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「流石に緊張するなあ」
「そうか? 私は全然余裕だぞ」
「ていうか、そもそもお前が緊張する時なんて無いだろ」
着込んだダークスーツ。
漆黒のネクタイが首元、そして胃を軽く締める。
つまりは適度な緊張感、感覚は最高潮、調子はそこそこ。
舞台裏で整える準備態勢。
「こういう服は苦手なんだけどねえ」
「破くなよべリンダ」
「わーかってるって」
俺とエイラだけじゃない。
裏には津々浦々を越え世界規模、最強の脳筋の全員が集結している。
しかも全員が全員ブラックのスーツを着用。
国柄性別職業は関係なし。
今回の会見ばかりは黒一色、オフザケは一切含まれない。
(そりゃ役人にあんだけ泣き頼みされたらな、仕方ないよな)
会見の責任者だったろうか、正装を着てくれと泣きながら頼まれた。
その必死な姿に周りの連中も同情。
いや、俺は最初からスーツ着る気だったけど。
ただ皆がスーツを着ているのを見ると、不思議な気分になる。
「なんだ、ジロジロ見て」
「シルヴィのスーツ姿は新鮮だなって」
「まあな。私も着るのは初めてだ」
何時ものから特別に。
シルヴィもメイド服を脱ぎ捨て、四肢を漆黒に染める。
薄金色、ミドルロングの髪が黒に映える。
プロポーションも相成って、まさにクール美人という言葉の体現者とも。
(というか、改めて思えば女性陣のレベル相当高いよな?)
エイラ、シルヴィ、べリンダ、ユリア先輩、星之宮。
レベル相当というか一般人を掃討する完璧造り。
それぞれの味は違うものの、モデルと言われても納得する。
(まあユリア先輩は流石に背が低すぎるけど……)
ただ小学生、もしくは中学生モデルなら絶対トップ獲れると思う。
白髪に赤い眼、そこにスモールサイズの服。
普通だったら浮くはずが、逆に振り切りすぎて最高のバランス感を、完璧な調和を生み出す。
しかし若干の犯罪臭も。
ロリコン、いや、悪い大人が寄ってきそうな————
「……なに?」
「え」
「……ジロジロ見てる」
「いやいや気のせいですって」
「……ふん」
「痛っ!」
見事なボディーブローを腹に喰らう。
効果覿面、強打正拳、急所を捉えた凄まじい一撃だ。
そうなのだ、女性陣は見てくれが良い割りに、中身が狂暴。
すぐに手を出してくるのだ。
「だ、大丈夫?」
「……ヨーゼフ、か」
「うん僕だよ」
「……腹に穴空いてないか?」
「全然!」
「そうか……」
すぐに駆け寄ってきてくれたのはヨーゼフ、相変わらず笑顔が眩しい。
男にしては長いグレーの髪はキラキラと、これが同じ性別の人間だとはやはり思えない。
女性陣の話を出したが、男性陣だって別に悪くはないと思う。
ただ筋肉多すぎたり、男の娘だったりと問題は色々あるが。
兎にも角にも、皆黙っていればかなりキマる容姿はしている。
「よーし! 集合だー!」
「声デカいぞ脳筋」
「さあ早く集まってくれ!!」
「……何にも話聞いてない」
世界中のマスコミが待っている舞台の裏。
防音はしっかりしているだろうが、必要以上の大声でエイラの集合がかかる。
これまで自由気ままだったが、やれやれと言った表情でリーダーの元へ集まる。
「今回の会見、あれだけ頼まれたことだし、カッコ良く決めよう!」
「格好良くって言いますけど……」
「まずバカな発言は禁止だ!」
「「「「「……」」」」」
「それと隠れての飲食も禁止だぞ!」
「「「「「……」」」」」
言ってることは最もだ。
しかしエイラがその注意をするかと、そういう話。
初っ端からおバカ行為、総意はある意味ひとつに纏まる。
「頼んだぞ変幻」
「えっ!?」
「お前ならできる」
「……頑張れ」
「こういう時のユウだよね」
「いやいや! なんで俺任せ!?」
「「「「「だって相棒だし」」」」」
尻拭いの責任者には俺が抜擢された。
これが多数決の恐ろしさ、ここに存在はしないマジョリティ、この身はマイノリティ。
でも死ぬまで付き合うと決めた。
こんなことはお茶の子さいさい、はいはいとだけ言うイエスマンより俺は雄弁に語る。
「エイラ、お前も真剣にや————」
ふざけてはいないが、少し冗談交じりに吐く言葉。
視線もエイラに自然と集まる。
しかし台詞は一時停止、制止した空間、生死を懸けてることが焼き戻り。
エイラの瞳は笑っていなかった。
この場で真面目の言葉を有言実行、戦闘かって思うような圧倒的なオーラを身にまとう。
悟る、切り換えのスイッチを強制的に押される感覚、錯覚ではなく事実として。
「私はバカなことは言わない。発言するのは全て本心だ」
その輝く目に全てが吸い込まれる。
交差する視線と視線、線と線と合わさって円に、円と円を繋いでエンドレスへと。
「皆も何時も通りで行こう。周りにどう思われるかはどうでもいいことだ」
「つまり、自分が真剣だったらどんな発言もオッケーだと?」
「うむ!」
エイラは真剣にバカなことを言う。
ただ心は真っすぐ、結局は周りが囃したてているだけ。
(ようは今回もいつも通り、だけど心は真剣でしかない、そういう意味ね)
その話をした途端、べリンダはネクタイを外し、そして胸元をはだけさせる。
クラークやアーサーもネクタイ緩めラフな格好に。
ユリア先輩も格好は変化しないが、その懐にはナイフを仕込みだす。
他の連中も同じ、それぞれのスタンス、自分にとって最適なスタイルに変えていく。
抑制も常識も己で正当化、これが正道、10人は無機質なはずの正装に個性を出す。
(黙っているより、こっちの方がキマってるか)
そしてスタッフさんの呼び声、時間だ。
部屋を飛び出し、脳筋部隊は舞台に上がる。
出囃子はエイラが決める。
「さあ行こう! 世界が私たちを待っている!」
「「「「「ああ!」」」」」
珍しく応答は一致、しかし不思議には感じない。
緊張も何処かに忘れてきてしまう。
何と言われようとも自分は自分、不変な存在。
自身への反感いざ知らず、自信満々で。
俺たちは世界という壇上に登っていく。
「カッケえ……」
「人が違うみたいっす!」
会見の舞台は日本、時差ゆえに来た眠気も吹っ飛ぶ。
それはシンプルに言って、最強の脳筋たちの色濃さに起因する。
「ほんと映画みたいだ」
「もう登場からやばいっすね」
おそらく世界中の人が目を見張る中、イタリアのとある学生寮をピックアップ。
身体を近づけアップで観るのは2人の学生だ。
「威風堂々、その言葉のまんまっす」
「ザックなんかに無い風格があるよな」
「いやトニー、どの口が言うんすか。こんなの常人じゃ出せないっすよ」
予想と反して、テレビに映る彼らは大人しい。
淡々とテンプレを終わらせていく。
能力具を通し翻訳されて出る言葉、イタリアの心に届く。
ただ言葉は二の次、最中に見せる眼光、仕草、服装、色々が交じり合って『格』を生み出す。
それを一番感じる。
不思議と惹かれる、未知に恐怖と興味が湧く。
不可視に煌めく、死地に勝利の煌旗が立つ。
これから戦うというのに、まったく不安を感じさせない。
「というか客観視すれば、今のところ案外マトモだよな」
「うっす。ドタバタしないっすね」
「単にマジなだけか、それとも嵐の前の静かさか……」
大衆は安堵かガッカリか、正直味気ないと思っている者も少なくない。
これは大会ではなく戦争なのだから当たり前。
だとしても、あの脳筋たちなら何か仕出かす、そう思っていたからこそ。
『————では最強の脳筋、端から1人ずつ意気込みをお願いします』
部隊としての話は大方終了。
これから個人表明、それぞれをワンマンで映していく。
『……頑張ります』
初っ端を務めるのは白髪赤眼の殺し屋ユリア・クライネ。
ただ言葉はショート、インパクトは薄、むしろ無さすぎる。
『えっと、もう少し————』
『……以上』
『は、はい』
テレビ越しでも無言の圧力。
バイアス発動、黙らせる。
「これ前学園祭来た人だよな?」
「ユウッちに会いに来たっすね」
「めっちゃ可愛いな」
「そりゃまあ。でもなんだか雲行き怪しくなって————」
『よう全世界! べリンダ・ドレイクだ!』
片割れ心配、先行き航路の曇天を示唆した途端。
巨大な海賊船が現れたみたい、嵐を喰うぐらいのハツラツ感で。
『私は生きる伝説! そんで全てをブッ飛ばす! 今回の戦いも————」
『べ、べリンダさん! 胸! 胸見えてますって!』
『巫女さんはこう言うがチャチな問題! そして裁定者もだ!』
『とりあえず座ってください! 身を乗り出さないでください!』
厳粛で静かな冷たさもあった場、段々と熱気を帯びておく。
今なおテンション上がっているのか、無敵艦隊と恐れられるべリンダ・ドレイクが荒い口調で語り出す。
その様相はまるで冒険伝を語る船人のよう。
『ほら次はアンタだよ。これテレビで映るからちゃんとやりな』
『い、言われなくても分かってます! 星野宮 伊吹です! 私は————』
そうは言うものの、冒険家に感化されたか口調にだいぶ勢いがある。
荒ぶっているとも、お堅いと言われているが、ものすごい変化だ。
少し語った後にバトンパス、ネクストはドイツから送る軍人の出番。
『皆さま初めまして。ヨーゼフ・ヘルツガーと申します』
今度は丁寧、礼儀オンパレード。
ヘイトが生まれない、それでいて華もあって埋まらない。
このまま一本調子、でいくと思いきや。
『僕はドイツを愛しています。祖国が好きで————』
『ソーセージ』
『ビール』
『バームクーヘン』
『なんちゃって経済国家』
『ぼ、僕は、僕はドイツが……、好きだから……、悪口言われても……』
何故か途中からポロポロと涙を流し始める。
寸前で誰かが何かを呟いたよう。
ただ悪口かどうかはいざ知れず、しかし美少女のような男、ヨーゼフは涙を流すばかり、声も掠れ掠れだ。
しかし周りはどうともせず、べリンダを止めた星野宮も何故か口出しはしない。
視聴者兎も角、彼らにとっては当たり前の光景かのように。。
『はあ、ヨーゼフ、お前は頑張ったよ』
『っぐす、ユウ……』
『ドイツは良い国だ。うん。良い国』
『そ、そうだよね! ドイツって最高! ドイツ最高なんだ! 何処が良いって言うとね————』
助け船を出すのは変幻。
鎖もなんとか立て直す、ただそこから急に眼が死んで病的なまでに饒舌化。
ひたすらにドイツ愛を暴露する。
ただ長くなるので割愛。
しかし何となくだがヨーゼフの立ち位置を察し。
これはイジられても仕方なし、そうドイツ国民以外は思ったことだろう。
『じゃあ俺か、四道 夕です。一言だけ、仲間と一緒に勝ちに行きます』
『相棒と、の方がいいんじゃない?』
『コイツはいっつも聖剣使いとイチャイチャしてまーす』
『おい! 余計なこと言うなよ!』
『一昨日なんて————』
『待て待て待て!』
「……」
「……」
「な、なんか楽しそうだな」
「元気そうでなによりっす」
「「……」」
コンプラはトンズラ、ここまで来たら会場もワヤワヤと。
早々とした業務的な対応を脱却。
黙って聞いていたマスコミたちも騒めきだす、一転人間味ありすぎるムードに。
『つ、次、エイラ、頼む』
『ああ! 私はエイラ・X・フォードだ!』
『フォードさん! あ、危ない! 聖剣を掲げないでください!』
剣を斜め前に突き出し探求の恰好。
特攻、むき出しの剣が威圧を発す。
しかし言葉を語り出せば注意は散漫ではなく霧散する。
他の仲間もイジることなく、ここだけはと黙りに入る。
ただ皆口元は軽い笑みを浮かべ待つ。
センターに堂々の仁王立ち、横に並ぶは各国精鋭の脳筋たち。
『裁定者は強い。国連はだいぶマイルドに言っているようだが、その実力はSSS級以上だと思われる』
突然のカミングアウトにどよめく会場。
冗談ではない。
少なくとも10体いる内、変幻が交戦した裁定者は人智を越えていた。
つまるところ人では届かない領域に。
『————だが心配はするな』
根拠なんて何もない。
しかし立ったからにはやるしかない。
しがない夢や幻想で終わらせない。
『私たちは勝つ』
シンプルがベスト。
それはエイラ・X・フォードのスタイルに合致する。
その一言で全てが伝わる。
最強の脳筋を名乗るからこその熱、濁りの無い澄んだ眼に魅入られる。
まさに快晴、雲一点もない青の色、清々しいまでの心地よさ。
仲間もそれぞれで目配せ、ニヤリとひとつ、これが総意と言わんばかり。
『さーて次は俺の番だな!』
『む! まだ私は話足りないぞ!』
『恰好良く決まったんだから。ボロが出る前に止めときな』
『いやまだ————』
『はいはいエイラ、一旦落ち着こうな』
その後も決して穏やかに進んだとは言えない。
しかし世間が予想していた通りの結果。
驚きはむしろ安心感へと転換される。
ルール無用、ループ無効、向こうを目指す一度きりの大勝負。
この会見は賑やかであっても茶番ではないのだ。
「杞憂、だなんて言わないっすけど」
「ああ。こいつらになら任せてもいい」
「どうせ自分たちじゃ瞬殺っすもんね」
「おいおいそれを言っちゃお終いだぜ」
傍観者は安堵、ちゃんと感じたなんとかなると。
明確なものは無かった。
ただ感情的、人の根本を揺さぶった。
淡々とではなく魂で。
「頼むぜ脳筋さんたち————」