13
吹き荒れる冷たい風。
凍えゆく大気。
どこか響く雪崩音。
氷の女王の住処、と言われてもきっと納得せざるを得ないだろう。
能力者といえど、決して人が居るような場所では無い。
もしここで人が生活しているのなら、それは人間ではない。
きっと雪男か、雪女、モンスターの類。
もしくは、超がつくほどのバカか――
「――火が付いたぞ!」
「おっし。ようやくコイツらを調理できるな」
エイラはその馬鹿力で、俺が雪で造った剣と、自身の聖剣を高速で擦り合わせ、火花を散らせる。
火花は集めた小枝に移り、白の世界と対照的な、温かい赤を生む。
説明しよう。これはエイラによる、力技火おこしである。
ロシアを歩き続け今日で4日目。
ようやく生活も安定し、いや慣れてきたと言える。
今日も今日とてひたすら歩き、今は4日目の締めくくりとなる、夕食の真っ最中だ。
「――しかし、イエティがこんなにウマいとは」
「イエティ食うってこと自体、俺は思いもしなかったけどな」
俺たちはイエティ?らしきモノを食す。
正確には寒冷地帯に生息するモンスター。
エイラが狩ったモンスターを勝手に『イエティ』と呼んでいるだけで、実際は国が決めた正しい名前があるはずだ。
そしてあらかじめ言っておくが、俺たちは別に好き好んでイエティを食べているわけじゃない。
ここ数日、食料を獲得するため周り一帯を探していたが、遭遇したのはこのイエティ達のみだったから。
仕方なく。仕方なくだ。
見た目といえば全身に白い体毛をはやし、 体格はゴリラ似。
最初は本気で食いたくなかったが、 飢え死には避けねばならなかった。
(この見てくれで意外と美味いんだよなー……)
イエティ肉でタンパクを摂取し、あとは吹雪く前に摘んでおいた、薬草や木の実をのどに通していく。
こんな内容の食事が4日間毎日といったところか。
「そこそこ腹は膨れたか……」
「まるまる5体も食ってよく言うな」
「それもこれもこの家あってだがな。確かカマクラといったか?」
「そういやイタリアにカマクラ無いんだったな」
俺たちの寝床は雪の上。
布団はもちろん寝袋もない。
ただエイラは自身を強化、俺の場合はシンクロで大気と一体化。
これで寒さは耐えられるが、いかせん雪つぶてが顔にぶつかる。
これが痛いのなんの。
それでシンクロで地面を変形、カマクラを建てて凌いでいるわけだ。
(結局造らなきゃ、イエティ焼くための火も雪つぶてで消されちまうけど)
「なんだかキャンプをしているようだ」
「こんな過酷なキャンプはお断りだ」
「私は楽しいぞ!」
「そりゃよかったな……」
エイラの楽しいという感情に偽りはないだろう。
歩いているとき、それから戦闘、飯のときだって、いつでもよく笑う。
普通の女だったらこんな生活、旅ともいえるこの状況を楽しめるはずがないんだが。
(普通の女という括りにエイラが入るわけもないけど……)
飯が終われば適当にダべる。
口が面白いようにペラペラ動いて、コクリコクリと時間が過ぎていく。
娯楽なんかあるわけない、思えばトイレと寝るとき以外はこうしてずっと喋っているか。
「――今日の結果だが、思いのほかいいペースで来てる、この調子じゃあと3日ってとこか」
「あと3日か……」
「まあヤバいモンスターに遭遇しない限りはだけど」
「そう、か……」
今のところ遭遇したモンスターはイエティくらい。
奴らのレベルは大したことはない。
A級ぐらいでも狩るのは可能だろう
そんなんだから難なく倒せちゃいるが、 はたしてこのまま無事終われるかどうか。
「……なんだか寂しくなるな」
「ん、寂しく?」
「……私は『今』が何よりも楽しい、……旅が終わるのは、悲しいことだ」
エイラの表情はさっきと違って悲し気一色。
この旅が終わることを惜しんでいる、ってことか?
言動も打って変わって弱弱しい。
俺もこの生活は、楽しい。
エイラと同じだ。
ただ、 エイラはとんでもない勘違いしているらしい。
コイツは旅自体が終了だと思ってるが――
「はあ……あのな、別に終わりはしないぞ」
「な、なに?」
「あと3日で、『おそらく町に着く』ってだけだ、そこから目的地までは相当遠い」
「では――」
「当分は二人旅だ」
「そ、そうかそうか! 私はうっかりさんだな!」
「魔王討伐が目的だろーに、敵地忘れんなよ……」
てかうっかりさんて、日数感覚あるのか?
あと3日で極東に住む吸血王のところに辿りつくわけないだろうに。
(むしろ途中で車、最低でも馬が手に入らなきゃ2か月に間に合わない。歩きだと4か月はかかるってとこか……)
「なら、まだまだユウと一緒にいられるな」
「そういうことだ」
「…………」
「…………」
会話が途絶える。
言葉が詰まる。
さっきまでのように口は働いてくれない。
静寂。
なぜか際立つように風の音だけが増していく。
自然と静寂。
炎だけが、 パチパチと音をたてている。
それは静かなこの空間を何よりも引き立たせた。
「――――私は、怖い」
続く静寂を破ったのは、 エイラの弱音。
声は、隣の俺にギリギリ届くぐらいの大きさ。
そこにはいつもの力は籠っていない。
「近頃また夢をみる。楽しくない。嫌な夢だ」
「始めは隣にユウがいる。ただ、私がふと振り向くと、ユウはもう居ない」
「もともと居なかったように。幻影だったかのように。虹のように消え――」
「――――私は独りになるのだ」
初めて聞く弱い本音。
覚えがある。
周りを置きざりにする、 孤独を纏った加速の世界。
エイラは今、そこに立ってる。
――誰であろうと、『コレ』を話すつもりはなかった。
理解されないだろうし、口に出したくもない、思い出したくもない。
でも、エイラにもらいっぱなしは嫌だ。
「――俺も数年前までさ、似た夢を見てた。気色悪い夢だったよ。」
「……黙ってたけど、俺のシンクロ能力は人間にも使用可能なんだ。シンクロできる。同調できる」
「始め何度も試した。人に。でも見えたのは真っ暗な世界。どす黒くて。先の見えないナニカ――」
「やって何度も吐いた。人の闇を見た気分で。気持ち悪くて。だから俺は心の底から誰かを信用することは出来ない。いや出来なかったんだ。でも近頃、変わってきた気がする――」
「――エイラ、お前、いま隣に誰がいる?」
「……隣?」
「俺は最近さ、違う夢を見る。楽しい夢だ」
「楽しい、夢」
「隣にとんでもないバカがいるんだよ。頭は固いくせに、無駄に力だけあってな。ようは脳筋なんだけど」
「……私をバカにしてるのか?」
「少なくともだ。いま俺の隣には、エイラ・X・フォードが確かにいる」
「お前の意識に居ようとも私には――」
まだ足りないのか。
ほんとに頭が固い。
ロック。ロック。
いつもはそれでも、知らん顔して弾けてるくせに。
「もっとバカになれよ。俺の中にエイラがいるってことは、お前の中にもきっと『俺』がいるってことだ」
「……」
「ようは、 相棒だってことだな!」
「……ふ、ふふ。まったくもって意味が分からん。気が狂ったか?」
「やっと笑ったな。お前は物事考えず突っ走れよ」
「……考えずにか、そうだ。そうだな。思考で頭がパンクしてしまう」
少しだが、笑った。
コイツには笑顔でいてほしい。
バカな状態が一番だ。
「しょせん夢、目に映るのが今ある真実だ」
「私の目に、映るもの……」
交差する。
俺の目線とエイラの目線。
「――ユウだ」
「そう俺だ」
言いたいことは、きっと伝わる。
なんせ……
「ユウは――」
「エイラは――」
「「相棒だ」」
一致するのは必然で当然。
にしても大分手間がかかった。
こんな真面目な話をすると思わなかったし。
(後で言いふらしたりしないよな……)
「……私としたことが、柄にもなくクヨクヨしたな」
「まったくだ」
「心配をかけた」
「……別に、……俺も世話になってるし」
「ん? なんだ!? なんと言った!?」
「……なんでもないって。そろそろ寝るぞ」
時刻は12時。
腕にはまる時計を見た時に日は変わった。
(今の話も、もう昨日の話ってことだ。もう切り替えねーと)
「そうか、では寝るとしよう」
エイラも就寝に入ろうとする。
2、3日前からこういう話でソワソワしてたし。
だいぶスッキリしただろう。
「……てか、なんで抱き着く?」
「寒いからだ」
「俺たち能力で寒さ感じないだろ……?」
強化で頑丈になってるだろうし、神経節も強化済み、寒いはずがない。
それに腕が、腕に無駄にデカい胸が当たってる。
(気が散って寝れねーよ!)
「確かに寒くはない」
「なら――」
「――また、 また夢を見そうでな」
おいおい、それ反則だぞ。
「……ダメか?」
「……寝相だけは大人しくな」
「……ああ!」
なんかをぶつけ合った夜。
また少しエイラのことが分かった気がする。
布団も毛布も何もない。
雪吹くこの場所で。
腕にガッチリ、横を向けばまじかにあるエイラの横顔。
身体は密着しあい、女特有の甘い香り。
これで寝れる男は神か仏か。
(でもまあ、いつもよりは暖かいか――)
今夜も、いい夢であることを願おうか。