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「出ねえなあ」
スマートなフォン。
賢さは海を飛び越え大地を繋ぐ。
歌う電子音、揺らぐ千字文。
アイツの場合はメールよりかは声で伝う、つまりは論より言葉というわけ。
『……もしもぉし』
「お、繋がった」
『……む、……この声は』
「俺だ、夕だ」
『……おお! 久しぶりだな』
約2ヵ月ぶり、電話の相手は己の相棒エイラ・X・フォード。
間と間がくっ付き電子海で再会を果たす。
『……声を聴けたのは嬉しい、だが何時だと思ってる?』
「何時って、あ、ああ! なるほど、すまんすまん」
『ん?』
「いや俺いま日本に居るんだよ」
道理で電話に中々でなかったわけ。
すっかり時間差というものを忘れていた。
現在時刻において日本は昼だが、イタリアはおそらく日も昇らぬ4、5時頃というところ。
気付いてないとはいえ、いやはや申し訳ないことをした。
「にしても反応軽いな」
『ユウの事を信じていたからな。それとも心配していた方が良かったか?』
「いいや。それぐらいで丁度いいよ」
『そうだろう? ただ政府、国の連中はお前を必死に探しているようだ』
「……まあ心当たりは色々ある」
魔女王の存在に加え、昨日の大敗まで把握しているはず。
上がる手配の星数、渡るグレー色の吊り橋、カラスみたいな執着性の捜査。
それこそアマゾンにでも潜らなければ身バレは確実だ。
黒服連中が俺に接触を図るのは時間の問題。
『何だ、また悪いことしたのか?』
「いやいや、またってなんだよ」
『悪いことは言わない。私の経験上、素直に謝るのが一番だ』
「謝ることは無いって。むしろ多分コッチが頼まれる側だし」
『頼まれる?』
裁定者という超規格外、まさかその存在に気付いて無いわけないだろう。
母さんや妹の様子じゃ何も知らない、つまりは世間に公表してはいないようだが。
結局のところ欲しいのは戦力。
SS級であり、またレネも連れる俺にマイナス的処置を下す可能性は低い。
むしろ今回で魔女王もプラス、師匠を人類サイドに参加させたいってのは素人でも分かる。
まるでプラスチック性の仕切り版、協力を求める矢印の方向は見え透いているのだ。
「まあいいや。そっちに帰るタイミングだけど……」
『いや帰ってくる必要はないぞ』
「へ?」
時間と間合いの物差しが砕ける。
あれか、もう帰ってくるなと。
いや、エイラがそんなことを言うはず無いか。
確かな明日、不要な涙。
続く言葉に息をひそめる。
『部隊の招集が掛かった』
「召集、ってまさか……」
『最強の脳筋だ』
「マジかよ」
どうやら世界はもう動き始めてる様子。
ならば俺の想像より段階は先に進んでいる。
溜息つく暇は無し、むしろイキイキと勢いよく上がるハート。
あの自分勝手の塊、バカたちと再び会いまみえる日がこんなに早く。
(政府、いや国連は、俺たちの英雄性に懸けるってことか)
こんなバカな俺たちに未来を託そうとは。
まあマトモな奴では話は立たず。
役立たずの烙印、開かずの門は正攻法ではビクともしない。
(ただあの面子でも勝てるかどうか……)
だからこそ一握りの希望、人類の存亡を掛けた大博打。
優秀な者ではなく、若さと脳筋しか取柄のない俺たちが。
といっても、ここまではあくまで勝手な想像、本当に意図は分からない。
ただ、今すべき、今行くべき場所は定まった。
「それで、何処に行けばいいんだ?」
『日本だ』
「なるほど。そういうことか」
タイムリーすぎるくらい、召集場所は日本ならイタリアに帰る必要も無い。
エイラの言葉の真意を理解する。
おそらく対外的に動きやすい立地、そして裁定者の出現ポイントにも近いということで決まったんだろう。
『緊急招集なのでな。年越しは日本ですることになりそうだ』
「そんなにすぐか」
『私も————』
詳しい日程や集合場所を教えてもらう。
しかもそこに参加するのは俺たちだけではなく、雷槍などもいるらしい。
確かにこれは総力戦、出し惜しみの必要などない。
ただ言い換えるならば、今度の敗北は人類の敗北を意味する。
昨日みたいに運よく助かるなんてことは一切ない、超実力主義の戦いになる。
『泊まるのはユウの家でいいか?』
「いいよ。母さんも会いたいって言ってるし」
『決まりだな』
(ただ、相当カオスな状態になるだろうけど)
なんせ下の部屋、リビングではレネと師匠が普通に過ごしているくらい。
テレビ見たり、ご飯食べたり、休養に近い。
しかし考えてほしい、それぞれの最強クラスとされる神と魔女がだ。
妹なんてビビりすぎて常にオドオドしてるし。
(ここにエイラが加わったら、いよいよ部屋に引きこもりそうだ)
むしろ家が壊れる?
その可能性が無いわけではない無い。
ただエリクソンから支援は受けてるし、金の心配はしなくてもいいか。
(後は、俺自身についてだな)
自分、そして師匠の危機をトリガーに発動したというナニカ。
もしかしたら裁定者に通ずるに値するかも。
早速探求に入ったわけだが、うんともすんとも、どこから手を付けていいか分からない。
師匠やレネも手を焼いている。
(きっと、きっと何かがあるはずなんだ————)
『おーいユウ』
「あ、ああ」
『私はもうひと眠りするからな。電話切るぞ』
「了解。情報ありがとな」
『うーむ』
最強の脳筋が集うのは明後日。
場所は新魔王連合対策したホテルで。
時間も聞いたし、大体で合わせていけばいいだろう。
「お、お兄ちゃあああああああん!」
「そんなに慌てて、どうしたよ?」
電話終わってすぐのタイミング。
扉が勢いよく放たれ、妹が転がり込んでくる。
「ふ、2人が喧嘩を……」
「レネと師匠が?」
「とにかく早く! 家が壊れちゃうよ!」
「はいはい。分かった」
どうやら下でいざこざが始まった模様。
そんなに重くも無い腰を上げ、その縋りに答える。
ただ行動とはうらはらに、脳が唱える念仏状の思考。
どうしたら謎の力を掌握できるのか。
サンタが駆けた軌跡の道、俺はまるでプレゼント欲しがる子供のような欲望を抱いていた。
その探求と貪欲さは、何より重い。