124
「出現の傾向を鑑みるに————」
円卓が中心の空洞空間、空いたそこには雷槍ライザー・マルティネスが。
囲む俺たちに国連の観測情報を提供する。
つまるところこれまでの整理整頓で供給。
卓上にはモニター無しで映る、最新鋭の投影が。
目の前、何もないところに地図なりグラフなり、様々なもの浮かび上がっている。
「ということはだ————」
屈折して映る電子、退屈だと感じている奴が殆どか。
ライフルに銃弾は装填されず、気持ちの弾丸は地面に落ちる。
(エイラとべリンダなんてもう意識無いし)
欠伸くらいならだましも、その眼にはシェルターが。
光を遮断し、レクチャーは跳ね返される。
ただ、もちろん真剣に聞き入っている者もいる、星之宮がその例。
(まあ聞いてはいるけど、大半は聞き流しってところだな)
前回戦闘を経験したユリア先輩や俺、ただ結果は敗北。
そんなこともあり、同じSS級同士、事前に情報は伝播している。
というか気になって自分から仕入れたはず。
だから会議の内容は知ったことばかり、そりゃ退屈にもなる。
「————なら能力は何も受けなかったと?」
「————いや、単純に効かなかったってかんじ」
ちなみに俺は聞き流している部類に、なにせ提示される情報はこの身をもって知ったから。
この会議? が始まってからは、隣にいるシルヴィとひたすら駄弁っている。
もちろん駄弁っていると言っても、内容は裁定者についてだが。
「つまり無効化の類ではない……」
「ああ。だからシルヴィの『方向』も作用はすると思う」
「ただ与える影響は僅かなもの、そういうことだな?」
「僅かってか、たぶん目に見える変化があるかどうかも……」
同調はそもそも意思ある相手には使えない。
ただ魔風やら魔法は確かにヒットした。
しかしミットに指デコピンするような感覚、裁定者はノーガードのはずがノーダメージ。
シンプルに堅い、シンプルに強すぎた。
「それに師匠、まあ魔女王も言ってたけどスタミナ切れはまず無いらしい」
「とことん化物だな……」
「戦ったときは割とマジで死ぬと思った」
「骨は私が拾っておこう」
「いやいやいや、俺生きてるから。死ぬ気も無いぞ?」
「お茶目な冗談だ」
「そ、そんなクールな顔で言われたら本気っぽいじゃん……」
シルヴィとの会話も再会して少しはぎこちなかった。
ただ10分も経てば元通り?
ですます調は崩れ、だいぶ荒々しい言葉使いに。
外用から身内用へのメタモルフォーゼ。
氷山は融解、錆びたエンジンに油をさすように、ふかした機関は勢いよく。
くよくよする暇もなく、停滞の時代は正解の日射しを浴びる。
曇った空は確かに晴れを見出し始めた。
「そういえばフランスは年越しって何するんだ?」
「……唐突な質問だな」
「いや、なんか気になった」
「まあ基本は騒ぐ。ただお嬢様がパーティーに呼ばれるのでな、大抵私はその付き添いといったところか」
「へえ、じゃあ今回は初の別行動と」
裁定者に関することは一通り。
突拍子もなく別の話題に。
ただ聞いてみると案外面白い、なんでもフランスは年越しが1年で1番騒ぐ時なのだとか。
家でゆっくりするのではなく、仲の良い友人たちとどんちゃん騒ぎをするらしい。
まあシルヴィはメイドなわけで、主に付きっきりで自由は無いそうだ。
「だからと言ってやることもないがな」
「シルヴィお堅そうだしね」
「……どういう意味だ」
「お、怒るなって。堅実そうって意味で言ったんだよ」
「……確かに私は真面目なメイドだ」
「やっぱ本物のメイドは清楚で大人っぽいから、シルヴィなんてそれを体現したようなメイドだし」
「う、嘘をついても何も出ないぞ?」
「いや本当にそう思ってる」
「そ、そうか、まあ褒められているのなら素直に嬉しい。あ、ありがとう……」
何故か急に照れだすメイドのシルヴィさん。
俺は見事に怒りの鉄槌を回避。
怒りやすく、乗せられやすいのは相変わらず。
しかし嘘をついてる気はない。
シルヴィを客観的にだけ見れば非常に完成されている。
クールは清楚を感じさせ、外用のですます調からも十分に大人っぽさを感じさせる。
(ただ誉められるとすぐ崩れるからなあ)
そこらの変な男に騙されそうで不安である。
まあ並みの男では物理的に追い返されるわけだが。
それこそ冥土送りにされることに。
彼女もSS級、人間の殆どが足元にも及ばない。
(国際戦の時もすげえ苦戦したし、エイラが居なかったら負けてた可能性は十分ある)
ただ魔法も使えるようになった今。
あの時以上に戦える自信は————
「おい! 聞いているのかお前たち!」
中途半端な空気に遂に雷槍が呈す苦言。
具現化する真っ赤な雷、バチバチと軽く発火し、辺りを焦がす。
俺たち各々の適当さに溜めてた鬱憤をついに爆発。
流石の怒声、居眠りしていたエイラとべリンダも飛び起きる。
(……エイラ、きっと授業中もこんな様子なんだろうな)
別学年、別クラスながらエイラの授業態度がまる分かり。
こんなんでテストどうにかなるって可笑しい話だよな。
曰く全て運任せ、毎度鉛筆を回しているそうだ。
「フォード! 裁定者の次に顕れる時期予想を言ってみろ!」
「え、えー、お腹が空いた時、です!」
「……ドレイクは?」
「そうだねえ。うーん、まあいつかは来ると思う」
「貴様らあああああああああ————」
雷槍へのストレス負荷は凄いはず。
問題児ばかりが相手、本会議は中学校の学級会にまでランクダウン。
ただダウンタウンはそんな奴等に任された。
激高を決行、説教は結構、脳筋には不必要。
「はっはっは! マルティネス殿! そんなに怒られるな!」
「カヴィル! お前も時折ウトウトしていたな!?」
「はっは、っは……。気のせいでしょう……」
「というか巫女姫以外は真剣に聞いていないだろう!?」
「「「「「……」」」」」
とりあえず否定はしない。
真剣、抜き身の日本刀の鋭さは少なくとも見せてないから。
それは周りも同じ、てかエイラなんてまたウトウトし始めているし。
「はあ、話の最中にイチャつく者もいるし、先が思いやられるな」
居眠りだけでない、切り口を変えて言葉と視線飛んできたのは俺の方。
正確には俺とシルヴィに。
どうやらこの人、俺たちのやり取りが夫婦漫才に見えたそう。
いやいや、漫才だったら犯罪ギリギリなほどスレスレ。
何度も俺は命の危機を感じ出たぞ。
視力は良好か? もしくはここ日本で笑いというものを勉強しなおした方が良い。
「な、なな、何を言うんですか!」
ただ動じぬ俺とは裏腹に直立のメイドさん。
凄まじい速さで整った姿勢起こす。
「私とユウは、ふ、普通の会話をしていただけで……」
「はいはい。落ち着こうシルヴィ」
「ゆ、ユウ! 貴方は!」
「なんだかシルヴィの大人なイメージが崩れていくなあ————」
「まあ人間ですし、勘違いすることもありますね」
何事も無かったように着席、どうやら収まった様子。
しかし雷槍はまだまだバチバチのよう。
ただ此処にいる殆どの面子は冷静沈着、ブレないスタンス、ズレないマイペース。
ピアノの音にメトロノームが影響されないと同じ。
耳に入ってそのまま貫通、痛快なまでに自分勝手。
だからやること全部自己責任、俺たちは聞いてないが、頭の中では常に勝利のピラミッドを建造してる。
「……俺は帰らせてもらう」
「グリンドリー!」
「とんでも無く強い相手ってのとっくに分かってる。だってのにグダグダと観測観測観測と、意味ないことこの上ない」
「それはそうだが……!」
「俺はお遊戯しにきたわけじゃない。調査は専門の奴に任せばいいだけの話だ」
穢祓者は淡々と、しかし言葉のニュートンは相当。
そこに籠る信念、面倒というマイナス思考じゃない。
勝ちにこだわる、命がかかっていることを理解しているからこそ。
「……私も」
「ユリア・クライネ……」
「……もっと強くなる」
敗北を味わったからこそ、裁定者を知ったからこそ奮起する者も。
完全復活と言っても本調子はどうなのか。
というより調子が良くても負けた。
ワードの端に感じる静かな悔しさ。
冷めてなんかいない、その赤眼はメラメラと燃えている。
「み、皆さん! も、もう少しだけ————!」
巫女姫が立ち上がる。
離れ離れになっていく現状に我慢ならなくなったか。
まあ気持ちは分かる。
人ってのは別れを嫌がる、必要に集団を好む、それがどんな形であれ分裂は受け入れがたいのだろう。
「いいや、今回ばかりは僕も赤眼たちに賛成だね」
「李さん……」
「なにか打開策を考えるなら兎も角、情報の共有確認だっけ? 分かりきっていることに時間を費やしても意味ないよね」
「でも……」
「修練をすることが一番の得策だよ」
死皇帝の言う通り。
裁定者は無敵、言い換えるなら敵無し。
現状では能力も、魔法も、科学も通用しない相手だ。
ただそれは『今』の話。
今日集まったのは俺たちにとっては顔合わせみたいなもの。
資本主義のアメリカ人に叩きつける現実現状の令状。
これは冷徹か、いや、みんな命がかかってるから本気で。
(俺も、あの時に発動した力を一刻も早く見つけ出さないと。時間は無いんだ)
時は金なり力なり。
なりたいものになるために。
理想像は常に雲の上、手を伸ばして掴まないといけない夢。
迫ってきてるタイムリミット、今年も終わり、どんなに遅くても来年の春には戦いが。
桜を咲かせる前に、自分の中の可能性を開花させなければ。
「エイラ」
「ん、ああ」
俺が放つ悟りの言葉、流石に今度は起きてたエイラに届ける。
これ以上この空気が続いても悪循環。
もう引き際だろう。
「今日は解散といこう」
雷槍はもう口を挟まない。
そりゃ英雄って呼ばれる人、アーサーたちが言ったことの意味がわかっているのだろう。
むしろ最初から分かっていたのかも。
ただ彼とて国連の重役、どうしてもやらなければいけない事もあるはずだ。
しかし妥協はバッサリ、各々が宿したものをぶつける。
裁定者を穿つために集まったこの時、それは人類の無力さ、そして為すべきことを示しただけだった。