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「まさか島ごと移動するとは————」
サンタが駆け回る日。
まだ日は高く、靴下を用意するのはまだ早い。
「邪神のやつは失敗作、こっちが本命よ」
俺たちは裁定者を倒すため海へと出た。
標的が眠れる所は北太平洋、邪神率いる魔王連合と戦った場所とほぼ同じ座標。
ただ方位磁石は放棄、必要ない、方法は魔法が解決。
修行していた島ごと移動、地を船のように進ませる。
傍から見たら不思議な図、ただ不可思議を起こすのが魔法という力なのだ。
「でもこの島が1つの魔法具だったとは……」
「船のついでに戦う時の足場にもなる。一石二鳥じゃな」
「いいえ、これを破壊されるわけにはいかない。ある程度の距離で放置していくわ」
「じゃあ結局は空での戦いっすね」
裁定者ってのは空間の狭間にいる。
今回はそこから奴を引きずり出すつもり。
前衛がレネ、後衛が師匠、俺は全体のカバー。
(こんなに豪華な面子もなかなか無い。足手まといになるのは勘弁だけど)
なにせ神界でトップクラスの実力を持つ神、そして無限の魔法を使う魔女王。
正直場違い感はある、ただ、俺は場面に応じて最適な行動を。
師匠が必殺の一撃を放つまで、この身を架け橋とする。
なんせ船のように動くこの島は特別性、たんなる土塊ではなく、1つの拳銃。
魔法具としての機能、師匠の魔力を唯一受けきれる杖らしい。
だからこそ、最高のタイミングまで隠しておくつもり。
(魔王連合の時の謎の島も師匠が創ったらしいけど、あれはどうやら失敗、だからこそ邪神アガレスに投げうったらしいし)
細かい設定、綿密な打ち合わせなどしていない。
大まかなことを把握して、あとは感覚に従う。
未覚醒とはいえ相手の実力は予測不可能、ならば戦況を予想出来るはずもない。
兎に角、師匠が島を使っての必殺を決められるタイミングまで殴り合い。
持ち得るすべての力をぶつけよう。
「今回、我は我で戦う」
「そりゃレネ単体の方がいいな」
「神力のリンクは切れていない。ユウも使おうと思えば銀を放てるが……」
「あんまり神力は使わない。レネの現界時間が減るからな」
「すまんな。助かる」
あくまでレネは俺と契約しているお陰で顕現できている。
まだ独り立ちできる余裕はなし。
この身が神力を提供しているからこそだ。
(それでも同調、魔法、魔槍があるからな。バリエーションはそこそこある)
手数は増やしてきた、デジャブが照らす。
何度も道を描いてきたからこそ。
海風が感覚器官を吹き抜ける。
船で言う船首、島の先端に俺たちは立ち水平線を見つめる。
相手は裁定者、なかなかの無理難題。
ただタイタニック号のようなことにはさせない。
世界を一周したマゼランより劇的、暴君ネロも歓喜する下剋上ストーリーをここに。
「さてと、もうそろそろ飛行に移ろうかしら」
「近いのか?」
「そこまでは、ただ兵器たるこの島を破壊されるわけにはいかない」
「保険をかけて距離は取ると、まあ仕方あるまいな」
目標の潜伏座標は師匠しか分からない。
ただここでと判断した、なら口出すはずもなし。
そこそこ続いたプロローグに終止符を、身なり心持ち整えさあ飛ぼう。
そう思った時だった————
「っ震え! 銀刀!」
レネが一瞬で刀を抜く、銀風烈風、彼方へと撃つ。
それはコンマ数秒前まで目先臨んでいた水平線に。
あまりに唐突、俺も師匠も驚くばかり、その行動の意味を理解できなかった。
しかし抜刀した数秒後、レネの真意が嫌でも分かることになる。
漂った静寂に衝撃音、強大過ぎる力と力がぶつかった証拠が目の前に。
世界と脳天に衝撃破、海もブッ飛ばして海底を穴抜けにした。
「レネ!」
「ヤツじゃ! 向こうから仕掛けて来おったぞ!」
攻撃を迎撃した銀刀の一迅。
すると空が、空間が崩れていく。
何もないそこから顕れるのは、散散噂をしていた裁定者。
相変わらずの無表情、整いすぎたビジュアル、蠢く気味悪さ、間違いない。
「まさか私たちが逆に不意打ちをされるとはね」
「じゃが半覚醒、全力を出せぬことに変わりはない」
睡眠中の敵から攻撃、こっちがビックリ。
ただ俺も師匠も気づかなかったその究極領域をレネは打破。
流石の反射、それとも経験か、どちらにせよ助かった。
「ホントよく反応出来たな」
「我はスーパー戦神じゃからな」
「……スーパーって、幼稚なネーミングセンスね」
「うっさいわ! ぬしこそ魔法名が痛々しいのばかりでないか!」
「ストップストップ! もう敵いるって!」
喧嘩しだしたところに仲裁を。
ただ俺たちの襲撃はバレていた模様。
空間の狭間に居るからこそ油断している、そう思っていたわけだが、甘く見ていた。
「————我、裁定する者」
初めて会った時と一字一句同じセリフ。
初見でボコボコにされたのを思い出す。
しかし鬼の修行を受けてきた、前回みたいにボロをボロボロ零す気は皆無。
それに隣には頼れる存在、なにも1人で立っているわけではないのだ。
「汝ら、星を乱す」
「だそうよ銀神」
「我だけでなく魔女、貴様もだぞ」
「まあまあ、全員で異端認定されときましょ」
どうせ審判倒して記録消せばいいだけの話。
なんとでも言わせりゃいい。
「汝ら、裁定する」
もうコントみたいに駄弁っている間もなし。
まもなく雲行く空に飛ぶ、アトラス神に続くオリンポス級の戦いを巻き起こす。
楔を外す、巻かれっぱなしだった鎖は海に捨てる。
青の同調、銀の神風、紫の魔女、それぞれの武具と技を構え瞳を燃やす。
「戦争を始めましょう」
「「応」」
異端者による異端者のための世界を目指して。
俺にとってはリベンジマッチ。
裁定者を滅殺すべく右足を前に進めた。