18.5 with Silver's thinking
我は神。
銀を司り、戦を愛す。
悠久の時。
神代より数多の英傑たちと剣を交えてきた。
何十年前だろうか?
我からしたら数日前のように感じる感覚。
ある時一人の女と出会った。
黒髪と黒い瞳を持つ人間。
今と比べ我ら神魔の類が狂喜乱舞していた時代。
言わずもが我は絶対。
絶対は我。
なんであったろう?
退屈で山川を破壊していたからか、 はたまた殺戮をしていたからか。
出会った、その黒き瞳を持つ女は、あろうことか我に物申した。
破壊するな。
無下に殺すな。
まったくピーピーと五月蝿いことよ。
我に説教垂れるものだから軽く蹴散らそうとしたが、はてさて、その細い身に見合わぬ剛腕な能力の持ち主じゃった。
なめてかかってものだから、足を救われひっくりかえってしもうた。
一瞬のスキ。
しかしトドメをさすわけもなく、アヤツは我の横に座ったのだ。
そして言いおった————
『私は女じゃない。 ————って名前があるの、言葉が分からないほど馬鹿じゃないでしょ?』
信じられるだろうか?
この我に向かってなんという不敬。
万死に値する。
だが、一度は戦いに負けた身、退屈しのぎにでも少し付き合ってやるかと考えた。
それからアヤツとの旅が始まった。
海を渡り。
山を登り。
陸を歩き。
時には語り合い。
時には笑い合い。
時には言い合い。
拳を交わし合う日もしょっちゅうだった。
今思えば楽しい毎日だった。
戦以外で初めて心が充実した。
いや、我ら二人で嬉々として殺戮を行ったときもあったか。
なんにせよ一瞬で過ぎ去る、そう感じる日々であった。
しかし、 ある時じゃ。
魔王の動きが活発になりよった。
魔力を感じとるに、我にも匹敵する、いや、正直に言えば我以上の力を持つ魔王の存在だと察した。
奴らは徒党を組み、この星の征服を目論んでいるようじゃった。
人の身では到底勝てる相手ではない。
無謀な勝負。
じゃがアヤツは我に言った。
『助ける』と。
おぬしは力がある。
隠れておればやり過ごせる。
戦表に出ることなくこのまま旅を。
我と一緒に、我と一緒に生きようぞ。
しかしアヤツは首を振った。
それは出来ん。
そして力があるからとも言う。
力ある者だからこそ戦う。
力ある者だからこそ守る。
我はよくわからんかった。
力は力。
自分が活きるために必要なものとしか考えておらんかった。
助言も聞かん。
ならばこそ我も一緒に行こうと申した。
人のためでない。
お主のために、共に戦ってやろうと言ってやった。
感謝してほしいものだ。
たかが人っこのために戦の神である我が手を貸してやるのだ。
しかし、アヤツは必要ないと申す。
なぜじゃ?
曰く我は神。
一緒に戦って、魔王を倒そうものなら、次は我が狩られると考えたらしい。
バカなことよ。
確かに魔王に交じり、私欲働く邪神もおるが、戦神の我は別にそんなことは思うておらん。
仮に狙われようとも負けぬであろう。
それにぬしは我と相対することなぞないだろうに。
何度も言うたがアヤツは折れん。
結局我はアヤツの意志を崩す事はできんかったんじゃ。
手を振り去っていくアヤツを見送ることしかできんくて。
じゃが、約束をした。
『必ずまた会いに来る』
再会の約束。
そこからどれほど月日が経ったか。
アヤツがいないことでこんなにも、こんなにも長く感じるかという日々。
しかしどれほど待ってもアヤツは現れんかった。
シビレを切らし、人里に降りた我は彼女を知らんかと聞いた。
そして知ったのは、魔王連合と人間の戦いが、人の勝利で終わったこと。
喜ばしい。
つまりはアヤツの活躍で魔の奴らを蹴散らしたということだ。
そこで共に十人の英雄の話も聞いた。
戦争を終わらせた立役者のようだ。
なんと!
その中にはアヤツの名もあったのだ。
っふっふっふ。
そうであろうなんせこの我と共に過ごしたものなのだから。
『それでこやつら、いや、この黒髪の少女はどこにおるのだ?』
歓喜一転、途端に曇った顔を浮かべる人の子たち。
なんじゃ?
どうしたのじゃ?
悲し気に口を開き、放った言葉はアヤツの『死』じゃった。
何を言っておる?
我が人の姿をし、神であることを知らぬ故嘘をついておるのか?
無意識じゃった。
神威をさらけ出し、虚をつくなと説いても、怯えたこやつらの返答は『戦死』の一言。
曰く魔王の一人と相打ちになったらしい。
信じられんかった。
信じんかった。
我は、きっとどこかでケロッと生きてるのだと信じ世界を周った。
海、山、陸。
アヤツとともに旅したような道をひたすら進んだ。
しっかし、一向にアヤツが現れることは無かった。
なぜだ?
なぜ死ぬ?
見知らぬ人々にために、なぜオマエが死ななければならぬか。
世界中を探しつくし。
最後に、極東の島国にて、アヤツの墓を見つけた。
縦長に伸びる立派な石碑。
そこにはアヤツの名が刻まれておった。
頬に熱いナニカがつたう。
これは、涙だろうか?
流したことなぞ無い。
流すことなぞ無いのだ。
しかし意識せずともポタポタと滴のように落ち着く。
涙は、止まらんかった。
アヤツは嘘つきじゃった。
また我と旅を、我と会うと言うたのに。
我との約束を破りおった。
不敬じゃ、万死に値する。
アヤツはなんじゃ?
我に説教垂れておきながら、情けない、情けないぞ。
日が赤く染まり始めるときになってやっと涙は止まる。
くよくよしていても仕方なかろうと感じる。
我は神、アヤツは人。
交じり合うことなぞ元々無かったのじゃ。
じゃが、改めて分かった。
おぬしは我にとって、初めての『友』だったのだと。
技を競い、夜明けまで語り、色んな経験を共にした、初めての友だったのだ。
これが、悲しくないわけないじゃろうが。
だが、おぬしはやりきったのじゃな?
誰よりも戦い、誰よりも人を守ったのじゃな?
おぬしの話をすると皆うれしそうな、感謝した顔をする。
ならばこそ、我も最期、こんな情けない顔で送るのも失礼じゃろうに。
友よ、我は忘れぬ。
友よ、我は忘れぬ。
誰よりも、おぬしの友として、笑顔で送りだそう。
「さらばじゃ、ゆっくり眠れい」
銀華を捧げる。
名は知らぬ。
じゃがおぬしが好きといってた華を、我が不滅の銀華として捧げよう。
我はまた、今度は独りで旅立つ————
「————ほほう、破壊の黒龍か、面白いのう」
あの別れからどれくらいの年月が経っただろう。
久しく下界に訪れた時、そこそこの力を持つ蜥蜴たちを見つけた。
しかし戦ってみれば退屈の一言。
炎を出させる間もなく一撃じゃった。
まったく、スピードが遅すぎるのじゃ。
魔王といっても、近頃のは雑魚ばっかだからの。
倒したことだし、もうこの場を離れようかと思ったとき、ふと後方から神性を感じた。
いや神性と、もう一つは神殺しの性か?
おもしろい。
神の使いと神殺しか。
退屈凌ぎにでもしてやろう。
そうして現れたのは二人の人間だった。
金髪の聖剣を携えた女、そしてもう一人は————
黒い髪、そして黒い瞳をもつ少年。
神滅の波動を感じる小僧。
なぜじゃ?
この小僧を見た時、アヤツと会った日のことを思い出した。
我に物申す不届き者。
まだまだ我も甘い。
アヤツと少し特徴が似ているだけではないか。
この小僧が我に物申すことなぞ出来ぬまい。
しかし、もし我に異をたてるようなら、こやつもまた我の友になりえる、新たな巡りかもしれぬ。
そうなれば今度こそ、そうじゃな、銀に変えてでも、我の退屈に付き合ってもらおうかのう————