15
「————本当になんとお礼を言えばいいことか」
「俺たちも自己防衛みたいなもんですし」
「次! 肉おかわりだ!」
「……お礼も、エイラのこの飯代で十分ですよ」
魔族、ドラゴン族との一線を終え、俺たちは今ここの町長イエシェフさんに事情を聴いていた。
まずはなにかお礼をしたいって話だったから、こうして食事を提供してもらってる次第だ。
「つまり、1年前から生贄を要求されてると」
「……ええ、ひと月ごとに若い女を4、5人ほど」
「国に助けは求めないんですか?」
「何度も救援を頼みました。それでやっと2か月前、能力者の方が来たと思ったら……」
「魔族の前に、惨敗と」
「……そうなのです」
町長イエシェフさんの話だと、1年前、突然近くに黒龍系のドラゴン族が移り住んできた。
それからその一派の『長の食料』として、若い女を要求されている。
最初は隠れてるもんだと思ったが、女がいなかったのは本当に『いなかった』から。
1年経った今じゃ女の人数は相当減ったそうだ。
話じゃ国も一度助援したが、失敗してからはソレっきりらしい。
(このままじゃ、廃町になるのも時間の問題か……)
「肉だ! もっと肉をくれ!」
「……エイラ、もう少し静かに食べろよ」
「構いませんよ。エイラさんと言ったかな、見ているだけでこちらも元気が出ます」
「ま、一緒に居て退屈はしないですね」
俺が真面目な話をしているのに、隣でガツガツと。
マイペースというか、能天気というか。
「おふたりは旅をしているのでしたな?」
「ええ」
「さしつかなければ。こんな辺境の地、なぜ旅などされるのです?」
辺境の地。
少し前にイエシェフさんにはここら一帯の地図を見せてもらったが、 ド田舎の一言。
周りは山々に囲まれ。
近くに町や村なく、 隣町に行くにも馬で1週間以上かかるらしい。
(目的を言うかどうか、エイラの反応は——)
「これは美味だ! イエティより断然うまいぞ!」
(……飯に夢中か。 どうせこいつはベラベラ話すだろうし問題ないか)
「——旅の目的は、魔王の討伐です」
「ま、魔王討伐ですと!?」
「吸血王ヴァンダルが住む極東がゴールですかね」
「血を操るという赤い悪魔ですか……しかしかなりの距離があるのでは?」
「そうなんですよね。あんまり時間もないんですけど」
現在地が分かったと言ったが、ここからの距離は相当だ。
車が無ければ2か月以内など夢のまた夢。
しかし、ここはド田舎。
町長の話じゃ移動の際は『馬』しか使わないそうだ。
ガソリンを手に入れることもほとんどできないらしい。
つまり、この町に車なんてもんは無い!
(車で移動できれば極東まで2か月で、いやとばせば1か月半で到着できるのに……)
「魔族を倒したことから実力は相当なものとお見受けしましたが……」
「エイラはこう見えてもSSランクですし、俺も一応Sランクです」
「……なるほど、お強いわけですな」
ランク制については理解できるらしい。
田舎だからランク言ってもわかんなそうとか思ってましたスイマセン。
「ユウ殿、それからエイラ殿」
「?」
「おふたりの力を見込んで、お願いがあります」
「……」
「急いでいることも知っています。ですが、ですがあなた方しかいないのです!」
「……ドラゴン族ですか?」
「……はい。我々には戦う術がない。国からの支援も望めない。どうかお願いいたします」
イエシェフさんは頭を下げる。
きっと町長として一生懸命働いてきたんだろう、 白く染まった髪が垂れる。
ここの住人も能力者だ。
ただ、なにもできない。
俺たちは魔族に圧勝したが、 普通の人間はそうもいかない。
Aランクが5人いて魔族1体ってのが相場だ。
「……助けてあげたい。ただ、生贄を要求している『主格』の存在。これがネックなんです」
「主格ですか……」
「ええ。討伐は出来るでしょうが、果たして1、2日で倒せるかどうか」
討伐はおそらくできる。
そこらのまとめ役くらいだったエイラでワンパンだ。
ただ潜伏場所、魔法、敵数、詳細でない情報が織りなす不確定さ。
侮って安請いして、大群でもいようものなら時間の消費は莫大だ。
「俺たちも時間がないんです。馬でも相当時間がかかる」
「……」
「――申し訳ないです」
イエシェフさん、それから町の人にも悪いが、俺たちは正義のボランティアマンじゃない。
現実は厳しい。
それに派手な動きをして、ロシア政府、イタリア政府に現在地を知られるのも厄介。
(衛星といえど、雪被った森で俺たちを追うのは不可能。確認されている可能性は限りなくゼロに近い)
出来るものならこのまま極東まで逃げおおせたいもんだ。
「……もし、もし移動の足が手に入るのなら、請け負ってくださいますか?」
「移動の、足?」
「――少々お待ちを」
移動の足?
車があるってことか?
いやでも車はないって言ったばかり、もしくは単純に脚が早い馬をくれるとか。
別に馬も悪くはない。
ただ、食料や疲労も考えてやらねばなるまい。
それに自動車の最大の強みは『機械』であること。
それならエイラの能力で強化して性能アップ、暴走機関車みたいな代物になるだろうが、そこは俺のシンクロでコントロールができる。
完璧な作戦なのに、肝心の車がな――
「……お待たせしました。どうぞ外に」
「エイラ、一回外でるぞ」
「ん? わかったぞ」
さてさてどんな馬かって――――
「ま、まじかよ――」
「おおーカッコいいな」
町長はソレを引いてきた。
馬、ではない。
鋼鉄のボディーを持ち、スラッと流れる美しいフォルム、漆黒に染まったカラー、正面には『G』のエンブレム。
「ゴアティック社の、KGZ……!」
「バイク! 大きいバイクだな!」
「大型バイク……何でこんな田舎に……」
世界でもトップ3のシェアを誇るバイクメーカー、ゴアティック社のロゴ。
本拠地をドイツに置く歴史ある会社だ。
見た目がカッコいいともあるが、最もな特徴が搭載されている『エンジン』にある。
2050年代に独自開発された、フルパワー・ショック・ディザスター《FSD》というトンデモなパワーを出すエンジンが詰まれてる。
去年ぐらいには世界最速となる300馬力近くだして、ちょっとしたニュースになっていた。
「――私の、生涯唯一のコレクションです」
「コレクション……」
コレクションというだけあってボディーには傷ひとつ付いていない。
光沢はそのまま。
おそらく、未使用、新車だろう……
「モデルは最速を誇るV、その中でも7式で、速度については、これを超えるバイクはそう無いでしょう」
「なんでそんなモンスターマシンが……」
「ここではみな農業で稼ぎを立てます。わずかですが一応利益は生まれます」
「農業で、コレ買ったんですか?」
「コツコツ貯めて買いました。私の60年分の働きでです」
「ろ、60年!?」
おいおい60年働いて買ったんかい。
どんだけバイク好きなんだよ!
しかもVモデルってさっき言った去年出たばかりの噂のモンスターマシンだ。
「これをさしあげます」
「い、いや、マシンは申し分ないけど……」
「……本来は鑑賞目的、しかしこの子にも相応しい人、そして役目が来たということなのでしょう」
曰く鑑賞用。
曰く運命。
長き時の備蓄を成し、西欧まで必死に歩いた持ってきた夏の頃。
ホコリ被らず懐に。
重い、ヘヴィーな年月の形。
確かにこれがあれば2か月どころか、1か月かかるまい。
早すぎて死人が出たという話もあるが、俺の能力じゃ問題ない。
でも、60年かけて買ったものだ、いくらなんでも――
「……私はこの町を守りたい。バイクは大好きです。買ったばかり、手放したくなんてありません」
「なら――」
「しかし、私が一番好きなのは『この町』なのです」
「――――」
「逆に言えば、このバイク1つで町を救えるのなら、60年働いた甲斐があるってもんです」
「あんた、すごいな」
「これでも町長ですから」
イエシェフさんは笑ってそう言う。
笑えるか普通?
すごい人だ。
バイクの話はありがたい、でも、なによりもここまで故郷を思う人の必死の願いだ。
ここまで言われちゃ応えたくなるってもんだ――
「魔族殲滅の依頼、受けます」
「……え」
「エイラ聞いた通りだ、やるぞ」
「うむ!人助けだな!」
「や、やっていただけるのですか?」
「「もちろん」」
やっぱこうなった。
B級映画なみの超展開。
道草だろうか?
だが、こういう道草は、嫌いじゃない――
「住処は北でしたっけ?」
「そうです。しかしながら詳しい位置までは……」
「北は道も険しい、徒歩での移動かな……」
「案ずるな、遠くはあるまい。そんな気がするのだ」
「エイラの勘がそう言うなら、遠くても1、2日で着くか」
「うむ」
エイラの野生の如き勘はよく当たる。
それはこの1週間一緒にいて理解した。
にしても極東目指してるってのに、途中でドラゴン退治をすることになるとは。
世の中なにがあるかわからないな。
「飯の礼もあるからな。よし行くぞユウ!」
「エイラ殿、もう夕方です。日が暮れてしまいますが……」
「ん、そうか。どうする?」
「夜の移動は消耗が激しい。朝出発しよう」
「だな」
戦いは経験だ。
どこかの偉い人が言っていた。
ポジティブに考えるなら、俺たちが戦ったのは未だ強くて魔族5体。
ここで親玉と剣を交えるのは経験値にプラスなるはずだ。
「予定も決まったことだし、おかわりだ!」
「……まだ食うのか」
「ユウも食っておけ。明日野宿なら、また飯はイエティになるかもだぞ」
「俺もお願いします」
退治の後はこの町に帰ってくるが、すぐに去る。
今のうちにこのマトモな食事を取っておかねば。
「うん、うまいなこの肉」
「そうだろそうだろ」
うまいうまい。
ただ、どこかで食べたような味だ。
いったいコレは何の――
「……先ほどからイエティと言ってますが、 スノデミーのことですかな?」
「スノデミー?」
「ここら一帯に生息していて、私たちは罠で捕まえるのです」
「ま、まさか……」
「白い毛で全身を覆われたヒト型モンスターなのですが……」
「…………」
「うまい! なんの肉か知らんが! うまい!」
俺が手を止めた隣でなお、エイラは食い進むのだった。