27
イタリアの六月初旬。
20を優に超え始めた気温。
夏の寸前、その手前。
真っ赤な季節はすぐそこまで来ていた。
そして同じを時をして、世界中が熱狂する能力者の祭典『国際選抜小隊戦』
その予選がイタリアの首都ローマで今まさに行われてしようとしていた。
「————ようザック!」
「————おおトニーじゃないっすか」
予選が始まる。
本選の出場権を手に入れるために死力を尽くす。
俺トニー・モーガスもまたそのプレイヤー。
この日のために仲間と最善を尽くしてきた。
「どうよそっちの仕上がりは?」
「バッチリっす。ルチアっちもユウに負けたあの日から、まるで人が変わったみたいに良くなったっすよ」
「ルチアチームはやっぱ予想通り強敵になりそうだな」
予選の会場は2つ。
どちらもローマにあるこの学園。
その中の校内演習場AとBのブロックに分かれ戦う。
それぞれのブロック王者2チームが今回の本選、日本への参加権を得ることになる。
「でも会長チームのいるブロックには入りたくないっすね」
「だな。といっても二分の一なんだけど」
「あと一緒になりたくないと言えば————」
「ああ————」
学園きっての実力を持つ生徒会長カルロ・ラングバード。
珍しい支援系能力者でランクもAAA。
バランスあるチームで去年も見事ブロック優勝を果たした。
だが今年は歴代最凶のダークホースがいる。
「ユウと、フォード先輩だな」
「うっす。でもまだ姿が見えないというか、連絡すら来てないんすけどね」
「俺もだよ。音沙汰なしだ」
ユウからは一度も連絡が来ていない。
もちろん学園に姿を現すこともなく、教師たちも何も知らないらしい。
この大事な予選をボイコットか?
でも予選参加の申請はしたってユウの奴は言ってたし。
(ったく、どこをほっつき歩いてんだか……)
「そろそろ開会式の時間っすね」
「もうそんな時間かよ。まあとりあえず自分の隊に戻っとくか」
「そっすね」
「予選で当たっても手は抜かねーからな」
「それはこっちのセリフっすよ」
ザックと別れ集合場所へと向かう。
開会の時間が近づいて、周りの連中もきっちり小隊で固まりだす。
まもなくして学園長の挨拶と、代表として生徒会長の宣誓が行われた。
流れるように過ぎていく時間。
そしてどこか心の片隅に留意するユウのこと。
自分の事ではない。
でも気になる己の意識。
釈然としない。
『これより予選を始めます。ブロック表を開示。それぞれ指定されたブロックへと移動を————』
予選開始のアナウンス。
同時に露わになる予選表。
(俺はAブロック、ザックと会長、そしてユウのチームはBブロックか……)
ユウもザックもBブロック。
どうやら約束違えザックの小隊と当たることはないようだ。
(強い小隊が結構Bに偏ってる気がする。すこしは可能性が見えて来たな)
滞りなく流れる小隊群。
俺の小隊戦はもう少し後、観客席で少し待機。
携帯を見る。
ロック画面、新着は好きなアイドルのブロマガ告知のみ。
『これよりイタリア予選、第一試合を始めます————」
試合開始の合図。
能力が迸る。
湧き上がる大きな歓声。
なにも観客は生徒だけじゃない、イタリア中の老若男女が観に来てる。
熱狂する。
熱い気温に熱い会場。
舞台はほぼ整った。
あとは何処にいるかも分からぬアイツら。
「ユウ、早く来いよ」
俺の声は観衆に飲まれる。
実感する。
熱い夏の幕が、今ようやく上がり始めたと————
「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおお」
絶叫。
もとい怒りの叫び。
発するのはもちろん俺の喉。
「まあまあ一回戦負けだからってイラつかないでくださいっす」
「……ザックは勝ったからそんなこと言えんだよ」
「うっす。 無事に一回戦突破っす」
着々と進んでいく一回戦。
俺は無事に負けた。
いやいや、 相手が先輩チームで、 まあ仕方なかった。 仕方なかったんだ!
二回戦は全ての一回戦が終わってから、 俺はぶっちゃけ暇になったのでザックがいるB会場で見物、 もといアイツを待っていた。
「一回戦の試合も、もう終わりっすね」
「ああ今やってる試合が終わったら、いよいよユウたちの出番が来る————」
開会式から2時間。
既に時刻は昼近く。
Bブロックは意外と長引いていたが、この試合を入れて残り二試合。
つまりはこの試合が終われば、残されるのはユウたちの試合だけというわけだ。
前半の終わりだけあって観客の注目熱気も随一。
ボルテージ全開。
そうしている間にも目の前の試合は決着をみせる。
『勝者! エルフィンス隊!』
終わりのアナウンス。
この試合はチームエルフィンスの勝利で終わった。
ぶっちゃけ試合内容は入ってこない。
俺が一回戦負けってのもあるが、それよりもこの後。
今から行われる最終試合が気になりすぎて————
「いよいよユウっちの試合っすけど……」
「来る気配全然ないよな……」
強化されたフィールドだが、教師たちは一応点検する。
そうして次のチームが入場。
ユウたちの初戦の相手は2年生主体の小隊『ギルガルト』
5人全員が近接戦を得意とする攻撃型チームで、 去年もなかなかいい成績だった。
『両小隊は整列してお待ちください』
ギルガルト小隊員は並ぶ。
相手のいない空間へと対峙。
やはり来る気配はない。
『ええーっと、フォード小隊の方は会場Bまで至急来てください』
全体に響く催促。
ザワつき始める会場。
実況も落ち着かない感じ。
数分経過、待つ、空虚な時間。
来ない。
謎の緊張。
熱さじゃない、なぜか手のひら汗握る。
『……大会規定により、これ以上の遅延は認めらないそうです。フォード小隊は至急————』
不戦敗?
最後の最後でコレかと観客の声。
「まじっすか……」
「……」
俺も一緒だ。
こんな終わり方は見たくない。
信じてる。
待ってる。
アイツはきっと来るって。
「ユウ! 終わっちまうぞ! 俺は、お前を待ってんだよ!」
無意識に出てしまう。
それでも、それでも————
「では、Bブロック一回戦最終試合は————」
本当の終わりを告げるアナウンス。
その宣告が告げられる、その時だった。
異変。
爆音を鳴らすナニカ。
(これは、エンジン音……?)
どれだけの馬力を持つのかと疑うくらい。
それが近く、近く、近くに迫ってきてる。
音の響きは外へと繋がる入口から。
観衆の注目。
一点に集まる。
そして瞬間。
姿を現す。
早すぎて目が負いきれない速度の黒いナニカが、戦いの場へと突っ込んでくる。
「トニー……!」
「ああ……!」
何かはわからない、でも誰かはわかる。
こんなことするのは奴らしかいない。
声を失う驚き、会場の静けさ。
会場の中心で止まる、黒いナニカの正体はバイクだった。
そしてそれに跨るは二人の人間。
セント・テレーネ学園の制服に身を包み、そして流れる黒と金の髪色。
間違うことなんてない。
それは————
「————ギリギリセーフだな!」
「————ほんとに危なかったぞ」
それはユウ、そしてフォード先輩。
降り立ったんだ。
このセント・テレーネ学園の大地に。
威風堂々。
久方ぶりに見るあの背中。
「「「「「うおおおおおおおおおおおおお」」」」」
静けさのオーバーヒート。
ゼロから百へ。
尋常でない速さが起こした一瞬の出来事。
気付いた時にはもうそこに立っていた。
凝縮された公平なはずの時間。
「まったく! 派手な登場するっすね!」
「ああ……」
「トニー泣いてるんすか!?」
「泣いてねえ!」
死んでなどいなかった。
ユウは再び現れたんだ。
「すげー観衆だな」
「うむ! 戦い甲斐があるというものだ!」
「てか、すいません! これってホントにまだセーフですよね?」
『ぎ、ギリギリオッケーです!』
応対するアナウンス。
会場の隅からは教師たちが出てきて、ユウたちが乗ってきたバイクを外へと運んでいく。
『で、では、これよりBブロック一回戦最終試合を行います! 整列をお願いします!』
並び立つ。
すでに待っていたチームギルガルト5人。
その目の前に整列したのはたった2人。
5人制の常識を覆す、非常識的な小隊。
観客からも最初と違う疑問の騒めき。
『簡単に紹介を致します。まずはチーム『ギルガルト』隊長は2年ホールス・マクイエ、去年は1年生主体ながらベスト16まで勝ち上がりました。そして————』
ざわつく空間。
俺だって二人のことを知らなきゃ、 そいつらと同じ反応をしていた。
『相対するはチーム『フォード』! 隊長は2年エイラ・X・フォード! そして歴史上初! 二人組の小隊になります!』
実況のテンションが滅茶苦茶上がってる。
さっきまで、結構冷静なかんじだったんだけどな。
まあ無理もない。
「ヤバいっす、なぜか自分も緊張してきたっす」
「俺もだ。こんなおもしれ―チームは無いからな!」
テンション上がる。
これが上がんないわけじゃないが、思いのほか観衆は沸かない。
聞こえてくる。
舐めてるとか無理だとか。
フォード先輩はともかく、ユウのことはイタリア国民どころか、同じクラスの奴らぐらいしかその実力を知らないんだから。
『では10カウントで始めます』
観衆はユウの力を見てなんというのか。
いやおそらく言葉は出ない。
あの時の模擬戦のように流れるカウントダウン。
しかしその意味合いはより深くなった。
この大衆が観る場所で、進化したであろうユウたちの力が露わになる。
『3、2、1、試合開始です!』
疑問と少しの期待が渦巻く会場。
今戦いの狼煙が上がった、その瞬間だった————
「まじか……!」
「凄まじいっすね……!」
力の暴風。
合図と同時、観客にまで届くほどの黄金と青の粒子。
轟と音を立て、能力発動、粒子の大嵐が巻き起こる。
色づいた風が観客を飲み込む。
驚愕そして唖然。
広がった粒子はユウたちへと集約していく。
この席にいても、素人だとしてもわかる。
『強い』
嫌でも感じる絶対の格差。
天上をぶち抜くほどの高い壁。
「「「「「うおおおおおおおおおおお」」」」」
静まり返った熱気が蘇る。
まみえることになる二人の姿。
相対するギルガルト隊は驚きのあまり動けていない。
「————さあて暴れようか!」
「————やり過ぎるなよ」
伝説は今その力を、数多の観衆の前に姿を現すのだった。