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「————もっと速くていいぞ!」
「————法定速度ってもんがこの世にはあってだな」
「————100キロも200キロも変わらん!」
「————無茶言うなよ」
強化同調を含め、戦いに備えたチューニングは完了。
無事に今日をデートに空けることが出来た。
(デートっていう内容かは怪しいけど)
とりあえず昨日の夜でだいぶ良い感じに、むしろそこで準備は完成したようにも。
性行為ってのは人間の欲求、本能の奥底にあるもの。
こう言っちゃなんだが、お互いを共有する、深め合うのには最も適した行為だと思う。
「しかし本当に人がいないんだな」
「スッカラカンだ」
今は久しぶりのバイク、キャリバーに乗っている。
無免許なうえ2人乗り、ただ今回ばかりは許してほしい。
それに裁定者を加味し一般人は外出禁止、辺りに車なんて1台も無い。
(それで100キロ以上出して良いってことには、まあならないんだろうけど……)
信号は点いているものの、意味はなさず。
ちんたら60キロで走るのも怠い。
明るいことだし、バシバシ突き進んでいる、なんせ目的地————
「ここで高尾山だもんなあ」
謎のチョイスに俺はビックリだ。
ただ母さんが適当に『山にでも行けば?』なんて言うから。
アウトドア適正の高いエイラ、そりゃもう乗り気も乗り気に。
そしてご利益を貰ってこいとも。
山に行けば運気あがるんですかね?
(てか高尾山5、600メートルしか標高ないし)
東京でそこそこ有名な場所ながらも、エイラや俺にとっちゃ公園の砂山みたいなもん。
本気で攻撃すれば一発で崩せるだろう。
ただそういう趣旨じゃないのは理解してる。
寺だか神社だかもあるみたいだし、能力無しでゆっくり登れば多少は楽しめるだろう。
「ユウ、あとどれくらいで着く?」
「30分ってとこかな」
「もう少しだな! 飛ばそう!」
「おいおい運転中に立つなって!」
エイラは落ちたところで、その身はきっと伝説のオリハルコン以上の硬度、ダメージは無いだろう。
ただエイラが離れれば車体の強化も解除。
このキャリバーを潰すわけにはいかないのだ。
ウキウキして荒ぶるエイラ、これは200キロ出してでも目的地へ急いだ良さそうだ。
「ここが薬王院だな」
「教会みたいなものか?」
「まあ、そうなんじゃね」
「大雑把な返しだな」
「俺はそんなに宗教とか興味ないんだ」
ガラガラの駐車場にバイクをつけ登山開始。
天気も良く、自然も一層と強く映える。
普段着で来たわけだが、この程度だったら朝飯前。
ロシアでの遭難なんてもっと酷かった。
(今となっちゃ良い思い出、いや良くは無いか……)
坂を登り、浄心門を通り、そして寺院へと。
ぶっちゃけどこの宗派とかは分からない。
なにせ来たの初めてだし。
「正月に行ったところよりは小さいな」
「明治神宮と比べるのは流石に酷だろ」
「神宮と寺院は何が違うんだ?」
「それは————」
エイラは分からないことをバンバン尋ねてくる。
知らないで返すのもあれ、即興の自説を語るように。
適当なくらいが丁度いい。
別にガチじゃない、これがベストな間合いなのだ。
「とりあえずこれ」
「ん? 金か?」
「5円玉、賽銭箱に入れるんだ」
「ああ、似たようなことをやったな」
ただここは神社じゃないからか、ガランガラン鳴らす鈴は無い。
きっとマナーも違う、が気にしない。
エイラと一緒に箱に小銭を投下。
俺は手を合わせる、エイラは強く手を合わせる。
沈黙の秒数、この刹那に何を思うか。
(願いはしない、ただ————)
ただ見守ってくれ、それだけ。
不躾な言葉、しかし実質俺らが世界を救いに行く。
神も仏も、その殆どが見守るだけだ。
「戦いが終わったら沢山食べたい、ハンバーグ、唐揚げ、炒飯に————」
ただすぐに沈黙は終わりを迎える。
隣で念仏のように食べ物を並べる輩がいるから。
これじゃあ厳粛な空気も軟化、溜息をつくくらい。
「エイラ、口からヨダレ垂れてるぞ」
「っは!」
「無意識で唱えてたんかい……」
俺に諭されふと我に返る。
ゴシゴシと袖口で拭う、なんとまあ女子力の低いことよ。
「願い事が多すぎてな」
「どうせ食べることばっかりなんだろ?」
「いいや、色々だ」
エッヘンと胸を張る。
なんとも堂々と、前向きすぎるくらい前向き。
それは周りの不安を払うほど。
ここまでハツラツとしてるとこっちも連られる。
「さあ頂上を目指すぞ!」
「あんまり急ぐとすぐ着く————」
「ほら、早く来い!」
俺の意見は通らずガン無視で。
強引に手を引っ張られ身体、そして心も持ってかれる。
それこそ引きずられるくらいに。
超上に挑むも、頂上に向かうも、スタンスは不変、ずっと一緒の形である。
喋って登って1時間、舗装された道を経て遂に。
話題の数なんて無限と言えるほど。
ほどほどなんて似合わない、エイラの全球全力に感化される。
「とうちゃーく!」
「ああ、意外とかかったな」
エイラがボケまくるもんだからツッコミ疲れ。
ただその甲斐がある光景が。
標高600メートルの低山、そう侮っていたが中々、山に謝ろう。
快晴、視界の先に広がるのは幾多の山。
そして霊峰富士、美しい自然がそこに広がっていた。
「あの白い山が富士山だ」
「ほう」
「日本一高い山だぞ?」
「ほう!?」
日本人に教えたら恥ずかしいぐらいの常識をレクチャー。
ただそれにエイラは過敏反応、やっぱり面白い。
その仕草でどんな感情を抱くのかが丸分かりだ。
「真っ白だ」
「もうすぐ春だけど、まだ寒いからな」
一瞬同調を解除、高尾山でも結構肌寒いと感じる。
そうなれば数倍デカい富士山はもっと。
もっとも、そんな冬もようやく春へと移り変わるだろうが。
「なんだかシミジミするな」
「お、エイラがそんなこと言うなんて珍しい」
「私だって人間だ。この状況を理解している」
理解、それは明日から始まる戦いのこと。
ただ移動や作戦の動き上、実際に戦闘に入るのは2日後になるだろう。
見解、エイラだって感じるものはある。
ただ不安や恐怖に対する心臓が強いだけ、実際には強がっている時だって多い。
「私はな、さっき沢山の願い事をした」
「食べ物以外でもか?」
「勿論。というか食はオマケだぞ」
謳うように語り出す。
黄昏時でも、夕暮れ時でも、日が昇る時でもない。
雰囲気任せじゃない。
晴天、太陽の下で堂々と。
「奴等に勝ちたい」
「ああ」
「全員生きて帰ってきたい」
「ああ」
本当に色々、つらつらとズラズラと並んでいく。
しかしどれも本気、切なる願いが籠っている。
そしてどれほど並べたか、エイラの言葉は唐突に止まる。
出尽くした、そう思った。
ただ最後の最後は霊峰ではなく俺の眼を見て。
「私は、最強になりたい」
最後の願いか?
数拍置いてから俺はそう尋ねた。
ただこの疑問に、エイラは首を横に振る。
どうやら不正解らしい。
そして一転、エイラはにこやかに笑って口を開く。
「これは願いじゃない。なにせ神は叶えてくれないからな」
「そうか? じゃあ誰が————」
「ユウ、お前だ」
咄嗟なもので、何時もみたいに上手く返せない。
ただそれもお構いなし、語りは続く。
「私が最も強くいられるのは、ユウと一緒にいる時だ」
「……」
「力だけじゃない、心も身体も1人では無理なんだ。だからユウお願いする」
知っている、エイラは1人天下を目指していると。
ただ何時しか悟ったそう。
自分は脆いと。
ただそこで神は助けてくれない、祈ったところで何も起こらない。
一番に支えてくれるのは、相棒だ。
「私からのプロポーズだ! ユウ! 私と一緒に最強になろう!」
勢いよく差し出されるエイラの左手。
薬指には銀の輪が。
何が逆プロポーズ、その証、ずっと分かってることだろうに。
わざわざ恥ずかしいことをしてくれる。
「言われるまでもない、お前に付き合えるのは俺だけだ」
躊躇は要らない、鍵なんて元々ついてはいない。
だから負けじと、力強く、強くその手をとる。
エイラは友であり、ライバルであり、恋人であり、家族であり、そして相棒である。
俺たちは最強のタッグ。
今日は景色を見に来たんじゃない、逆だ。
この姿を、この瞬間を、霊峰富士、もとい地球という星に見せつけに来たのである。