142
「暇よのう」
「それは思うわ」
「言っても明日の朝方には接触するぞ」
俺が居るのはベリンダが数百と創り出した戦艦の1つ。
その甲板だ。
今回は1人1隻、仲間たちもこの夜は1人で過ごしているだろう。
(まあ俺にはレネも師匠もいる、話相手がいるだけで全然マシだ)
現在時刻は0時を回り、戦闘開始まであと4、5時間といったところ。
既にそれなりの睡眠は取った。
そもそもこの状況ではもう寝れない、流石に緊張は抱く。
自分が初手で最も重要な役を担っていると分かっている。
秘密の箱の失敗、それは俺たちの敗北を意味するのだから。
「そうそう、不可視偽装は完成したわ」
「おお、ついにですか」
「ただ1回きりしか使えないけど」
「十分です」
裁定者本体に直接喰らわせたい秘密の箱。
ただ初っ端のレーザー対策で露見してしまうのがネックだった。
そこで頼れる師匠の登場。
例えるなら透明マント、1度の迎撃に限りこの技を隠すことが出来るそう。
改めて詳しいを聞き、本番に備える。
「もう数時間もせずに戦いか……」
「なんじゃ、思うところがあるのか?」
「そりゃ前回大敗したからな」
「そうね……」
別に忘れるなんてことはしない。
敗北はしっかりと心臓に刻みこんである。
それは恐怖にも緊張にも、そして戦う意思へと繋がる。
貰った絶望は、未来に対する希望へ、生きたいという切望に転換する。
「だけど、今回だけは絶対に勝つ」
何十年と続く人生の中、佳境というのは幾つもある。
それは戦いであったり、人付き合いであったり、様々だろう。
ただ裁定者との一戦は、能力での戦闘においては大一番。
これ以上の苛烈極めるものは出てこないはず。
「レネ、師匠、よろしく頼むよ」
「うむ!」
「任せなさい」
新技に加え、頼れる仲間、相棒もいる。
心配をする余裕なんてない。
心得ている、己が為すべきことを。
何が何でも勝ちを獲りに。
「————ん?」
唐突に響く電子音、携帯からだ。
懐から取り出し確認する。
そこにはトニーからのメール。
ただ文章は無く、そこには1つのファイルが添付してるだけだった。
「動画か?」
別に躊躇うこともない。
とりあえずと再生を始める。
ロードに少し時間がかかる、そこそこデータは重いようだ。
レネも師匠もマジマジと。
小さい液晶画面を3人で見つめる。
そしてようやく————
『あーあー、どうもトニー・モーガスでーす』
開始早々、トニーの画面がアップで。
普通にビックリしたわ。
「なんだトニーかよ」
『なんだお前かよ、そう思ったろ?』
「!?」
『分かるぜ、なんせダチだからな』
通話じゃない。
だというのに俺の思ったことを的確に当ててくる。
こいつはエスパーかと疑うくらい、ただトニー曰くその正体は友人だと。
確かに、こいつはイタリアで初めて友人であり、当初馴れない俺に色んなことを教えてくれた。
寮も同室と、付き合った時間は結構長い。
『戦いに行くお前にな、激励のメッセージを送ろうと思ったんだ』
「激励……」
『んじゃ聞いてくれや』
すると画面は一瞬ブラックアウト、別の場面に切り替わる。
始めに映るのは3人、ルチア、アリーナ、アリエルだ。
『やっほーユウ! まずは私たちから!』
『うん。裁定者との戦い頑張って、というか本当に頼むよ? まだまだ生きたいもん』
『そそ! まだまだ一緒に青春したい!』
元気一杯のアリエルと、中々自分に正直なアリーナ。
ただ私利私欲というわけでも、その所々に気遣いを感じる。
『ほら、ルチアも』
『え、ええ』
2人がそれなりに話した後、促されるように出てきたのはルチア・バレンデッリ。
イタリアに来た当初はあの模擬戦のこともあって、関係は上手く作れなかった。
ただ、予選そして本大会を経て、また1人の友人に。
学園祭の時にもだいぶ助けられた。
『ええっと、久し振りね』
「ああ、久し振り」
『無駄話になるけれど、会った当初のこと覚えてる?』
「勿論」
『自分より強い能力者、負けた時はすごいショックだった』
戦闘前ということを意識して、通話ではなく録画で。
一方通行のこれに返答したところで向こうに通じるわけもない。
ただ不思議と、自然に言葉を出してしまう。
それが海を越えて、時間を越えて伝わると思って。
『だけど色々なことを学べた。自分の弱さ、仲間の大切さを知ったわ』
「うん」
『改めて感謝を、ありがとう。貴方のお陰で私はここまで来れた』
「……」
『そしてお願い、裁定者に勝って』
紅蓮の髪は静かに揺れる。
ただ思いの乗った言葉は真っすぐと。
『お願いっていうか、やってもらうしかないんだけど』
『うんうん。私たちじゃ瞬殺だしね』
『その通りよ。それじゃあ私たちの未来、任せたわ』
私たちの未来、そう言われてズッシリ重石がくる。
彼女らの言う通り、俺は背負ってる。
ハートに籠る熱、なんとも言えない感情がフツフツと。
ただ停滞してはいられない、画面もすぐ次の場面へと切り替わる。
『おひさっすユウッち!』
「今度はザック1人か」
『1人っすよ!』
「だからエスパーかって……」
なんでこうも俺の心を読むのが上手いのか。
次に画面に映ったのがザック・エルフィン。
トニーと同じくらい仲が良く、そして面倒も見てもらった。
久し振りに相対しても何も変わっていない。
『大きい戦いっすね。ホントはビビってるんじゃないっすか?』
「まあな」
『ただ、ユウっちなら出来る。断言するっすよ』
「ザック……」
『なにせ脳筋を落とした男っすから! あ、もちろん性的な————」
後半にはピー音が。
分かってるとも、俺は戦いじゃエイラに勝てなかったよ。
まったくと思いつつ、こういう会話が胸に響いてくる。
続く言葉も世間話ばかり、激励と言いつつまるで思い出語り。
本当に、有難い。
『頑張れユウッち! また学校で会おうっす!』
ザックのメッセージはそれを区切りに。
そこからも動画は続く。
サリー、クルー、アントンなど、クラスの皆がそれぞれのスタイル、言葉をくれる。
短い奴もいれば、長い奴も、だがその全てに想いが。
惰性じゃない、彼らは俺のことを信じてくれているのだ。
『————ええ、じゃあ俺からも』
生徒が一通り終わり、いよいよ終盤だろうか?
現れたのがまさかの人物、我が担任エイガー先生である。
『お前が編入してくると知った時、またヤバい奴が来るんだと思ったよ』
「ははは……」
『そして俺の予想は無事的中、フォードとロシアに行ったときは本当に焦ったぞ』
「すいません……」
『授業もサボるし、留年しそうになるし。まったく、俺の苦労が分かるか?』
ごもっとも、耳が痛いです。
エイガー先生には見えない所で沢山の迷惑をかけた。
小言を言われるのが当然、むしろもっと言ってくれとも思う。
それぐらい面倒ごとを俺は起こしてきた。
『だがな、お前はやる時にはやる男だ』
「……」
『頼んだぞヨンミチ』
「……はい」
頼まれて断るはずも無い。
これまでの恩返し、それに先生の授業も受け足りない。
これが終わった後、しっかり勉強教えてもらおうじゃないか。
そしてネクスト、今度は————
『どうも先輩、ルティーニです』
『うっす先輩、ガスマンです』
現れたのはまさかの後輩。
しっかり覚えているとも、留学直後に喧嘩を止めたこと。
1年生ながら優れた能力者であること。
そして今はもっと優れた能力者になろうとしていること。
『1年生を代表して私たちが』
『おう』
『おうって何よ。敬語使いなさい』
『イチイチうるさいなお前は、大事なのは想いだぜ』
『は? 調子に乗るのも大概に————』
そこからは口論が、何の映像なんだか。
ただそのやり取りに以前までの棘は無い。
お互いの間合いを知り、相応の話方をする。
なんだか俺とエイラに通ずるところがあるようにも。
『お見苦しいところを見せて申し訳ないです』
『ホントにな』
『っ先輩頑張ってください!』
『がんば……っておい待て! 刀を抜く————』
映像はそこまで。
最後に刀を抜く姿が見えたが、ガスマンは無事だろうか?
むしろそっちが心配になってくる。
『————どうだったよユウ?』
原点回帰、おそらくこれが最後のメッセージ。
待っていたとばかり、そこにはトニーの姿がある。
『編集するの意外と大変だったぜ』
「だろうな」
『まあ、今一番大変なのはユウたちの方だろうけど』
曰く、この動画はトニー発案で始動したそう。
ハリボテ感の無い動画。
やはり相応の時間がかかったようで、このギリギリのタイミングで送ることになったらしい。
『お前が来たばかりの時な、正直上手く接する自信が無かったんだ』
ツラツラと、まるで昔話をするように。
それはトニーから聞く初めての、本物の吐露だった。
『なにせS級だ、格が違う。フォード先輩のイメージもあったし』
「だろうな」
『だが喋ってみたら面白いんだこれが! しかも寮の同室にまで、これが運命かって思ったよ!』
「トニーとの運命か……」
『まあ俺は美人なお姉ちゃんとの運命が欲しいんだけど』
「……」
シミジミした空気を一気にブッ飛ばす。
そういうところもトニーらしい。
一方通行なのに、まるで会話をしているよう。
小さい液晶から皆が飛び出す。
この甲板、俺の目の前に皆がいる。
『お前と過ごした毎日がすげえ楽しかった。これが青春だって感じるくらい鮮やかに色付いてた』
「……俺もだ」
『一生のダチになれたら、そう思ってるよ」
「トニー……」
『信じてるぜユウ! 俺らの魂、お前に預けっからな!』
トニーの満面の笑みを最後に、この動画は終わりを迎える。
十数分に渡る動画、だが意味合いは重く、温かい。
過ごしてきた毎日が具現化したかのよう。
「良い友に恵まれたな」
「……ああ」
「一層負けるわけには行かないわね」
「ああ」
戦争の後に日常が続く、そう信じて。
次会う時はもっと喋ろう、遊ぼう、戦おう。
授業だって受けたい、後輩の面倒を見るのもいいかもしれない。
積み重なった激励は山を成す。
背負ったものは重い、だが俺を俺たらしめる掛け替えのない宝とも。
「任せてくれ皆、俺たちは絶対に勝つ」
少し、少しずつ明るくなっていく空にこの想いを。
しっかりと受け取った激励、そして据わる魂。
自然と緊張は無くなっていた。