18
幾戦幾勝。
千剣千槍。
二千飛んで一刀。
「——テンペスト!」
剣戟の沈み、間を縫うように一閃。
最速の一手も神速には届かず空を切る。
「ぶっ飛べ聖剣!」
クロスする姿勢と態勢。
交差するエイラの光もまた神光には及ばない。
刻にして三周り。
手数は徐々に行き詰り息は上がる。
「しかし個々は良くとも、その掛け合いでは我に及ばぬぞ?」
有難いアドバイス。
痛いほどわかってるよ。
こうして高次元へと突入した戦いも、戦いでも、エレネーガは神速を保ちながの説教。
まったく感服してしまう。
(そんな上から目線で言えるほど戦えてないけど……)
結論を言おう、勝てない。
大人と子供、それどころか大人と芋虫。
まだエレネーガが遊んでいる状態、能力を発動する前だったら、ほんの少し、わずかに勝ち目はあったかもしれない。
だが————
「震え銀世界」
塗り替えられた。
神の創造にして人の埋葬。
あたり一帯、雪さえ映える銀世界へと変えられていた。
もうここは彼女のフィールドだ。
(神様が世界を創った。これを喰らったらその説を信じるしかないな……)
「まったくデタラメすぎるぞ!」
「……ホントそれ思う」
銀刀煌めく。
剣閃が風のように行きかう空間。
ついエイラと愚痴ってしまう。
愚痴るというか嘆き。
「お主らの能力もだいぶ恵まれておるぞ」
よく言うわ。
この彼女の世界では銀こそが絶対。
具体的には空だ。
足元はもともと血が滲んじゃいるが雪、そんな変化を感じ得ない、しかし空の青さは消え去り、 地が反転したがごとく。
「ユウ、どうする!?」
「…………」
俺はテンペストにシンクロ能力を使っていた。
それは感覚を研ぎ、 戦闘力の向上を図るためだ。
シンクロすればするほど武器の歴史は俺に技を教え動かしてくれる。
「ほれほれ避けんと死ぬぞ」
腕を振れば、もう目の前には死が飛んでくる。
そういう次元だ。
「っく!」
俺はすでにテンペストとのシンクロを解除している。
いやダメージで解除せざるを得なかった。
だから最前線で突っ込んでいるのはエイラのみ。
中途半端に俺が入っても最早附いていける状況ではない。
後方支援と行きたいとこなんだが——
「ユウはもう能力を使えぬまい」
「……っ」
世界は塗り替えられた。
エレネーガの能力はこの状況から察するに『浸食』だと思われる。
いや世界の一時的な征服か。
そして恐ろしいのはその効果。
(あらゆる能力の無効化。 自身に対しては問題ないみたいだけど……)
俺が普段操る、大地、大気、相手能力、どれもこれもが応えてくれない。
どんなにシンクロに集中しても、対象1つ出来るか出来ないかギリギリのライン。
自分自身を対象とする能力は普通に使えるようだが、俺にそんな使い方は無い。
いわば斬り合いしかできない場所となってしまったわけだ。
エイラは身体を強化できるから問題ないが、俺はと言えば残されたのは右手に残されたテンペストぐらい。
そのテンペストでさえシンクロして戦闘では通用しないのだから。
万事休す。
「もはや相手は小娘だけかのう」
俺の攻撃は相当減った。
原因は右腹部に大きな損傷を負ったことにある。
銀世界が発動してシンクロ強度が緩かったのか、一瞬だがテンペストとのシンクロが解けた。
その一瞬でもうエレネーガの刀は俺に辿り着いていた。
重要な臓器は咄嗟で避けられたが、出血も激しい。
今はエイラが惹きつけてくれているから、俺への攻撃の手数も減っちゃいる。
といっても秒速に数十という死が振るわれているわけだが、回避するのもキツイ。
「……嵐を起こせテンペスト」
足を動かす。
近づきすぎないように、でも遠すぎないように。
十歩後ろぐらい。
彼女らのスピードに附いていけなくとも、落とし過ぎれば死ぬ。
右へ、左へ。
時に大地を飛び、時に突っ込み。
刀が鳴る。
気付けば大気が悲鳴を上げ、音は遅れて聞こえる。
神速と破壊の世界。
お分かりだろう。
自身へのダメージ、体力、槍もシンクロできるほど今余裕はないってことだ。
避けられなくて一刀を槍で弾くのも相当な負荷。
でも瞬間で嵐を起こす。
切り裂く風を放つ。
せめてホーミング支援。
エイラに飛ばされる閃光を弾き反す。
少しでも、 エイラに道を開ける。
「ユウ! 手数増えるぞ!」
「……おうよ」
「ふっふ。女の聖剣も輝きが薄まってきたようじゃ」
確かに。
エイラが自分対象に能力を使えるとはいえ、聖剣も限界が近い。
「……踏ん張れカリヴァーン!」
一撃、せめて一撃エイラの攻撃が決まれば。
エイラの聖剣の威力は本物だ。
神と言えども無傷ではすまないだろう。
「遅い。遅いぞ。それでは我には当たらん」
「っく」
渾身の一振りも刀に弾かれる。
そこにしっかりカウンターも合わせる。
人類稀代の天才ですら遠く届かない。
思うに、エレネーガは神の中でも単調な方。
神ってのは多彩、オンリーワンなはずの能力を幾つも所持してる。
一つ一つがとてつもなく強力。
エレネーガの世界浸食の能力もかなりチートだが、今のところ他の能力を使う素振りもなく、 ひたすら鋼での打ち合い、近接戦だ。
(闘神故の性分? 能力を使っちゃいるがこれもまだ遊びの範疇ってことか?)
疑問は残るが、彼女はとにかく速い。
そして圧倒的な力。
こんなこと言うのもエイラに悪いが、エイラの超上位互換みたいな?
「それじゃああんたも脳筋かね!?」
「っむ!」
嵐の能力回転数を上げる。
アレが完成するまで、もう死ぬ気ギリギリで挑む。
傷が痛む。
痛すぎて涙が出る。
だけど。
「挑むかユウ! 大人しく死ねば楽になるというのに」
「まだまだやりたいことあるんでね!」
「……そうか、ならばこそ——」
打ち合っていたエレネーガが消えた。
消えた?
気配も感じない。
感じる暇なく湯煙のように。
これは————
「——ユウ!」
ナニカが迫ってきた気がする。
そこに十字架描くように聖剣が遮った。
とっさにエイラが俺の目の前に。
「——流れろ銀化界」
銀の、煌めき。
それを止める聖剣の光、
しかし聖剣も。
「シルバの遣わした光剣、役目を終えよ」
「っ聖剣が!?」
「所詮神の道具……」
銀は浸食する。
聖剣から溢れでる輝きは、エレネーガの刀と交わった瞬間消え去った。
銀に変わったというのが正しいか。
「これは——」
「我の刀の能力、それは世界を変えること」
「……世界を変える?」
「左様。ここら一帯もそう。そして開放すれば刀で触れたものすら銀に変えることができる」
刀で触れたものを銀に変える。
だから聖剣の光は銀に変わったのか。
普通は刀身自体も銀に変えられるんだろうが、俺たちの武器は神性がある。
そのおかげでオーラだけで済んだんだろう。
ただ言った通り聖剣は役目を終えた。
その刀身には銀となった粒子が被っているだけだ。
「ユウのことは気に入っての、せっかくだから銀に変えてとっておこうと思ったのじゃ」
「……ま、まじすか」
「ふっふ。銀になれば悠久の時を生きようぞ」
「…………」
恐ろしいことを仰る。
しかしそんな能力があるんだったら——
「じゃあ、なんでその能力を今まで使わなかったんだ?」
「愚問。使えば一瞬で決着ついてしまう」
「「……」」
「そういうことじゃ。まあすこし気合の入った遊びをしたかったわけなんじゃが……」
銀髪。
銀刀。
銀浴衣。
くどいほどの銀色。
それでいて成立。
「欲が出た。ユウを銀に変え我が一門としよう」
それって要は僕?
何言ってんだこの神様?
「それはユウを仲間とするという意味なのですか?」
「仲間? うーむ……」
「いやいや俺は——」
「————それは出来ん!」
「え、エイラ?」
「彼は私の相棒、神と言えどユウだけは渡せません」
「ほう。ぬしも我に異を唱えるか」
距離にして二十メートル無い。
一瞬で移動できる距離。
「ならばこそ、この勝負で決着つければ良し」
「……ええ」
「「————いざ」」
消える。
二人の距離は一気に詰まる。
俺も、ワンテンポ遅れながらも死地へと赴く。
なんだか俺のことでよくわかんなくなってるが、ようは二人ともバカっぽいってこと。
ただ、 俺も神様の僕になるつもりは更々無い。
嵐が駆ける。
鋼が駆ける。
本気だ。
「小娘! そのナマクラを捨てた方が良いぞ!」
「御身こそ! いい加減銀色は飽きました!」
変なこと言っているが、戦闘は凄まじい。
エイラの聖剣は輝きを失っても、自身の腕力は本物、叩けば十分重い。
すれ違う、駆ける脚はその見た目に反する圧倒的なスピードを生んでいる。
幾つだろう。
ここに来るまで幾幾戦という刃を交えた。
どれもが通じることなく、俺たちに近づいてくるだけだった。
今もそうだ。
エイラの、俺の、死念の一撃も通りはしない。
悠々と、飄々と、堂々と。
神は絶対。
見返りは敗北。
「————だからって、諦めるわけにはいかねえよな……」
二人で決めた。
最強になると。
「強化!」
「嵐を起こせ!」
なぜだろう?
この場面、 俺にはエイラの記憶が流れてくる。
ロシアの空で落ちた時に、 流れてきた過去の記憶だ。
星が巡る。
もうシンクロは自然には届かない。
だけど純度が上がる。
今になってエイラの動きが鮮明に、最高速、ついていけないはずなのに。
((わかる……!))
「——動き、いや流れが変化した?」
流水がある。
一つ一つが昇華する。
能力は封じられた。
相対するはナマクラと吹き風。
加速する動きに反比例、減速してく体感時間。
「頂へと近づいておるのか……」
エレネーガが何か言ってる。
それは聞こえない。
響くのは相棒の鼓動。
交わす刃。
吹きつける嵐。
銀もまた鋭く伸びてくる。
でもこれなら————
「しかし至るのが少し遅かったようじゃ」
一閃。
舞う鮮血。
死んだ?
俺か?
いや違う。
隣、エイラだ。
「……エイラ!」
縦に一筋。
銀が真っ赤に染まる。
前のめりに倒れこむ。
「————まったく丈夫な身体じゃ。能力で銀化を耐えよったわ」
そして剣戟が止む。
当然だ。
俺の槍は鈍感、成立はエイラあってこそ。
「——剣は止んだ。後はユウ、お主だけだ」
「……」
「早すぎた。ぬしらがあと二十年、いや十年経てば、勝機もあったろうに」
「……」
「惜しいのう。じゃがこれで終い。大人しく銀になれい」
神は最強。
立ち向かえるのはかの英雄か、はたまた魔王ぐらいか。
はなからわかってたさ。
今の俺たちだけじゃ勝てないって。
だから策を練った。
どうやって勝つか。
エイラは死んじゃいない。
こいつの生命力は野獣並みだ。
なら俺は最後までやりきる。
せっかくエイラが稼いでくれたんだから——
「……エレネーガ、お前最初に黒龍の魔王、破天バハムートを倒したよな?」
「む?」
「あのバハムートを一撃、てことは何も攻撃をくらわなかったんだろ?」
「……何が言いたい?」
「簡単さ。黒龍の王が放つ破壊炎、さすがのアンタもヤバいんじゃないか?」
「それはいったいどういう————」
揺れる。
徐々に大きく、大きく、大きく。
エレネーガの銀世界は『世界』を変えただけであって、別に『生物』を変化させたわけじゃない。
つまりは生物には能力を使えるというわけだ。
「なんだこの揺れは……」
「これはアンタを倒すために準備してきたとっておきだ」
「準備だと?」
「ああ。そこで寝てるエイラと、俺たちはひたすら『時間稼ぎ』をしていた。このために————」
揺れが一層増す。
銀色に染まっていた大地を割る。
銀に埋まっていた黒。
何度も言う。
最初から分かっていたさ。
俺たちだけじゃ勝てないって——
「顕現しろ! 破天バハムート!」
顕れる。
銀色割る漆黒の体躯。
圧倒的大きさ。
天を貫く捻じれた角、表面は歴戦の傷がある。
それは黒龍の王にして、破壊を司り、神さえ屠る炎を持つ魔王。
伝説は再び君臨する。
「ば、バハムートだと!?」
今日一番で驚いた声を上げるエレネーガ。
当たり前だ。
殺したはずのヤツがこの銀世界に侵入してきたのだから。
「ネタバレだ。俺の能力はシンクロ、まあ色んなものを操る能力だ」
「……やはり全能と称したのは正しかったようじゃ」
「苦労したよ。さすが魔王、銀世界も相まってこんなにシンクロに手間取ったのは初めてだった」
俺は生物もシンクロできる。
ただ、生きているものは何故かできない。
同調しようとするとナニカ気持ち悪くなるから。
(そのはずだったんだが、最後のエイラとの怒涛、あれはなんかシンクロしていたような感覚だったな)
しかしバハムートはすでに死んでいた。
魂はそこに存在しない。
原点回帰。
エイラと最初戦った時と同じ。
死んだ者ならば、 俺は操れる。
エレネーガと戦い始めた時から、俺はずっとシンクロを行っていた。
「————見事。やはり我が見込んだ男よ」
「どうも……」
「だが残念。我が神速でその蜥蜴の頭をはねたら終いよのう」
「…………」
バハムートの炎は破壊。
実際今まさに魔王の牙むく口には信じられない程の濃密度な魔力が集まっている。
しかしながら俺はネクロマンサーではない。
頭を落とされれば修復は不可能、 炎の発動もできない。
エレネーガが動く。
一瞬。
俺では追いつけない速さ。
バハムートの首狩るため動く。
しかし肉裂く音はしない。
代わりに響くは、 鋼の音。
「バカな!?」
「っはっはっはっは!」
刀を止めるは聖なる剣。
握るは脳筋エイラ・X・フォード。
「なぜ聖剣使いが————」
「死んだフリだあああああああああ」
破壊の魔力が集まる。
エレネーガに斬られたのであろう、身体のいたるところから血を流しつつも、その姿は勇ましい。
(まさか黒龍倒しに来て、黒龍に助けられるとは、とんでもないデジャブだ)
「どけい!」
「っぐ!」
死んだフリしていたとはいえ満身創痍。
数秒もつはずもなく弾き飛ばされるエイラ。
想像もつかない程エレネーガは焦った顔をしている。
滑稽滑稽。
近接特化の彼女に逃げるための能力など持ちはしないだろう。
さあ魔力の充填は溜まった————
「————神を屠る! 破天バハムート! 放て!」
光る。
轟。
放たれる破壊の炎。
衝撃で俺とエイラは後方に吹き飛ばされる。
光線、ビーム、ぶっとく伸びる破壊の一本。
神速で避けれるほどの余裕はない。
それほどこの炎の範囲は広い。
相対する脅威。
それを神は初めて感じ取った。
「これは大戦以来の窮地かのう————」
俺の目線。
落ちていきそうな意識を踏ん張らせる。
炎の熱さと、輝きに目を眩ませながらも映る。
破壊の前に刀を構える白銀の姿を。
(これで倒せなかったらもう諦めるわ……)
エイラも一緒に吹っ飛んだから巻き込まれもしないだろう。
信念と諦心。
全てを乗せ、黒く輝く破壊が、銀色を襲った。