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「……来ない」
12月28日、東京が某ホテル。
その中の整えられた一室、10の席が円卓となって並ぶ。
ただそこに座すは3人だけ。
「遅延の連絡は?」
「受けていません」
「そうですか……。予想はしていましたが、まさかこれだけしか集まらないとは……」
背後に待機する黒服にも連絡は来ていない模様。
そんな1時間以上は集合時刻を過ぎた状況、溜息をつくのも仕方ない。
巫女姫として、選ばれた者として、そして星之宮 伊吹として、意識高く臨んだ今日。
ただ、予定通りに進むことは叶わず。
自分以外に席に座る者は『鎖』と『冥土送り』だけである。
しかし彼らは特に愚痴を零すことも、怒ることもせず、それぞれの思考に没頭している。
(私が怒りやすいだけなのかしら? これが普通? 気にし過ぎ?)
この面子で集まると自分が異端に思えてくる。
常識的なことが非常識に転換されるような。
堂々と待っていろと言われればそこまで。
ただ連絡くらいはしても良いと思うのだ。
「いよーっす!!」
「遅れたぞ!!」
ただ登場は劇的に。
豪奢な造りの扉が派手に開けられる。
まるで薄っぺらい紙を吹き飛ばんが勢い。
意気揚々と入って来たのは『無敵艦隊』のべリンダ・ドレイクと、リーダーである『脳筋』エイラ・X・フォードだった。
「遅いですよ!」
「いやあ悪い悪い。途中でエイラに会ったもんだからさ」
「喋っていたら迷ってしまったのだ」
顔を見た途端説教をしたい気持ちに、だから、する。
ただ本人たちはケロッと、素手で空気を掴むぐらいバカなことに挑んでいる気分。
曰く、遅れた理由は迷ったからだそう。
しかし送迎役の役人が道を間違えるのは無い。
それに仮に真実だとしても、何かしらのアクションが来るはずなのだ。
「迷ったって、政府の迎えが来たでしょう?」
「迎え?」
「私たちは歩いてきたぞ」
「は、はい……?」
迎えを寄こすと事前に連絡していたはず。
ただ2人はなんと空港から歩いてきたらしい。
車なくとも、常識的に考えて公共機関を使えばいいと言うのに。
決して1、2時間歩いてこれるような距離ではないはずだ。
(待って、落ち着きなさい私、感情的になってはダメよ)
数か月前の新魔王連合戦の時もそうだった。
周りは自分勝手を極めた天才たち、繊細に対応していては限界が、こっちが削られるだけ。
しかも話の途中にも関わらず、もう席について買ってきたのお菓子を食べ始めている。
可笑しいこともここではスルーされる。
ルール無用の無法地帯、常に信号は青く点灯している。
「……遅れた」
感慨に浸る間もなく、続いて現れたのは『赤眼の殺し屋』ユリア・クライネ。
小さい体躯ながらも、武器の扱いは超一級品。
任務実績においてはこの10人の中でダントツの人物だ。
ただ彼女も一言だけで、何事も無かったように着席する。
「はあ、私も座って待つとしましょうか……」
ドレイクさんたちを説教するために持ち上げた腰。
真剣すぎては毒、自分の真面目さが気の毒、気苦労を背負うだけと判断、自席に向かうため背を向け————
「ハロー! エブリワン!」
「っひゃ!」
「おおーどうした巫女姫、変な声を出して」
「あ、あなたが突然大声で現るからでしょう!」
「はっはっは! カルシウムが足りないんじゃないか!?」
「カルシウムの問題ではありません……」
連鎖に連鎖、まるで遅刻の連結列車。
終わったと思いきや怒涛のハイペースで。
堂々、ガツガツと進んで空いたスペースを埋めるアメリカ男。
「よお皆! 久しぶりだな!」
「ういーっすアメリカ漢!」
「おお! 爆弾だな!」
「お久しぶりです」
「……どうも」
「ドイツドイツドイツドイツ————」
(アメリカのカヴィルさんも到着。これで半分以上は集まったことになるのよね)
残るは中国の『死皇帝』、イギリスの『穢祓者』
(そして四道 夕、ただ彼とは未だ連絡がつかない。フォードさんが電話でやり取りしたとは言っていたけど————)
なんとも不安な話である。
ただ信じて待つしかあるまい。
まるでポーカーのファイブカード、今回だったらテンカード。
映す絵柄はみなショーカー、揃ったときに常識は逆転し、奇跡が近づく。
(残るは3人————)
「つい先日は大学の校舎を破壊してな」
「私も似たようなことをした。なかなか怒られたぞ」
「かっかっか。バカだねぇアンタたち」
「そういえば、最近のドイツは能力武器の開発に力を入れているとか」
「失敗の話しか聞かないがな。バカな国だ」
「た、確かに失敗ばかりだけど、ぼ、僕は、ドイツをし、信じて……」
「……すぐ泣く」
「そういう君も、少し前に泣きを見たらしいじゃないか」
「け、喧嘩は止めてください!」
あれから更に時間経過、ついに9人が揃い、鎮座する。
ただ飛び交う会話は、なんとも血の気多いもの。
案の定でドイツのヘルツガーさんイジリ、すぐに泣くものだから皆面白がっているのだろう。
ただ他では怒られた武勇伝、静かな言葉の冷戦も見受けられる。
正直、止めに入ってもストレスがかかるだけである。
(雷槍、マルティネス様が居ればあるいは————)
私たちの監督役?
まあ国連の代表役としてくるはずのSSS級、英雄の雷槍も緊急の要件でまだ来れていない。
彼が来るまでは最低でも人数だけは揃えておきたいものだ。
ただ、あと1人————
「しかし変幻の奴は大遅刻だな」
「どうせその辺で道草を食っているのでしょう。なんせ常にフラフラしている男です」
「メイドさんも辛口だねえ」
「……気長に待つ」
「ドイツ最高ドイツ最高ドイツさい————」
闇落ちしている方もいるが、それぞれ退屈そうな表情。
このままの状態が続けば何をしでかすか分からない。
一刻も早く来て欲しい。
私の防波堤もいよいよ決壊寸前————
「「「「「————!」」」」」
がやめく空間が途端、一気に静まり返る。
口を閉じ、眼光を鋭く、組んでいた腕を解く、自然と背筋が伸びる。
注目するのは扉の方。
ここに居る全員が感じ取る、向こう側からくる異質なオーラを。
「よ、四道様、ただいま到着! ただ————」
そんな扉を開けたのは黒い服を着た、人間。
伝達しに来た彼を人間と表記したのは、その後続、ゆっくりと近づく者への異様さから。
(とてつもない神力、それにこの紫色の粒子、これは……)
ただ1角の正体は判明、黒服の方はそのまま何かを伝えようとしたが叶わず。
煩わしいことは嫌いと言わんばかり、第三者が言葉の首に断頭台。
変幻と呼ばれる男が遂に姿を現さんとする。
「————知らん場所には転移できんとは、魔女は使えんのう」
「————銀神こそ、ただ腕力があるだけのちびっ子じゃない」
「————な、なんじゃと!?」
「————なによ?」
「————喧嘩するなって。それとも留守番の方が良かったか?」
円卓は声で大体を察する。
そして本能と経験は感じる。
溢れ出る神力を、神殺しを、魔力を、噂を確信に。
そして今度こそ、半開きの扉に不可視の衝撃破。
開帳、世間から姿を消してから初の御目見え。
「すいません遅れました」
一点集中する私たちの視線の中心点。
天上天下、かの釈迦の格言を体現したかのよう。
ただ唯我の中にも伴う乱気流。
「ホントは俺だけ来るつも————」
「我は戦が大神エレネーガ! 銀を司る神なり!」
「私は魔女王、まあ自己紹介は必要無いわよね」
独尊が法門の両隣には黄金、まるで2体の金剛力士像。
それぞれで最強を名乗る、銀の神と魔法の頂が控える構図に。
その威風堂々とした出立に格を確かに感じる。
今まで無かったビリビリとした緊張感が電流のように。
「よ、四道さん、何で……」
「いや、今回の戦いに協力してくれるっていうから」
「そ、そうなんですか……」
私の問はシンプルに返される。
それ以上は追及できまい。
なにせ対象、銀神も魔女王も私の言葉には見向きもしないから。
言葉は右から入って左に抜けた。
無言と据える眼は肯定を意味するのだろう。
「さあ、顔合わせも済んだろ」
「そうじゃな」
「1度で十分ね」
これは顔合わせという。
おそらく共に戦う上で実際に見ておきたかったのだろう。
だとすれば実体化して一緒に来る必要もないはず。
この場で顕現すれば済む話。
いや、相手は人間でない、思考回路の造りが違うのか。
銀神は銀眼へと、魔女王は四道さんの影へと消えていく。
そこに立つは変幻という男だけ、ただ消えた今でも残像がチラつく。
見えない大砲が2つコチラに向けられているような感覚だ。
「遅いぞユウ!」
「すまん。家が半壊しかけてな」
「……世紀末」
「あ、先輩、もう完全復活ですね」
「……当たり前」
ただ空気は再び現実に。
流石に切り替えが早い。
私もすぐに気を戻そうとするが、いかせんインパクトが強すぎた。
こういう時に周りとの差を感じてしまう。
「さて俺の席は……」
「私の隣が空いてます」
「し、シルヴィ、さん」
「今まで通りで構いませんよ」
「もしかして許し……」
「後で今後の打ち合わせをしましょう」
「……は、はい」
円を描く席配置、空くのはヘルツガーさんとベルンクールさんの間だけ。
2人のやり取りには変わった雰囲気を感じる。
具体的にはベルンクールさんが満面の笑みに対し、四道さんは口元片方だけギコチナク、硬度な苦笑い。
もしかして何かイザコザがあったのだろうか。
「じゃあこの席に、ってヨーゼフはなんで泣いてるんだ?」
「……ゆ、ユウ、聞いてよ、皆がね」
「まーた変幻に逃げるのかい」
「に、逃げてなんかいないもん!」
「かっかっか。愉快だねえ」
止まった時計は回り出す。
1から10まで並んだカード。
指し示す時刻はとうに過ぎたが、これで————
「ようやく全員が揃ったな!」
先頭を行くはフォードさん。
全員が思ったことを真っ先に口に出す。
(なんだかんだと、リーダーとしての素質があるのかもしれない)
交わし合う視線と視線。
各々が此処に来たことを証明する。
和み過ぎないしギスギスもしない、そんな異質な空気。
別れてからの再会。
ここにかつては黄金世代とまで言われた、稀代な面子が揃いぶみ。
アーサー伝説が円卓の騎士も脅かす。
邂逅、私たちは円となって此処に終着した。