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「……ギリギリ!」
どうせスタミナ切れなんかしない相手。
最初から一発の火力頼み。
むしろ俺に誘い、猶予を与えられたのは僥倖だった。
お陰でかなりの準備時間短縮。
見事に師匠の砲撃が捉える、ただ前と同じ戦法、射程圏内から俺とレネを外へ転移。
今回も今回、いや最後も1人でその魔法を味わってもらうとしよう。
「ユウ! 火力補助!」
「はい!」
更に薪を追加、歯車噛み合う蒸気機関のよう。
放つは地球最強の魔法攻撃。
別に面白い仕掛けなんてもんはない。
ただ単純なまでに攻撃性だけ追求した破壊の鉄槌。
「同調!」
余りに強大な魔法、流石の師匠でも若干のズレ。
しかしシンクロは魔法に侵入、あらゆるブレを修正する。
ついでに魔法を重ねる、もっと高みへ、アイツの骨に一片たりとて残さぬように。
「これで、これで終わらせる!」
届け魔法、求め勝利。
悠久の先にある魔道が極致へ。
最奥を感じる、ピラミッドの頂点に放物線を描き到達した。
勝てる。
これで勝てないわけがない。
果ての島に同調し、ある意味快楽を得る。
心地よい、今だったらどんな相手にも————
「愚か」
ただ瞬間の思い、それはまるで千夜一夜物語のような幻想に。
勝ちを確信してなお、無慈悲なまでの見えざる鉄拳。
魔法迫る中、初めてだろうか、裁定者は剣を両手で握った。
今まで隠れていたナニカがゆっくり出てくるイメージ。
ただ不動明王が如く揺れることない絶対の力、上から降る雨みたいに自然と。
淡々と双刃剣を振り下ろす。
「————判決」
裁定ではなく判決。
この言葉の差はなんだ。
ただ考える間もなく現実は崩れていく。
「う、うそ、あの時よりも……」
文字通りの一刀両断、木っ端みじん。
伸び行く大砲は無残にも塵となって消えていく。
魔法の境地も優に及ばず。
出来たことと言えば、裁定者に左手も使わせたことぐらい。
誰が見ても明らか、負けだ。
打開策なんてものは、おそらくこの世界に存在しないんじゃないか。
どんな力、どんな戦法を持ってしても、眼上のアイツを止めることは叶わない。
「……ユウ」
俺もレネも、そして師匠も現実を理解。
撃つために相当な魔力を使っている、これ以上高度な戦いをすることは不可能だと。
レネが勝つビジョンも浮かばない。
ましてや俺単体では話にも。
やはり謎で裁定者から追撃は無い、そんな中で、師匠が口を開く。
「貴方は、逃げなさい」
「っな……」
言い放たれたのは退避命令なんて優しくはない。
いま最も聞きたくないセリフだ。
ようは師匠を置いて俺だけ生き残れってことなんだろ。
「もう人ひとり転移させるのが限界。それに銀神も瞳に戻せば一緒に逃げられるわ」
「そういうことじゃないです!」
「魔法では絶対に勝てない相手。もう私に価値は無いわ」
「そんなこと————」
確かに魔法は通じない。
魔法だけ極めた師匠には重い現実。
だがそんな理由で命を投げさせるわけにはいかない。
しかし師匠も止まらない、言葉被せ言葉響かせる。
「でも、私には希望がある」
「希望……」
「ユウ、貴方よ」
「俺は……」
「魔女王の後継者、万能の使い手、そして、私の————」
最後の最後、それは鼓膜に届く前、大きい振動で掻き消される。
原因は裁定者、ゆっくり、ゆっくりだが動き始めた。
もう話はそこまでと言わんばかり、刻々と死は迫ってきている。
「銀神、弟子に面倒かけるんじゃないわよ」
「魔女……」
「時間がない。さようならユウ」
「し、師匠! 俺はまだ……!」
「ありがとう。短かったけど楽し日々だったわ」
師匠、なんでそんな笑っていられる。
なんで、その目に涙を浮かべている。
必至に手を伸ばす、届け、掴めと。
「そうそう今更だけど————」
もう転移が発動しだす。
早い、早すぎる。
俺を中心に幾何学文様が、この転移の魔法だってまだ教えて貰っていない。
まだまだ一緒に居たいんだ。
お酒にも付き合う、折檻だって甘んじて、だから————
「私の名前はオリヴィア、オリヴィアよ。ユウにだけ特別に教えてあげる」
魔女王が真名を開示。
急に言われた名前、名は捨てたとあれだけ言っていたのに。
卑怯だ。
こんな別れ方、既に視界は紫に染まる。
見えない世界で、師匠は最後に一言だけ。
「出来れば、もうちょっと一緒に居たかったな」
別に尊厳ある口調でもなんでもない。
まるで少女のような、角ばってない本音をさらけ出す。
これで終わるのか。
終わらせていいのか。
否、神が許そうと俺は絶対に許さない。
「約束、約束をしました! 一緒にいるって! だから俺は————」
この声が届くかどうか。
むしろ自分自身に何とかしろ、何とかしろと殴りつける。
フラグをぶち壊せ俺の拳。
周り諦めようとも絶対折れない脳筋マインド、刹那で打開を。
脳が追いつかないその先へ行くしか。
しかし視界は暗転、転移魔法は完成、俺を彼方へ飛ばしたのだった。