こうして人間が絶望に向かっていく姿を見るのは堪らん」
毒が回る。
蛇の牙。
蠍の針。
体内に溜まる莫大な毒素。
風船のようにパンパンに膨れ上がり、余りの多さに口鼻耳から漏れ出す。
紫煙が下降、それに当てられ命持たぬレンガでさえボロボロと崩れる。
「良い出来だ。一体これでどれだけの殺戮ができようか」
仮面の裏は狂気の笑顔。
毒の王は殺戮を好む。
悶える隙も与えぬ圧倒速攻的殺傷能力。
「準備はほぼ整った。あとは時を待つのみだ————」
イタリア予選会場セント・テレーネ。
そこに向かうのは前向きな感情だけではなかった。
人を守る正義の制服を来た毒人形。
核爆弾級を内包した動くダイナマイト。
それらが四方八方東西南北、何十という紫の星々が着々と迫り、観衆に潜りバケる。
「さあ、楽しい楽しい殺戮劇の始まりだ」
見慣れた道。
見慣れた建物。
見慣れた景色。
そして混ざった。
イカレタ狂気。