129
巡り巡る場所の移り変わり。
渋谷はスクランブル、浅草が雷の門、秋葉原にメイド喫茶。
シルヴィの興味あるもの片っ端から、端から端へハシゴ、制覇していく。
テイク1からテイク2、3、退屈を感じない勢いで。
「しかし秋葉原のメイドには隙が多いな。動きが甘い」
「そりゃ本職の人から見たらなあ」
「だが、やる気はだけは本場にも通ずるな」
プロからのアマチュアへの忌憚ない意見、それをメイドでもなんでものない俺がずっと聞かされている。
本人たちに直接言ってやればいいと思うのだが。
ただ久しぶりのメイドを感じたことで、だいぶテンションは上がっている。
曰く、自分の後輩、メイド見習いたちの姿を思い出したそうだ。
「にしても、メイドってのは意外にいるもんだな」
「なんだ、私以外に会ったことがあるのか?」
「エリクソンの家にな、名前は————」
「マリア・ファーマンか」
「あれ、知ってるのか?」
「むしろメイドであれば知らない者はいないだろう。それぐらい大先輩、偉大な人だ」
「へえ」
流石に世界トップクラスの企業、いい人材を手に入れているというところか。
確かにマリアさんはなんでも出来た。
気配りといった精神的面においても、絶妙な立ち位置で立ち回れる。
(口振りからするに、シルヴィよりもメイド力は高いってことか)
ただ戦闘力においてはシルヴィに分がある。
そりゃ滅多にいないSS級、ぶっちゃけ俺はもう戦いたくないと断言。
なにせ至近距離における支配権はシルヴィが上、今は魔法があって対抗手段があるものの、同調が完全に消されてしまう。
まあ国際戦も18歳以下のため、戦う機会はなかなか無いはず。
(それに、ここまで親しくなると情が湧いてな……)
隙があっても顔面殴れるかどうか、もう無理である。
今も隣でニコニコと思い出話をする彼女に、えげつない技を使う気概は無い。
「しかし大分暗くなってきたな」
「冬の真っ最中、日が落ちるのは早いだろうさ」
これでも睦月、細かく言え初夢と七草の間。
暗くなるのも迅速、そして雪は降っていないものの、気温もだいぶ低い。
ただ同調があるから心配は無用。
仕様は適温、理想は定温、低温を脱却する小さなユートピアの誕生だ。
「そろそろ良い時間だし、飯食いにいくか」
「ああ。私も————」
良いかんじの時間だと見込み、食事を提案。
ただ絶妙なタイミングで鳴くペリカン。
失礼、鳥ではなくシルヴィの腹の音だった。
マンガ通りの効果音、まさに手本と呼べるそれが響く。
饒舌だった口調が緊急スリープ状態に、発熱するパソコンみたいにプスプス煙が出るよう。
シルヴィが顔を真っ赤に染め黙りこくる。
並みの人間だったら『気にしないで』という場面、だがシルヴィは普通に近い異常、ここは————
「シルヴィってさ」
「な、なんだ……」
「意外に食いしん坊だよな」
「っつ!」
「いやあエイラと同じくらいなん————」
真横からボディーブローが炸裂。
俺の身体がくの字に折れる。
どこにこんな力があるのか、まさしくスーパーヘヴィーのそれ。
ただ実況している余力もあまりない。
「い、痛ってえ……」
「はあはあはあはあ」
「そんなに本気で殴らなくても……」
「お前が、ストーレートに、言うから、だ」
「そりゃ悪かった……、でも恥ずかしさは消えたろ……?」
「な————」
どうせ恥ずかしがるななんて言っても、イジられ体質のシルヴィさんには響きまくりだろう。
だからいっそのこと一発殴って解消。
しょうがない、ただ貰うと言ったのは俺、時間だけでなく、その思いと拳もしっかり受け取ろう。
「な? 怒りで恥ずかしさは忘れたろ」
「……」
「はっはっは」
「……なんだか馬鹿らしくなってきた」
「それは良かった」
「……悪かったな殴って。それと、ありがとう」
「あいよ」
これくらいの距離感を、このくらいの気持ちをダイレクトに。
レックを重ねるように、言葉に言葉を雑に乗っける。
だが、これが俺たちに相応しい。
「さて本題、何か食べたいものあるか?」
「そうだな……」
「何でもいいよ。フレンチでもイタリアンで————」
「ラーメン」
「え?」
「ラーメンが食べたい」
「マジで言ってんの?」
「大マジだ」
エイラにでも感化されたのか、まさかのラーメン選択。
何でも良いと言った手前、断るはずも無い。
むしろ親しいものすぎて。
シルヴィのことだから、結構お高い、洒落けある食事を望むと踏んでいたから。
予想外すぎて驚いてしまう。
「確か、聖剣使いとはラーメン巡りをしたと言っていたな?」
「したというよりかは、連れ回されたというのが正しいけど……」
「その時に行ってない店を紹介して欲しい」
「ん? 行ってない?」
なんとも意味深な。
でもシルヴィの顔は神妙、そこに笑いは含まれていない。
確固たる意思が存在しているように思える。
「エイラ・X・フォードの影を踏むのは嫌だ。私は、お前と初めてを過ごしたい」
「シルヴィ……」
「ラーメンは日本で有名な食、ユウにもお気に入りの1つや2つはあるだろう?」
「まあ……」
「どんな所でもいい。どんなことでもいい。お前の大切なことを知りたいんだ」
その言葉、その表情、それはエイラみたいな純粋の食好きからじゃない。
正直食べ物なんてなんでもいいのだ。
だが俺が一番行くのはラーメン屋と踏んで、それに合わせた。
味ではなく記憶や思い出、俺の過ごした時を探求しようとしている。
誰かを求めるその瞳、俺もずっと持っていたから、確証も根拠もないが、そういうものだと理解。
「私は————」
「行こう。エイラにも教えてないとっておきの店がある。そこに行こう」
「ユウ……」
「俺の家の方になるからな。すこし時間かかるけど」
「構わない。むしろ遠ければ遠いほどいい」
「それじゃあ日が変わっちまうよ」
「……ふふ、それもそうか」
そうは言うが終電なんて先の先。
まだまだ時間に余裕はある。
シルヴィを連れていくには十分の猶予。
「それとだ、同調を解いてくれ」
「寒くなるぞ?」
「だ、だから、そ、その代わり……」
一度はそっちから差し出してきたはずなのに。
いつもクールで毒舌なくせに、小学生かよって疑う照れた態度。
若干顔を逸らしつつ、乱雑にその右手を俺に差し出す。
(こういうところは不器用なんだよな)
ホントに、俺にそっくりだ。
表裏一体ではなく表表で裏裏一体。
一切合切、伝わっているとも。
「は、早くしろ……、恥ずかしい……」
「自分からやって何言ってんだが」
「い、いいから————」
「ほらよ」
「っ」
これ以上やるとイジりではなく虐めに。
突き出したのは自分だろうに、握り返せばプシューと顔から音をたてる。
さっきもそうだが、なんとも音を出すのが上手いことで。
まあそんな冗談を言える状況でもないが。
「腹も減ったし、身体も寒いし、早く行こう」
「あ、ああ……!」
見せかけだったマフラーにも役割が誕生。
同調発動を前提、手袋は流石に持っていない。
だから右手はすごく寒い、半分服の中にしまい込むほどに。
しかしシルヴィと握るこの左手は、手袋するなんかと比にならないくらい温かい気がした。
俺の家は一応東京が特別区に該当。
ただ天まで届きそうな高い建物はない。
コンクリートの侵略もそこそこ、緑も少しだが共存している。
そんな平凡な街、まちゆく人、過行く人が溢れるここに1軒、いや1台のラーメン屋がある。
「へい! いらっしゃ————」
見た目は屋台、というかオンボロ車。
暖簾も年季が入り、置いてある数少ないパイプ椅子もガタガタだ。
迫ってくる俺たちを客と察知、声を掛けてくるが————
「どうも、久しぶりです」
「お、お、おおおおおおおおおお!」
「相変わらず声デカいですね」
「ゆ、ゆうじゃねえええかあああああああああ」
近所迷惑間違いなし。
そんなんだから住宅街のベストポジション追い出され、こんな人うろつかない公園前に店を出すことになるんだ。
「久しぶりだなあ、元気にしてたか?」
「お陰様で。おっさんも元気そうで良かった」
「おうよ! ビンビンでボッキボキだぜ!」
「あ、一応連れが女なので、下ネタは程々にした方が……」
「え! まじで!?」
この老け気味のやかましい人は、通称おっさん。
名前は聞いたが教えてくれず、結局その相性で定着した。
とりあえず酷い挨拶も済み、数歩引いていたシルヴィが暖簾を潜る。
「初めまして」
「おおおおおおお! なんだこのクソ美人は!?」
「あ、ありがとうございます……」
「おっさん、シルヴィ引いてるから、程々にな」
「え!? まじで!?」
「気付いてないんかい……」
そういうバカっぽいところ、裏がないところがまあ好きなんだけど。
自分で言うのもあれだが、イタリアに行く前は能力故に友達という友達は殆どいなかった。
呆けて、廃れて、放棄して、どうでもいい毎日を過ごしていた時、たまたまこの人と出会う。
会った時と同じ、俺の話をなんにも聞かない人で、かなり自分勝手な性格だ。
「しっかし嬢ちゃん可愛いねえ。気を付けろ、夕はいつ襲うかわからんぞ」
「おっさん、シルヴィは俺と同じくらい強いんだよ」
「え!? まじで!?」
「……ふふふ」
「あ! てか笑ったねえ嬢ちゃん!」
「す、すまない。ついな」
「いやいや、それぐらい笑ってた方が良い! 何倍も可愛いし、何倍もカッコいいぜ!」
「か、かっこいい……」
乱用する『え!? マジで!?』に苦笑する。
ただその後の謎のアドバイスには困惑、いや、根が真面目だけあって考え始めている様子。
どうやらシルヴィもおっさんに適応したらしい。
滅多に客は来ないそうなので、前に光太郎と朱里を連れてきたが、両者ノックダウンだった。
やはりSS級くらいの変わり者には受けがいいようだ。
(エイラの時は有名店巡りだったからな。だから結局ここには来なかったけど)
こんなオンボロ屋台が有名店になるはずも無し。
むしろ近所では敬遠されてるらしいし。
豪快に笑ってはいるが、なかなか大変そうだ。
「しっかし見ないうちに変わったなあ」
「目の色とか?」
「それもあるけどよ、なんかカッコよくなったぜお前」
「なんだそりゃ……」
抽象的すぎて理解困難。
霧の中で遭難した船を見つけるみたいに難しい。
ただおっさんは止まらない。
喋りのリミッターは解除済み、壊れた人形みたいに語りまくる。
「でも夕がこんな可愛い彼女連れてくる日が来るとは、俺悲しいわ」
「か、彼女!?」
「なに驚いてんだいお嬢ちゃん?」
「い、いえ、あの話を知らないのですか?」
「あの話? なんのこっちゃ?」
あのとは俺とエイラの事だろう。
たぶん、この人はエイラ・X・フォード、脳筋の存在すら知らない。
外のことに興味は無いのだ。
それに————
「この人はテレビ無いからな」
「え……」
「おうよ! 携帯もねえ! 金もねえ! そして家もねえ! はっはっはっは!」
「……」
「まあ自分にしか興味ない人なんだよ」
「なるほど、ユウの紹介する店の主だけはあるな」
「どういう意味だよそれ」
「はっはっはっは!」
「おっさんはうるさい」
目線は上にも下にも、横にもない。
だが、良い角度。
俺たちにそういう対応してくれるだけで有難いもの。
年齢近いなら兎も角、大人ならあの雷槍ですら若干腰を引いてるし。
「それじゃあラーメン2人前」
「おうよ!」
ぶっちゃけた話、ここのラーメンは普通だ。
むしろ東京が激戦区と考えると、どちらかと言えば美味しくない部類に入るのかも。
喋りつつも調理、少しして品が完成する。
「へいお待ち! 俺のラーメンだ!」
もう絵柄も消え始めた丼、そこに映る醤油の色つや。
ただ上に乗せるのはナルト1枚とかんぴょう数本だけ。
曰く資金的にはこれが限界らしい、
そんなんでよくラーメン屋をやるもんだと常々思うよ。
でも————
「これが……」
「たぶんコッチで俺が一番食べたラーメンだ」
内容がこれだが、価格はリーズナブル。
だから中学生だったあの時でも、何度も来れた。
安いが対して美味くないこれをすすりに、そして、今だから言えること、心のすすり泣きをするためにも。
この人は常識が欠如している、だからこそ。
この店は俺にとって中学青春の大部分なのかも。
「じゃあ」
「ああ」
「「いただきます」」
冷えた手を合わせ、箸を持つ。
臨むは薄黒の世界、中には黄色い線が何本と。
ただそこに追加調味料、つまりは隠し味。
それは隠しきれてない程大きな、派手に笑って喋るおっさんの存在だった。
「————ふう」
「————満足したか?」
「————ああ」
意外と長い間、というかおっさんが俺の中学時代の話をするもんだから、だいぶ引き留められてしまった。
興味を起こしたシルヴィを止める術を俺は持っていないのだから。
宝を開帳、地図は開示、きっと忘れることはないだろう。
(なにせおっさんのインパクト相当だし)
あのエイラですら、いや、むしろ波長が合いそうで怖い。
2人を会わせるのは考えものだろう。
「悪かったな」
「ん?」
「だいぶ、我がままを言ったと思う」
「そんなことねえよ。というか引いただろ?」
「無い、とは言えないな。でも、楽しかった」
あの後昔話もそうだが、付き合ってるんだろネタも多かった。
すると、今が若干気まずい。
お互い、少なくとも俺は少し察してる。
唐変木、鈍感って言葉で逃げる、それこそ恰好悪いってもの。
勘づいている、シルヴィが俺にどんな感情が渦巻きかけているかを。
(これで全然大外れだったら恥ずかしいけどな)
ただそれなら、そうであって欲しいと思う自分もいる。
だって俺にはエイラがいるから。
結ぶ糸は1本だけ、2本も3本も掛ける気は更々ないのだ。
「……いい風だ」
だが反面、シルヴィの顔は少し前と違い清々しい。
星も月も見えてない東京の空、そこに吹く冷たい風を誉める。
「ユウ」
「なんだ?」
「お前が好きだ」
「……」
「ふふふ、唐突すぎてビックリしたか?」
「いや、いやさ、あまりに自然と言うもんだからさ……」
それは突風のように突然と。
何の躊躇いもなく踏み込んでくる。
警戒なんて意味なし、それはなし崩しにも見える。
とりあえず出てくる言葉を吐いているような、弁を外した素直な想い。
「まさか私が、誰かを好きになる日が来るとは、自分でも驚く」
「なんか、急に男らしいぞ」
「あの店主のせいかもな。なんだかビクビク怯えても仕方ない気がしてな」
「そう、か……」
「嫌というほど理解した。私はお前が好きだと」
歩いていたという行動は自然と止まる。
シルヴィの薄金色の髪が堂々と躍る。
彼女は一歩前に出て、俺と改めて対面、視線と視線を逸らさず交わす。
「今日は本当に楽しかった」
「俺もだよ」
「まさかこんな、普通の、女の子のような時を過ごせる日が、来るだなんて」
「シルヴィ……」
踊っていた声は段々と、少しだけだが震えていく。
視線もいつの間にか外し、真っ暗な空、天を見上げるように。
「俺は————」
「待て」
何か言わねば、そう思った。
ただ近づいてきたシルヴィに言葉は止められる。
瞬間と瞬間、モーメントに起こる1つの衝撃。
それはキス、ただ口でなく頬に、それでも俺の行動を止めるには十分すぎるほどの想いだった。
「し、シルヴィ」
「今日の礼だ」
「いやでも……」
「今日の午前に、私が言ったことを覚えているか?」
「い、言ったこと?」
突然に突然の問いかけに。
まさかの行動に思考が混乱している。
だからなのかなんなのか、答えどころか求めるということにすら意識及ばず。
結局、空白だけが続く。
「まったく、分からないのか」
「す、すまん……」
「ならもう1度言う、覚えておいてくれ」
低下する気温、風の中の深呼吸。
空く数拍が心臓とシンクロ、その言葉を待った。
そして今日一番、もう震えは去っても最高の笑みでこう言った。
「私は、欲張りなんだ」
愛らしい、美しい、気高い、自信、心配、不安、全部が感じられるそのフレーズ。
ただ先の見えた戦いでも降参はしないと言わんばかり。
俺の断りを聞きもせず、理を勝手に創り出す。
諦めがその目に宿ってはいるようには思えない。
そしてなによりも、頬に触れた唇の感触が、消えることなく熱く熱く残っていた。