26
静かに舞う砂塵。
終わり告げる。
聖剣の道は跡形もなく消え去っていた。
「……終わったな」
しみじみと。
目の前の現実はあまり入ってこない。
ふわふわと浮遊している感覚。
『誇れい、おぬしらの勝利じゃ』
張り詰めた糸が切れる。
強化と同調の分離。
意識の分別。
「意外と呆気ないものだな」
「ああ、なんか一瞬だった気がする」
意外とってのは思い違いじゃない。
良く考えれば、先手の時点で俺たちの勝ちは決まってた。
それでも吸血王に固有魔法を使わせた。
自分たちが更なる進化を起こすために。
土壇場最後は死ぬのを覚悟。
しかしそれだけの価値はあった。
「あっという間だったなあ」
「でも、実際ここに来るまで2ヵ月くらいかかったけどな」
「そうだな。楽しい旅だった」
「ほとんど野宿で、イエティずっと食ってる時期もあったし……」
思い返す旅の軌跡。
雪を分け、食を囲み、友と語り、神と邂逅し、そして魔王を倒した。
最期の奇跡もまたその礎あってこそ。
「それでだ————」
「ん?」
改まったかんじのエイラ。
能力解除。
意識は流れて来ない。
「この後、どうする?」
「この後か……」
『そういえば何か催しに出ると言っておったな』
まだ日が昇ることのない暗い世界。
月は照らすが、目的地には日が出ている頃。
最終目的。
国際大会選抜を決めるイタリア予選。
これに参加しなくてはいけない。
むしろそこで勝つためにここまでやってきたようなもんだ。
これで間に合わず不参加なんて、笑い話にもなりやしない。
時差も考えればタイムリミットはあと一週間ってとこか。
『これは……』
頭に響くレネの声。
なにかを見つけたか。
「どうした?」
『西方から、空飛ぶ鋼が来よるぞ』
「空飛ぶ鋼?」
「確かに何か音が聞こえてきたぞ」
五月蠅く激しいプロペラ音。
高速回転。
空飛ぶ鋼、別名ヘリコプター。
段々近く、段々近く。
鉄に描かれた三色国旗。
そしてこの国、ロシアの象徴獣『熊』のエンブレムも共に描かれている。
それが十数機、割られた雲から現れる。
(ロシア国旗と熊、この組み合わせはロシア軍に間違いないよな……)
ロシア軍隊。
氷帝を筆頭とする陸戦のプロフェッショナル。
風圧が砂を飛ばす。
多大なヘリは荒野と果てた地へと降り立った。
「そういや不法侵入してたな俺たち……」
「うむ! そういえば機長たちは無事に帰れたのだろうか?」
「いやいや誰かの心配してる場合じゃないぞ」
「それもそうだな!」
エイラさんよ、笑える状況じゃないって。
12、3機。
軍用ヘリからは続々と隊員と思われし人間が降りていく。
ベレー帽を被ったアーミー装備。
整列。
向かい合う長蛇の並び。
一本開けられたセンターラインを、明らかに『上』と思わせる中年男が歩いてくる。
服の上からでもわかる鍛え抜かれた身体。
その眼に宿る歴戦者特有の輝き。
(階級バッジ中将じゃん……実際くそ強そうだし、なんとかなるかこれ?)
相手階級はかなり高い。
上も上のお偉いさん。
だがデスクで堕落してるお飾り将官じゃなさそう。
消耗した身体。
戦闘に入るようなことがあれば 勝てるかどうか。
しかもひとりでも殺せば国際戦争になりかねない難しい状況。
「————身構えなくていい。我々は戦いに来たわけではない」
少し距離を空けた声が通じるほどよい間。
堅い口調と思ったより軽い内容。
「私はロシア陸軍所属ローラン・ヴィタリー。階級は中将だ」
「中将……それは偉いのか?」
おいおいおいおい。
バカなこというなよエイラ。
お前幾つだよ。
(ヤバいあまりに馬鹿すぎてツッコミいれるタイミングを逃した! 怒られなきゃいいけど……)
「はっはっは。貴方は聖剣使いエイラ・X・フォード殿で間違いないようだ」
崩す堅い気概。
ロシア軍人は冷たいイメージがあったが、思いのほかフレンドリー対応。
エイラの疑問をジョークと勘違いしてくれたのかもしれない。
エイラ確認、次は俺と目を合わせるローランさん。
「そして変幻の、ユウ・ヨンミチ殿で間違あるまい?」
「ぷ、プロンス?」
おいおい変幻てなんだよ。
ようはあれかちょっと恥ずかしい二つ名か?
初耳だし、正直いらないんだけど……
「国連では既にそう呼ばれている」
「まじですか……」
「風を吹かせ、地を起こし、他者の能力でさえ操る。まさに変幻自在という意味からだそうだ」
「ほんと誰が命名するんですかね……」
だがまあエイラの『脳筋』よりはマシか。
ちょっと恥ずかしいがどうしようもない。
「それで、俺たちはこれからどうなるんです?」
本題だ。
いくら魔王討伐の栄光があろうとも、他国への不法侵入、振り返れば町は全壊してるし。
もたらした災いも結構ある。
「お二方にはロシア本拠地にて、吸血王ヴァンダルについての事情聴取を行わせていただく」
「私は死刑とか嫌だぞ」
「ストレートに言いますな。安心して欲しい。これはあくまで事情聴取なのです」
含みある言い方。
おそらく事情聴取は建前。
俺のことで『国連』の話が既に入っていたし、もう世界政府は俺たちの動向を周知していたと思われる。
(むしろ宇宙中に衛星カメラが山ほどあるわけだし、監視されてない方が可笑しいけど)
どこまで監視されていたかはわからない。
ただ最低でも吸血王との一戦は見ていたはず。
それに介入しなかったってことは、つまりは見逃してもらえたということ。
ロシア本拠地でも拷問とかは無いだろう、たぶん。
「拷問は勘弁して欲しい」
「おいおい正直に言いすぎだろ」
「しかし、こういう自分が嫌なことは初めに言っておいた方が————」
「いやそもそも、お前の強化された皮膚に拷問が通じるかって———」
もうローランさんもエイラのバカさに笑っちゃってるし。
しかしこの後、軍会議、刑罰についてはちょっと怖い。
第一城下にあった町は能力と魔法のぶつかり合いで吹き飛んでるし。
来るまでにあった街並みはただの木材の山。
割れた赤いレンガの散乱。
倒れた建物為った残骸。
「町の人たちを危ぶんでいるのですかな?」
「ええ、まあ……」
なんだこの人エスパーか?
よくわかったな。
「そちらも心配無用。すでに全員が避難している」
「避難……?」
「我々ロシア軍の送り込んでいた密偵に、事前に避難伝令を送っておいたのです」
曰くこの町には少しずつ送った、住民に紛れたスパイがいたということ。
それは商人であったり、エプロンを付けたおばちゃんであったり。
俺たちがここ来ることは進路上衛星で分かっていたこと。
派手にドンパチやって、吸血鬼たちが本城であたふたしてる間に、密かに住民たちを避難させていたそうだ。
「こりゃ政府に助けられたな、危うく人殺しにもなるところだった」
「よくわからんが、礼を言うぞ!」
『おぬし大事ところではよくわからんばかりじゃのう』
人殺しは後味悪い。
魔王殺しの称号で十分。
「ところで、その事情聴取ってどれくらいかかるんです?」
「おそらく一週間といったところだろう」
「「え……?」」
まてまて。
一週間手それ予選の日なんだが。
むしろ今日を入れたら一週間をきってる状態。
「あの、イタリア予選があるんですけど……」
申し訳ないように。
いや自分たちが派手なことやったせいだってのはわかってる。
でも、 不参加だけは許してほしい。
「それについては詳しく知らされていない。もっと上の人間に掛け合うしかあるまい」
「まじですか……」
「少なくとも世界にとって選抜大会よりも、魔王討伐の方が重要だからな」
「ですよねー……」
「私は大会の方が重要だぞ!」
「はいはいわかってるから。少し黙っててくれ」
(当然っちゃ当然。はてさてどれくらいかかるんだか————)
「ではそろそろ行こう」
促すローランさんの声。
開くヘリの扉。
現実へと変える入口。
「あ、ちょっと待ってくれ————」
(戦いですっかり忘れてたけど、アイツを持ってかなきゃな————)
走る。
シンクロで高速移動したいが力が出ない。
結構進んで木々の隅、強化をして隠してあったキャリバー君。
エイラのの硬質化、近くで激戦、しかし表面に新たな傷は見つからない。
「おお! 愛しのキャリバー!」
「一緒に連れてかないとな」
「私はすっかり忘れていたぞ!」
「いや自慢げに言うことじゃないから」
ローランさんに頼んで他の機体に積んでもらう。
なかなかデカくて幅を取る。
そのヘリに乗る隊員さんには申し訳ない。
そうこうしてる間に乗車。
動き出す巨大なプロペラ。
回るケイデンス、吹き荒れる荒野の砂塵。
飛翔する。
「おおー!」
「あんまりはしゃぐなよ」
「しかしキレイだ!」
「まあ、それはな」
「しまった力入ってガラスが割れてしまった!」
(はあ、なんで景色見てるだけで硬度ガラスが割れるんだよ……)
溜め息と安堵。
防弾ガラスの小さい枠組み。
しがらみから解き放たれた新たな空。
沈みかけた月の姿。
別方には赤い狼煙。
確かに真っ暗でも晴れた美しい景色。
「ヨンミチ殿は苦労しますな」
察したような言葉。
ローランさんもわかってるようで。
滅茶苦茶バカだけど、誰よりも優しく、俺を引っ張ってく。
「そうですね。そりゃ————」
「聖剣使う脳筋が、俺の相棒なんで」