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「……人が多すぎる」
「まあそういう場所だから」
「っ侮っていた————」
シルヴィ言うところの偽アラン・ドロン、チャラ男たちとの絡みを経て本来の目的に。
ただ本来の目的と言っても、明確に定まったものがあるわけではない。
とりあえずと、手始めに辺りをうろつく真っ最中。
バイブルも改修で恢復、大衆が意識に来襲、東京の人波にシルヴィは圧倒されている。
「なぜ皆ここまで街に来るのか……」
「そりゃ買い物だろうさ。学生はお年玉を貰うだろうし」
「お年玉?」
「あれ、フランスには無いのか? 新年のお祝いに親とか親戚からお小遣い貰うっていうものなんだけど」
「なるほど、私たちで言うところの心づけか」
フランスでもやはり似たようなことがあるらしい。
ただ日本は新年のお祝いとして貰うが、フランスでは1年間の感謝を込めて貰うらしい。
感謝を込めてという意味なので、学生ながら逆に誰かにあげることも。
内容もお金だけではなく、お菓子を渡すこともあるのだとか。
いやはや、文化の違い、なかなか勉強になる。
(エイラは自国のことあんまり分かってないからな、こうしてしっかり聞くのは面白いな)
「でもまさかシルヴィの私服を見ることになるとはなあ」
「確かに、滅多に着ることはないな」
「普段もそういう恰好すればいいのに」
「ど、どういう意味だ?」
「いや見た目だけはホント美人だし、メイド服だけじゃ勿体ないかなって」
「そ、そそ、そうか、勿体な、って待て、見た目だけとはどういう意味だ?」
「あ……」
「怒らないからな。素直に話してみろ」
なんて眩しい笑顔、女神の微笑みに匹敵。
ただ額に小さく怒りのマークが浮かんでる。
そして案の定話てみれば、鉄拳を一発貰うことに。
曰く、正義の鉄槌らしい。
それにしては威力が高すぎるような。
「シルヴィってもしかして強化系の能力も使える?」
「いや、使えないが……」
「さっきのめちゃくちゃ痛かったんだけど、単純に握力がっ、痛ってえ!」
「すまない。何故か急にデコピンがしたくなったんだ」
それどんな心情なのよ。
ただこれ以上イジるともっと強烈なの来そうなのでやめておく。
引き際が重要、時には撤退も必要、これは戦略的な仕様。
「まったく、お前はすぐ私をバカにする」
「そうか? 結構リスペクトしてるんだけど」
「どの口が言うんだ、特にスシの一件、あれを忘れたことは無いぞ」
「あの時は悪ノリ、いや、ちょっと選択が悪かっただけで……」
「おい! 今悪ノリと言っただろう! やはり————!」
そうは言うが俺としてはいい思い出だ。
あの出来事があったからこそ、ここまで仲が深まった。
俺より2つ年上ながら、腹を割って話せる相手というか、エイラの次くらいには自分を伝えられる。
それに出会ってきたSS級の中では一番マトモ。
流石にメイドとして働いてるだけあって、常識を確かに知っている。
「そもそもだな。私は……」
「あ! シルヴィ!」
段々と饒舌になっていく私服のメイドさん。
しかし夢中になりすぎて、現実がおろそかに。
人が溢れる大東京。
シルヴィが前に居た人、女子高校生だろうか、同い年ぐらいの子にぶつかってしまう。
向こうさんも2人組、結局女の子2人が足を止めることに。
「も、申し訳ない!」
「いえ気にしな————」
すぐさま謝るシルヴィ。
前を向いていた女が振り返る、が固まる。
至近距離30センチ、おそらくだがその美貌にセンチメンタル。
傍から見ればシルヴィは完璧、偶々ぶつかった相手が美少女の最高峰だったら硬直するのも致し方ない。
同じ性別でも格別したものを感じるのだろう。
「ケガは無いか? 何か壊れたりしていないか?」
「だ、大丈夫です……」
「それは良かった。此方の不注意、許してほしい」
「いえいえいえ! ホントに気にしないでください!」
相手が良い人そうで良かった。
これがもし劣化アラン・ドロンみたいな奴だったら大変面倒。
しかし女子2人、シルヴィの応答にタジタジだ。
確かに俺が何も知らずシルヴィに初見で会えば、たぶん緊張してこんな反応してしまう。
「お、お姉さんは何処から来たんですか?」
「私か? フランスだが……」
「「フランス!」」
「あ、ああ……」
流石は東京の女子高生、逞しい。
出会い頭の緊張を超え、シルヴィが気になるのだろう質問に。
ただぶつかったということもあり断るのもあれ。
軽く答えていく。
「ヨーロッパ憧れます!」
「しかもフランスですよね! 最高です!」
「あ、ありがとう」
そこから馴れてきたのか細かいジャブが飛んでくる感覚。
間隔空けずのマシンガンの如く乱射する。
このままだとだいぶ時間が取られそうだ。
(そろそろ助け船を出してやるか)
「シルヴィ」
「ゆ、ユウ……」
やはり交代を望んでいる目。
後退はここで、出会いは纏め、名目をメジャーで測定、もう十分だろう。
「あれこの人……」
「もしかして……」
ただ向こうさんは今初めて俺に気づいた模様。
シルヴィを注視しすぎてコッチが見えていなかったのだろう。
「コイツはまだ日本語勉強中で、そろそろキツイらしいんだ」
「……あ、そうなんですか!?」
「悪いんだが、そろそろ勘弁してやってくれ」
「い、いえ! 私たちもちょっとテンション上がりすぎました」
「ごめんなさい!」
だいたい言いたいことは理解したのか、すぐに引いてくれる。
そういう迅速な対応はホントに助かる。
「じゃあここらで」
「そ、そうだな。失礼する」
「「は、はい……」」
衝突は衝撃、ショック症状から立ち直り。
逆に去り際は颯の速さで、尾を引くこと許さず俊敏に消える。
そそくさと人の森に身を投げる。
「ふはあ!」
「大変だったな」
「元はと言えば不注意だった私が悪いからな、悪いことは言えない」
「でも此処の女子高生は凄かったろ?」
「ああ。まさに怒涛の勢い。危うく持ってかれるところだった」
「っくく、持ってかれるって、魔物退治かよ」
「わ、笑うな! これでも精一杯対応したんだ!」
「そうですねー」
「くうぅ……」
ひともんちゃくの次は日本がマトモな同年代と邂逅。
ただこのまま行くとシルヴィは日本が嫌いになりそうな気がする。
嫌いというかは苦手という表現が正しいか。
フランスにはいないような独特の人や所が多数、寿司屋で揶揄かったこともあるし。
一応日本人としては、この国を好きになって欲しいもの。
「とりあえず、そろそろ何か買いに行くか」
「ようやくだ」
「ああ。欲しいものってあるか?」
「そうだな。まずはお嬢様へのお土産を買いたい」
「お土産かー」
となると浅草とか新宿の方が良かったのかも。
なかなか考えもの————
「ん」
「どうした?」
「あれは……」
目線の先にはとあるショッピングビルが。
そこにフランス展という告知。
どうやらフランスのスイーツ土産がピックアップされているようだ。
「ふふ面白い、私の国に喧嘩を売っているようだ」
「いや、なんでそんな喧嘩腰……」
「行くぞ」
「まあいいけど……」
なにやらフランスには相応のプライドがあるそう。
自国を語るに値するか確かめるそうだ。
意外とシルヴィは負けん気が強い。
うって変わってズカズカと乗り込んでいく。
「私はこれでも食に通じているからな」
「へえ、じゃあ料理とかも?」
「無論だ。全て出来てこそ真のメイド」
「シルヴィの料理かー、機会があれば食べてみたいもんだけど」
「そうか? なら今度作ってやろう。ついでに言うと暗殺用のも作れるぞ」
「あ、普通ので大丈夫です」
「むーつまらないなー」
いや、つまらないとかそういう話じゃないし。
エイラなら兎も角、一般人の俺が食ったらたぶん死ぬ。
というかなんでちょっと残念そうな顔をしてるんですかね。
そんなこんなで、すぐにフランス展に到着。
なかなか混んでいるし、これは期待が持てそうだ。
「試食いかがですかー?」
入ってすぐに声が掛かる。
配っているそれは何だったか。
特に甘いものが好きというわけではない、ど忘れして名前が出てこない。
「……マカロンか」
「あ、それだ」
「ふっふっふ、フランスで培った私の舌に耐えられるかどうか」
「なんか無駄に自信あるな」
「フランスに関わっていることなら私は無敵だ」
「は、はあ……」
「では頂くとしよう」
自称辛口評論家、フランス愛国者らしい。
何等分したものか、小さい欠片を口に放る。
俺も同じものを貰い口に運ぶ。
(うん。普通に美味い)
ただ何が良いとか、何がダメとか、そういうのは分からない。
甘くて美味い、食レポとしては最低点だが、一般人の俺はそういう反応だ。
だがしかし、俺の隣には純度100パーセントのフランス人が。
神妙な顔つきでゆっくりと味わっている。
その真剣さに試食を渡した人も若干緊張、というか戸惑っている。
「……これはフランスで作られているのですか?」
「い、いえ、日本です」
「……なるほど」
自国産でないと確認。
顔立ちからして本場の人間感は出ている。
固唾を飲む。
俺と定員さん、シルヴィの間で流れる停滞と緊張の大三角形。
果たしてどんな批判が来るのか、言葉を待つ。
「ユウ……」
「お、おう」
「3箱ほど買おうか」
「へ」
「いやあ普通に美味いな。うん、素晴らしい」
出てきたのは称賛。
一刀両断される緊張感、好感が全面展開。
俺たちのビビりはなんだったのか、端的な感想である意味がっかりだ。
「なんかこう、もっとそれっぽい感想ないのか?」
「それっぽい? 美味しいものは美味しいでいいだろう」
「まあそうだけど……」
「海外への配送は出来るのですか?」
「……はい! 大丈夫です!」
店員さんも一安心。
シルヴィと同じで満面の笑みを浮かべている。
というかフランスにフランス土産って、なんかデジャブだな。
ただ本人は満足そうだし、口出しはしまい。
「流石はフランス展を名乗るだけある」
「ありがとうございます。他にもたくさんお店が出てますし、ぜひ楽しんでください」
「ちなみにチョコレート系の————」
「それでしたら————」
店員さんと結構盛り上がり始めている。
専門用語? 自国の話が出来てシルヴィは嬉しそう。
意外なところでテンション上がっているが、楽しいならなによりだ。
「では送料込みでお会計が————」
「さて幾らかな」
「待てユウ、別に……」
財布を空け支払いに向かった姿勢。
それを止めたのがシルヴィ。
「もともと奢るって話してたし」
「そ、それは確かに言ったが、別に、いいんだ。ただ私は……」
「シルヴィ……」
「お前と普通の、普通のデートがしたかっただけで……」
どうやら俺は無粋というか、無神経な人間だったようだ。
エイラのことをバカとよく言うけど俺も大概。
言い淀むシルヴィに対してかける言葉を。
「やっぱり俺が払うよ」
「ユウ……」
「でもだ、その代わり、この日だけはお嬢様のメイドを辞めてもらう」
「え」
「シルヴィはシルヴィという人間として俺に付き合ってくれ。お嬢様にはそうだな、これはお礼としよう」
「お礼……」
「今日限りはシルヴィを貰うってな」
「————!」
それ以上は語るまい。
パパっと払ってその場を後に。
「お前は、卑怯だ」
「酷いこと言うなあ」
「……私は死ぬ時もメイドとして死ぬ気だった」
「そうか」
「でも、少しは寄り道もいいかもしれない」
その言葉を出した表情は涼やかなもの。
若干の呆れもあるのだろうか。
ただ、良い顔をさせられたことに間違いはない。
「なら今日はとことん付き合ってもらうとしよう」
「上等、むしろ俺の台詞」
「私はこれでも欲張りなんだ。降参は早めにな」
「よく言うよ。シルヴィすぐアタフタするくせに」
「な、なんだと! ユウだって————」
お互いを分かった言い合いは談笑と同じ。
これが俺たちなりのスタイル。
タイル並んだ華美なパリを越え、ここで交じる1本の糸。
意図せずとも周知、羞恥心は捨て本心で言葉掛け合う。
「ユウ! 早く行くぞ!」
さっきまでは手を引いた、今度は引かれる番。
番狂わせというか、振り切ったイメージ。
ある意味異端なこの付き合い、それは独特ながらも確かに成り立った。