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「————はあ、本当に死ぬかと思ったわ」
「————そのまま喰らって良かったんじゃが」
「————黙りなさい銀神」
鍛錬の空間を抜け日常の空間に。
リビングのソファでは師匠がグッタリと横たわっている。
それをレネが揶揄う状況だ。
「なかなか良い仕上がりでした」
「なかなかというか、事前に聞いてなかったら死んでたわ」
実物は見せたことが無かったが、理論や現象は伝えていた。
更には事前に転移の魔方陣も設置いしておいたため、無事に避けることが可能に。
横たわってはいるものの外傷は無し。
負ったといえば精神的ダメージくらいだろう。
「にしても秘密の箱とはよく言ったものね」
「俺のセンス良くないですか?」
「いいえ、最悪よ」
「かっかっか! 相当肝を冷やしたようじゃな」
師匠からある意味での合格点。
自分としても性能は想像以上、かなりの一発を繰り出せた。
自惚れる気はない。
ただ実戦に投入することに期待というか、若干楽しみな自分もいる。
それぐらいの結果を見出すことが出来たのだ。
「ユウといい、聖剣使いといい、狂ってるわ」
「まあ、否定はしないです」
「ただ刻印の使い方にムラがあったし、後で調整しましょう」
どうやら師匠から言わせれば無駄があるよう。
修正点は後でしっかり視てもらう。
そして聞く分にはエイラの新技もかなりイカレテいるそうな。
「ちなみに今回は魔法だけだったけど、刀剣類、無機物も対象になるのよね?」
「魔法と同じように返せます」
「うむ。我が刀で既に試した」
秘密の箱は同調の延長にある。
だから生物を対象には出来ない。
ただ能力や魔法といった異能力、それから武器の類に関してはいつも通り。
その全てが俺にとっての拳となる。
「もし仮に、裁定者本体の本気の一撃にコレを合わせられたとしたら……」
「っくっく、勝機はあるのう」
「出来ることなら初見でぶつけたいわね」
レネは兎も角、少なくとも俺や師匠の攻撃は通用しなかった。
相手はそれだけ強いということ。
だが裁定者の相手が裁定者自身だとするならば。
(まさかノーダメージなんてこともないだろう)
それが通常攻撃ではなく、本気、渾身の一撃に繰り出せたのなら。
戦況を大きく左右するクロスカウンターになるのは間違いない。
そのためには色々と条件はあるものの、裁定者に警戒されないことが大前提。
裁定者は能無しというわけではないのだ。
「でも初っ端の攻防、熱レーザーを返すので箱は見せることになります」
「そうじゃなあ、何か策はあるか魔女?」
「生半可に隠しても見破られそうなのよね、他に手は……」
「思いつかんのか、使えないのう」
「っうっさいわね! なんとかするわよバーカ!」
「馬鹿じゃと!?」
どうやら隠蔽エフェクトは師匠がなんとかしてくれそう。
四道家で恒例となりつつある喧嘩が勃発。
2人とも実力は確かなんだが、性格に難あり。
それともここまで行くと相性の問題なのかも。
「ぬしなんぞ裁定者との戦いが終わったらコテンパンにしてくれる!」
「それは私のセリフよ! 神界に追い返してあげるわ!」
「残念じゃが我はユウと契約しておるかなあ、部外者にそんなことを言われてものう」
「っわ、私だってユウの師匠だし! 部外者じゃないし!」
(————今日のは長くなりそうだな)
「「「「「いただきます」」」」」
当たり前になった夕食の光景。
ここには人も神も魔法使いもいる。
一目散に食べ始めるのはやはりエイラ。
相変わらずもの凄い食いっぷり、フードファイターを仕事に出来るレベルだと思う。
「そこの醤油を取ってくれ」
「は、はい」
「違和感あるし、そろそろ名前で呼んでやったら?」
「我が名を呼ぶのは友だけじゃ」
「いいよお兄ちゃん! 私はこれで十分! むしろ下僕とか雑魚でも!」
「それはそれでどうなんだ……?」
今に始まった話ではないが、レネは人を殆ど名前で呼ばない。
エイラのことも聖剣使い、師匠のことも魔女、あとは人の子とか。
「そういえば、オリヴィアも俺以外名前で呼ばないし」
「っぶ!」
「汚いのう」
「きゅ、急に名前で呼ぶから……!」
魔女王、師匠、もといオリヴィアさん。
俺の中では師匠という呼称で定着しているから、口に出すのは久しぶり。
悪ふざけ半分だったが、本気で照れている様子。
ただ飲んでいたお茶を噴き出して、若葉の顔面にヒットしてしまったが。
色々とツイていない妹である。
(ただ若葉はビビッて物申せないんだよなあ、最近はマシになってきたけど)
友達にも俺のことを言われるらしい。
本人はよくストレスだストレスだと呟いている。
可哀そうに、ただこの生活も————
「明日からは外出規制が入るんだっけ?」
「そうなのよー」
溜息をつく母さん。
覚醒間近の裁定者、俺たちが戦いを仕掛けるのも今日を含めあと4日後とあって警戒体勢に。
一般人の安易な外出はもうすぐ不可能に。
万が一のことを考えての対策、テレビが伝えるには、地方の人たちは既に避難所へと移っているよう。
他国でも同様の動きが。
そんな中でも、太平洋を臨む日本は特に警戒を強める、なんせ裁定者に一番近い国なのだから。
「私も出たらまずいのか?」
「エイラ、お前が一般人の括りに入ると思うか?」
「うーむ……」
「いや悩む必要ないから、というか関係者中の関係者だから」
むしろ当事者、リーダーがこれで大丈夫かと。
しかしエイラらしい、緊張感はある程度あるものの、常に自然体。
その鋼のメンタルが今では羨ましい。
「なら出かけられるな」
「なんかあるのか?」
「ユウとデートに行きたい」
「「「「「おおー」」」」」
なんともストレートな誘いをくれる。
その言葉に、母さんも父さんもいい顔してる。
そんなにニヤニヤするなと言ってやりたい。
「今日明日で強化同調の確認も終える、明後日は暇だ」
「でもなあ……」
「いいじゃない行きなさいよ」
「母さんの言う通りだ。男が廃るぞ」
「わ、私もそう思う」
「こういう時だけはガンガン来るな……」
1日余裕があるのは確か。
今日の夜と明日をもって準備は終わる。
というかあと必要なのはエイラとの時間、周りが言う通りだ。
強化同調だけじゃない、交わしたいことも沢山ある。
「分かった、じゃあ明後日な」
「うむ! キャリバーを持って来た甲斐がある!」
「きゃ、キャリバー?」
「そういえば今朝何か届いてたわね」
「イタリアから送ってもらったぞ」
どうやらバイクで移動するらしい。
まさかそこまで、懐かしいあの時を思い出す。
ほんの少し前にはイエシェフさんにお返しも出来たことだし、記憶としてはむしろ新しい方か。
「つまりはドライブだ!」
「なるほど、まあいいよ」
「私がうんて————」
「俺が運転する」
「私が————」
「俺が運転する」
「ぬぬ……」
「エイラじゃ絶対事故するからな。本番前にはキツイ」
ここだけは譲れないところ。
同調無し、ロシアで1度任せたこともあったが地獄を見た。
同じく免許は無いものの、同調を持ち得る俺が運転手を務めなくては。
「それで、何処か行くあてはあるのか?」
「特に考えてない! 後で決めよう!」
どうやらノープラン、だがエイラと同じように分かってる、必要なのは2人の時間。
非常事態だ非常事態だとアタフタしていた。
すれ違っていたことは絶対に無い、だが渇きがあった。
行く場所など何処でもいいのだ、求めるのはもっと深いところ。
「若葉、今日は夕の部屋に近づいちゃダメよ」
「どうしてお母さん?」
「そりゃねえ、愛の育みというか、確かめ合いというか」
「待て待て、ちょっと可笑しい」
母さんがそんなこと言い出したもんだから、周りの空気が。
脳裏にそういう考えが無かったとは言えない。
だからってこの場で露骨に出さなくても。
そんなわけで、ついつい否定の声を上げてしまったのだが————
「なんだユウ、しないのか?」
「エイラもド直球すぎんだろ……」
「私はその気もあったんだが」
ほら、何この空気、重すぎるって。
若葉や師匠なんかは眼が泳いでるし。
父さんはなんか、茫然としてる。
まさかのエイラが大暴投、直球すぎて見送ってしまった気分だ。
「さて、ごちそうさまでした」
「お、おう」
「とりあえず話は夜錬をしてからだな」
何だかんだと、夕食はペロリと。
ここからは2人でも鍛錬に、やましい意味じゃないぞ。
強化同調だったり、新技の合わせ、模擬戦やるだけだホントに。
まあその後には、確かにあるわけだけど————
「じゃあ行こうかユウ」
「ああ」
2人して席を立つ。
乾いた大地に豪雨が降る。
向かう先は覇道と絆、そして欲望の世界だ。
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これまでは毎日更新でしたが、『月曜日』と『金曜日』の週2回投稿となります。
最終章なわけですが、色々事情がありまして、本当に申し訳ありません。
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