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「行ってきますお嬢様」
「気を付けなさいシルヴィ」
「はい」
西欧が主要国、フランスのとある地。
豪奢な邸宅を旅立とうするのは1人のメイドだ。
薄金色の髪はセミロング、肩まで真っすぐと。
姿勢は揺ぎ無く、面は真向を、眼光にも曇りは見えず。
まさにメイドの理想像、実力をかみすれば22世紀最強のメイドと呼べるだろう。
「それと、言いたいこと、ちゃんと済ましてくるのよ」
「どういう意味でしょうか?」
「ムシュー変幻よ」
「……ユウ、ですか」
最強のメイドは研ぎ澄まされていた表情に暗さを宿す。
脳裏には変幻のことが。
「私は別に……」
「やらない後悔より、やる後悔。あのニュースからずっと暗いんだもの」
「……」
あのニュースというのは四道 夕とエイラ・X・フォードの交際について。
なんでも指輪まで渡したそう。
ただメイドの主たるマリー・エトワールは気付いていた。
従者たるシルヴィが変幻と呼ばれる少年に、多少なりとも好意を抱いていると。
これまで長年付き添ってきて、色恋沙汰なんてものは一切なかった。
その中で唯一、度合は明確でないが遂にの訪れ。
ただその希少な回も、挑む前に取っ払われてしまった。
「ユウは、約束を守ってくれませんでした」
「あのスケジュールなら仕方ないでしょう。戦いの後は留年に学園祭に任務まで、今度は魔女王に攫われて裁定者と戦闘」
「それは、そうですが……」
シルヴィ自身も、理解はしている。
彼の人物が常に渦中の中心にいるということを。
暇という暇はなく、日々戦いに巻き込まれ、巻き起こすの繰り返し。
情報によればイタリアに居た時間も僅かなもの、それでは隣国だろうとフランスに来れるはずもない。
そんな常識的なことは分かっている、ただそれでも————
「でも、一報くらいは欲しかったかした?」
「……はい」
連絡先も交換はしている。
もちろんシルヴィからアクション起こしてもいいわけだが、そこはプライドなり気持ちの問題だ。
「それがね。貴方宛てにさっき届いたのよ」
「え」
「ユウ・ヨンミチから手紙? まあメッセージが来てたのよね」
「ほ、本当ですか?」
「まあ随分特殊な形ではあるけどね」
そう言って主が懐から取り出したのは1つの封筒。
そして開帳、しかし中には紙なんてものは入っていない。
ただの空の封筒である。
シルヴィは訝しむが、突然————
『あーもしもし』
「ふ、封筒が喋った……?」
封筒が途端に喋り出す。
すると薄紫色の映像? のようなものまで出てくる。
クルクル回るまるで投影、録画した映像を流しているようだ。
『実は師匠、魔女王の元で修業してまして、なんとか魔法が使えるようになりました』
開始早々何を言っているのかこの男は。
国連の調査では奪取されたとしていたが、勘違いだったのか。
兎に角として、かくかくしかじか、本人曰くこれは魔法便というらしい。
普通の手紙では届くのが間に合わなくて、この形になったそう。
『えっと、シルヴィ』
「……」
『すいませんでした!』
見事な土下座である。
主たるマリーは感心気味、ただシルヴィは驚きで支配される。
あの変幻とまで呼ばれる、自分を揶揄ってばかりだった男が額を下している。
出会いを想起、寿司探しで路頭に迷い、シルヴィ自身が土下座して関係がスタートしたことを。
『言い訳は、しても意味ないと思う。ただ約束守れなくてすまん。連絡遅れてすまん』
「……」
表情は見えないがちゃんと真剣なのは伝わってくる。
フザケは無く、上辺だけでも無い。
その姿勢は誠心誠意の言葉が相応しい。
『そこで、まあおこがましい話なんだが、日本に来た時にエスコートさせてくれないか?』
「……エスコート」
『日本も案内したいし、あとメイド服を買いに行こう! 可愛いやつ!』
「……」
『許してくれるか分からないんだけ————』
『弟子はそんなことより私と修行をするべきよ』
『んなことより我と剣戟しようぞ!』
『あ、ちょっと待て! 今大事なメッセ、ぎゃあああああああああああああああああ!』
どうやら途中で銀神、そしておそらく魔女王の介入が。
本当に魔女王が陣営に加わったかと思う。
ただ関心は紙越しの絶叫が響いて中断、まるで顔面に迫る銃弾、その大変さが伝わってくる。
投影される身体からも焦げたのか、プスプスと煙を上げている。
『ご、ゴタゴタしてるけど、今度会った時————』
今度は大爆発、紫粒子が飛び散る。
手紙の内容はそこで終了。
了解も得ずに一方的に途絶えてしまう。
ただ最後の台詞は掻き消され気味ながらも、色濃く鼓膜に轟いた。
「デートしてくれ、だそうよ」
「……ふふ。……相手がいるだろうが」
「あら笑うの? それと素が出てるわよ」
「失礼しました。ただ相変わらずバカだなと思いまして。それにこんな支離滅裂な手紙を寄こされても困るというものです」
「その割には楽しそうじゃない」
「そうですか? まあ愉快ではありますね」
普通こんな中途半端で意味不明の文面は好まれない。
ただシルヴィという人間は、送り主からの気持ちをしっかり受け取れていた。
それは同じ天才という面からなのか、はたまた共に戦ったから。
最もは強い力を持ちながら不格好で不器用、その人間性は自身と似ていると静かに本能が理解しているからか。
「ユウの割には頑張った方でしょう」
「じゃあ日本で沢山買ってもらいなさい。なにせエリクソンが後ろに付いたそうだし」
「ふふ。そうですね。思う存分絞りとってくるとしましょう」
謝罪の気持ちは伝わったとは言え、反故は反故。
愚か者が相手、その言葉に甘えて、相当の土産を積ませる気に。
「それとお嬢様、彼を異性として好きなのか、まだ私には分かりません」
マリーはそれを恋心と呼んでいる。
だがシルヴィには、これまで主に付きっきりの人生。
異性と触れ合う、それは最近ようやく訪れ始めたこと。
この新鮮な感覚、聞いて何故か落ち込んだ日、答えを出すのは日本に着いてからでも遅くはない。
「言いたいことは、山ほどあります」
「そうね」
「ですが考えすぎるのも馬鹿らしいですから、全部ぶつけて来ます」
シルヴィの中の曇り空は完全に晴れたわけではない。
ただ僥倖かどうなのか、変幻と呼ばれる男の手紙は確かに彼女を前進させた。
それが良い方向か、悪い方向かは別としてだが。
「行って参ります」
冥土送りとまで恐れらるメイドは集いの地、日本へと向かう。
エイラ・X・フォードによって名付けられた部隊、最強の脳筋。
命名不適切だと風評された時もあった。
ただ集う面子は文字通り、やはり二癖も三癖もある連中であった。
ヨーロッパ中西部、軍制が最も強い、欧州における経済主要国、その国の名を————
「「「「「ドイツ最高!」」」」」
そう、ドイツである。
我が国を最高と褒めたたえながらの行進。
ここは軍制の能力育成機関。
冬の寒さ、凍てつく雪にも負けず、祖国への愛を空に伝える。
ドイツの未来を担う学生の一糸乱れぬ動きが大地に並ぶ。
「————準備はいいかね、ヘルツガー君」
「————問題ありません」
そんな他国から見たら可笑しなれんちゅ、いや、意識が高い学園で1つの会話が。
1人はこの学園の長、相対するのは、外の行進組の中でもトップの成績を持ち、変幻と同じく最年少でSS級に認定された少年。
天才、『鎖』のヨーゼフ・ヘルツガー。
グレーの長めの髪を小さく1つに結ぶ、体格は小柄、一見美少女だが性別は男である。
「敵についてだが……」
「裁定者についての資料は暗記しています」
「流石に仕事が早いな。ならば後は————」
静寂訪れる空間に目が光る。
言わずもがな、ヨーゼフは学園長の言わんとすることを既に理解している。
いや、その心意気は常に掲げるもの。
命忘れても、それだけは決して忘れない。
「「ドイツさいこうううううううううううううううう」」
数拍おいて何故かタイミングが合う。
ドイツ国民には当たり前と言わんばかり。
脳を揺らし腹から声をだす。
「世界への貢献はドイツ愛を持ってこそ成り立ちます!」
「うむ!」
「私はドイツ国民の1人! ソーセージもビールも必ず守ります!」
「うむ!!」
「つまり! ドイツは最高です!!」
これでもかという自信の表れ。
傍から見たら変人にしか見えないが、学園長も納得した様子。
常人、一般人には見えない何かがあるのかもしれない。
「素晴らしい愛国心、合格だ」
「ありがとうございます!」
「君になら安心して任せられる」
「はい!」
彼もまた最強の脳筋の一員。
色んな意味で有名な部隊の人間だ。
国連の召集に応じ日本へ向かう。
綺麗に反転する身体、部屋を出て宿舎へと、フライトへの最終チェックを行う。
「————緊張したぁ」
学園長との面会を終え、人いない廊下の道のりで吐露。
ヨーゼフの言葉に嘘は無い。
真の愛国心を胸に秘めている。
ただ上手くはいかないイメージ図。
もともと気が小さい性分、軍制を伴うここのシステムにおいて、学園長は中将という身分も持つ。
そんな目上との滅多に無い機会、それに負荷を感じないわけがない。
「明後日には日本、皆に会うの嫌だな……」
なにせ自分兎も角、ドイツを叩く人間が多いから。
脳筋とか、メイドとか、エクソシストとか、もう全員だ。
いや語弊、9割が正確な数字。
「ユウだけは違うもん。僕のことしっかり見てくれる」
最強の脳筋において唯一の同い年。
この見た目に、そしてドイツに対しても全てを認めくれた人物だ。
少なくともヨーゼフはそう思っている。
「あ、そうだ。ユウにはお土産買って行ってあげよ」
装備に抜けが無い万全耐性。
そこには喜ぶと信じてソーセージ数百本、お菓子は数十キロ、酒も相当、それ以外にも諸々が追加された。
後に別途荷物として積まれる多すぎるその土産たち。
ちなみに、受け取った男はヨーゼフの満面の笑みに対し、なんとも引きつった笑みを浮かべていた。